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王都にて 20

長くなってしまいました。

気付いたら日付も変わっていると言う事実。


「そりゃあこっちは有難いですけど、本当にいいんですか?」


「もちろん、本当は駄目だぜ。貴族門を商人が通ったら色々問題になる。だが、これは礼だからな。それにウチに文句をつけられる家なんて王家くらいしかないから大丈夫だ。それに、今から馬鹿正直に順番守ってたら冗談抜きで明日まで待つ事になるぞ」


 わざわざこう言ってくれるので俺は貴族用の門から出て商隊を迎えに行く。クロイス卿が色々と気を遣ってくれて商隊をこの門から通してくれるという。衛兵に顔が売れている彼がいればこの門でさえ誰何なしで通れるというから驚きだ。権力の有効活用である。濫用ともいうが、気にしてはいけない。

 この長蛇の待機列を見る限り、待つと間違いなく日が暮れるだろう。さらに夜は門が閉まるのでクロイス卿の言うとおりこのままでは王都内で合流できるのが明日になってしまうだろう。王都の外で合流したとしても依頼の達成にはならないし、俺と”ヴァレンシュタイン”のメンバーはきっちりとやらねばならぬことがある。そのためにもはっきりと依頼の完了を告げてもらう必要があった。



 流石に貴族門を開け放しておく訳にもいかないので、バーニィと共にクロイス卿にそこで待っていてもらう事にした。彼には例の事情を話してあるので、ある仕込みも手伝ってもらっている。やはりれっきとした貴族が一人いるだけで()()の反応がまったく違う。こういった無形の力は上手く使ってなんぼである。




 今となっては懐かしささえ覚えるレイルガルド商会の商隊は丁度王都への待機列に並ぼうとしている所だった。”ヴァレンシュタイン”が持ち込んだ馬車に荷物を分けることによって大幅に速度を上げたようで、護衛の冒険者たちの表情は明るい。


「皆さんおつかれさまです」


「おお、ユウ! 来てくれたのか!」


 他の馬車を先導していたザックスを見つけて声をかけると、貴族用の門へ先導する。


「あちらと話はついてますので、向こうの門から入ってください。ここで待つといつまでかかるか解ったものじゃないでしょう」


「おいおい、あの方角ってまさか……」


「既に門を開いて待ってますから手続きは簡略化されるでしょう。それと、例の報酬の件はどうなってます?」


「ああ、もちろんゴネてるさ。一筆書いたのに自分の字じゃない、書いた記憶じゃないとさ。俺たちは既に充分以上の報酬をあの連中から貰ってるからそこまで食い下がってないが」


 他の冒険者の目がある中で宣言した報酬を反故にするのはなかなか無謀だな。彼の商人としての沽券に関わると思うが、額が額だし支払い能力がないのだろう。あのような無理筋を押し通すための方便だ、あの男も俺達が全滅すると思って大法螺を吹いたのだろうが、はいそうですかと頷いてやるはずもない。


「金貨140枚ですからね、個人じゃ払えないでしょう。手は打ってありますので、先に王都に入ってしまいましょう」


「だが、貴族用を使えるのか。まさか、あの方がおいでになっているのか?」


「いえ、昨日城に上がられています。後で会いに来るとは思いますが、これは別の件ですよ」


「やれやれ、今度はどんな魔法を使ったんだ? 種明かしを楽しみにしてるぜ」


 みんなこっちだ、と多くの馬車を連れてゆく彼を尻目に依頼主を探す。レイルガルド商会番頭のセドリックは隊の中央付近で発見する。彼もこちらを見て嫌そうに顔をしかめた。


「こんにちは、セドリックさん。追加依頼は完遂しましたよ。報酬をお忘れなく」


「君たちは何か誤解をしているようだ。要人護衛で金貨20枚など通常の依頼では考えられないだろう」


 やはりシラを切るか。それならこちらも考えがあるってもんだ。


「そうですか。それはおかしいですねぇ、大番頭のクライブさんはこの証文が確かに貴方の筆跡だと言ってくれてるんですがね。まあ、詳しい話は後にしましょう」


「何、君は今なんと言った? 大番頭の名をどこで聞いたのか知らないが、不用意に口に出してよいものではないぞ。おい、聞いているのか!」


 後ろからかかる罵声に近い声を無視してナダルやカレンなど他の”ヴァレンシュタイン”のメンバーに挨拶しつつ貴族門へ向かう。10台近い馬車とほぼ同数の冒険者たちは初めて通る門に興奮しきりだ。


