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王都にて 14

お待たせしております。

随分とストックが寂しくなってきましたが、この更新速度でがんばります!

量を減らすという手もあるのですが、どうなんでしょうかね。

 


 目が覚めたとき、俺は白い布に覆われていた。


 息苦しさよりも埃臭さを感じて身を起こす。どうしてここに? と訝しむと同時に昨夜の記憶がよみがえった。



 俺は暗殺者ギルドの若き頭領であるリノアと共にダンジョンで蜂蜜を集めた。しかし、何が悲しくて可愛い女の子と二人きりなのに薄暗いダンジョンに潜らねばならないのか疑問で仕方ない。ちゃんと余所行きの格好をした彼女を見て、やはりダンジョンに行く気が削がれた俺はソフィアのお供で行ったカフェでディトと洒落込もうとした。

 ほぼ初対面のリノアと共通の話題などない俺は互いの身の上を軽く話し合っていたのだが、カフェの周囲に凄腕の気配があった。リノアに匹敵する腕前というだけで正体は知れたが、逆にここでダンジョンに行かないという選択肢は帰宅した彼女を苦しめる結果になりかねない。孫の後を尾ける祖母なんて格好の悪い話だが、悪趣味というべきか微笑ましいかは意見の割れることろだ。


 観念した俺はリノアと連れ立ってダンジョンに向かう事にした。ウィスカと比べて効率が悪く、リノアには退屈だろうと思って話したら、彼女に名案があるという。田舎などでは特定の家畜や虫を集めるときに匂いの出る植物を焼いてその煙で追い払ったり、逆にあつめたりすることがあるそうだ。

 その習性を利用した誘引香なるアイテムが大活躍した。数こそウィスカに負けるもののひっきりなしにやってくる蜂を倒しまくって、わずか一時間強で入手した蜂蜜は3桁を超えた。俺は感謝を伝えるべく、分け前を奮発したのだが、喜びすぎて祖母である前頭領の依頼を忘れてしまっていた。

 しかたなく、巻き込むつもりのなかったこの一件に助力を願った。もっとも大事な場面には関わらせない。非常事態に外部から援護してくれるだけで十分すぎる。たとえ今の彼女がそれしかできなくても。

 




「とりあえず今夜は俺の部屋に泊まってくれ。明日どのように動くにせよ、ここに居れば対応できるだろ?」


 リノアと別れた後、バーニィと外で合流した俺達はリットナー家の二階からこっそりと帰宅(侵入ともいう)し、バーニィの私室に通された。ちなみに俺が<隠密>を使って入ったので誰にも気付かれていない自信がある。<マップ>で邸内を探ると只者ではない気配が目の前の男以外に10個存在し、4部屋に分散している。これが例のグレンデルとやらの側近だろう。いずれの反応も俺らの帰宅に気付いた様子はない。もしわかっていれば仲間内で確認とか、何か反応があるはずだからだ。しかし、本当に動かないな。睡眠をとるほどの時間ではないが、一日中微動だにしない日もあるようだ。やはり人間の皮をかぶった化物だ。俺も最近に多様な評価を得た事があるが、これは既に生物としてどうかと思う領域だな。



 それからまた<隠密>を使って移動してフェンデル・リットナー伯爵と面会した。数日前に盗み聞きしたときにちらりと顔を見てはいたが、普段は多くの淑女に溜息をつかせるだろうその顔は憔悴の極みにあった。



 思わず挨拶の前に<キュア>をかけてしまったほどにやつれていた伯爵だが、俺の魔法でいくらか回復できたのが、その後の会合はスムーズに進んだ。大体の事情はバーニィが話していたのだろう。


 計画の流れそのものは単純明快だ。俺は雑用の人間として儀式に紛れ込み、生贄のシルヴィアを救い、敵を倒す。

 本来、相手もこちらを警戒しているはずだと思うが、連中はこちらに興味がないのか、それとも自分たちの勝利を確信しているのか、全く動きがないという。

 

 正直、やる気を感じられないほどだ。なにしろ向こうの手勢は大将のグレンデルとか言うおっさんと取り巻き10人のみ。儀式を執り行う雑用の人間は全てこちらが手配するという、色々仕掛け放題の状況だ。


