王都にて 11
申し訳ありません。急ぎましたが当日間に合いませんでした。
後で修正入る可能性大ですが、内容は変わりません。気に入らない言い回しを変える程度です。
「ここは…………」
古びた階段を下りると、そこは広大な地下空間だった。照明も何もなく、ただひたすらに暗闇だけが支配する空間だったが、<暗視>のスキルを持っている俺は周囲をうかがうことができる。
この場所の感想は、地下倉庫……だろうか。奥のほうに相当数の木箱が等間隔で並べられているだけの場所だ。木箱を積みもせずただ並べているだけなのが奇妙に思えてくる。これではまるで棺桶のように見える。
「死体置き場みたいだな」
「その答えで間違っちゃいないけどね」
魔道具のランタンを掲げたバーニィが気乗りのしない声でこたえた。後ろではクロイス卿が魔法の明りをいくつか生み出して周囲に放っている。
「ここは”在庫”の保管庫だ。ユウが俺の家の地下聖堂で始末した亡者たちも本当はここから持ち出す予定だった」
『亡者』と呼ばれる存在についてはいくつかの事が分かっている。暗黒教団に魂を売り渡した者、洗礼を受けて新たな存在になるのを待っているだの色々言われているが、率直に言って逆・洗礼の失敗作だ。大成功が件のグレンデル、成功が奴の取り巻きの化物ども。何も起こらなかったのが普通で、失敗作が亡者とよばれる。確率はそれぞれ超希少、希少、珍しい、普通で分けられる。
亡者は文字通り魂を売り渡しているので、既に人間の範疇から外れている。何しろ心臓が動いていない。それでいて腐敗もせずに何十年もその当時のままの姿を保っているので最早魔法生命体に近いのだろうとも言われている。俺も<鑑定>でじっくりと見てみたいが、何らかの魔法の措置が行われているのは間違いないと思う。その前に受肉して悪魔になってしまうのでじっくり見る時間はないのだ。
「しかし、たいした数だな」
「数百はあるみたいだね。でも俺も兄さんも数を数えたことはないんだ。昔からこんなもんだったよ。僕が知る限り父と兄の代で亡者にした奴は居ないって話だよ」
ということはここにいるのは数十年ものの亡者ってことか。クロイス卿が木箱の一つを開けたので俺も覗いてみたのだが、いたって普通の人間(の形をしたなにか)だった。
「話を聞いてればあんまりなりたくないが、この数を見る限り、結構人気なのか?」
バーニィは首を振った。あまり楽しい話題ではないようだ。
「暗黒騎士団の本部は教団本部とも近くてね、休日の暇つぶしで本部の資料室を覗いていたら補充方法が書いてあったよ。一番効率的なのは飢饉が起きた年に家族の食事の保証をして一家の長に身売りさせることだそうだよ」
聞くんじゃなかったよ。胸糞悪くなる話だったが、心から自分を捧げるという意識がないとそもそも逆・洗礼自体が起きないらしい。奴隷を購入して亡者に……というのは無理筋のようだ。そりゃあ教団本部の頭のおかしい連中しかやらないな。
それでも過去には頭数を強制的に揃えようとした時期があったそうで、バーニィが見た資料はそのときのものだろう。
暗黒教団の幹部連中は超常の力を持つ集団でもある。それまで戦闘などに縁のなかったひ弱そうな奴でも洗礼を受ければ上位冒険者がパーティを組んでようやく対等に戦えるほどの実力になるという。何も起きなかった場合でもこれだ。人間をやめている影響で、体の構造が既に人間ではないそうだ。一度戦ったことのあるクロイス卿などは心の臓を突き破られても平然と戦いを続けた奴もいるらしい。その時は首を落として灰になるまで焼き続けたという。そこまでしてやっと倒せる強敵だそうだ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってもので数を揃えたくなるのもわかる。……くそっ、覚えてもいないくせに鉄砲という単語が最近頻繁に頭に浮かぶな。気持ちが悪いぜまったく。
で、亡者自体は殺しても死なない不可解な存在だと前に知ったが、しばらくはそのまま放置し続けた。なにしろ百年保存しても全く劣化しないそうだ! それでもごく僅かに呼吸をしているのだから当時の識者は頭を抱えたという。その後、話にも出たサインツ公国のゴタゴタがあって権力側が教団に対する締め付けを強め、強制的に逆・洗礼を行うことを禁止させたという歴史がある。
