王都にて それぞれの事情 2
本当にお待たせしております。
水曜に上げるといったのに……寝オチしておきたら朝でごわした。
何とか木曜にと思っていたら気付けば日付変わってごわす。(錯乱)
「あ、姫様こんにちは!」
「ひめさま」
「二人とも、こんにちは。ランドさんはいらっしゃるかしら」
ユウたちと別れた後、すっかり馴染みとなっていた雑貨屋にソフィア達は足を向けた。王城に上がってからはこの店にも足を運ぶ機会はほとんど訪れないだろうから、今の内に挨拶をしておく必要があった。
「これは、王女殿下!! このような下賎の場所にわざわざ足を運ばれるなど! ご連絡をいただければこちらから伺いましたものを」
「店主殿。私は既にこの国へ学びに来た留学生という立場です。そのように頭を下げる必要はありませんよ」
「何を申されますか! 我が家は王宮の皆様と僅かですが未だ交流がございます。ですので、昨日の一件も耳に入っております。殿下があのライカール王家の姫君であると知らぬこととはいえ、これまでの無礼を平にご容赦のほどを」
店に入るなり、這い蹲る店主のランドをどこか冷めた目で見下ろすソフィア。今まであまりにも見慣れた光景なので特に何も思うことはない。だからこそ彼女の正体を知ってなお、一切態度を変えなかった非常識な一人の少年とその相棒がどうしようもなく愛おしかった。
「もうそのことはいいのです。今日は今まで世話になった礼と、その方の子供たちについて忠告をしに参りました」
「我が家の愚息どもが何か粗相をいたしましたでしょうか? 親の私からきつく申し付けておきますので何卒」
後ろに控えていたアンナが僅かに進み出てソフィアに非難の視線を送ってきた。ユウたちの前で見せる態度は紛れのない彼女の本心だが、長く味方のない宮廷で過ごしてきたソフィアは他人に酷薄な印象を与えがちだった。不用意に感情を顔に出すことさえ危険だった彼女の立場では致し方ないが、その美貌と相まって相手に不安を抱かせかねない表情をしたときは周囲の者が気付かせることになっていた。
ユウと別れた事が想像以上に強いストレスになっていたようで、ランドが思わず身構えるほど冷たい表情になってしまっていた事を自覚したソフィアは努めて笑顔で話しかけた。
「けしてそのような案件ではありませんよ。正確には彼からの伝言に近いでしょうか」
「彼? ユウでございますか? さきほど王都を発つ前に顔を出してくれましたが、特に何も口にしておりませんでしたが……」
「ええ、あの人は私が直接口にするようにと言われています。本来ならば本人の前で言うべきことなのですが、将来の事でもありますから主人にのみ伝えます」
「は、はあ、子供達の将来、でございますか……」
いまいち事態を飲み込めていないランドに構わずソフィアは伝えられていた言葉を口にする。
「あの二人は歴史に名を残す魔法の才を持っています。どうかその類稀な才能を曲がることなく正しく伸ばせるよう力を貸すようにと彼からは頼まれています」
「あの二人が、そのような才能を……私は全く魔法の才を継がなかったものでして、わが子にその才が継がれた事は喜ばしいのですが……」
ユウからはソフィアの将来を見越して、力を持つ有能な人材を確保するようにと伝えられている。
このランヌ王国の魔法技術は彼女の祖国ライカールに比べれは児戯のようなものだ。研究施設、機関、人材全てがライカールは抜きん出ており、それゆえに魔法王国の名をほしいままにしているのだ。
「貴方が望むならば私は祖国の魔法学院の席を用意してもいいと思っています。国を離れた私ですが、その程度の事ならば国王である兄に願い出る事は可能ですから」
要は子供たちをソフィアの紐付きにするかどうか、という話である。ライカールの魔法学院への留学はいくら曽祖父が宮廷魔術師とはいえ、平民に過ぎないランドにとって信じられないくらいの厚遇であるが、だからこそそんな美味い話はないと心の中で警鐘が鳴っていた。
