王都にて 9
予定通りなんとか水曜アップです。
「お嬢様、この魚の酢付け、大変美味」
「こちらの山菜も珍しいですが大変によろしゅうございます」
「本当に美味しいですね。アンナが他の方の料理を評価するのは初めてではないかしら?」
「今まで経験したことのない味付けですので非常に刺激を受けています。東方の料理は私たちの知る料理とは大分方向性が異なっていますね。同じ料理人として驚くばかりです。もっともこれらの料理はほぼ作りたてのようですので、迷宮の地下でこのようなものが食べられる事も評価を上げる一因ですが……」
「ふふふ。素直に美味しいといえばよいのに。その意味ではジュリアを見習うべきね、貴方のいくつめのお弁当なの?」
「お、お嬢様! 私は小さなものが多かっただけです。六個めでも実際は三つくらいです!」
「三つは多いと思う……」
「サ、サリナ。もっと小さな声で言え! ユウ殿に聞こえてしまう出ないか!」
「はぐはぐはぐ……」
以上、俺の背後で交わされていた女性陣の昼餉の会話である。実に和気藹々としていてよろしい。今の状況でなければ更に良かったのだが……。ちなみにレナはひたすら食べている。それを見ていると微笑ましくなってきた。しっかり食べて早く大きくなるのだぞ。
しかし君達、今なおこの階層に閉じ込められているという自覚があるのかね?
「まあまあ、ユウに全幅の信頼を寄せている証みたいなもんだから、ねっ」
俺の隣で相棒のリリィが彼女たちを庇っているが、そのリリィの小さな頬にも大好物の蜂蜜がついている。近くの卓の上には空瓶が数個転がっているのが見えた。君も大分楽観的だなぁ……。
「みんな、俺に期待しすぎだ。こちとらまだ突破口さえ見つけられていないってのに」
いまだ現状としては打つ手がない。さっき<空間把握>で調べて分かったんだが、ここは完全に地下”第六層”ではないようだ。今までの俺の乏しい経験でも層が進むごとに地下へ”降りていく”感覚があり、先ほどのスキルでもそれは確認できたのだが、この階層は”独立した未知の階層”という表現が正しいようだ。上にも第五層がないし下にも第七層が、ましてや横に本当の第六層があるわけではないようだ。魔法で大穴を開けて無理矢理下に降りるという訳には行かないらしい。本来ならすぐに穴が塞がるが、全力で穴をうがち続ければ穴を開けられると思っていたが、そうは問屋がおろさないようだ。
つまりあのチートてんこ盛りゴーレム(リリィ命名)を倒して背後に見える大扉を開けなければならないのは間違いないようなんだが……ありとあらゆる攻撃を防ぐ、あるいは無効化してしまうチートスキル持ちの無機質生命体相手にどう戦えばいいのか。
正直、俺はもはやあいつを倒すのに特別な道具や何かの儀式が必要なのではないかと思っている。そして俺にそんなアイテムの心当たりはなく、王女一行にもあるはずがない。この世界中にダンジョンはあるにしろ、他国の人間にそれを期待するほうが間違っているかもしれないが。
何故こんなことに巻き込まれているのかという恐ろしく根本的な疑問も思い浮かぶが、それについては考えないことにした。馬鹿馬鹿しい額の借金を抱えた俺の幸運の低さが原因と言われたら立ち直れないかもしれない。
「ユウ殿にまかせきりで申し訳ない。自分が替わるので休憩を」
既に重症から回復しているジュリアが背後からやってきたがその手にはまだ弁当があった。たしかここら辺では取れないキネとか、とかいう穀物を握り固めたものを両手に持っている。稲の間違いではないのか?