「高司祭たちとしてはこの儀式はどう転ぼうが構わないのだよ。元々、一時の宿を借りるためだけに我が家を訪問したのだから。折りしも来訪時に弟がご令嬢をお連れした瞬間に鉢合わせさえしなければ……だが」


 マジですか……バーニィよ、お前<不運>スキルでも持ってるんじゃないのか? 間が悪いにも程があるだろ……隣を見ればバーニィが頭を抱えていた。自覚はあるようだな。


「どうも彼らはどこかに向かう途中でここに立ち寄ったようなんだ。それもかなりの極秘かつ強行軍でね。高司祭は聞いてのとおり貴族のほぼ全てを敵に回しているから本部から殆ど出歩かないことで知られているんだ。お陰で王都リーヴは今、その動向を知ろうといろんな国の人間が調べまわっているよ。丁度、ソフィア殿下の歓迎式典もあるから他国人間が多くても怪しまれない絶好の機会なのさ」


 口調からも分かるとおり、フェンデル伯爵は温和で優しげな印象の男だった。年の頃はクロイス卿と同い年だから30後半なのだが10は若く見える。だとするとバーニィとはかなり歳が離れているな、兄弟というより親子に近い関係なのかもしれない。

 


「この儀式も彼ら教団本部の原理主義派にとっては貴族への嫌がらせの一つに過ぎないんだ。だからこそこちらに関心を抱かない。禁呪で受肉化した彼らはもう既に人の形をした”何か”だから、人間らしさなどないのだがね。人としての自我を保っているグレンデル高司祭が異端なのだ」


 亡者化せずに禁呪で受肉した状態は、殆ど人の形をした悪魔みたいなものらしい。悪魔とほぼ同等の力を持ち、邪悪な意思を隠そうともしない彼らを多くの貴族は危険視している。グレンデル高司祭はこの禁呪に精通しており、今までごく僅かしか成功しなかった受肉を次々と成功させて、自らの勢力を急成長させているという。自分の体でコツでもつかんだのか? 

 悪魔教団は悪魔になるのが目的じゃなかったのか? なのに高司祭は悪魔になるのをやめて人間の形でいることを望んでいるように思える……。本末転倒な気がするが、本気で悪魔を崇拝する連中の考えなどわかったものじゃない。


「それより、報告は聞いているよ。我が家の倉庫で亡者を実際に悪魔化させたそうじゃないか。私もこの目で見たかったよ。理屈では膨大な魔力を送り込めば可能だと知ってはいたが、とても現実的じゃなくて実際に出来うるなんて考えもしなかったからね」


「に、兄さん、その話をどこから……」


「バーニィ、あの倉庫は我が一族の最大の秘密だよ。お前にも打ち明けてはいるが、出入りする人間は全て確認する魔道具があるんだ。別に責めている訳ではない、前にこの計画を打ち明けられたときにその術を確認する必要はあると思っていたからね。クロイスからも内々に連絡はあったし、お前がやらねば私が話していただろう」


 だが、相談くらいはして欲しかったな、と笑う伯爵を見て俺はバーニィがどんな気持ちを抱いているのか始めて分かった気がした。横に座る友の顔は苦渋と悲しみが混ざったものだった。何か気の利いた言葉を言ったほうがいい気がしたが、言葉にした瞬間、全てが薄っぺらく感じてしまう。口にしようとした俺がそうなのだから、聞かされたほうはもっと感じるだろう。

 互いの優しさが歪に固まっているのだろうが……俺はこの兄弟が嫌いではなかったので、何とかしてやりたいとは思った。前に聞いた話を勘案すると、恐らくクロイス卿も同じ気持ちなんだと思う。

 


 この二人は母親が違う。クロイスからそれとなく聞いてはいたが、魔力の質が違うから間違いない。身近な兄弟といえば双子のメイドがいるが、アンナとサリナは魔力の強弱はあっても質は全く同じだ。詳しい話は他に譲るが、魔法が血脈によって受け継がれるものだから、一族の魔力の質も同じなのだろう。