「我が子供たちのためにお骨折りいただくなど、あまりにも勿体無いお言葉です。ですが、子供達の将来にも関わる話ですし、本当に殿下のお役に立てる魔法使いになれるかも未知数でございます。定かでない話で殿下のお手を煩わせるのも恐縮してしまいます」
「もちろん、今答えを出せとは言いません。私もあの人の言葉を疑うつもりはありませんが、あまりに唐突である事も事実です。良く考えて答えを出すとよろしいでしょう」
ランドの言葉の十分に予想できたものだったソフィアは引き下がった。この店にやってきたついでの目的を先に果たしてしまった事は誤算だったが、ようやく本命がやってきたようだ。
「こんちはー、ランドおじさん。借りてたものを返しに着たんだけど……えっ、お姫さま!?」
「初めまして、リノアさんですね。私はソフィアと申します、兄が非常にお世話になったと伺っておりますの」
「えっ、あの、あのその……お初にお目にかかります。ソフィア王女殿下におかれましてはご機嫌麗しく恐悦至極に存じます」
慌てて畏まったリノアの手を取ったソフィアは満面の笑みを浮かべながら、リノアの退路を塞ぐべく、わざと店の出口を背にするように移動した。
「嫌ですわ、兄の大事な友人に畏まられたら、私が後であの人に叱られてしまいます。お楽になさってくださいな。私、一度貴方にはちゃんとお会いしてお礼を言わねばと常々思っておりましたの」
既に店主であるランドはこの場の危険な空気を察し、既に子供たちを連れて逃げ出している。リノアにしても初対面であるはずの自分にここまで当りが強いのかなど、聞かなくてもわかりきっている。
「いえ、お気持ちだけで十分すぎるほどです。あの男からも話は聞いておりましたし、大事な友人の頼みとあらば否応はございません。それに、既にこの件は依頼として金銭の授受が行われておりますので、殿下のお言葉は真に有難くありますがお気になされる事ではありません」
「まあ、そうだったのですか、あの人は一言もそのような事を言ってはいなかったものですから」
「雑事は全て我等にお任せいただければ。彼からも我等にのみ、そのようにせよと依頼されておりますので、殿下に話をされていなくても致し方ないかと」
言葉の刃が其々を切り裂く中、震え上がっていたレナが耐えられなくなったように後ずさった。正しい訓練を受けたメイドとしては失格もいいところだが、先に己の失策を悟ったのはソフィアの方だった。
自分のメイドが要らぬ粗相をしてしまったことは外聞的にはソフィアの落ち度ではあるが、その事よりも自分らしくない振る舞いを無意識にしてしまっていたことに恥じていた。
どんなときも冷静沈着で笑顔を忘れない事が、生き残る秘訣であると思い知っているはずなのに、この人を見ると黒い感情が抑えられなくなってしまうのだ。
そう、自分では何も為してはいないくせに、あの人の友人だと平然と口に出来るこの人を目の前にすると自制が効かなくなってしまう。ソフィアは初めて感じる嫉妬の感情をもてあましていた。
「失礼、私としたことがつい取り乱してしまいました。リノアさん、今日は本当にお礼を言いにきたのです。ホテルの周囲に人を付けてくださって私も、皆も王都では安心して過ごす事ができました」
「いえ、それは私の命ではなく、もっと上から降りてきた話ですので、私どもは何も……」
「それでも感謝の気持ちを伝えたかったのです。それでは、いずれまた近いうちにお会いできる事を祈っております」
それでは、と従者を連れて颯爽と去ってゆく王女の後姿をただ見送るしかできなかったリノアはだったが、時間が経つと共に思考回路が復活してきた。
(あの王女様、本気で私に釘を刺しに来ただけなの? 一国の姫がわざわざそんなことを? ありえないでしょ!?)
「女の戦いは他所でやってくれよ……関係ないこっちの寿命が縮んだよ……」
今の今まで退避していたランドが恨みがましい目で見てくる頃にはリノアのほうもだいぶ落ち着いて冷静に物事を考えるまでになっていた。
(つまり、あの姫様は私に不安を感じてここまでやってきたって事でしょ。上等じゃない、あの男のことなんてどうでもいいけど、売られた喧嘩を買わない理由はないわ! 受けて立ってやるわよ!)