しかも一つを俺に渡すわけではなく、交互に食べている。見ればその穀物それぞれに違った味がついており、食べ比べているらしい。しかし、この少女はこんなに健啖家だっただろうか。
「普段はこんなに食べませんよ。ホテルの食事もあまり量があるわけではないですしね」
いまは非常時だから食べれるときに食べているというのかジュリアの見解らしいが、まあ嘘なんだろうなと分かってしまうほどいい笑顔で口に運んでいる。まあ、食事を美味しく取れる事は良い事である。
あえて追求する事もなく、俺は扉の穴からゴーレムを見据えた。奴は相変わらず膝をつくような形で休止状態だった。
あまり時間も掛けていられない。<時計>スキルで確認すると現在時刻は午後3時過ぎだ。この階層で一時間半近く使っている計算になる。帰還の時間も考えるとあと30分以内には決着をつけたいところだ。
そこまで考えて不意に可笑しさを感じて笑ってしまった。俺も随分と楽観的に考えていたらしい。倒し方を欠片も見つけていないどころか、この階層からの脱出さえ覚束ないのに俺は既に帰還の時間を気にしているのだ。
たしかに面倒極まりない敵だが、真正面から戦っても倒せはしなくても負ける相手だとは思わない。少しは気楽にいってみよう。
「あ、いや、私は何か気に触ることを……」
俺が不意に笑った事に不安を感じたらしいジュリアがこちらを見てきたが、手を振ってなんでもないと応える。露骨に安堵した顔になった彼女だが、俺をそちらを見ている暇などなかった。
扉の先の空間がいきなり魔力を発したのだ。圧倒されるような強大なものではなく、ごく普通の量だったが、こんな反応は初めてだった。その後、ゴーレムが動き出したが、またすぐに動きを止めてしまった。
「今のを見たか!? リリィは?」
「た、確かに、見た!」
「私も! 一体なんだったんだろ」
俺たちは今の謎現象を解明すべく原因を探したが、それはすぐに見つかった。先ほどまでジュリアの手にあった経木(弁当の包み紙)が手から落ちて扉の穴を抜けてあちら側に行ってしまったようだ。
俺とリリィは真顔になって顔を見合わせた。ジュリアはおろおろしているが、すまんが後だ。
もしかして、今のゴーレムには<魔法効果無効>の障壁がかかっていないのではないか?
これなら色々と辻褄が合う気がする。魔力で動くゴーレムに全ての魔法を無効化する障壁をつけたら動力をどう確保するのか? こいつは部屋から供給を受ける型ようで、動力が内蔵型ではないことを既に確認している。所謂”力ある言葉”がどこにも記されていないのだ。その場所には強い魔力が存在するので<魔力探知>ですぐわかるのだ。
<全属性魔法完全無効化>が常時発動してはいないだろうとは思ってたが、もしかしたら部屋に何か異物が入り込んだら障壁を作動してゴーレムはそれまで魔力の充填をしておくようにしているのではないか。
今まで部屋を出入りするときはいちいち扉を空けていたから気付けなかったのだが、いまならこの開けた穴から魔法攻撃があのゴーレムに届くのではないか?
うなずきあった俺とリリィは試しに今の位置からゴーレムめがけて火魔法を打ち込んでみた。
結果はたしかに魔法障壁は一々起動しているのが分かった。ドアの開閉や部屋の中に何か動くものがあると反応するらしい。
つまりこの位置からゴーレムの魔法障壁が作動する前に敵を破壊すればよいということになるのだが、そこからが大変だった。
こちらの魔法が届く前に魔法障壁が発動してしまうのだ。今使える魔法の中で最速の風魔法をもってしても遅すぎて話にならない状況だった。部屋の内部に何かが侵入した瞬間に発動する障壁の展開の速さに俺の魔法の速度が完全に敗けている。
「リリィ、これ以上早い魔法ってなんかあったっけ?」
「魔法ってのは発動が早い遅いならともかく、打ち出した魔法の速度を何とかする考え方じゃないんだけど……ユウの場合は滅茶苦茶な魔力で威力や速度を最大限にまで無理矢理底上げしているから色々変化できるけど、普通は大体おんなじような速度や威力だよ」
つまりこれ以上の速度の魔法はないということらしい。ここまてきて目論見外れはあんまりだ。諦めきれずに考えられる速そうな魔法をいくつか放ってみたが、結局は何の意味もない。
「やっぱり駄目か。考え方は間違ってないと思うんだが」