「こっちの門なんて初めて通ったぜ」


「一体何をしたらこちら側を通れるんだ? いくら大商会とはいえ貴族じゃないだろうに」


「”ヴァレンシュタイン”が知らねぇんだ、あの若造が何かしたんだろうよ。だが俺達が貴族門を通れるなんてよ、良い土産話が出来たぜ」




 こちらの貴族門はお忍びでやってくる貴族のためにかなり目立たない造りになっているから、人目に付くこともなく通過できる。もちろん警備は厳重だが、それをものともしない権力があれば検問など問題にもならない。

 その権力者が門を開いて待っていてくれたのだが、冒険者たちにとって別の驚きでもあったようだ。

 


「この隊はお前たちが指揮を執っていたのか。しばらく王都で見ないと思えば、離れて仕事をしてたんだな」


「まさか、クロイスさん!? お、お久しぶりです! 一体どうしてこんな場所に!?」


「おい見ろ! ”天眼”のクロイスだ、Aランク冒険者だぞ」


「あれが大規模クエストで指揮を執らせたら未だ無敗っていう”天眼”かよ。初めて見たぜ」


「あの格好、貴族の血が流れているという噂は事実だったようだな」


 優れた冒険者はその偉業が人々の口に上る内にとある名前をつけられる。それが「異名」だ。ユウナも”氷牙”と呼ばれていたし、クロイス卿は”天眼”と呼ばれている。自分で名乗ったとしても赤の他人がその名で呼んでくれる保証はないし、むしろ自称など笑いものにされるのがオチだ。

 つまり他人から畏怖を込めて呼ばれる異名をもつ冒険者は超一流の証だといえる。

 

 クロイス卿の異名は”天眼”だ。実は雑貨屋の息子であるアランから既にその内容は聞いていたりする。アランが我が事の様に興奮して話してくれたのだが、本人の腕が立つのは当然として<天眼>という特殊なスキル(おそらく<マップ>のようなものと思われる)を駆使して、多くの大規模作戦をリーダーとして勝利に導いてきた本物の英雄だった。そりゃ<マップ>があるなら指揮は彼以上に巧みな人はいないだろう。何しろ敵味方の位置が常に把握できているのだから。

 

 だが、スキルは使いこなしてこそだ。有益なスキルも宝の持ち腐れでは意味がない。クロイス卿は己のスキルを上手く使いこなして英雄の位置まで駆け上がったのだろう。



「こいつと運良く知り合ってな。借りを返そうと思ってたらお前らの話を聞いて、馬鹿正直に半日近く潰すよりこっちの方がいいだろと思って手を貸したわけだ。そういえばお前らBに上がれたのか? そろそろだっただろ?」


「このクエスト次第ってとこです。それもユウの力がなければ全滅してたでしょうけど」


「概要は聞いてるが……運も含めてお前らの力さ。しかし、アイツも大概だな。まあいいや、さっさと抜けちまってくれ。メインイベントはこっからなんでな」


 悪い笑みを浮かべたクロイス卿の下にセドリックが駆け寄っていく。するとクロイス卿の顔が冒険者のものから権力者のものへと変わっていった。それと同じくしてセドリックの顔色も青くなってゆく。


「お初にお目にかかります、クロイス閣下。私はセドリックと申します。このような場所でお目にかかるとは思いませんで。それに格別のお骨折りも頂きまして感謝にたえません」


「はじめまして、だな、セドリックとやら。ああ、私に閣下は不要だ。今の私は継承権のない公爵家の放蕩息子だからな。本来ならば時候の挨拶でもすべきだが、私は今非常に機嫌が悪い。懇意の冒険者から耳にしたが、何でも貴殿が報酬の約束を違えたというではないか。私も一線を退いたとはいえ未だ心は冒険者だ。報酬の約束を守るのは冒険者と係わりのある者なら何をおいても遵守すべき道理だぞ。依頼主が仁義に悖るようであれば、今後の付き合いも考えねばならぬな」


「そ、それは誤解なのです。どのような話をお聞きになったかは存じ上げませんが、不当な報酬を要求した冒険者たちに非があるのです。閣下もかつてご同業であれば王都までの護衛で一人金貨20枚などという報酬がいかに荒唐無稽であるかお分かりでしょう」