後に互いを”終生の友”と呼び合う事になる二人の少女の関係はこのようにして始まった。
「ギルドマスター、大変です!」
普段声を荒げることない受付嬢キャシーの慌てた声にウィスカ冒険者ギルドマスター、ジェイクは眉を寄せた。
「おいおい、どうしたってんだ? 赤い牙の連中が帰還したか? それとも黒門か? 予定じゃあいつらは共に来週だろう?」
「違います。ユウナさんが帰還されたんです!」
「んな馬鹿な!? 昼前に王都のギルドから帰ると連絡を受けたんだぞ、どう考えても明後日までかかるだろう」
「話は私も聞きましたよ、それを元に休みのシフト組んだんですから。だから大変だって言ってるんですよ!」
「本当にあいつなのか? ニセモンじゃないだろうな」
「兄の無茶な頼みを成し遂げて戻った実の妹にかける言葉ではないですね」
キャシーを退けて室内へ入ってくる人物を見てジェイクは本物と確信した。いくら変装しようとあの抜き身のような剣呑な気配は真似できるものではない。目の前に居るのは腹違いの妹で間違いない。
「キャシー、外してくれ。俺は今から報告を聞かねばならん」
下がって行く受付嬢を見やりながら、昼間の話が事実なら半日ほどで王都から帰還したことになる妹を眺めた。表面上は変わりないが、長年兄をして付き合ってきたジェイクにはやはり疲弊していることが見て取れた。
「大丈夫か? あいつにはああ言ったものの、疲れているようなら明日でも構わんが、どうする?」
「報告を。我がギルドにとっても非常に大事な話になりますので」
ユウナの表情は変わらないが真剣さは嫌でも伝わってくる。彼女は今まで仕事として割り切ってギルド業務を行ってきた。今でも現役のスカウトとしてAランクの実力を持っているが腹違いの兄であるジェイクの意見に従ってこの支部で働いているユウナが、この支部を想って行う報告など一度もなかったからだ。
「報告します。王都の南地区にて禁制品の密輸を確認しました。首謀者は……」
「お邪魔しまーす」
「何だお前は! 一体誰に断って……ってお前は!!?」
「初めましてですね、ギルドマスター。俺のことは知っているようだが一応挨拶はしておきますか。俺の名はユウ。ここに入って20日ほどの新人ですが、そちらは随分いろいろとやってくれたようですね」
ジェイクがユウナを見るが、彼女は何も返さない。その表情からは謝罪も抗弁も読み取れなかった。
「彼女を責めるのは酷ですよ。我ながら大人気なく、少し力が入ってしまいまして」
「生まれて初めて背後を取られましたので、抵抗の無意味を知り、降伏しました」
ジェイクは戦慄した。妹はこれまでで会った中でも三本の指に入るほどの優れたスカウトで彼自身、仲間と共に何度、危機を察知し命を助けられたか解らない。彼女の報告に一度も疑いを抱いたことがないほど信頼していたからこその衝撃だった。
優れた魔法使いかもしれないと疑いをもっていた人間が妹を超えるスカウト技術を持っていると判明したのだ。
彼は即座に意識を切り替えた。目の前の少年が自分達を即座に殺戮できる危険人物であると認識し、更に自分は機嫌をかなり損ねていることを理解する。
ギルド側が行ったのは正式な手順を踏まずに依頼を発行し、内容を湾曲して伝えている。もし依頼人がそれを行えばギルドはあらゆる手段で報復を行うのが通例だった。一度例外を許せば同じ方法を繰り返されることは明らかで、それは回りまわって冒険者たちを無用な危険に晒すことになるからである。
その破ってはならない禁忌をちょうど都合がいいからと規定クエストにかこつけて破ったのが自分達だ。
彼がもしこの事案を総本部にでも掛け合えばこっちは間違いなく破滅する。全てをもみ消すことも可能ではあるだろうが、彼の背後に見え隠れする人物の影が危険極まりなく、危ない橋は渡るべきではなかった。
故に彼の取るべき手段は一つだ。
「お前を謀ったことは心から謝罪する。こちらとしても優秀な冒険者を多く確保したい事情があったが、お前はあまりにも若すぎて半信半疑だったのだ」