あのチートゴーレムに真正面から戦う術がない以上、この文字通りの”抜け穴”から魔法で遠距離攻撃するしか方法はない。飛び道具は<超硬化>スキルで僅かに削れる程度の効果しかないからだ。
「そういえば、一番速い攻撃は何なのでしょう? それがわかれば少しは意味があるのかもしれませんわね」
そう声を掛けてきたのは背後で優雅に茶を楽しんでいるソフィアだった。皆が口々に弩の矢だとか槍騎兵の突撃とか思い思いの言葉を告げているが、自分としてはなんだか違和感が残った。
なんというか、概念というか考え方そのものが違うような気がしたのだ。何かもっと圧倒的なものがあったと思うのだが、一切の記憶がない自分にわかろうはずもない。
「リリィ、『聞いて』もらえるか? あまり使いたくはないかもしれないが、このままここに足止めされるわけにもいかないからな」
「もうやってるよ。ちょっと待ってね」
初めて相棒を<鑑定>したときに知ったのだが、リリィはこの世界の全ての知識を『知っている』らしい。詳しく聞いたことも確認したこともないが、手順がえらく複雑でさらに時間がかかるため滅多に使わないし、俺も必要としなかったからあまり突っ込んだことを聞いたことがなかった。
本人曰く、超巨大な図書館に行って一人で調べ物をするようなものらしい。しかも手掛かり一切なしの状態で。
例えば明日の天気は? という質問に、どこの次元(?)、惑星、年代、時期、日付、質問内容、天気、朝、昼、夜でいちいち調べるらしい。しかも本人は無意識なので、効率的な調べ方を一切しないようだ。
死ぬほど面倒だからやらない、という結論に俺も同意したのを覚えている。
だが今回はさすがにその力を借りることにする。本当に打つ手がないからな。
相棒が言うには全能の知識といえども流石に万能とはいえないようだ。知識として得る事と経験として身につく事は違うし、人が水中で生活する方法はという疑問に『無理』と回答で返ってくるそうだ。空気を管で通せとか、そういう融通は利かない杓子定規のような答えである。
ちなみに一番効率的な借金返済法は……『労働』だそうです。そりゃごもっとも。
しばらく腕組みして唸っていたリリィがようやく口を開いた。何らかの答えを得たようだ。
「う~ん、音とか出たんだけど、どういう意味だろ? 一番速いのは光らしいけど、何のこと?」
答えた本人が一番不可解な顔をしている。答えがわかっても意味がわからないというやつだな。あるいは知識と知性の違いというやつか。
「音で何かを攻撃するなんて聞いたことがない」
ジュリアも難しい顔をしてむむむと悩んでいる。最近の彼女は歳相応の反応を見せるようになった。今までは最年長として大人ぶっていたのだろう。
「不快な音をたてたりすれば立派な攻撃なんでしょうが、ゴーレムに耳はないでしょうし」
ソフィアも思案顔だ。光に至ってはどうやって攻撃するのかまるでわからないとメイド二人と話し合っていた。
だが、俺はおぼろげに理解し始めていた。いや、正確には理解というより断片的に思い出したというべきだな。音と光は移動する速度としては最も速いはずだ。たしか音速より光速のほうがもっとずっと速かったような気がする。
ただこれを皆にどう説明したものか悩むな。俺も詳しい原理を知っているわけではないから大体そんなもんだ、という内容になってしまう。
「ああ、あれだよ。今こうやって喋っている言葉がお前たちに届く速度が『速い』といっているんだ。光も同じようなもんだな」
どうかこれで納得してくれ。俺もこれ以上の説明はできないんだ。
「なるほど。しかし音では敵を倒せませんね」
アンナが俺の表情から素早く意図を見抜いて問題に引き戻してくれた。アンナ、本当にありがとう。
「音波とか色々あるらしいんだけど、なんか良くわかんない」
「ああ、俺もわからん。となれば、残るは光ただ一つになるんだが、これもよくわからんな。光をピカピカ当てれば敵が倒せるなら苦労しないんだが」
「神聖魔法で『浄化の光』という魔法がアンデッドたちを消え去るそうですが……ここでは関係ないでしょうね」
ソフィアの呟きに一同頷いた。光で他になんかないかな。
そのとき、<時計>スキルが午後4時を示した。今はパーティを組んだ状態なので、皆が時刻をわかるように音声で表せる様にしている。時間がいつでもわかるこの機能にソフィアたちは酷く驚いたようだが、あまり深く追求はしてこなかった。俺の非常識さを諦めたのだろう。