 母親はおろか、父親さえ違うのではないかとバーニィは考えている。20年前の戦争で伯爵家の男子の係累がほぼ絶えている事が幸いしたのか、誰もバーニィの出自に口を出さなかったようだ。このフェンデル伯爵は本当に出来た男で、疑問の視線を向けられた弟を庇い、事あるごとに相応しい地位につけようとしてきた。出自か生来の性格か、遠慮がちに生きてきたバーニィに奮起を促すため、家長としては驚きの聖職についてしまい、伯爵家の次代はバーニィに託されてしまった。何しろ聖職者は結婚できないからだ。それが高じてフェンデル伯爵は聖職者としての名前を広め、30代後半で司教の階段に足を掛ける快挙を成し遂げる結果にもなっているが、バーニィにしては重圧が増えただけだった。

 

 彼としては、一生を兄の補佐として捧げるつもりだったようだ。それが自分に相応しい生き方だったし、血の繋がっていない他人を弟として扱ってくれた恩ある兄に報いる方法だと信じた。

 父親同じなんじゃないのか? と尋ねた俺にクロイス卿は難しい顔をした。彼は家を飛び出してすぐ旅立ったわけではなく、王都を拠点として数年間冒険者をやっていた。その間、転がり込んでいたのがリットナー伯爵家で、バーニィが初めてこの屋敷に来たときの事を覚えているという。


「俺が転がり込んできた週の週末だからよく覚えてるんだよ。雨の降っている日の夜で、二人で夕飯食ってるときに旅装の女が伯爵家を訪ねてきたんだが、俺は一宿一飯の恩義で家宰と共に対応に出たんだが、その腕の中にはまだ赤子のバーニィが居たんだ。戦争後のゴタゴタで前伯爵と関係があったみたいなことを言ってたが、そのころの伯爵はすでに老齢で女遊びをするような歳も元気もなかった。家督もフェンデルで隠居してたしな。

 どう見ても怪しいんだがその女も鬼気迫る感じでな。どうしたものかと悩んでいるとフェンデルが出てきてあっという間にバーニィを受け取っちまったんだよ。女はそのまま養育費も受け取らずに去っていったからゆすりたかりじゃないのは確かだが、よく解らん話だった。

 だが、こっちの気も知らずにフェンデルは大層喜んでな、その日の内にバーニィを弟だと内外に宣言したからもう事実になっちまった。当時を知る人間は屋敷ほぼ居なくなったが、人の口に戸は立てられないからな」


 聞かされたこちらが返答に困る話だったが、バーニィは恐らく自分がこの家に温情で置いてもらっていると思っているのだろう。だから恩義があり、それを返す事が生きる目的だと思っている。

 だが、兄のフェンデル伯爵はバーニィを本当の弟だと思って接している。それは言葉の端々からもうかがえた。先ほどの発言も弟を心配する優しい兄以外の何者でもなかった。


 なんとか兄の期待に応えようと儀式の手伝いを申し出たバーニィの行動が伯爵家や公爵家、ひいては王家にまで強い影響を与えようとしている。俺が奴なら死にたい程の苦しみだ、自分が死んで解決するならとうに命を絶っているだろう。


「しけた顔をするなよ。一体誰がこの件に手を貸してると思ってるんだ? 明日はグレンデルの吠え面拝んで笑ってやろうぜ」


 俺はバーニィの肩を小突いた。器用じゃない俺は結果で示してやる他なかった。こいつがこの苦しみから逃れる術は作戦の完全な成功しかないのだから。





 昨夜の出来事を思い出していると、しばらくしてバーニィがやってきた。


「本当にリネン室で寝てたのかい。確かに誰も来ない場所だけどさ」


「俺の存在は徹底的に隠したほうが良いからな、連中だけじゃなくこの家の使用人からもな」


 疑っているわけじゃないぜ、と断っておいたが、俺はバーニィの誘いに乗らずに普段誰も立ち入らないような場所を希望して、ここを指定されたというわけだ。簡単な食事を受け取りながら、儀式が始まる夜までここを動かないつもりだった。

 <マップ>を駆使して探ってみれば、屋敷の周囲に怪しい人影が多いこと多いこと。グレンデル高司祭の敵なのだとは思うが、それが俺らも味方とは限らないので昨日の内に屋敷に入って行ってよかった。


