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王都にて 6

間に合っちゃいました。これがストックの力だ!

 王都にもダンジョンがある。とうの昔に踏破された全30層の小規模ダンジョンだ。難易度的にも初心者向きで、多くの人で賑わっているという。


 俺というかライルも本来ならば王都のダンジョンを目指して行動したかったのだが、さすがに王都は遠すぎたためウィスカで冒険者のいろはを学んで一人前になろうとしたのだ。最初の冒険者の登録で盛大に躓いたわけだが。



 公爵邸から戻った翌日、周囲の連中も害意がないとわかって不寝番は止めた翌朝、リリィが突如こんなことを言い出した。


「ダンジョンへ行こう!!」


「いきなりどうしたんだ? 王都ダンジョンはあんまり美味しくないって話だが?」


「そんなことは大した問題じゃないの。大事なのはダンジョンへ行くという行動だけ!」


 声高に力説を始める相棒に、俺は冷めた視線をおくる。何をたくらんでいるんだが。

 じっと見続けると耐えかねたのか、リリィは視線を泳がせてぼそぼそと呟いた。


「蜂蜜の在庫が少なくなっちゃって……いつものはどこにも売ってないし、あっても薄めてあるのを平然と売り出してて」


あれだけの勢いで放出すればそりゃあ少なくもなるさ。蜂蜜は何故か瓶入りで現れるがそこはダンジョンなので深く追求しても仕方ない。瓶の容量も一人で使うには十分過ぎるほどの内容量だが、それでも毎日朝昼晩と空けていたら在庫も減るというものだ。だが、王都のダンジョンに行きたがるという事は――。


「キラービーはここにも出るのか」


「うん、調べたら第六層から出現するみたい。ねぇ、いいでしょー? 行こーよー」


 そりゃここに居てもやる事があるわけでもなし、暇をもてあましながら借金を増やすだけというのもアホな話だから俺に依存はない。公爵たちと悪巧みをしたが、実行に移すのはまだ先だし、その前に色々と準備もあるがそれが今日明日と言うわけではない。

 ただ俺達だけでダンジョン行きというのも悪いから皆も誘ってみるか……遊びに行くみたいな空気になったな。



「本当ですか!?」


 ジュリアに王都のダンジョンを探索しに行かないかと持ちかけると彼女は飛びついた。


「ああ。あとはソフィアの許可をもらってからにするが。彼女たちに何も言わずに外出するわけにも行かないし…」


「それは大丈夫です!」


 振り返るとソフィアとメイド3人が既に外出の準備を整えていた。まさか、一緒に行くつもりなんだろうか? ピクニックではなく、一応危険なダンジョンなんだが。


「危険はありません。アンナとサリナは身を守る術を心得ておりますし、レナは私が守りますので」


 いや、ソフィア自身はどうするんだ?

 

「私は隠れていますから大丈夫です」


 確かに<隠密>があれば低層ならば隠れさえすれば大丈夫かな、俺も周囲は確認できる。


「鍛錬した魔力の成果を見るのに最適じゃないですか。それに蜂蜜まで手に入るなんて! さあ、ダンジョンに出かけましょう!」


 彼女の偽らざる本音が出たな。忍んでこの国に来ているから国から発表があるまではあまり大っぴらに外を歩けないというのが普通だが、俺達は結構外歩きしているが流石に天下の往来で魔法を使ってみるわけにもいかない。王都の中で自由に魔法が使用できるのはダンジョンの中だけだろう。

 双子メイドも自分の魔力がどれほど上昇したのか試したいのだろう。ジュリアから<鑑定>で数値化した魔力を聞いてはいるのだろうが、実際に試して見なければ実感できないだろうしな。


「私も初級魔法は修めています。風属性だけですけど……」

 

 レナもソフィアの腕の中で小さく胸を張った。8歳である程度魔法が使えるというのは驚嘆すべき事実だ。流石は魔法王国ライカールの面目躍如というところか。



メイド三人も戦闘意欲は旺盛のようで全く恐れる素振りも見せない。まあ、観光だと思えばいいか、危なくなったら俺が守ればいいし。

 