そのハズレの亡者だが、今は専ら教団の儀式のために使われているという。伝説では亡者が悪魔の贄となり、受肉することでこの世界に召喚できる、という設定らしい。実際はバーニィの兄貴である司祭が生贄を殺すふりをして悪魔は召喚された! とかなんとかで皆がうおお、と叫んで終わりという茶番が3年に一度のペースで繰り返されてきたようだ。
貴族としては教団の便利な部分を有効活用するために、とりあえず敬虔な信者やってますよというアピールをする場であり、各国の上級貴族が王宮のしがらみなく気楽に集まれる貴重な場なんだそうだ。
本部連中にしてみれば貴族どもは自分たちの大事な儀式を侮辱していると憤っていて、今回公爵令嬢の生贄という最高のタイミングで乗り込んできたというわけだ。
「お前をここまで連れてきた理由も分かっただろう? まずは本当に亡者が悪魔化するのかを確かめさせてくれ。なにしろ伝説にあるだけで本当に亡者から悪魔になった話なんて聞いたことない」
「俺は悪魔の角を見ましたよ。教団本部で飾られてたのを見たことあるんで、あれは間違いなく本物でした」
「疑っているわけじゃないぜ。今更お前を信用できないって騒いだ所で他に手がある訳でもないんだ。ただ、信用させてくれ。こっちはシルヴィの命がかかってるんだ」
クロイス卿の目は嘘を許さないものだった。彼自身、姪御であるシルヴィアを猫可愛がりしており、6歳にも満たない彼女が理不尽な理由で命を落とさねばならない事に激怒している。意志の力で表に出さぬようにしているのが見て取れるが、彼女の名を出す度に抑えきれない殺意が溢れ出ている。
論より証拠だ。確か前回は魔法を相手にかけたら反応があったので、今回も同じく<キュア>を箱の中の男にかけてみた。すると、やはり同じように反応があってレッサーデーモンに変化しつつある。最後は<鑑定>するだけで変化したからな。ある程度の魔力で受肉が行われるのは間違いないようだ。
「マジか……!?」
「やれやれ、伝説は本当だったんですね。ですが、一体どうやっているのか。魔法をかけるくらいならそれこそ何百回とされていてもおかしくないですけどね」
二人は驚きつつも腰の剣に手を掛けた。
「変化する前に倒すぞ! こんな地下で暴れられたら面倒だからな」
「分かりました! ユウも手伝ってくれ!」
俺は戦闘態勢に入っている二人を手で抑えた。何をしてるんだと騒いでいるが、それはこちらの台詞である。変化しきらないうちに倒してしまったら金にならないじゃないか。
実は、この悪魔たちは高値で売れるのだ。リリィは悪魔そのものを忌避しているので話に出すどころか<アイテムボックス>に入れるだけでも怒るのだが、適当にその辺で処分するわけにもいかない。
苦肉の策かつ全ての元凶への嫌がらせで魔約定に突っ込んでみたら、なんと一匹につき金貨30枚もの大金になったのだ。受肉して完全に人間を辞めると体組織なんかも完全に別物になるようで、高純度の魔力を持つ物体になるようだ。悪魔の象徴である角など最たるもので、なんと金貨20枚で引き取ってくれた。
嬉しい誤算だったが、相棒は俺が悪魔と関わるのも嫌なようでそんなことしなくてもダンジョンで稼げばいいじゃんとブチブチ文句を言っていた。なので俺も素直に喜べなかったが、毎日借金が増えてゆく状況で臨時収入は美味しい。昨日行った蜂蜜狩りでキラービーのレアドロップアイテムがそこそこ手に入ったが、所詮金貨10枚にもならなかった。大金ではあるが、毎日利子金貨300枚持っていかれる現実には焼け石に水である。しかしホント誰がこんな金額にしたんだ。何度踏み倒した方が楽かと思ったか。その度にライルの故郷の家族の顔が浮かばなかったら本気で逃げ出していただろう。
そんなわけで美味しい相手の悪魔だが、リリィとはどんなに離れていても繋がっているので積極的に狙う事はしない。これは偶然、あくまで偶然だ。男三人で相談事をしていたら偶然悪魔が現れたのだ。死体を放置するわけにも行かないから仕方なく処理したら金貨30枚になった。ただそれだけの事だ。