 バーニィがいつまでも離れようとしないのでとっとと追い出した。流石にこの家の次男が誰も寄り付かない場所にずっといるのはまずいだろう。昨夜、伯爵といるときに思ったことを口にしようとしたが、どうにも踏ん切りがつかなかった。自分のことさえ分からない俺に何が言えるのか、という気分もある。


 


 それからはひたすら横になって時間を潰すことになった。救いがあるとしたら、ソフィアにくっついていたリリィからの<念話>が頻繁に届くことだ。


 今彼女は歓迎式典の真っ最中であり、あちらも眠気と戦っているそうだ。王宮内は珍しいものであふれているが、魔力を探知する魔導具や仕掛けが様々設置してあり、リリィをもってしても自由に動き回れないらしい。

 相棒にはソフィア達の護衛を頼んであるので、くれぐれも気をつけるように伝えた。


 思えばリリィと一日以上も離れているのは初めてだった。もちろん俺たちは互いの状況、居場所がどこなのかわかるので別段寂しい気持ちはない。


 むしろ親離れした娘を見る父親の気持ちとでも言うのだろうか、俺以外に心を開かなかったあのリリィがソフィアという友を得て俺と別行動をするまでになったと思うと感慨深いものがある。悠久の時を生きているらしいあいつは様々な出会いと別れを経験して臆病になっているのかもしれないが、世界は楽しいものなのだということを思い出して欲しい。ソフィアとの出会いはその切っ掛けになればこれ以上の喜びはない。

 無論、考えには出さない。このこともリリィはしっかり認識していて、大きなお世話だと返ってきた。俺達に隠し事はできないのだ。



 リリィが王城グランリーヴの中を探検して、何があっただのどれがスゴイだのを喋っている内に時間は過ぎていった。食事を取りつつ(ハンクさんに作ってもらった弁当はまだ結構な数があった)聞いていた

ら、不意に<マップ>に動きがあった。4部屋に分かれて滞在していた敵が一つの部屋に集まりだしたのだ。


 連中に動きがある……何が話があるに違いない。俺は<隠密>や<消音><忍び足>などを最大限に活用しつつ、彼らの部屋に近づいて<盗み聞き>をする。



 男の硬い声が室内に響いた。


「全員聞け。今夜の儀式の後はそのまま旅立つ。ここで思いのほか時間を取られたが、想定内の遅れと判断する。それだけの価値のある遅延である。ランヌでの我らによる混乱と影響力の拡大はそのまま敵貴族どもの力の低下となる。大陸南方における教団の威信は高まるだろう」


 <マップ>と<空間把握>によると部屋の奥に男たちが集まって、一番奥の椅子に座った男が話しているようだ。奴がグレンデル高司祭か。年のころは40がらみ、灰色の髪をした高い鼻の男だ。

 静かな口調で話しているが、良く通る声をしている。一代で大勢力を築くだけの事はあるということか。遠目からでも雰囲気を感じさせる男だった。思わず唸ってしまうほどだ。

 だが、惜しむらくはその目が濁り切っている。あれは何かに絶望しきった抜け殻だ。そういう人間だからあの無茶苦茶な逆・洗礼が大成功したのかもしれないが、シルヴィアを巻き込んだ時点で既に慈悲はない。


「翌朝にはサリサ湖に到着するつもりで行動せよ。ここで遅延した分、そこからは向こうから迎えが来る手はずとなっている。何か質問は?」


「一つ。今夜の儀式ですが、敵の妨害が考えられます。どの程度で対処をすべきでしょうか」


「かまわん、好きにさせろ。どうせ奴らには何も手出し出来ず、何をしようが同じだ。儀式は粛々と行われ、淡々と終わる。それだけだ。貴族に生まれたもので無実の者は一人として存在しない。すべからく地獄に落ちるべきだし、一人残らず地獄に落とす」