「確かに、ありえない金額だ。だが、彼らはその金額で命の危険を感じて引き受けなかったというが。それに証文まであるではないか、私も確認したのだぞ」


「その証文も私が書いたという事実はございません。少し知恵の回る者なら私の筆跡に似せて書くことも可能です。それを証拠に我が商会で必ず用いる印が入っておりませぬ」


 そりゃあんたがハナから払う気なくて書いたんだから入ってないだろうさ。それくらい予想の上だ。

 周囲の冒険者たちは固唾を呑んで見守っている。報酬のピンハネなんざ本来暴動が起こりかねない事件だが、レイルガルド商会は大手商会で依頼も多く、騒いで干されることを恐れているのか。ギルドを通さない曖昧な依頼だったし、俺たちだけが莫大な追加報酬をもらえるのが面白くないこともあるのだろう。

 セドリックもそれを知っていて強気で押しているのかもしれないな。


「ふむ、これ以上は水掛け論になりそうだな。だが、私はその証文が本物だと話を聞いているのだ」


「だ、誰がそのような戯言を!」


「私だ。セドリックよ」


 俺が呼んだ人物が間に入った。正直会話の最中に現れなかったらどうしようかと気を揉んでいたが、間に合ったようだ。バーニィがここにいないことから迎えに行ってくれたようだった。流石我が友。


「だ、大番頭!! なぜ、このような所に!」


「そのようなことは今はどうでも良い。今一つだけ言えるのは、彼らの持っている証文はレイルガルド商会のものであると我が名を以って断言することだけだ」


 僅かに残された余裕が吹き飛んだセドリックはクライブに取り合うが大番頭の立場にある男は一切取り合うことはない。どうせゴネると踏んだ俺は言質を取ったクライブを呼ぶことにしたのだ。番頭がいくら叫ぼうとも大番頭の意見を覆すことが出来るはずもない。それにクライブほどの切れ者だ。あの公爵が法を犯す犯罪を一手に任せているほどに信を置く男だ。当然昨夜のことも知っているはず、つまり俺を敵に回すとどうなるか解っているはずだ。


「そんな! 聞いてください大番頭。私の話を聞けばきっと納得いただけるはず!!」


「これ以上の抗弁を聞くつもりはない。この件は既に私を越えている。理解せよ」


 この件の最高責任者(アドルフ公爵)まで既に話を通してあると匂わすと顔面蒼白になったセドリックは膝を突く。これ以上盾突いても無駄と悟ったのだろう。そもそも大本の依頼主である公爵家の当主以外、唯一の男子であるクロイス卿が敵に回った時点で敗北は覆しようがないのだが。


 彼も運の悪い人物ではある。仕事をしていたらジュリアの実家に脅されて厄介事を押し付けられ、暗殺者に狙われないように引き離すために大金を餌に冒険者を募ったら、上司に全部バレて責任を取らされているわけだ。同情はするが報酬は別の話だ、もらう物はしっかりと頂く。餌で人を釣ろうとしたんだ、釣られてやったからには餌を寄越すべきなのだ。まあ、彼が有能なら金貨140枚くらい返済できるだろう。


 奴に一瞥をくれてやるとこちらを睨み返してくるが、そのまま目を伏せてうつむいてしまった。おいおい、こういうのは先に目を逸らした方が負けだぜ。




 俺たちは大番頭から公衆の面前で報酬を受け取ると、レイルガルド商会の本店に向かう。流石に南町の倉庫街に直接向かうような愚は冒さない。本店の人間に荷を降ろさせている間に護衛のリーダーである”ヴァレンシュタイン”がこの依頼の終了を宣言する。そしてその足で王都の冒険者ギルドへ向かって他の冒険者たちは報酬を受け取るようだ。俺は規定クエストの扱いなので他の皆とは扱いが異なる。ウィスカに戻って話を聞かねばならないだろう。

 護衛のメンバーはここで解散になるようだ。全体のリーダーを務めたザックスが大番頭から得た金貨の袋を見せつけながら今日は大宴会だ! と叫ぶと、冒険者たちからの大歓声が上がった。

 大金をせしめた事で得た妬みを酒で解消するのは良い手段だと思う。彼も自然とそういうことが出来る男のようでやはりリーダーの資質があるのだな。

 元々王都へ戻る予定でそのついでにこの依頼を受けた”ヴァレンシュタイン”のような奴ばかりのようであり、夜の宴会をやる酒場の場所を聞いた後は各々慣れた様子で散ってゆく。

 俺のようにウィスカにいずれ戻る奴もいるのだろうが、そういう奴はまとまって帰るか、ウィスカ行きの依頼を探しているようだ。

 今すぐ飛んで帰りたい俺が異端なだけなのだろう。



「ユウはそのままウィスカへ戻るんだろう? 王都で活動すればすぐにでも有名になれるんだがな」


「名声は今は求めてないんで。いずれはランクを上げて皆さんに追いつきたいなとは思いますが」


 とりあえず今は借金を何とかしたい。名声と共に借金の話が上がるようでは故郷のライルの家族に顔向けが出来ないからな。もし今名を上げれば借金王の異名がつけられかねない。