「もうこんな時間か。本当に何とかしなければ日が暮れちまうな」
「今日の夜から天気が崩れる。空気が重くなってた、今の時期だと雷もくるかも。その前に帰還推奨。ジュリアが全く役に立たない」
「そ、そんなことはないぞ。ほ、本当です。すこし、ほんの少しだけ苦手なだけなんですから! 普段とまったく変わりませんとも!」
ジュリアが俺に向かって必死に訴えているが、全くの逆効果にしか見えない。
「嘘ですね。ジュリアは雷が鳴るといつも膝を抱えて耳をふさいでいますから」
「アンナ! ユウ殿になんということを! そ、それは昔の話で、今は全く平気ですから!」
わいわいやってる姫様一行を見やってリリィが呆れににも似た声を上げた。
「この期に及んでも身の危険を一切心配してないのはたいしたもんだね」
全くだ。あれも大物の証明だな。
「でも、雨が降る前には帰りたいね。羽が濡れると乾かすの厄介なんだよね」
「そうだな、雷も嫌だしな。そういえば大昔に村はずれで大きな奴が落ちたっけな」
俺がまだ憑依霊やってたころの話だ。暑い日だったがいきなり暗くなって轟音と共に一柱の落雷があったのだ。まだ幼かったライルのきょうだいたちが泣き叫んだほどの大きな落雷だった。
「ああ、そんなこともあったねぇ。私たちは見てるだけだったけど、森一番の大木に落ちて大きな火事になったねぇ。ここでもあったら大変………」
「「それだ!!」」
俺たちは声をそろえて叫んだ。そうだ、何で思いつかなかったのか! 雷なら電気なので光と同じ速さだし、かなりの威力だった。昔見た光景でも巨大な古木に大穴をあけていた記憶がある。そうだ、電気だ電気、何で今まで思い出さなかったのか。
そうと決まれば後は早いはずだったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
雷のイメージに手間取ったのだ。電気だということはわかっているのだが、これをどうやって魔力でイメージすればいいのかわからないからだ。なんとなくでもできなくはないが、威力も本当になんとなくでしかない。
結局、冬場におこる静電気のイメージで行くことにした。相棒はウナギやナマズとか言っていたが、なんのことだか俺も本人もわかっていなかったからしょうがない。聞けばどうも魚の一種らしいが、やはり聞きかじりの知識ではリリィ自身うまく説明にはできないようだ。前も思ったが、やはり万能のスキルというものは存在しないな、どこかに穴があるか、それを扱う人間に欠陥があって十全な結果をもたらさない。
さて、気を取り直していこう。
初めて使う魔法だから慎重にも慎重を重ねることにした。大きく息を吸い、取り込んだ魔力と自分の中にある魔力を掛け合わせて体内を循環させ、高密度に練り上げてゆく。いつもは瞬間的に行っているそれを時間をかけて十全に行い、魔力を乗せに乗せてゆく。何せ元のイメージが静電気だから徹底的に増幅しないととても威力など期待できないだろう。手がパチッと来る奴を一体どれほど増幅すればよいのか想像もできない。
そして頭の中で極太の雷光をイメージする。皆に離れているように伝え、大きく息を吸う。体から力があふれそうになり、周囲を電気が走っているように思える。バチバチ言っているのはきっと気のせいではない。
初めてここまで魔力を練り上げたのだが、これでもちゃんとした効果があるといいのだが油断はできない。大体静電気の数億倍くらいの威力に設定する。
じゃあ、いこうか。
「”雷光”」
イメージを強化するために言葉と共に突き出した両手から白い光があふれる。凄まじい光の奔流が俺の視界を埋め尽くした。
耳を劈く轟音は後からやってきた。
雷鳴を「神鳴り」と誰が名付けたのかは知らないが、その言葉はまさに神の怒りにふさわしい。ある古い神は雷をもって大地に生きる人々への鉄槌としたという逸話があるが、この惨状を見れば頷ける話だ。
先ほどまで砂埃で前が見えなかったのだが、晴れたらえらいことになっていた。ゴーレムがいた広間の壁をぶち抜いてその奥にあったらしい部屋の壁すら易々と貫通し、大穴をあけている。嬉しい誤算で道が開けたようだった。やはりゴーレムの背後のあの扉は偽物だったか。部屋を探査したときにその先がないからおかしいと思っていたのだ。
そして倒すべきゴーレムにいたってはもはや原型を留めていなかった。奴が存在したことを示しているのは砕け散った大量の岩石に見ることができる程度にすぎない。