「承知しました」


 話はそれだけで終わってしまった。側近の男たちは部屋に戻ることなくグレンデルの側で直立不動で控えている。先ほど質問した男の声はあまりにも無機質で感情が感じられなかった。俺の印象としては『良くできた人形』という感じだ。あれが禁呪で亡者になることなく力を得た者達だというが、あんなのが側にいるくらいなら一人でいたほうが俺はマシだな。

 だが、やはり貴族に相当の恨みがあるようだ。あの部分だけ言葉に感情があった。そこからはとても(くら)い果てのない闇を感じた。恐らく奴がああなった全ての元凶なんだろう。



 しかしなんだ、たかがその程度かよ。




 目的は達したので直ちに撤退だ。だが無理しただけあって収穫は多かったな。やはり連中はここに何かの途中でやってきた。儀式にほとんど興味はないが、敵に打撃を与えられる丁度いい機会なのでやっておく、程度のもの。そして、サリサ湖とか言う地名。多分中継地点のようだが、手掛かりなのは間違いない。


 その後、生贄にされているアドルフ公爵の孫娘、シルヴィアの様子を見に行く。昨日の夜にも会っているが、専ら俺のせいで最近の彼女は夜行性だ。幼子に夜更かしは良くないが、気晴らしが夜しかできないからお付きのメイドも仕方なく許している。 

 昨日も公爵からの手紙や伝言を伝えたり、メイドのアンジェラが欲しいものを届けたりと、誰にも見つからずに動ける俺は何かと重宝がられていたのだ。ちょっと前なんて夜の散歩に繰り出して、可愛い孫の顔が見たい公爵たちが周辺に潜んでいたりと中々面白かった。

 シルヴィアは、この外出をお家にとって大事なお仕事と思っているらしく、ちゃんと終わるまではお爺様にも会わないと強情を張っていて、その分手紙で会話をしているようだった。


 俺も元は商隊護衛のクエスト途中とはいえ、ソフィアも件も落ち着いて何をするでもない暇な時期だったので存分に手伝ってやれた。



「こんちは。元気かい?」

「あら、こんにちは。怪しい方」


 公爵令嬢シルヴィアはメイドに本を読み聞かせてもらっている最中だった。初対面の時は彼女は夜だったし、眠っていたので言葉を交わす機会はなかったが、今ではこのように気安い関係だ。

 

 なお、俺は怪しい人と呼ばれている。警戒厳重な屋敷にふらっと現れて用を済ませて帰ってゆくから、いくら怪しい者じゃないといっても無理があるので、いっそ自分から怪しい奴だということにした。

 ふたりは、それから俺を怪しい人と呼んでいる。


「毎度同じで悪いが、不都合はないか?」


「ええ、今朝は伯爵閣下がフランのスコーンをお持ち下さいました。とても美味しくて、ここのままではぶたさんになってしまいそうです」

 

 叔父と同じこげ茶色の瞳と淡い色の髪を持つ少女はその境遇の辛さを感じさせない声音で微笑んだ。


「それはいけないな。いつものお土産を持ってきたのだけれど、これは渡さないほうが良いかな」


 俺は懐から最早定番となりつつある蜂蜜瓶を取り出しかけた……が、その瞬間にシルヴィアの手が伸びてきてすぐさま奪い取られてしまった。


「それとこれとは話が別です。お屋敷にいた時だってこんなに美味しい蜂蜜は食べたことがなかったですもの!!」


「お嬢様……はしたないですよ」


「まあ、なにを言うの! アンジェ。貴方の一番初めの一口が大きすぎるから私のいただける量が少ないのに……」


「お嬢様……それは仰らない約束では……」


 ほほえましい眺めを見ながら思うのだが……。


 この世界の連中は甘味にチョロすぎるだろう。砂糖の出来が非常に悪く(リリィ曰く高価な上、奇妙なクセを持つ甘さがあり、常用に適さないそうだ)、精しくは知らないがテンサイのような作物がないらしい。ここが既に大陸の南なので位置的にトウキビ類も期待できないだろう。他にも大陸があるらしいからそこではわからないが、少なくともここいら一帯では甘味といえば果実の甘みくらいが関の山だ。

 だからこそ蜂蜜が非常に高価で取引されるのだが、養蜂の技術もとある地域が独占しているお陰で殆ど広まらず、ソフィアやシルヴィアのような王族や上級貴族でさえ蜂蜜は薄めて使うようなのだ。