正直に頭を下げてきたジェイクにユウは内心で評価を上げた。見た目はどう見ても年端の行かないガキである自分に誇りを捨てて頭を下げるのは並大抵ではない。が、それとこれとは別の話である。
「謝罪は受け入れます。が、それとは別に補償が欲しいですね。こちらは10日以上も依頼で拘束されてダンジョンに入れなかったんだ。始めからそうと言ってくれれば別の形で証明しましたよ。俺の事情はそっちもご存知のはずだ、俺の損害を埋め合わせてほしいものです」
「待て待て待て! お前の借金の話は聞いてるが、そんな金逆さに振っても出てこない! お前だって知ってるだろう、このギルドはダンジョンがある割には寂れてるんだよ」
「だからって、王都の縄張りに手を伸ばしていいことにはならんでしょう。しかも昔の仲間が王都のギルマスなんでしょう? 弱みを突いて成り代わろうとしたんですか?」
「そこまで解ってるんかよ……成り代ろうなんて思ってねぇよ。ただあいつのシマで何か違法行為があるんならこっそり調べて教えてやりたかっただけだ」
「本人知ってましたけどね」
「マジかよ。調べているような動きはなかったぞ、だから俺たちが出し抜く機会があったと」
ライバルの足の引っ張り合いに駆り出されていたユウナが溜息一つついた。
「調べる必要がなかっただけです。密輸品の集積先が王都な時点で怪しくはありましたが」
「……っ! つまり、そういうことか」
顔色を変えたジェイクが呻く。ドラゴンの巣穴に不用意に手を突っ込んだことを理解し、ユウナがギルドにとって大事な話だと告げたのは自分達の破滅に繋がりかねないと警告したのだ。
「手は打っときました。これはドラセナードさんからの手紙です」
王都のギルドマスターからの書状には心配をかけてしまった侘びと皆でいずれ旧交を温めたいという内容だった。それを読んだジェイクは大きく溜息をついて椅子の背もたれに身を倒した。
これで一応は王家の秘密を暴こうとした冒険者ギルド側は、ウィスカの勇み足を王都が止めたという形になる。そうでなければ最悪追討されていただろう。
「くそう、あいつの上をいけるかと思ったんだがなぁ、逆に助けられちまうとは」
「こういうことができるから王都のギルマスなんでしょう。そもそも子爵の次男坊と男爵じゃあ貴族との折衝も多い王都じゃどっちを選ぶと有利かなんてわかりきってるでしょうに」
「うるせーよ、俺たちはガキの頃から張り合ってきたんだ。剣の腕も魔法の技もけして奴には負けちゃいない。だが、同じタイミングでギルマスになって明確に差がついた。あいつは王都、こっちはウィスカだ。お前の言うとおりあいつが適任なのはわかるが、このまま差をつけられたままじゃ終われないんだよ!」
結局の所、子供じみた意地の張り合いに巻き込まれたユウナは更に大きい溜息をつく。昔からこんな感じなので二人ともけして険悪ではないのだが、そろそろ年相応に落ち着いて欲しいとは思っている。
対外的には二人は険悪な関係と噂を流している。でなけれは有事の際に騎士団にも匹敵する戦力である冒険者を多数抱えている冒険者ギルドは国から睨まれる可能性が高かった。国は冒険者という存在を認めつつもその王家が手綱を握れない力を恐れているからだ。
「そもそもどうやってこれを書かせたんだ? あいつの性格じゃアポなしじゃ絶対に対応しないだろう」
ドラセナードは類まれな魔法使いだが、杓子定規な所があって融通が効かない。順番の横入りや報酬の中抜きなどは絶対に許さない細かい性格で過去に何度も揉めていて、いきなり手紙を書けといわれて書くほど素直じゃない事は同じ仲間だった二人は良く解っている。
「クロイス卿に力添え願いました」
「”天眼”か。そういえば王都に戻ってきてるんだったな。いや、今は閣下と呼ばねばならんのか。しかし、王都は初めてなんだろう? よく知り合えたな」
「色々ありまして」
「クロイス閣下が彼の見送りに来ていたのを目撃しました。随分と親しい様子でした」
「マジか……最早なんでもありだな。解ったよこっちの完全敗北だ、そっちの望みを言え」
「じゃあ、まずは補償として金貨100枚で」