レッサーデーモンは数秒後に完全に受肉した。二人は絶望的な呻きをあげたが俺はそのまま体の中央を尖らせた<ファイアボール>で貫いてあっさり倒した。レッサーデーモンには生き物でいう心臓がないが、変わりに魔臓という力の源が中央に存在するのだ。ダンジョンモンスターで言う魔核みたいなもんだろう。俺は<アイテムボックス>の解体機能で魔臓の存在を知り、こうするのが一番手っ取り早いと分かったのだった。
ちなみに魔臓の価値は低いので破壊するのに抵抗はなかった。
「一撃かよ……俺がバレンシアで戦ったときは相当苦戦したんだがな」
なんとクロイス卿は新大陸の地下迷宮で本物の悪魔と戦った経験があるらしい。そういえばソフィアとの会話で実在がどうのと話したときにそんな話題があったかも。彼はその当事者だったようだ。さすがAランク冒険者だな。俺とは経験の量が段違いだ。”ヴァレンシュタイン”の皆が腕だけじゃCランクまでしか上げられないと言ってたが、納得だな。経験に裏打ちされた実力がなければいくら腕が立っても壊し屋に過ぎないってことだ。冒険者は傭兵ではない、敵を倒すのが仕事ではなく依頼を解決して初めて成功だと”五色”のブラックさんに言われたのが遠い昔に感じるな。
「俺は薄々分かってましたけど。家の地下には10個近くの亡者を置いてましたけど、全部居なくなってましたから」
あの時は心底驚いたが、結果を見れば大変美味しゅうございました。バーニィの言葉で気付いたが、既に数え方が人に対するそれではない。完全に亡者を人としてみていない証拠でもある。
こいつも金になるからくれないかな? 聞いてみよう。
「なあ、倒すのはいいんだが、コレ、どうすんだ?」
レッサーデーモンは標準的な大きさでも2メーテル以上の図体だ。この地下でどう処理するのか気になった。
「ええ? 倒して放っておけば勝手に消えるんじゃないのかい?」
(俺のせいか……まあ、いきなりあるはずの死体が消えてちゃそう思うのも無理はないか)
怪訝な顔で問い返すバーニィに、俺は自分で戴いてしまうことにした。内心金貨30枚!と叫んだのは秘密だ。そのまま解体して魔約定に吸収だ。事後ならリリィも強く言えまい。
だが、俺の浅知恵も相棒にはお見通しだったようだ。明日も蜂蜜ね、と冷たい声が聞こえた来たのは決して幻聴ではない。
デーモンの足を持って<アイテムボックス>に突っ込むと男二人が狂ったように叫び始めた。
「ユ、ユウ。今のは一体何だ! 死体はどこに消えたんだ?」
「ま、まさか<アイテムボックス>か!? <鑑定>持ちで<アイテムボックス>まで持ってる奴なんて聞いたことないぞ!!」
あ、しまった。金貨30枚に目が眩んでちゃんとマジックバッグにしまってから<アイテムボックス>に移す行程を忘れていた。俺が変な行動をする前に注意をくれる相棒が今日は居ないから、ついいつもの癖でやってしまった。
「お前今すぐAランクだ! 悪魔の魔法障壁ぶち破れる魔力があって<鑑定>持ちで<アイテムボックス>持ちなんてこのアセリアの歴史でも間違いなく史上初だ! Fランクなんてやってる場合じゃねぇぞ! 王都とお前のトコのウィスカのギルマスは俺の知り合いだからいくらでもねじ込んでやる!」
性格変わってるぞこの人! 俺はバーニィに視線で助けを求めた。バーニィは呆けた様になっていたがすぐに気付いてくれた。
「まあまあ、クロイス卿。気持ちは分かりますが、今はその話は後で」
「あ、ああ、そうだったな。すまん、つい地が出てしまったようだ」
「俺はそっちのほうが付き合いやすいですがね」
クロイス卿はそうか、と口調をラフなものにしてくれた。貴族で冒険者なんて舐められないようにガラが悪くなってしまうんだそうだ。しかし実家に帰って公爵家の一員となればそうも行かないと矯正中だったそうだ。
「しかし、俺が現役なら放っておかないぜ。望めば最強と名高い極光の遣いにだって諸手を挙げて迎えてくれるだろうよ。どんないい暮らしだって思いのままだぜ」