うん、やりすぎたな。
元々のイメージが静電気だったから大した威力にならないと踏んで目茶苦茶強化しまくったのだが、明らかに過剰に過ぎた。
奥の部屋まで損害を与えるとか、もしそこに出口があったら目もあてられないぞ。
「ほえー……すっごい威力だねぇ」
リリィも呆けたように呟いている。俺の彼女も流石にこんな結果は予想してなかった。ゴーレムに何らかの損害があれば御の字くらいに考えていたのだが……。
「……い、今のはいったいなんなのですか?」
轟音と衝撃からいち早く立ち直ったジュリアがこわごわ尋ねてきた。アンナも魔法を修めるものとして非常に気になるらしく、普段見られない顔をしている。これはこれで貴重だな。
「さっき話に出てきた雷を魔法にしてみたんだが、ちょっとやり過ぎたな」
「なっ!」
てっきり呆れられると思ったのだが、返ってきた反応は驚きだった。
「それは、自身で新たな魔法を作り出したということですか?」
「まあ、そうなるな。でも、魔法って魔力を想像で形作るもんだから、できてもおかしくはないだろう?」
「………………ああ」
おいおい、あのぼんやりしたアンナがへたり込んでしまった。体調が思わしくないのかと回復魔法を使ってみたが変化はない。どうしたものかと思っているとアンナがサリナを助け起こした。
「私たちは母から魔法の基礎を教わっています。一般的な魔法の習得は呪文と共に触媒と魔力を消費して魔法を行使するものです。そのために呪文の存在こそが魔法の要であり古代から伝わる秘儀として伝わっています。一般の私塾で伝わっているのはそのごくごく一部といわれ、著名な魔法一門がいにしえの呪文を秘匿しているともいわれ、彼らの源になっています」
ふーん、そうなんだ。ってあれ? 俺が聞いたのとはなんか違うな。
「俺が魔法の師匠から聞いた話とは結構違うな。呪文は魔力をはめこむ型みたいなもんだと思ってたが」
「それは、そうなのかも……」
「アンナ、しっかりする」
どうもあまりの衝撃に立ちくらみがしていたアンナが助けを借りて立ち上がって俺を見据えていた。その瞳は先ほどとは明らかに違った力を湛えているようにみえた。
「私たちが教わったこと、唯一つの正解ではないかも。事実、彼、無詠唱魔法を沢山使う。今は新魔法まで……」
「俺は正当な教育を受けたわけではないから正しい魔法ではないかもしれない、そこまで気にすることもないと思うんだが……」
「重要なのは結果のみ。貴方は知らない方法で魔法を使った。その事実だけが必要」
今まで双子のメイドに対する印象といえば、美人だが寡黙でソフィアを第一に考えており、メイドでありながら護衛としても優秀であると言うくらいだった。様々な危機を乗り越えて今では仲間として迎えられている自覚はあるが、今日はその彼女たちの新たな一面を多く発見している。
いや、まあ具体的には、アンナが俺をずっと凝視しているのだが。
俺の行動一つ一つを見逃すまいとじいっと見つめてくるのだ。それでいてソフィアの護衛も手を抜くつもりはないようなんだが、なんとかならんかなこれ。見られすぎて息苦しいのだが。
さっきもジュリアが謎の視線をよこしてくるし、なんか面倒なことになったな。
「まあ、いいじゃないの? チートゴーレムはぶっ壊したんだし、あの魔法のお陰で奥にあった部屋に進めるんだから」
「そうだな、ずいぶんと長居してしまったし、先へ行こうか」
気を取り直して進むことにしよう。先ほどの魔法でゴーレムはおろかその先にあった壁まで破壊してしまったから通行は可能だった。たぶん、俺の雷魔法が部屋の機能を発動させるより早く壁を貫いたからできた芸当だ。今までかなりの数の魔法を部屋全体に向けても放っていたが、壁が破壊されたことはなかったからだ。例外は俺たちが大穴をあけた扉だけである。
もしゴーレムの破壊だけしていたらこの壁を破壊できなかったと思うとゾッとする話だった。やはりこの部屋を攻略するための正当な方法があるのだと思われる。
俺が雷魔法で開けた壁の向こう側の空間は窺い知ることができなかった。この階層に下りたときに<魔力操作>で構造を調べたときにはこの部屋までしか知覚できなかったからだ。もう一度<魔力操作>でこの先の確認をすると、ひどく小さな部屋だということがわかった。念入りに調べてもそれ以上のものではなく、危険な罠なども確認できなかった。