「おい、あまり調子に乗るなよ。自分がいくら要求してるかわかってるのか?」
金額を聞いたジェイクが凄んでくるが、ユウは全く意に介さない。
「俺が今まで持ち込んだレイスダストはいくらで売り捌いてるんです? 評価額が金貨10枚だから……沈黙は報酬の増額に繋がると思えよ」
「金貨20枚ですぐに買い手がつきました。引っ張れば25枚でも固いでしょう」
「ユウナ、内部情報だぞ!」
「その気になれば簡単に探られるでしょう。偽れば更に苦境に追い込まれるだけです」
ジェイクは完全に白旗を揚げた。頼れる腹心だったユウナが既に向こうについているのだ。対抗できるものが何もなかった。
「これだけで十分な支払能力じゃないか。値上げしたってバチは当たらんが、そっちの対処が上手かったからこれで飲んでやるさ」
「好き勝手言いやがって……」
「そう睨まないでくださいよ。貰う物もらえばこっちだって飴玉転がしますよ。ギルマスは王都のドラセナードさんに伍するような位置にいればいいんですよね」
ジェイクは不貞腐れたように机に足を乗せた。いつもやっている癖なのか、様になっている。
「それが出来れば苦労はないぜ。この街は初心者お断りのダンジョンだ。現状で挑んでいるのは20組ほどだが、どいつもこいつも牽制し合って攻略情報をこっちに寄越しやしねえ。腕は立つAランクは多数、一人だけSランクさえいるがこっちに上がる戦利品からしておそらく20層も突破できてねえはずだ。ダンジョン攻略は戦いの腕だけが求められる訳じゃねえからな。こんな状況で王都の連中に比肩できるものが……」
彼の視線はユウが取り出したある宝石に釘付けだった。それは10層のボスが稀に落とすとされるサイクロプスの単眼と呼ばれる物で、このギルドでは数ヶ月に一度の頻度で持ち込まれる貴重だがジェイクにとって珍しいものではない。彼が驚いたのは、目の前の少年の姿をした化け物がわずか一週間ほどで10層のボスを一人で討伐したという異常な速度だった。
「こいつは知ってますね? 10層のサイクロプスから手に入れました」
「ああ、持ち込まれたアイテムから5層までは降りていると思ってたが、もうボスまで倒してたのか。まだ潜り始めて10日も経ってないはずだろう」
「最速攻略の記録を大幅更新ですね、今までは32日でしたから」
「それを聞きに出したわけじゃないですよ。俺は10層のボスを攻略しました。明日にでも11層に向かいますし、これからもどんどん探索するでしょう。マスターの話が本当ならすぐにでも未踏破層に到達することは間違いない。そうなれば誰も見たことのないようなお宝も出てくる可能性はありますね」
誰かが息を呑む音が聞こえた。超一流の冒険者たちが毎日ダンジョンに挑んでいるのは日々の糧を得るためではない。他の迷宮で散々に稼いだ彼らにとってこの迷宮に求める物は未知の財宝や未踏破層を攻略したという栄誉だ。多くの腕利き冒険者たちを跳ね返してきたウィスカのダンジョンを踏破したとなれば他の迷宮の数十倍の価値がある。最高難度の迷宮が人を惹きつけるのはそういう理由があり、高い壁であればあるほど受ける名誉も高くなる。それは王都のギルドマスターでは決して得られないものだった。
「そういうお宝が出たら、真っ先にこちらへ持ち込みますよ。それを貴方は大いに自慢すればいい。王都のギルドがいかに華やかでも、こいつには及ばないのでは?」
「本当にこっちに持ち込んでくれるのか? 最近は姿を見せなかったと聞いてるが」
「必要がなかったから来なかっただけで、必要なら来ますよ。マスターにもいい目を見せてあげますから俺にも便宜を図ってください」
「約束を護ってくれるなら検討する。あまり派手なことは出来んぞ」
取引を持ちかけたらジェイクはすぐに乗ってきた。ジェイクとしても自分の利益を口にしてくる方が交渉相手として気が楽だった。こちらがやり込められたあとで持ち出される無償の善意ほど怪しいものはないからだ。