その最強パーティが一日金貨300枚稼がせてくれるなら考えてもいいが……無理だろうな。金貨一枚でさえ贅沢しなければウィスカで半月(1月は90日)は暮らせる額だし、一生金貨を使う機会がない庶民だって多いはずだ。俺自身、ライルの田舎で幽霊やってたころは一度も見たことなかったしな。
あの村では銅貨と数種類の銀貨で事足りてしまう。田舎は角銀貨なるものが流通していた。田舎だけでしか通用しないと聞いていたので持っては来れなかったが、一枚で銀貨5枚の価値があった。こんな怪しげな通貨が辺境で勝手に作られるんじゃ商業ギルドが大銀貨の作成に大金を投入する理由も分かるというものだ。
最近になって妙に偉い連中と知り合いになって、泊まる宿が一泊金貨数枚とかいう頭が変になりそうな状況になったが、あれは俺が払ってるわけじゃないし、ドロップアイテムの『価値金貨数枚』とかの表示はあっても自分で手にしたわけでもないから実感など湧かないんだよな。
女性に贈り物するときの金は気にしてはいけない。あれは金額は度外視である。元々俺の金でもないし。
ちなみに初めてギルドの換金で金貨を手にした日は相棒のリリィと二人、金貨を胸に抱いて寝ました。
しきりにクロイス卿は勧めてくれたが俺は頷くわけにはいかず、適当に言葉を濁すと察してくれたのか、それ以上は何も言わなくなった。有難いと同時に申し訳ない気持ちになってしまったくらいだ。
その後、もう一度確認の意味を込めて亡者を悪魔化させて、この方法で間違いないと確信した。
この中で一番詳しそうなバーニィ曰く、方法としては無茶苦茶力技で、信じられないほどの大量の魔力を一度に注入して亡者を無理矢理悪魔化させているらしい。標準的な魔法使い数千人分の魔力を徹底的に凝縮して一瞬で叩き込んでいるらしく、俺が方法を教えてバーニィやクロイス卿が試してみたものの効果は一切なかった。
バーニィの言葉があまりに非常識なので疑ってしまったが、逆にクロイス卿に怒られてしまった。
「悪魔に魔法通している時点で馬鹿馬鹿しい威力だぞ! あいつら魔力が力の源だから普通の魔法は減殺されて殆ど効かねえんだよ! だから悪魔殺しの聖剣や戦司祭たちの出番なんだ。下位とはいえ悪魔を普通の魔法で倒す奴が居るなんて酒場の与太話にだってならないからな!」
何故か俺が怒られてしまったが、明日のための不安要素は解決したといっていいだろう。さっきまで怒っていたクロイス卿もどこか暗かったバーニィにも安堵の表情が見えた。俺も悪魔2体の臨時収入でニコニコである。
その後、作戦当日のざっとした流れを聞いた後、二人はそれぞれ報告すべき相手の下へ戻っていった。クロイス卿は公爵へ、バーニィは兄であるフェンデル高司祭へ話す事がある。
儀式の日時は三日後を予定しているが、最近はシルヴィアお嬢様がずっと部屋にいるのが飽きてきたようで今日は深夜の散歩を約束させられた。そのときに公爵やクロイス卿と面会させる予定なんだが、当のお嬢様がこれは家族にも秘密の作戦ですとメイドに言い含められているので実際に会ってくれるかは不透明だが、二人にしてみれば元気な姿が見られればよいらしい。
<念話>でリリィに連絡を取ると彼女たちはこれから王城で登城の為の式典の説明を受けるとのこと、さらにこの後式典用のドレスの調整などがあり、今日は王城で宿泊することになりそうだとのこと。
一応あの宿に戻るようではあるが、必要に応じて王城に滞在する事が増えるという。ホテルの料金は前払いなので俺一人でも泊まれるというが、あれ? 蜂蜜はと聞けば一人でお願いという無慈悲な答えが反ってきた。これが、罰か。雑貨屋の子供達との約束もあるし、まとめてやるかね。
そろそろ別離が近いことを理解している相棒が口には出さないものの、ソフィアと一緒にいたいと受け取れたので引き続き彼女の護衛を頼むことにした。
特に何かのスキルを使ってはいないが、互いの状況はなんとなくつかめるので不安はなかった。それに必要なら<念話>で連絡が取れるので心配もない。むしろ護衛は王宮のものと教団の儀式にほぼ強制参加させられる彼女のためでもある。仮にも主賓の一人で教団も害意はないと思うが、俺たちが起こす騒動の結果として何か起こるか分からないから彼女たちの側に相棒が居てくれたほうが心強い。