「お前さんにも事情があるんだろうが、何か困ったことがあったらいつでも相談に乗るからな。俺たちはそれくらいのことをしてもらってるんだ」


 俺の力の口止めも兼ねているから与えすぎとは思わないが、折角の好意なのでありがたく受け取っておく。

 その後、俺の今の状況をリリィから知ったらしいソフィア達が礼も言わずに別れるわけには、と慌てて駆けつけた。

 ソフィア達から王城の一角を借りての正式な礼を提案されたが、彼らはそれを固辞すると彼女からの褒美も受け取らずに笑って去っていった。


 最後まで善人な奴等だったな。あれだけの技量を持った人間が集まっているのだから、向こうも何かの事情があるのだろう。いつかまた会う機会もあるかもしれない。


「あの方々の行く先に至高神の導きがあらんことを」


 去って行く彼らの背に珍しい祈りを捧げたソフィアがこちらを振り向くと、その表情が寂しげなものになる。俺たちの別れも近づいているからだ。


「どうしても行ってしまわれるのですね」


「ああ、王都じゃどうにも稼げないからな。一緒に行ったダンジョンでも分かっただろうが、あれじゃ一攫千金とはいかないだろう」


 あそこは遊技場だ。それが別に悪いとは思わないが、俺の目的にはそぐわないだけだ。だが、あまりにも意気消沈しているソフィアを見ていると、何かしてやりたくなってしまう。正直、生きる世界が違うと思うが、それを言い出せば俺のソフィアへの接し方は首が飛んでもおかしくないから今更だ。


「わかったわかった、そんな顔をするなよ。君の周りに変な男がいるほうが将来に傷をつけると思うが……」


「兄様は兄様です! 私にとって家族に等しい方です!」


 そこまで言ってくれるのは単純に嬉しいが、仮にも王族がその発言はまずいな。そう思いメイドたちを見るが、その顔からは苦々しいものを感じ取れない。君たちはそれでいいのか?


「じゃあ、これをやる。使い方は分かるな?」


「これは、通話石ですね!? さすが兄様、こんな貴重な物をお持ちとは」


 この石も多分、君の義理の母が暗殺者たちに持たせたものだがな。魔力容量が大きい物はバーニィに渡してしまったのでこの石の通話時間は短いだろう。なので大量に持たせておくことにする。敵が通話石を大量に持っていたのもそれが理由で、いつ魔力が切れて使えなくなるか分からないので大量に持つのだ。<鑑定>すれば魔力残量はわかるからジュリアに見てもらえばいい。魔力切れの通話石は皆から見れば只の石でも俺にとってはお宝なのだ。


「魔力が切れたらまた補充に来てやるからそれで我慢しろ」


「はい! 分かりました、我慢します」


 言外にまた会おうと伝えるとようやくソフィアは笑顔を見せてくれた。俺のような奴と付き合いがあると不利益しかないだろうから、これが今生の別れかと思ったのだが……。

 無論、相棒にとってはまったく別の話だ。彼女が人間の理に縛られるはずがないし、そもそも普通の人間には視認できないから友達に会いに行くのに理由は要らない。



「やれやれ、教団の唯一といっても良い取り柄が潰された瞬間を見たぞ、どうするバーニィ」


「どうするといわれましても、ユウ以外じゃ無理なんですからアイツが積極的に教団に関わらない限り変化ないでしょう」


「何の話だ? 通話石の件?」


 俺たちのために離れた場所にいたクロイス卿とバーニィが気になることを言っている。


「教団が世界中に影響力をもっている一番の理由が、ソレを供給できることなんだよ。他にも色々あるが、緊急連絡に必要不可欠だからな。すぐに魔力切れになってただの石になっちまうが、それでも毎年教団に与えられるわずかな石を世界中が重宝してる」


「へえ、そうだったんですね。じゃあ不味いことしたかな? いや、連絡先弄ったから他じゃ使えないか。ばれなきゃ大丈夫でしょ」


「今連絡先がどうとか聞こえたが、聞かなかったことにするわ。それにしても、そんなに持ってるなら俺にも一個くれよ」


「仕事とかで頻繁に呼び出されないならいいですよ」


「さすがにそんな真似しねえよ。俺と連絡つくと何かと絶対に便利だぜ?」


 クロイス卿に押しきられ、彼にも石を渡すことになった。公爵家には元々石が多量にあったため必要ないかと思っていたのだが、個人用として欲しかったようだ。渡す事に異論はないのだが、彼の立場を考えると俺は都合のいい駒になりそうなのが不安だった。今の関係はお互いに利用しあう程度が良いと思っていたので一方的に力関係が変わるようなことはしたくないのだが、確かにクロイス卿に即座に連絡がつくのは便利だ。向こうにとっても大いに便利なんだろうけども。