王都のダンジョンは正式名称を『リルカのダンジョン』という。地理的には西地区にあり、この地区で一番の人出を誇るだけはあって<マップ>で探すまでもなく簡単に見つけることができた。

 ダンジョンのすぐ近くには王都の冒険者ギルドの支部があり、冒険者たちは得たアイテムをそこに持ち込んでいるようだ。本部は別の場所に構えていて、この支部はダンジョンに特化している。王都内に複数の支部があるというだけで冒険者ギルドの規模がわかるというものだ。通常の依頼は本部で受注でき、支部ではダンジョンアイテムの納品依頼や買取が主だが、支部だけでウィスカの冒険者ギルドの倍はありそうな大きさだった。



 王都の成り立ち自体がダンジョンを目当てに集まってきた人々を中心に出来上がったものであるので、王都の城壁内部にダンジョンは存在する。そのこともあり昔の人々はこのランヌ王国を”迷宮王国”と呼ぶ人もいたとか。この国に三つあるダンジョンはすべて街中にあるのだが、これは世界的にも非常に稀で、通常は街の外にダンジョンがあり、入り口の周囲を頑丈な壁で囲っている所もあるそうだ。

 確かに地下に降りればモンスターがうごめく迷宮なのだ。すぐ近くに住んでいる人間はかなり肝の太い人物だろう。まだ確認されていないとはいえ、ダンジョンからモンスターが這い出てこないと言う確証はないのだ。

 王都のダンジョンにも衛兵の詰め所はあるものの、そこで防衛が可能と言うわけでもない。あくまで中に入る冒険者たちをある程度管理する程度の仕事でしかない。ウィスカと同じく詰め所はダンジョンの入り口に背を向けて造られている。明らかに入る冒険者に対する詰め所だった。



 西地区に入ると明らかに冒険者と思われる人間たちが多いので、<マップ>を確認するまでもなく人の流れに乗ってここまで来たのだが、想像以上の人出だった。


 ダンジョンの周囲には同業を相手にしたちょっとした市まで開かれており、話は聞いていたがここまで人が多いとは思わなかった。

 ソフィアは普段着とはいえ流石に良家の子女であるとわかる格好をしているし、メイドは勿論仕事着だ。その中で男が俺だけというダンジョンに向かう一行としては異端極まる俺たちだが、注目されるのを覚悟していたほど大した注目を集めているわけでもないようだ。


 周囲を見回すとあまりにも場違いな、まるでソフィアのような貴族とわかる出で立ちの人間が僅かにいた。周りを冒険者に囲まれてさながら護衛のようだが、まさか彼らもダンジョンに行くのだろうか?


「おい坊主、ダンジョンは初めてか? お偉い貴族様のお付きか何かか?」


「いえ、新人ですが冒険者ですよ、王都は初めてですが。あちらは貴族様で? 本当にダンジョンに?」


 俺に声をかけたのはダンジョンの番兵のおっさんだった。どうも周囲を見回しすぎて新米だと思われたらしい。確かに新米なのは確かなのだけども。


「ああ、暇をもてあました貴族様には丁度良いスリルなんだろうよ。低層なら危険なモンスターも少ないからかなり安全だし、なにより冒険者にとっちゃいい稼ぎになる。お互い損がない話なのさ」


 聞けばこの護衛でかなりの冒険者が食えているらしい。日帰りで相場は一人大銀貨5枚ほどだそうだからかなりの収入だろう。物価の高い王都でも食うには困らない額だ。しかも低層なら一人前のDランクでも楽勝とくれば美味しい仕事だな。



 ソフィアも貴族のダンジョン巡りの存在は知っていたようだ。だが住んでいた街にダンジョンがなく、母親が亡くなってからはそれどころではなかったらしいから人生初体験のようである。