俺たちはそういったことを口に出さなくても伝わる関係なので言葉は要らなかった。
<念話>を終えると俺は一人で先ほどの酒場に向かった。時刻は既に夕暮れである。席はかなり埋まりつつあり、四人掛けの席に陣取ると寄ってきた可愛いお嬢さんに昼間も飲んだ黒い豆茶と何か摘める物を適当に頼んだ。
「よう」
「待たせたかな」
しばらく待つとバーニィとクロイス卿がやってきた。別れる前にクロイス卿に今日は飲もうと誘われたのだ。バーニィは儀式のことを気にしていたが、だからこそだと言われると承諾した。
俺たちは明日の成功を祈り、大いに食い、飲み、騒いだ。
クロイス卿は西の新大陸での冒険譚を語り、バーニィは暗黒騎士になるための訓練や教団本部までの旅路を饒舌に語った。酒が入ると別人のように明るくなる男で、本当はこちらが本当のバーナードなのかもしれなかった。
俺は半ばもういいやと諦め、ウィスカのダンジョンを廻っている話をした。二人は驚きはしたものの、昼間のこともあり疑いはしなかった。ダンジョンで得たドロップアイテムの一部を見せると騒ぎは一層大きくなった。
極めつけは10層のボスドロップアイテムの戦槌だった。かなり奥まった席で飲んでいたにもかかわらずクロイス卿の叫びは酒場中の視線を集めるに十分だった。
大昔に出た同じ実物を冒険中に見たことがあるらしく、バーニィと二人でその巨大さと威容に息を呑んでいた。これをどう処理するか悩んでいると告げると、さっきまでの酔いが全て醒めたかのような声で良い場所があると囁いた。
夕暮れから飲み始めた俺達だが、気づけばかなり夜も更けていた。
少しばかり盛り上がりすぎてしまった。俺も最近は女とばかり関わっていたからその反動もあるのかもしれない。我ながら、とても近々一人の少女と一国の命運がかかった戦いがあるとは思えないほどに。
俺は<全状態異常無効>があるし、例え誰かが酔い潰れようとも無理矢理<キュア>で回復させるから酒精が残るようなことはない。
客のいなくなった店を出て俺達は帰途に就く。
クロイス卿は俺の回復魔法を受けてすっかり回復し、自らの屋敷へ去っていった。
バーニィもそれに付き合った。公爵の報告に同席するつもりのようだ。証拠品の悪魔の角を渡してあるので、疑われるような事はあるまい。彼とはまた後でお嬢様の相手をするために会うことになるし、土産の品もそれまでに用意しなければならない。そろそろネタが尽きようとしていて、誰か王都の珍しいものを知らないだろうか。俺の周囲は他国人と王都初心者か貴族だけで庶民がいないのだ。
その庶民に今から会いに行くのだが。
「あ、忘れ物ですか」
看板ウエイトレスが店に戻った俺に声をかけてくる。昼間も思ったが、こっちの方が板についているように思う。何であんな事をしているのだか・・・・・・いや、家業に嫌も糞もないか。
「ああ、挨拶を忘れていてね。あの夜は世話になったし、ホテルにつけた人員の礼もしてないからな」
俺の言葉に客のいない店内は凍りついたように静まり返る。皿を片付ける音だけが嫌に大きく聞こえる。
「ふうん、やっぱり気付いていたんだ。やるね」
ソフィアを狙った暗殺者どもを皆殺しにした夜に現れた謎の凄腕暗殺者は可憐なウエイトレスとして俺の前にいた。あの夜に聞こえた声は妙に高い声をしていたから何か使って声を変えていると思ったが、まさか地声とは思わなかった。纏っていた装束も体の線を隠して人相も風体も掴めなかったがまさかこんな若い女の子だとはな。
まず間違いなくこの女の子がギルドの頭だ。栗色の髪を高い所でまとめる何だっけ……ホーステールだったかの髪形をした綺麗と言うより可愛い感じの子だが、今の顔は緊張に固まっている。
この子が撤退した時から<マップ>で行方を追っていたので現在位置は割れていたが、女の子で店のウェイトレスをやっているとは思わなかった。たまに探すと忙しく動いているとは思っていたが、仕事中だったのだろう。