「君たちにも随分世話になったな」


「それはこちらの言葉です。色々とご助力いただき感謝しております」


「賢者様がおられなかったら私ここにいませんもの。本当にありがとうございました」


「レナはもっと飯を食べてよく眠ることだ。子供の仕事はまずそれだぞ」


「私もう子供じゃありません!」

 

 子供はみんなそう言うんだ。とにかくこいつは小さいし軽すぎる、本物の貴族らしいけどメイドやってるし、色々と謎だがとりあえず大きくなってほしい。<鑑定>で見た年齢が12歳とはとても思えない、いいとこ8歳だぞ。ライカール王国が何か危険な事をしてこの娘の成長を阻害しているのではないかと思ったほどだ。

 

「俺からも公爵に助力を頼んでおいた。後ろ盾は確約できたと見ていいが、何かあればバーニィとクロイス卿を頼るんだぞ。二人には皆のことをよくよく頼んでおいたからな。特にソフィアは溜め込むから、そうなる前に二人か俺に相談してくれ」


「重ね重ね感謝。この恩は必ず返す」


「私たちにも色々と享受いただき感謝します。過ごした日々は短いものでしたが、何年も共にいたような気がしますね。寂しくなります」


「確かに、いろいろあったな。あの迷宮の出来事なんて話しても誰も信じてはくれないだろうし」


「そうですね。ですがこの王都からもいずれ離れることになります。姫様は落ち着かれたら学術都市ミルズに赴かれる予定となっていますので」


「王都内の安全は確保したが、その都市や道中は不安だな。何時かは知らないが移動には同行するから連絡をくれ。そうだ、触媒とか大丈夫か? 俺は戻るから必要ないんだ。全部渡しとくぞ」


 手持ちのアイテムをすべて押し付けていく。どうせ戻れば一山いくらで手に入るのだ、彼女たちが有効に使ってくれれば一番だろう。彼女たちの持つマジックバッグに不要なものを全て放り込んだ。こっちの手持ちは枯渇したが、明日から嫌でもまた見ることになるのだから問題ない。


「なんだよ、女には結構過保護だな。ぜんぜんそんな感じには見えないがな」


「仲間には甘いんでしょう。かなり意外ですが」


 そういうことは本人に聞こえる距離で言わないでほしい。



 そして、さっきから何か言おうとして逡巡している女騎士を見やる。


「何だよ、言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃないか」


「あの、そのだな……」


 見かねたリリィがこっそり耳打ちしてくる。


「ジュリアはユウの従者になりたいんだって。仲間じゃなく従者がいいんだって」


 は? 従者? 騎士や貴族が持っているようなアレか? いや、なんで……というか、俺の所にきたらソフィアはどうするんだ? ジュリアはソフィアの護衛だろうに。


「ソフィはジュリアの好きにしていいって思ってるみたい。あの子にとって護衛というより姉だから、自由に生きて欲しいんだって」


 いや、そうもいかんだろ。護衛の一人もいない姫なんて物笑いの種だぞ。ジュリアもそれが分かっているから言い出せないのだろう。自分の願いとソフィアへの義理で板挟みになっているのだろうか。


「ジュリア、あなたは火魔法の習得してみたらどうかな。スキル欄にあるんだから素養は間違いなくあるんだ。本国で芽が出なくても環境を変えれば意外といけるかもな。学術都市とやらに行くんだ、折角だから勉強してもいいんじゃないか」


「あ、ああ、たしかにそうだ。スキルがあるなら出来ないはずもない。やってみるとしよう」


「ソフィアを頼む。あらゆる面倒事は公爵に頼んでいるが、あなたの力も絶対に必要だからな」


「姫のことは私にお任せを!」


 よかったの? と相棒が聞いてくるが、さすがにソフィアを置いてついて来いとは言えないだろう。護衛騎士のいない異国の姫なんて格好がつかんだろうに。こっちもジュリアをつれてウィスカのダンジョンに潜るわけにもいかないし、これでいいのさ。