 本人は澄ましているが、早く行きたいと表情が雄弁に語っている。

 それじゃあ行くとしますか、ウィスカのダンジョンとは全く違うらしいからそこまで気張る必要もないだろうが、一応は護衛らしくしないとな。


 王都のダンジョンでは詰め所で入場料を取られた。一人銀貨一枚とたいした額ではないが、人数が人数だ一日の総額ではかなりの収入になるだろう。それに引き換えウィスカは料金は取らないし早朝なんてそもそも番兵がいない始末だ。だから俺が気軽に出入りしてもそこまで話にならないのだとも思うが、おそらくウィスカのダンジョンを潜っている冒険者は200人いないと思う。さらにあまり姿を見ないから長期で潜り続けているに違いない。




「なんだこりゃ……」


ダンジョンの中はとんでもないことになっていた。<マップ>で確認したら、モンスターよりも人間の方が倍以上多いんだが……


「本当にモンスターより人間のほうが多いんだね……モンスターなんか出現したら即倒されてるよ」


 <マップ>で内部を確認したのだろうリリィが呆れたように呟いた。実際、モンスターを現す赤い点が現れるや否や周囲の中立の点が群がって倒しているようだ。しかも手柄を奪い合っているのか、揉めているようだ。きっとドロップアイテムでも出たのだろう。



 こんな人間ばかりのダンジョンじゃあソフィアもきっと落胆しているに違いないと思ったが、彼女の表情は意外にも明るかった。ダンジョンの雰囲気だけでも十分に楽しいそうだ。王都のダンジョンは薄暗い洞窟のような形状をしており、いかにも何か()()()な空気をしていた。ジュリアやメイドたちもなかなか楽しそうな表情をしている。娯楽の少ないこの世界ではダンジョンを歩くのは格好の遊戯に違いなかった。ひょっこり現れたミニチュアベアを見て声を上げてはしゃいでいるが、俺の腕を取らなくてもいいと思うぞ。くっつかれると歩きにくいんだが。

 

 余談だがミニチュアベアはこのリルカのダンジョンしか現れないモンスターで、強さ的にはゴブリンにさえ劣り、()()が小さいとはいえあまり可愛くはない。ドロップアイテムは熊の毛皮だけで価値は銀貨2枚というものだ。体長は30セントほどで初心者でも落ち着いていけば簡単に倒せる相手だ。運良くアイテムが落ちればそれだけで入場料の元がとれるが、一番の敵はライバル冒険者だった。

 目の前のミニチュアベアをジュリアが難なく倒して毛皮を手に入れたが、すぐに周囲の冒険者達の悔しげな舌打ちが聞こえてきた。ここはモンスターではなく人間たちが殺伐としている層だった。



 とにかく、ソフィアが楽しんでいる事ははわかったので、気にせず先に進もう。その場を離れてしばらく進むとサリナが懐から地図を取り出して階段の場所へ先導してくれる。いつの間に準備を整えていたのか不思議だ。考えてみればダンジョン行きを提案したのは今日の朝で彼女たちはそのときには準備を既に整えていた。疑問に思ってもメイドの嗜みですとしか返ってこない。まあ嗜みならそういうものだと受け入れよう……。

 

 ここでは冒険者が多すぎてウィスカのように<魔力操作>で階段を探すような事は出来ない。あれは入ってみれば魔力の手で壁を触っているようなもので、他の冒険者がいれば絶対に気付かれるだろう。試しに魔法の素養が一番低いジュリアに触れてみても、しっかりと違和感を覚えていた。普通の魔法使いがいればこっちの位置を探られかねないので今回は封印だ。

 サリナが取り出した地図を有り難く受け取って眺めれば<マップ>が勝手に更新された。おお、こういう感じになるのか、面白いな。


 ちなみにこの地図は王都の冒険者ギルドで購入した。価格はなんと銀貨一枚という破格の安さで、しかも第5層まで同じ金額で売られていたから驚きだ。俺の比較対象はウィスカなので一概には言えないがあそこは他に出し抜かれないよう秘密主義なのに加えて階段の位置が毎日変わるという鬼仕様なので地図があまり意味を成さない。確か売られていたとは思うが、金貨が必要だった気がする。