それでも一応俺が先頭に立ち、彼女たちにはそのまま待機してもらった。ジュリアが身代わりを申し出たが、非常事態での立ち回りは俺の方が上なので、ここは下がってもらった。
おそるおそる小部屋の中に踏み入ると、そこは何もない部屋だった。いや、何もないわけではない、奥まった一角に白い円状の文様が描かれてたいたのだ。その模様は数名の大人でも十分に入れるような大きさをもっていて、わずかだが魔力を発していた。不思議なものは<鑑定>するに限る。
転移陣 価値 金貨3枚
簡易式トランスポッター。魔法文明最初期に作られた転移陣。必要量の魔力を流し込むと設置者が決めた場所へと転移させる魔法導具。後に大量生産されて様々な効果を持った転移陣が開発されたが、この初期型は一方通行でサークル内の物を有機物、無機物共に移動させる。一度設置したら解除不可能。後には双方向性、選択性など様々な改良発展型が作られた。
おお、なんかすごいものが現れたな。こいつを使って脱出するわけか。ご丁寧に起動方法まで解説してくれるとか<鑑定>は便利すぎるな。ただ、この解説文を誰が書いてるのかがいつも気になるところだ。
「ここから脱出できるようだ。危険はないから来ても大丈夫だ」
ソフィアたちを手招きしたはいいものの、この広間はかつてゴーレムだった岩の残骸がゴロゴロしており、彼女たちの足回りはあまり頑丈とはいえないものだ。
俺が履いているブーツはライルの所持品で田舎だからこそできる丈夫なものだった。周辺のモンスターを狩って造った物だ。
狩りなんて貴族だけの特権でバレたら最悪死罪なのだが、ド田舎で領主の直轄兵の見回りも殆どないような場所では生きるために害獣退治や狩りを頻繁に行っていた。そのためブーツの素材となる毛皮はかなり豊富だった。アルは旅立ちの前にその革と貯金をはたいて一足のブーツを職人ギルドにて拵えている。
騎士のジュリアも元々隣国からの旅路の途中なのでしっかりした造りのブーツを、メイド二人も旅装なので同様だが、ソフィアの足元はいかにも頼りなかった。
歩き回る必要がない王女としての立場を考えればこれしか持っていないと言われてもおかしくはないが、ゴーレムの残骸があちこちにあるこの部屋の中を歩くなど、危なっかしくて見ていられない。
仕方なくいつもダンジョンで行っている<範囲指定移動>で広間中の残骸を<アイテムボックス>に移動させた。<鑑定>の結果、ロックゴーレムの残骸は文字通りの石だったので無価値だった。ゴミを拾ったのも同じだが、まあ容量はほぼ無限だから気にしなくてもいいか。
「ん? なんだあれ」
さっぱり綺麗になった大広間に見覚えのない物体が一つ転がっていた。人の腕ほどの長さの筒らしきものが落ちていたのだ。
「ユウ、どーしたの?」
先ほどまでソフィアたちと待機していたリリィが尋ねてくるが、俺の視線の先を見て同じ疑問を抱いたようだ。
「さっきスキル使って回収してたよね? 何で残ってるんだろ?」
もう一度同じスキルで回収してみたが、結果は変わらずそのままだった。不思議に思って自分の手で拾い上げてみたが普通に拾えて逆に拍子抜けした。いつもの如く<鑑定>したのだが……。
鍵 価値 なし
鍵
説明少ないな! それにこれ鍵なのかよ! どう見てもただの筒にしか見えないんだが。結果をリリィと共に考えてみたが結論など出るはずもなかった。<鑑定>が全く仕事をしてくれないので、この筒の材質も良く分からない。鉄のような、銅のような不思議な素材で、装飾など一切ないただの棒しか見えないのだが……。
一応、周囲を見回して”鍵穴”足りえる穴を探しては見たもののそれらしいものは見つけられなかった。
「丸い鍵穴とか反則でしょ……ただの穴とどう見分けろってのよ」
「俺はそれより<鑑定>結果の価値なしが気になるな。そこらに生えている草にだって一応の価値は表示されていたんだが、これにはそれすらない」
「『それを売るなんて、とんでもない!』ってやつなんでしょ」
「??」
リリィはそこまで言って急にしたり顔になった。なにやら思いついたらしいが、俺が不思議そうな顔をしていると途端に元気がなくなった。もうこの話はいいらしい。
そして俺たちはこの筒のことを棚上げすることにした。さしあたって売れそうにもないし、脱出に必要なものでもないから適当に<アイテムボックス>に突っ込んでおいた。
「兄様、何かありましたか?