「それじゃ、帰ります。何かあれば飛んできますが、みな達者で!」


 東門まで見送りに来てくれた皆に挨拶をしたあと俺たちは王都を後にする。入るときは手間が掛かるが、出て行くときは何もなく素通りだ。


「そっちこそ良かったのか? ソフィアの所にいなくても。あいつと共にいれば少なくとも危ない目には遭わないと思うが」


 俺は隣を飛んでいるリリィに聞いてみる。ソフィアは彼女にとって初めての友達で四六時中一緒にいたのだ。また切った張ったの日々を送ることになる俺と共に来る必要は、必ずしもないはずだ。


「私たちは二人で一つでしょ、だいいち、私がいないとユウなんてすぐやられちゃうに決まってるんだから。私がついてないとダメでしょ」


 そこまでだらしなくはないが、俺と共に来てくれるのは無条件に嬉しい。俺という存在が自我を取り戻した瞬間から共にいた家族で、もう一人の自分のような間柄なのだ。精神みたいなもので繋がっている実感はあるが、言葉にして伝わるとそれはそれで嬉しいものだ。


「ありがとう。持つべきものは頼れる相棒だな」


「とーぜんでしょ。それより気付いてると思うけど、どうするの()()


 俺の客が少し離れてついて来ている。害意はないのは解っているが、もしかして顔を出しにくいのだろうか。街道を少し外れ、木立の中で待つとそいつは現れた。




「ちょっと、なんで挨拶もなしに消えようとしてるのよ」


「リノアがこっちにいるのは解っていたからな。レイアもこっちにいるし合流したんだろう?」


 レイアが身の上話をする前に昨夜の報告をすべく実家に戻っていたリノアだったが、俺の頼みを聞いて王都土産を見繕ってくれていたのだ。今の格好は普段の店で働いているウェイトレスの姿をしている。


「ふむ。我が隠形も我が君の前では形無しだな。昨夜も使っていたが、既に見破られていたというわけか」


 姿を消していたレイアも隣に現れた。<マップ>で位置を確認しているから解っているだけで特別な何かをしているわけではないのだが、スキルは説明が難しいんだよな。


「はい、頼まれていた奴よ。王都で名の知れた店はすべて網羅してるわ」


「助かるよ、俺はどうもそういうことが苦手でね、知っている人にすぐ任せてしまう所があるな」


「こっちも手間賃は貰っているし、それは別にいいんだけどね。それよりもウィスカに戻って何するつもりなの? 王都以上に稼げる土地なんて普通ないわよ」


「それはそうなんだが、俺の事情は特殊だからな、話すと巻き込んじまうから察してくれ」


「あんたほどの実力があって言葉を濁すなんて相当ね。解ったわよ聞かないでおくわ」


 借金が金貨1500万枚もあるんだなどと正直に答えられるはずもないが、こういった秘密が俺から周りの人間を遠ざける一因になりそうで嫌なんだよな。早いとこ稼ぎまくって人心地つきたいところだな。


「こっちもいろいろ大変なのさ。それよりも有難う。王女の周りに今も人をつけてくれてるんだな」


「ああ、あれ。元々あんたから受け取った金額が多すぎるから手の空いている奴を動かしたし、上から直々に指示が来たのよ。ヤバい奴等はすでにあんたが始末したけど馬鹿はどこにでも沸くから。王都にいる間はメンツにかけて護るってばあちゃんが言ってた」


「助かる。君の店で依頼した件も頼む。放置するにはちょっと規模が大きい連中だからな。あの皇太后に潰されるとは思うが、本国には生き延びた残党も多いだろうからな。きっちり始末するか、早めに情報を掴んで流してくれ」


「それも大丈夫よ、婆ちゃんが本気で追いかけてるから。最古参の使い手にとっては不倶戴天の敵みたいだし、こっちから言わなくても全力で動いているみたいよ」


「それならいいんだが……そうそう、君の婆さんで思い出した。君はこれからどうするつもりなんだ? 君の婆さんには殺しをする経験を積ませてほしいような事を言われたが、俺はそのままでいいと思うぞ」


「それは、無理よ。この家に生まれた以上、進むべき道は決まっているわ。別に人が殺せなくたって頭領はやれるし、技量で黙らせれば地位も脅かされる事はないから」


「そう言うならこれ以上は野暮だが……友達だからな、いつでも相談にのるぞ。次に会うのはいつかわからんが」


「それもどうだか。あんた自覚ないだろうけど、あれだけ派手に暴れてるのよ、上の辺りじゃ相当話題になってるよ。あれだけ目立っちゃ嫌でも厄介事に巻き込まれるんじゃない? 私はすぐまた会うほうに賭けるわ」

 