 ダンジョンに対する考え方そのものが違うのだろう、優劣をつける問題ではないと思う。



 <マップ>を使用しつつ、できるだけ人気の少ない通路を通るように心がけて進んでゆくことにする。ソフィアの同行により大分変更しているが、目的の一つはみんなの魔法練習なのでモンスターとの接敵も望ましいのだが……いかんせん敵と出会わない。入ってしばらく経つのだが、遭遇したといえるのはミニチュアベアが二匹だけで、さらには他の冒険者が見つけ次第、獲物を横から掻っ攫っていく始末だ。

 今も一匹掠め取られたが、ソフィアはそれさえも今の所はハプニングで楽しんでいるようだ。

 

 これは厳密には「横殴り」というルール違反なのだが、ダンジョンでのモンスター討伐における優先権は『先に見つけた者勝ち』という曖昧なもので、どうとでも言いつくろえるシロモノだ。ジュリアは何か言いたそうにこちらをみたが俺は取り合わなかった。この程度の雑魚に目くじらを立てるほどではないだろう。


 しかし、これが普通のダンジョンなのだとしたらウィスカがいかに異常か思い知らされる。ダンジョンに降りてそろそろ30分にもなろうとしているが、いつもなら数十回は敵と出くわしているだろう。しかも常に二桁以上の数を揃えてとめどなくやってくる。だからこそ収入が期待できるともいえるのだが、ここでは多くて3匹、しかも単調だ。貴族を連れてのダンジョン行きなど正気を疑ったが、これなら遊びの範疇だ。



「とりあえず下に降りよう。少なくとも視界に冒険者が入り込まない程度までは降りるぞ」


 どこを向いても誰か他の冒険者がいる光景に飽きてきた俺はさっさと地下に降りることにした。

 持っている地図によればこのダンジョンは下りる階段は一つではないようだ。第一層だけでも3つ存在し、第二層は4つの階段の印があった。これにより大量の冒険者たちが分散されていくおかげで少しはダンジョンにいる気がしてきた。


 第三層に降りるころには周囲に冒険者の姿は消え、ようやくまともにモンスターと戦うことが増えてきた。だが、ウィスカのダンジョンと比べるとやはり数はたかが知れており、ジュリアが一人で対処するに十分な数だった。



「コボルト3匹か、任せる」


「応!」


 ジュリアの剣閃は鋭く、迷いは一切感じられない。特筆すべきものはなく、質実剛健というか、地味と評するかは人それぞれだろう。個人的には好感の持てる剣筋だった。


 しかし一人でコボルト三匹を倒し切ることはできなかった。二匹目までは流れるように切り倒したものの、最後の一匹は取り逃してしまう。そのままこちらにやってくるコボルトだったが、すぐさま炎に包まれ、塵に帰っていく。

 振り向くと魔法の触媒を手にしたアンナがファイアボールで迎撃していた。灰になる触媒を払いながら何事もなかったように周囲の警戒に戻るメイドは手馴れたものだった。

 魔法の発動のタイミングからしてもジュリアは始めから最後の一匹はアンナに倒させるつもりで最初の二匹を余裕を持って倒したということなのだろう。もともと敵の位置が悪かった事もあるが。大した打ち合わせもないのに見事な連携だった。


 聞けば自分たちが加わる前は3人で王妃が放ったと思われる賊を撃退したこともあるという。手馴れた感じもあったし、幾度か練習したのかも知れない。

 

 それにしても他人の魔法の発動をしっかりと見たのは始めてなのだが、やはり普通は触媒を用いて魔法を使うのか……。ロッソ一味との戦闘は俺は早めに別行動したので魔法組の戦闘は後ろで何かやっているな、程度の認識だった。


(ユウはスキル効果で触媒の補助なしで魔法使うから解らないでしょうけど、本職だって基本はこうやって魔法を発動するのよ)