「口直しに何か飲みたいな。さっき飲んだ黒茶も産地によって味が変わるそうじゃないか。メニューには色々書いてあったからそれを試したいな」
「随分と余裕じゃない。ここをどこか分かってきているんでしょう?」
「勿論、ここが王国の暗殺者ギルドの頭領の根城だということはな」
俺がその言葉を発した途端、周囲から強烈な殺気が叩き付けられた。元々準備していたのだろう、各地に潜ませた手の者から放たれたものである事は分かっている。
そもそも昼間にちゃんとまた来るぞと言付けておいたし、酒場としては盛りの時間帯であるはずの今、客が全く居ないのだ。あちらがそのように手配をしておいたと考えるべきだろう。むしろこっちがここで酒盛りをすると聞いて面食らったほどだ。あちらの狼狽も相当なものだろう。
だが、有象無象の殺気に当てられるほど柔ではない。敵としての危険度ならソフィアを狙ったあの連中の頭の方が断然上だし、目の前の少女はその更に上を行く。
俺は泰然として、空いている席に腰を落ち着けた。そもそも剣呑な空気になる方がおかしいのだ。
「おいおい、周囲の連中の殺気を抑えさせろよ、近所迷惑だろ。俺はここに争いに来たわけじゃないって言っただろう。挨拶だよ挨拶」
「いきなり本拠地に現れて信じると思う?」
ウエイトレスの少女は手にしていたトレイを盾にするように構えている。傍から見れば身を護っているようだが、絶対に飛び道具を構えているに違いない。彼女が優れている事はこの振る舞いだけでも分かる。こちらに一切の殺気を向けていないのだ。おそらく殺気そのものを出さずに相手を仕留められる程の暗殺者なのだろう。だが、こうしてさっきから相対して初めてわかることもある。
「それは、互いに努力しようとしか言えないな。その点、俺は心が広いぞ。初対面のときの挨拶は水に流してやる。そして滞在しているホテルに人を寄越してくれている件について礼を言いに来ただけだ」
ここまで言ってもウエイトレスは警戒を解かなかったが不意に俺の前に黒茶が置かれた。ほのかに漂う香りが先ほどと違うので、産地を変えてくれたのだろう。
「リノア。こちらはこう言ってくれているのだ。礼には礼を尽すのが我等の流儀だ。忘れたわけではあるまい」
俺に黒茶を饗してくれたのは店の主人と思しき老人だった。針金のような細身の老齢の体だが、背筋はきっちりと通っており、まさかまだ現役なのかと思わせる動きをしている。
「爺ちゃん、だって……」
「くどいぞ。己の行動に自信と誇りを持て。振る舞いが己の格を決める。いつも言っているだろう」
俯いている彼女を見やりながら黒茶を口に含む。芳醇な香りが口の中に広がり、程よい苦味と酸味が複雑な味わいを生み出している。いい、好きだなこの味。
単品でも十分にいけるが、これほどの品には何か合わせるものが欲しいが……頼める雰囲気ではない、何か持っていないかと<アイテムボックス>の一覧を探す。最近はシルヴィアお嬢さまの土産に公爵家の料理人からこれも持って行けと様々なものを渡されている。現状の所、公爵邸で毎日会っているのは俺だけなので、すれ違う使用人からもシルヴィアの様子を口々に尋ねられる。それだけで彼女がどれだけ大切に思われているかが分かるというものだ。
そのため、最近の<アイテムボックス>は蜂蜜以外にも色々な甘味が入っている。殆どがリリィとソフィア達によって消えていくが、まだ少し残っている。今日の分はこれから補充するので今ある分は食べても大丈夫だ。ああ、礼代わりにこれを出すのもいかもな。公爵邸の料理人はいくらでも持って行けととんでもない量を押し付けるし、公爵もシルヴィアにはとてつもなく甘いようで、何も言ってこない。お付きのメイドが厳しさ担当のようでもあるので、公爵は孫に甘い祖父をやれているわけだ。
俺が持ち込んだ合作であるモモのタルト、ハチミツがけを取り出すとウェイトレスの態度は一変した。
「それって……おいしい?」
「ああ、甘いぞ。黒茶に丁度いい」
タルトは明らかに一人で食べる量ではない。俺の分を取った後彼女のほうに寄越すと視線がタルトに添って動く。祖父らしい人物に視線を移すと額に手を当ててため息をついていた。