 朗らかに笑うリノアに俺は嫌な顔をした。公爵が大分動いてくれたようで、主な手柄はバーニィやクロイス卿に移ったが、確かにお偉方は騙しきれないよなぁ。シルヴィアを助けたことに後悔はないが面倒事に巻き込まれるのは嫌だな。


「っと、勝手に店を抜け出してきたから、もう帰るわ。じゃあ、また”今度”ね」


「ああ、見送りありがとう。”またな”」



 リノアはレイアに挨拶すると風のように消えていった。俺に動きを指摘されてからさらに特訓を重ねたようで、さっきの動きは自然に気配を消していた。正直、<マップ>が無ければ俺でも気付けるか不安なほどだ。次に会う時はもっと腕を上げているに違いない。本人は嫌な稼業だと嘆いているが、間違いなく才能は飛びぬけているな。冒険者としてスカウトやっても充分に上が狙えると思う。


 そして懐のリリィがまた変な女が現れたと不機嫌になっている。あのな、出会う女がすべて俺に気があるなんて痛い妄想、ガキじゃないんだからとうの昔に卒業してるわ。


「髪飾り、服、化粧。どう見ても余所行きよ。”店をちょっと出てきた”なんて格好じゃないわよアレは! うーん、ユウの教育を間違ったかしら。これじゃ変な女にコロッと騙されそうだよ」


 失敬な。中身は相当枯れとるわ! 昔の記憶なんてないがライルが乳児だったときに既にまともな思考してたんだ、<鑑定>での年齢は70越えているんだぞ。




 その後、レイアと共に街道を歩く。もう少し人目がなくなれば例の方法でスピードを上げるつもりだ。


「先ほどの女騎士殿は残念だったな。なにしろ我が君の従者は既にここに存在しているからな」


「本気でそんな事思ってるのか? 折角嫌な野郎のところから抜け出したんだ。もっと自由にやりたい事をやればいいじゃないか」


「そのやりたい事をしようとしているのだよ。我が君は自分の事をもっと知ったほうがいいな」


「ユウは自己評価低いからね。私が言っても信じないし」


「わかったわかった、もう聞かないさ。それより、そっち(魔族)にも町はあるんだろ? ここのとはやっぱ違うのか?」


「大きさは祖国の方が上ではあるが、整然とした町並みはこちらの方が美しいな。何しろ向こうは色々な種族の集合体だ。巨人や人馬族などの家屋はコボルト族が100人は住めそうな大きさだから、同じようにするのは無理な話だ。だが店の品揃えはこちらの方が上だな、つい色々なものを買い込んでしまった」


 レイアはどこかで買い求めたらしい肩掛け袋を提げていたので俺の持つマジックバックに収納した。<アイテムボックス>は共用品ぐらいにしておかないと揉める原因となるからやめておいた。幸い彼女の持ち物に足の速い物はなかった。


「そういえば、本国でやらなければならないことはないのか? かなり長い期間こっちにいるんだろう」


「無いといえば嘘になるが、そこは私の手の者がやってくれるのを祈るしかない。今はあの屑の命令に従っていたという事実を作るほうがはるかに重要なのでな。しかし、さすが我が主に選んだ男だ。随分と女子に好かれているではないか」


「好かれているといわれると自信はないが、いろんな人と知り合えたのは幸運だった。もちろん君を含めて」


 始めはさっさと帰る事ばかり考えていたこの依頼だが、多くの知己を得られたことが一番の収穫だった。普通の冒険者の知識や暗殺者連中と隣国の薄幸の王女、暗黒教団や暗黒騎士、この国の公爵やその息子にしてAランク冒険者など、とても10日あまりの出来事だとは思えない濃密な時間だった。

 一体セラ先生はどこまで見通していたのやら。土産話が沢山あるのは良いことだと思うが。


「そう言ってもらえることは嬉しい。存分に役に立ってみせようではないか。さしあたって、これから我が君は在所にもどるわけだがこの後の目的はあるのかい?」


「それも帰ってから話そうと思っているが、丁度関係者がいたな、あの人も連れて行こう」


 俺が振り返った視線の先、近くで農作業に従事していそうな格好の男を見つけて声をかける。


「そっちもウィスカに戻るんだろう? 一緒に帰ろうぜ、歩くよりかは早い方法を知っているからさ」


「な、何をいっているんで? 私はこの近くの畑に……」


「そういうのはいいって。俺が気付かないと思ってるのか? 別にシラ切っても構わないが、次にギルドで会ったとき、俺がどういう態度をとるか保証できないぜ?」


「はあ、分かりました。ここまで変装するには時間も手間も掛かるのです。見逃してくれても良いではないですか」


 50がらみの男から発せられたのはまだ若い女の声だった。その中身はウィスカ冒険者ギルドのスカウトであるユウナだった。リノアと同じく門を出てきた俺が視界に入る位置でついて来ていたのだ。