 例外的な入手方法として俺のようにダンジョンドロップという手もあるが、あまり現実的な手段ではない。俺は魔法で遠距離からバカスカ撃って倒しているが、通常は前衛が防御を固め、中衛が援護、後衛が範囲魔法で倒すのがセオリーらしい。

 飛行する魔物とはそれほどに厄介だし、蜂蜜のドロップ率はかなり悪い。セラ先生も前に言ってたが100体倒して1、2個かそんなものだし、さらにダンジョンアイテムはギルドが独占している。

 手のひらに収まるサイズの小瓶が市場では目が飛び出るような価格で流通している。きっとギルドが値を吊り上げているか、自分達で消費しているに違いないと思っている。

 さらにはダンジョン産は調合素材としての人気が高いのでそちらにとられてしまう。まさか、マナポーションの代わりになるとは思わなかったが。

 

 正直食べるよりも、より金になるほうに回されているのかダンジョン産の蜂蜜の現状だった。それを無償で配り歩いている俺がおかしいのだろうが、女性への贈り物ならば金に糸目をつけるべきではない派だ。


 それになにより、<等価交換>だと銀貨一枚にしかならないから、贈って喜ばれたほうが効率がいいと考えている。俺はあまり甘味は好みではないが、世の女性には無敵の威力を発揮するからな。

 目の前の二人がいい例だし、ソフィア達はこのたびで一体幾つ消費したのかわからない。何しろ俺が採取した量を毎日報告させられているのだ。そろそろ嫌だと言いたいが、ソフィアが残念そうに目を伏せると何でもしたくなってしまう。ああ、俺も莫迦の一人だったか。




「不自由だと思うが、それも今日までだ。いや、今日の夜には公爵閣下にお会いできるはずさ。もう少しの辛抱だ」


「お爺様からのお手紙ではこのお役目はとても名誉なことだから立派にやり遂げないといけないと書かれていたわ。お爺様も期待されているし、もちろん頑張るのだけどフェンデルおじ様も具体的になにをすればよいか仰ってくれないの」


「横になっていればすぐに終わっているってさ、伯爵もただ寝ていて下さいとは正直に言えなかっただろう。公爵閣下もご幼少の砌に経験されたと聞くから、お家にとっても大事な儀式なことは間違いないね」


 がんばる、と屈託のない笑顔を浮かべるシルヴィアに対してアンジェラは固く強張っている。状況を知っている彼女からすれば楽観視できないのだろうが、そこは俺たちを信じてもらうしかない。


 あまり長居しても怪しまれる。<隠密>も彼女たちの話し声まで隠しきれる訳ではないからだ。シルヴィアに自分も儀式に参加することを伝え、また今夜にと告げて退出しようとすると、アンジェラが見送りに来てくれた。この訪問の目的は彼女と情報交換することが第一の目的だった。


「今夜の事におけるお嬢様の安全はどれほど保障されているのでしょうか?」


「今はできることをすべてやる、としか言えない。相手が対策を講じているのは確かだが、それが分からないからだ。そちらは何か動きはあったか? グレンデルたちが何かやってきたとかないのか?」

 

 彼女には計画をバーニィが打ち明けている。我ながら荒唐無稽なので、悪魔うんぬんは恐らく省いているが、俺たちが行動を起こすことは分かっているはずだ。


「いえ、結局あれから一度もこちらには現れません」


 本当に興味がないんだな。そのくせ公爵を苦しめるためだけにシルヴィア殺す事は確定なのか。清清しいほどの屑だな。

 俺らが邪魔しても、それでも計画は成功すると思っているようだ。さて、どんな方法を取ってくるのか……。


「俺達は貴方の身の安全も不安視している。シルヴィアを害するつもりの連中が貴方を放っておかない可能性も高い。不本意だろうが、シルヴィアが連れて行かれたら貴方も全力で逃げ出してくれ」