俺の礼は快く受け入れられた。正直礼というよりタルトで解決した気がしなくもないが、それはそれだ。
5人前はあった筈のタルトを一人で完食したリノアと名乗った少女が無くなっちゃったと、悲しげな顔で言うものだからついお代わりを出してしまった。祖父からは睨まれた気もする。
すっかり上機嫌になったリノアは周囲につけていた手の者を下がらせると、心置きなくタルトに攻めかかった。しばらくかかるなと思った俺は本命に近寄った。
「どうもこんばんわ」
「これはこれは、こんばんわ。このおばばに何か御用かい」
奥で椅子に座っている腰の曲がった老婆は俺の言葉に顔を上げた。柔和なおばあちゃんという言葉がぴったり当てはまる感じなのだが……これだからこの業界は油断できないんだよな。
「話をするなら貴方が適任だと思うので。頭はリノアでも最高権力者は貴方でしょう? おそらく先代の頭だ」
「まったくもう、いったいどこからこんな傑物があわられたのやら。わたしどもの網にはかかってこなかったわい」
表情を一変させた老婆は深々とため息をついた。うまく隠せたつもりだっただろうし、実際に隠しきれていた。店内にはこの老夫婦とリノアしかいない中、この老婆の気配だけがどんなときも揺らぎもしなかったのだ。リノアや老人は俺が訪問の意図を話したときなどはしっかりと気配を変えていたが、この人だけは一貫して揺るぎ無かった。これは大物だと思って声をかけたら案の定だったわけだ。
「冒険者として動き始めてまだ一月経ってませんからね。その割に色々巻き込まれているのは自覚してますが」
「強すぎる力は人を巻き込むものさ。ロッソ一家がたった一人に皆殺しになったなって孫が報告を上げてきた時はもう少しまともな冗談を言えと思ったものだけど、本人を目の前にすると納得するしかないねぇ」
暗殺者ギルド先代頭、氷結のミリアの異名を持つ女傑は俺を見上げると自嘲気味に笑った。俺をどんな化物だと思っているのか知らないが、今はその件は置いておく。
「そのロッソ一家の件でお願いがあって参上しました。依頼という形にしてもらっても結構です。依頼料は白金貨一枚」
懐から虎の子の白金貨を取り出す。たった一枚の硬貨だが、金貨100枚より説得力が段違いだ。さっきまで俺をいぶかしげに見ていた皆が、急に真剣な顔になってゆく。タルトをほおばっていたリノアも例外ではない。
「随分と張り込んでくれるね。知ってのとおり、今こっちは人員を割いているからあまり動かせる人数は多くないが、それでも構わないのかい」
「はい、まず一つ目ですが、ロッソ一家は全員行方不明です。王女殿下に仕掛けた事実はありません。そういう噂を流してください」
「それはスカウトの領分だが……実際目にしたこちらがやらなければ意味がないか。それは了解した、こちらが口を噤めば良い話でもある。引き受けよう」
良かった、思わず嘆息した。これが受け入れられなければ最悪この場の皆を手にかける必要があった。殺しは趣味じゃないが、ソフィア達の安全を天秤にかければ初対面のここの人たちなど一顧だに価しないつもりだった。件の暗殺者がリノアだと知る前までは。
さすがに憎くもない少女を手にかける気にはならなかったので断られたら正直手がなかったのだ。
「二つ目は、今もやってもらっているようですが、王都におけるライカールの影響を絶っていただきたい。少し前に東地区で捕り物があった事は知っていますがあれを継続していただきたい。少なくとも王女殿下がここに滞在する間は続けて欲しいですね」
「あれは外壁の外の連中を使って動いてくるから鼬ごっこなのよね。相手も向こうの皇太后の肝煎りだからしつこくやってくるのよね。諦めたら人生終了だから向こうも必死みたい」
「こっちの見立てじゃ皇太后の力は大幅に削がれる予定だ。国王も重い腰を上げるし、そもそもの実働部隊をほぼ殺ったからな。皇太后の使える手足をもいだはずだ。今の一件が片付いたらこの国の方にも頼んでみるつもりで居るから、ギルドにだけ負担が集中する状況にはならないはずだ」