 ユウナは変装を解くと、いつもの無表情に戻る。先ほどまでの農民の姿が嘘のようだが、普段が無表情だからこそ変装時に様々な顔を作れるのかもしれない。


「人の事をコソコソ背後から尾けてなければもう少し友好的になっただろうな。戻ったらどうせギルドで説明させるんだ、だったら俺たちと共に帰ったほうが早いからな」


「誰かと思えばその女は昨夜も見たな。客の中で腕の立つものがいると思ったものだ」


「貴族に紛れて来てたよな。声はかけなかったが、男装の方が得意なのか?」


「他の女に変わるには上背がありすぎて限界があるだけです」


 言われればユウナは女性にしては背が高い方だが、俺の体の持ち主であるライルの身長はこの歳にしては低いからあまり区別がつかないな。俺は今後の成長に期待するところだ。男なんて飯食って寝てれば大きくなるに決まってる。


「こちらの方は初見だと思うのですが」


「私はレイアという者だ。縁あってこの少年に助力することになった。よろしく頼む」


「彼女はユウナという冒険者ギルドの職員だ。他にも職務がありそうだが、それは今夜にもギルドマスターに聞くとするさ」

 

「流石に今夜は無理でしょう。急いで明後日の朝に到着できればよいほうです」


 捕まえたユウナに構わず、レイアと共に取り出した大きな石の板に乗ってもらう。これは行きで使った魔法の応用だ。あの時は馬がいたのでそれを推進力にしたが、その後レナを救出に行くときに浮いた自分を風魔法で吹き飛ばす荒業で移動した。アレは凄まじく早かったが安定性は劣悪の極みだ。急いでいたからサリナも悲鳴をかみ殺していたが、そうでなければ絶叫ものだ。


 今回はその反省を踏まえ、新たな方法で移動するがそう珍奇な物ではない。発想は宙に浮く船だ。フネは浮力で浮いて風を受けて進む。それを魔法で浮かせて帆に風魔法を当てて進む。<結界>で周囲を覆えば抵抗さえなくせる優れものだ。つまり理論上はいくらでも加速できるはずだ。流石に限界はあるだろうが。


「こ、これは速度を出しすぎだろう!! す、少しは抑えたら」


「これは無理、無理です。降ります、降ろして!」


「加速が終わるまであと少しだ。そうすりゃ落ち着くからもうちょい待て」


 二人の悲鳴を聞きながら俺はウィスカに戻ることになる。


 多くの出会いを得た王都を発ち、俺達はダンジョンの街に戻る。ダンジョンは10層のボスを倒した所で中断中だ。階層を下れば下るほど手に入る金も多くなるはずだから、王都滞在中に膨れ上がったこの借金地獄

も少しは変わってくるはずだ。そのためにもいくつかの準備をこなしておく必要がある。

 

 「休暇」は十分に楽しんだ。これからは借金返済に本腰を入れるとしようか!



 ちなみに頑張ったおかげで夕刻にはウィスカの街に着くことが出来た。



 残りの借金額  金貨 15002262枚 


 ユウキ ゲンイチロウ  LV128 


 デミ・ヒューマン  男  年齢 75



 職業 <村人LV143〉


  HP  2084/2084

  MP  1454/1454


  STR 363

  AGI 341

  MGI 357

  DEF 332

  DEX 290

  LUK 208


  STM(隠しパラ)572


  SKILL POINT  505/515     累計敵討伐数 4699


楽しんでいただければ幸いです。


後一話後日談をやって王都編は終了になります。長いですね。


その後はウィスカのダンジョン11層からの戦いになるわけですが、一番の戦いはストックだったりします。それでも更新は週二回を維持したいですね。なぜなら自分は怠惰な人間なので甘やかしたら簡単にエタると知っているからです!(断言)


 いつもになりますが、沢山見ていただいている皆様に感謝致します。

ブックマークしてくれた方、本当に嬉しいです。誤字脱字のご指摘、わたくし土下座体勢から全く動いておりません。この見苦しい文章に添削いただけるなんてマジで感謝しかないです。


 あと超今更ですがESN大賞のタグつけました。これだけで読んでくれる方が増えると聞いたからです。

 

 もう月曜ですが、次は水曜更新予定です。これからも頑張ります。


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