 リリィが<念話>で俺だけに伝えてきた。魔法系の様々な恩恵がある<魔法の心得>系の最上位スキル<魔を司るもの>が上手く作用して俺は必要ないが、普通は魔力切れを抑える為に触媒を使う。これは”ヴァレンシュタイン”のカレンも言っていたな。そしてその触媒を最も効率的に手に入れることができるのがダンジョンだ。だから魔法職の冒険者はダンジョンに潜る傾向があるとかなんとか。


 ドロップアイテムの<鑑定>でいやに触媒となるアイテムが多いなと思っていたが、実際はこのようにガンガン消費して使われるらしい。これを考えたら、魔法使いってえらく金のかかる商売な気がしてきた。だから”ヴァレンシュタイン”の皆に気前よく触媒を色々渡したら驚かれたのか。ライカールの暗殺者共の戦利品の分け前で魔法職が多く分配品を取っていたが、それも関係しているのかもしれないな。



 倒したコボルトは特にドロップアイテムを落とさなかった。通算で討伐した敵はもう20体近いが、収穫はゴブリンソード二本だけだった。まだ第三層に到着したばかりで、俺自身は戦闘に全く参加していないから例の<加護>は効いていないのかもしれない。あのどさどさとアイテムが落ちる<加護>は自分で倒さねば効果は発揮しないようだな。

 コボルトの杖は触媒としても使えたはずだから、今の魔法で触媒を失ったらしいアンナとしてはぜひとも手に入れておきたかっただろう。俺が手持ちの触媒を渡そうとしても固辞するので、次は俺と共に戦ってみるのもいいかもしれない。



 俺はふと気になってダンジョンの壁を触ってみた。ウィスカの低層ダンジョンと同じく石畳で構成されていて、土魔法で自由に干渉できるところも同じだった。断定はできないが、どこのダンジョンも構造そのものは同じなのかもしれなかった。必要ないとは思うが、緊急事態のときに対処する方法を確認しておきたかったのだ。


「迷宮の造りはどこも同じなんだな」


「各地のダンジョンに特徴はあると聞いていますよ。海に近い場所では水面が広がる所もあれば密林のように木々が生い茂る階層もあるとか」


 俺の独り言にソフィアが答えてくれた。


「ウィスカの迷宮には何かそういった特徴は聞いているのか?」


「『初心者殺し』だけで十分すぎる特徴では? 他国の民である私でも知るその異名のおかげでウィスカの迷宮はほとんど実情が知られていないのです。情報を持ち帰るべき冒険者が少なすぎ、かつあまり開示しないそうで、詩人たちや弁舌師たちの話にも殆ど上がらないのです」


 納得の事情だった。新たな敵と剣を交わしているジュリアを横目に見ながら、背後に感じた気配に向けて手にしていた石礫を手首の動きだけで投擲する。ソフィアは気付いていなかったようだが、側で警護していたサリナは俺が何をしたのか理解したようだ。静かに一礼する彼女にだけ見えるように手を振った。サリナと言葉を交わす機会はほぼないが、それは彼女の感情が乏しい事を意味しない。実際はむしろ逆でサリナは実に感情豊かな少女だ。言葉を使わずとも仕草や動きで思いを実に豊かに表現する。幽霊だった俺は長らく口を使って相手と意思疎通を取らなかったおかげで、そういった機微には長けていたようだ。それからはサリナと仲良くなれた気がする。勿論彼女は口に出さないが、俺への()()()が当初よりも柔らかくなっている。彼女は身内にしか心を開かないとソフィアが言っていたので、俺も身内に入れてくれたのだとしたら、これに勝る喜びはない。自分にとって家族と言える存在がリリィの他にも増えるのは実に有難い事だ。ライルにも故郷に家族はいるが、俺は認識されていないだろうしな。



 先ほど石礫を投げた背後の暗がりからコボルトの悲鳴が上がり、そのまま消えていった。後に残ったのは塵とコボルトの杖だった。俺は油断なく周囲を警戒していたが、本当にこの一匹だけらしい。ウィスカならこのまま20匹以上の敵集団が襲い掛かってくるはずだが、なんだか拍子抜けだな。