「まず、俺の規定クエストはこれからすべて薬草納品で。それからこの街の顔役であるマスターに俺の後ろ盾になってください。この見た目なんでいちいち突っかかる馬鹿の相手はしたくないのですよ。あとしばらくはランクはFのままにして欲しい。最後にもろもろの連絡役はユウナさんにして欲しいですね。俺の事情を知っているので説明が省けますから。
これらを飲んでくれたら、こちらも出来る範囲で無理を聞いてあげますよ」
このガキ……と口に出しそうになったが、何とか耐えたジェイクであったが、冷静に考えてみれば互いに益のある取引に思えた。特にできる範囲で力を貸すというのは非常に有り難い申し出だった。後ろ盾になれとはギルドマスターの権力を使わせろと言っている様なものだが、逆に考えれば頼みを聞いてくれれば彼の力を己が意のままに出来るということである。
不安はあるが、受けない理由はない。ユウナの顔を見ても受け入れろと言っている。
「わかった。契約成立だな」
「必要なら文章にでも残しますか?」
少年のような見た目のしたなにかに試されていると感じたジェイクはその提案を断った。
「簡単に破られるのが口約束だが、だからこそ最も信義が問われるのもまた口約束だ。長い付き合いになるなら、そこは互いに信じあっていくしかないな」
「わかりました。ではこれからよろしくお願いします」
差し出された手は異常さを覚えるほど柔らかかった。剣を握り続けて固くなった己の手とはまるで違う。普段ならば素人丸出しと鼻で笑うはずなのにユウから感じる異常な違和感に冷や汗が流れ落ちるの感じ、初夏だというのにジェイクの体に震えが走った。
だが、既に契約は交わされた、交わされてしまった。例えどれほど恐ろしくとも彼と共に約束を果たして行くほかに選択肢はなかった。数年後、彼の言葉が正しかったのかを知るのはまだ先のことである。
去ってゆく少年の後姿を見ながらジェイクは影のように気配を消していたユウナに視線を向けた。
「いったいどういう奴なんだ? 前に書面で貰った報告とは違いすぎるぞ……」
「私が今回の任務で得た情報を報告します。判断は兄上に任せますが」
妹の口から語られた内容は荒唐無稽を通り越して性質の悪い冗談のようだった。
「公爵家にライカールの王女に教団絡みだと? 一つだけでも国を揺るがす重大事項だぞ」
「私が王都に到着してからの話ですので、おそらくはそれ以外にも色々と関わっているはずです。事実、商隊護衛のリーダーだった”ヴァレンシュタイン”と何らかの繋がりを持ったようで、非常に友好な関係を築いているようです」
「護衛といえば、あの厄介事もあったな。それはまさか関係してないよな」
ユウナは力なく首を振った。
「王都で例の勢力に接触を図ったのですが、商売敵が国内に入り込んでいる割には非常に落ち着いていました。まるで既に問題が解決しているかのように」
「ロッソ一家が”消えた”話は裏の世界じゃ今一番ホットな話題だが、誰も信じないだろうな」
ジェイクは自分の予想以上の化け物である少年に此方が出せるカードを考えたが、どれも力不足だった。万策尽きた彼は近くて彼を見てきた妹に尋ねる。
「お前から見てあの化け物はどう映った? こちらで手綱を握れそうか?」
「話した限りでは常識もあり、歳に見合わず思慮深くはありますが。やはり超越者特有の頑固さと己が定めた法に従う点が見られます。天災と同じで御するより上手く付き合ってゆく方がはるかに益が出るかと」
「どうせ奴は連絡役にお前を指定している、そこは任せる」
「私としては彼がこの街の停滞を吹き飛ばしてくれることを願っています。もしかするとこのギルドは空前の繁栄を迎えることになるかもしれません」
やけに評価が高いユウナを尻目にジェイクは内心で毒づいた。
確かに行き詰っている迷宮探索に光明が差すかもしれん。だが、その力が俺たちをも吹き飛ばすことにならん保証はなにもないのだ。
これで王都編は終了になります。
次からは20層編?になります。
ストックが悲鳴を上げていますが、次も日曜目標で行きます。
いつもながらでございますが、評価、ブックマークありがとうございます。
誤字脱字も減らなくて申し訳ないです。
これからも頑張ります。