「私はお嬢様の側仕えです。主人の側を離れるわけには……」


「ここは従ってくれ。どのみち儀式が始まるころには引き離されている。貴方が人質に取られたらどうする」


「私など放っておけばよいのです! 今問題なのはお嬢様の……」


「貴方がもし死んだらシルヴィアはどう思うかな? 彼女が大事ならそこまで考えてくれ」


 ここまで言ってようやく納得してくれた。忠誠心はたいしたものだが、状況によっては自らだけでなく、周りの人間の首をも絞めることになる。


「頼むぞ、俺たちの勝利には、貴方も無事であることが含まれている。それも忘れないでくれ」


 幸いこちらの手勢のほうが多い、バーニィに言って確認してもらおう。何故か黙ってしまったアンジェラに二言三言告げるとその場を離れた。おいおい、大丈夫だろうな。彼女は何故かバーニィに対して当りが非常に強い。こんな目に遭わせられて当然といえば当然なんだが。仮にも伯爵家の次男に対する扱いではないが、バーニィも文句一つ言わずに従っている。おかしいといえばおかしいが、今こっちに手を振っているシルヴィアの事に集中しよう。

 公爵やクロイス卿宛の手紙を今日も受け取っている。今日の夜には会えると言っているが、つい書いてしまうようだ。年老いた家宰を見つけて、公爵邸に持っていくようにお願いした。もう既にこの伯爵家にグレンデルたちは一切の干渉をしていない。何の問題もなく手紙は届くだろう。


 しかし、連中はあんな優しい娘を本当に()()()()()()で殺そうとしているんだな……。




 俺はここに至り、彼らに対して初めて明確な殺意を抱いた。


 


 日が暮れてしばらくすると、屋敷が騒がしくなってきた。訪問客が増えてきたのだろう。数年に一度の大きな儀式であるから、招待客も数百人にのぼる。国内の伯爵以上の主要な大貴族、教団の地方を任された司祭たち(貴族派)が続々と集まってくるし、今回は隣国からの姫も参加するとあって、ライカールの大使館から全権大使クラスがやってくるという。

 本来ならば参加人数を削って警備を増やしたいが、そんなことをしたら連中の思う壺である。何かやりますと宣言しているようなものだからだ。本来ならば例え教団本部から誰が派遣されようが押し通せるだけの力を備えているランヌ王国とリットナー伯爵家だが、今回ばかりは相手が悪い。


 

 リリィから屋敷に到着したと連絡が入った。いつものメンバーとさらにライカール王国の関係者も連れて10人以上の団体だ。ソフィアたちには詳細を伝えてはいないが、リリィからこの儀式で何か大事が起きると伝えられている。そのときには安全に避難するようにと何度も念押ししている。


 

 儀式そのものは俺が迷い込んだ地下墓地にて行う。いかにもな雰囲気を持つ空間だが、上手く逃げ出すには苦労する場所だ。なので、参加する伯爵家の使用人たちは主に避難誘導を担当してもらう。事が起きたら招待客たちを安全に非難させるために道順や一時避難場所などを綿密に確認している。



「そろそろこっちも動くとしよう、ユウも準備はいいか?」


 音もなく現れたバーニィに静かに頷く。

 さて、鬼が出るか、蛇が出るか……。


 残りの借金額  金貨 15002232枚 


 ユウキ ゲンイチロウ  LV120 


 デミ・ヒューマン  男  年齢 75

 職業 <村人LV138〉



  HP  2042/2042

  MP  1403/1403


  STR 351

  AGI 333

  MGI 346

  DEF 318

  DEX 275

  LUK 202


  STM(隠しパラ)562


  SKILL POINT  480/490     累計敵討伐数 4698


楽しんでいただけると幸いです。


この文章は基本主人公の一人称で話が進みます。

同じような事書いてなかった?と思われるようなことも

あるかもしれませんが、きっと人称が違うのです!!(目逸らし)


王都編はさっさと終わらせて借金返済へ突き進みたいものですが、

借金が減っていないのは、ユウが昨日行った狩りはレアはリノアに

蜂蜜は二人に全て分けてしまって精算していないからです。

本気で借金返済する気があるのか疑問ですね。


いつも通り次は水曜日予定です。


ブックマーク、ありがとうございます。本当にうれしいです。

これからもがんばります!!!!!


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