 戦利品であるコボルトの杖を拾い上げて戻ると前方の敵を倒し終えたジュリアがこちらに向かってくる所だった。


「ドロップアイテムですか!? おめでとうございます!」


「そっちは収穫なしか?」


「ええ、でもこんなものでしょう。数十匹倒して一つ二つ出れば良いと聞いていますので」


 いきなりアイテム入手なんて流石ですねと尊敬の眼差しで見つめてくるジュリアに微妙な笑みをうかべるのみに留めた。既に累計で千本近くコボルトの杖を得ているとは言いにくい。


「ここからは俺も混ざるよ、何もしないのも退屈だからな」


 第4層に降りてからは俺も積極的に戦いに参加することにした。ジュリアとアンナの連携は何一つ問題はなかったが、ただ見学を続けるというのもやはり暇だった。それにソフィアやレナも魔法の練習をしたいようだ。敵が近づいても俺が手助けしながら進めば問題はなさそうだ。


 

 それに声には出さないが、彼女たちがこれまでに得たドロップが少なすぎて手伝おうとしたのだ。ジュリアとアンナは全く気にしていないようだが、二人が手にしたアイテムはまだ二つのみであり、完全に余計なお世話なんだが、心配になってきてしまったのだ。先ほど俺が手に入れたコボルトの杖もアンナは受け取る理由がないと断り、今は自前の魔力だけで敵を倒している。本人は格段に魔力が上がったと喜んでいるが、目標の6層はまだ先だ。


「貴方が入る必要を感じませんが……」


「二人の邪魔はしないよ。少し体を動かしたくなっただけだ」


 いぶかしげなアンナとジュリアを横目に早速現れたジャイアントバットに魔法の一撃をくれてやった。

 氷属性の初級魔法を受けたモンスターは塵に帰り、ぽとりとコウモリの牙が落ちた。


「なんか落ちたな」


「拾ってきます」


 我先にとジュリアが飛び出していった。後ろから視線を感じて振り向くとアンナが驚きに満ちた表情をうかべていた。


「随分と変わった方法で魔法を使われるのですね」


「ああ、完全に我流だから正しい発動の仕方とか知らないからな」


「賊たちに襲われていたときはそれどころではなかったので気にしていませんでしたが、触媒と詠唱を用いていないのですか? 小耳に挟んだ所では師があの偉大なる(グラン)セラだとか。さぞ変わった指導を受けたのでしょうね」


 スキルで勝手に覚えたから説明に困るな……適当に答えようとしていると思わぬ所で助けが入った。ジュリアがアイテムを手に戻ったのだ。


「これがドロップアイテムになります。アンナ、これはもしや」


「ええ、コウモリの牙ね。レアアイテムよ、マジックアイテムショップでは金貨三枚もするわ」


 高っ! 買取価格が金貨一枚で販売が三枚とかどんだけボッていやがる! 手にしたアイテムは<等価交換>スキルで適当にやっていたが冒険者ギルドに目をつけられない範囲で自分で売るのもアリかもしれないな。


「どうぞ、ユウ様。これもスキルの一環なのですか?」


 受け取ったコウモリの牙をそのままアンナに手渡した。少しだけ触れた手はメイドという重労働からは考えられないほど艶やかだった。


「やるよ。チーム内でのドロップアイテムは分け合うものだろ? 俺はまだ冒険者になって日が浅い新参だが、それくらいの常識は知っているぜ」


 牙の価値を知っているアンナは隠し切れない喜びを浮かべたが、あわてて牙を俺に返そうとしてきた。


「いけません。こんな高価な物を主の許可なしに受け取るわけには参りませんから」


「ソフィア」


「はい」


 流石、王家に使えるメイドだけあって実に教育が行き届いている。なので外堀から埋めることにした。


「俺は自分に必要のないアイテムを有効に使ってくれそうな奴に渡したいと思っているのだが、それについてどう思うか意見を聞きたいな」


「アンナ。お兄様のご厚意を有難くお受けしなさい」


「はい、ユウ様。有難うございます。大事に使わせていただきます」


 ジュリアが、私にも使えるものが落ちないものかと呟いていたが、流石に価値ある武具はこの低層では期待できないだろう。


 <魔力操作>で隈なく探せていないので解らないが、ダンジョンには魔石とは違うが、魔力を伴った岩石が発掘されることもあるようだ。『魔岩』と呼ばれるそれを掘る冒険者も中にはいるそうだが、絶対数が少ない。王都のダンジョンはその『魔岩』が発掘できるのでツルハシ持参の冒険者もチラホラみえるものの、ダンジョンでの穴掘りは非常に効率が悪い。