「いいや、たいした事じゃない。もう随分長い事ここにいるから、さっさと帰ろう」
俺たちはそうしてこの独立した第六層からの脱出に成功した。転移陣も全員で入ってもまだ余裕のある広さだったし、魔力の消費量もたいしたことはなかった。
転移した先は見慣れない階層だった。すぐ目の前に上り階段があり、恐る恐る上がって見るとどこか見覚えのある地形があり、またすぐ近くに下りる階段もあった。サリナが地図を出して確認するとはやり第5層の下に降りる階段だと判明した。あの転移陣は本来訪れるべき場所に送り返してくれたようだ。ほっと胸を撫で下ろした俺たちは時刻を確認して帰還することにした。
帰還したかったのだが……女性陣の蜂蜜は? という無言の圧力に屈して少し6層でモンスターを倒す事になった。一応蜂蜜はレアドロップで数は少ないのだという事実を忘れてはいないだろうか。
もちろん、帰還までの道程もすんなりといったわけではなかった。なんとか蜂蜜を10個入手した所で帰還したのだが、皆少ないと嘆いている。こりゃ明日も通わされそうな予感だ。
それに、俺がアンナの視線に耐えられず雷魔法を教えようかと言い出したことだった。彼女は特に喜びはしなかったが、すんなりと俺の話をきいて、行動に従った。
雷属性の魔法は今まで全く存在しない新しい属性なので言葉や呪文で説明できるものでもない。となれば実演して見せるしかないわけだが、幸い魔力鍛錬の際にアンナに廻る魔力の流れを感じる事ができたので彼女の体を通して実演した。始めは戸惑っていたが、数回でコツをつかんだようだ。
俺の使う雷魔法は直線状に雷撃を走らせる魔法になった。理論上、距離は無限になるが流石にその都度ダンジョンの壁を壊すのもアレなので、視界内に収まるように調整した。
アンナはそこまで器用な事はできなかったが、彼女なりの工夫で非常に便利な魔法に仕上がった。
近寄った不埒者を電撃で打ち倒す魔法にしたのである。無詠唱かつ即座に発動するので護衛の任も行うアンナにはぴったりの技になった。しかも瞬間的な発生のため、消費魔力は限りなく低いというオマケつきだ。
それを見たリリィがスタンガンになったのね、としきりに感心していたが……俺にわかるように説明して欲しいものだ。
さらに驚くべきことにダンジョンから脱出するころには、アンナは触媒なしな上に無詠唱で火魔法を使えるほどになっていたのだ。元から才能はあったのだろうが、非凡な成長振りに一同は驚いていた。
結果として皆が俺に指導を仰ぐようになったのは勘弁してほしい所だ。
そんなことがありながら、ダンジョンから帰還したときにはすっかり日も暮れていた。
だが逗留しているホテルに戻ると幾つかの知らせがあった。
一つはソフィア達を迎える目処が立った事、そして大本の依頼であった商隊護衛の本隊が近々王都に到着するというヴァレンシュタインからの連絡とリットナー伯爵からの使いがひとつ。
この王都での日々も終わりが近づいている。最後に大きな花火を上げるとしようか。
残りの借金額 金貨 15001332枚
ユウキ ゲンイチロウ LV117
デミ・ヒューマン 男 年齢 75
職業 <村人LV133〉
HP 1993/1993
MP 1371/1371
STR 331
AGI 307
MGI 323
DEF 290
DEX 256
LUK 195
STM(隠しパラ)555
SKILL POINT 465/475 累計敵討伐数 4432
楽しんでいただければ幸いです。
次はちょっと改稿がおおそうですが、日曜までにはなんとか。
急ぎます。