「それなら助かるわ。警護対象もそろそろ王城へ上がるって話だし、人員も余裕ができると思うってそういえばここに居ていいの?」
「今は王城だぞ? 俺が居ても場違いなだけだ。いざというときの護衛はつけてあるよ。それで、依頼はうけてもらえるだろうか」
俺はリノアではなく、ミリア婆さんに視線を向けた。実権は孫のリノアに預けてあるようだが、最終決定件はこのミリア婆さんにあるのは間違いない。何しろリノアは時たま視線を婆さんに向けている。お伺いをて立てているのは明らかだ。
「依頼その物は受けても構わんよ。ロッソ一家はもともと仇敵だ。その敵が頭を下げてきたから今回は色々制限をつけたが受け入れた。だが、それは敵対しないというわけではない」
「それでは、受けてくれると考えていいのですね」
「依頼は受諾しよう。むしろ、こちらの提案を呑んでくれれば依頼料は必要ない」
ミリア婆さんが突如変な事を言い出した。しかしその顔は真剣そのもので、俺も居住まいを正した。
「その提案とは?」
「あなたはロッソ一家を殲滅し、多くの戦利品を得たと聞いている。その中に刃が螺旋状に変化した黒い短槍はなかっただろうか。それは先先代が当時のロッソの頭に敗死した際に持ち去られたこの組織の宝なのだ。武器として大して価値があるわけではないが、子孫としてそのままにしておくわけにはいかんのでな」
黒くて短い槍? そんなのあったかな? 奴らのマジックバックには本当に様々な品が入っていた。戦利品を山分けしたが、皆が選んだ品に槍はなかった気がする。だが、今手元に件の槍はないということは……既に魔約定行きということになる。ああ、思い出した。螺旋状のドリルみたいな手槍があったな、確かに黒かったが特に魔法の力は感じなかったので山分けには出さなかったわ。うん、間違いなく魔約定行きになっている。
「探す時間がほしい。戦利品を皆で山分けしたから今不在にしている冒険者の手に渡っている可能性もある。買い戻すにしても王都に戻るまで少々時間がかかると思うので」
といって、時間を稼いだ。俺もこの調子で行けば借金の方も動きがあると見ているが、そのときに確認できればいいか。
「時期はいつでも構わんよ。この老いぼれが隠れる前に先祖の墓に報告できればそれでいいのでな」
かなりゆるく待っててくれるようだ。こちらとしては有り難い話である。さらに出した白金貨まで返してくれるという。こちらとしては依頼に対する報酬なので受け取って欲しいそうだが、殆ど労力がかかっていないからと固辞された。仕方なく戻すが、本当にいいんだろうか。
「なあに、こちらはこちらで利益があるでの、のうリノアや」
「へ? 何のこと?」
話を振られると思っていなかったリノアは間の抜けた声を出した。さっきまでとは別人のような態度だが、こっちが素なのかも知れない。多分だが、ミリア婆さんはリノアのある弱点を何とかすべく俺を使おうとしている気がする。
その件に関しては、完全にそちらの問題なのでお宅で解決してくださいとは思うが、協力関係を築けるならば手を貸してもいい。
とんとん拍子で話が進んでゆくが、当のリノアは良く分かっていなさそうだが、あとでミリアから話でもあるのかな。
とりあえず、明日の迷宮探索に彼女も付いて来る事になった。だがその間、リノアは全く会話に参加していない。
「へ? いやだから何で話が勝手に進んでいるの?」
文句は君のお婆さんにどうぞ。俺は一人寂しくダンジョンを潜らず済んで幸運だ。可愛い女の子(職業的暗殺者)と二人で迷宮というのも乙なものだな。少しは楽しみになってきた。
残りの借金額 金貨 15001632枚
ユウキ ゲンイチロウ LV118
デミ・ヒューマン 男 年齢 75
職業 <村人LV134〉
HP 2011/2011
MP 1382/1382
STR 334
AGI 311
MGI 325
DEF 295
DEX 259
LUK 196
STM(隠しパラ)560
SKILL POINT 470/480 累計敵討伐数 4523
楽しんでいただければこれに勝る幸せはありません。
次はなんとか水曜日までにあげるつもりで頑張ります。