 俺もウィスカのダンジョンで時間短縮のために試行錯誤として、階段までの道を魔法でぶっ放してこじあける方法をとったことがあるのだが、ダンジョンの保全機能とでもいうべきものが発動して開いた穴がすぐさま塞がってしまった。即座に突っ込めは穴を通り抜けることはできるが、その先には爆音を聞きつけたモンスターの大軍勢が集まっていて、なかなか楽しいことになってしまった。

 つくづくウィスカのダンジョンが特殊すぎてあまり例としては適さないが、魔法と違いツルハシで開けた穴は大分長続きするものの翌日には穴は塞がっているらしい。ダンジョンに満ちている魔力の働きではないかとされているそうだ。



 それはともかく、アンナはいつもの微笑で内心は窺えないが非常に喜んでいるようだ。

 近づいてきたソフィアがこっそりと打ち明けてくれたのだが、メイド二人は給金以外の報酬をけして受け取ろうとはしないらしい。分け前の金貨20枚もそのまま受け取らず、ソフィアに渡したという。サリナの投擲用の短剣も安くはないし、特に高価な触媒を多用するアンナは出費がとても大きいはずであり、主人としてとても心苦しかったと何故か俺が礼を言われてしまった。

 見ればジュリアも同僚のことを我が事のように喜んでいる。だが、この程度で喜ばれても困るのだが。


 俺たちは第4層で合計18匹のジャイアントバット、6匹のホーンラビットと遭遇し、コウモリの牙が6個、

コウモリの羽が9個、肉球が4つと角が一つ手に入ることとなった。触媒として使えるものは全てアンナに渡してしまったが、女性陣全員に肉球が行き渡ったことにより、異論は一切出なかった。


 途中、アンナが新種のモンスターか何かを見る目でこちらを見てきたが、途中で達観したような顔になっていった。何か失礼な事を考えているに違いない。



 

 そんなこんなで俺たちは賑やかにダンジョンを進んでいった。浅い階層で現れる敵は弱く、味方は心強い。相棒はこれまでにないほど上機嫌で、ソフィアもこの”娯楽”を楽しんでいるのがわかる。それを見ている皆もこの外出が成功のうちに終わることを喜んでいる。


 不安など感じない恵まれた環境の中で、俺……いや、俺たちの心には余裕よりもタチの悪いものが生まれつつあった。



 後々、このときの事を何度も思い返すのだが、俺たちはやはり「油断」していた。

 この程度の階層ならば全く問題なく対応でき、不覚を取ることなど考えられない。警戒などしなくても他の誰かがやってくれるだろう…………一人ならば慎重の上に慎重を期すはずの自分が、完全に怠っていた。



 ここは「迷宮」。人間の想像など遥かに越える人知を超えた存在が作り上げたといわれる神秘の建造物だった。王都のダンジョンは難易度が低いと言われてたが、それでも年間に数十人が未帰還者となる未知と危険が渦巻く場所なのた。

 

 俺たちはその油断の代償をたっぷりと払わされることになる。



 残りの借金額  金貨 15001332枚  


 ユウキ ゲンイチロウ  LV117 

 デミ・ヒューマン  男  年齢 75

 職業 <村人LV133〉

  HP  1993/1993

  MP  1371/1371




  STR 331

  AGI 307

  MGI 323

  DEF 290

  DEX 256

  LUK 195


  STM(隠しパラ)555


  SKILL POINT  465/475     累計敵討伐数 4352


楽しんでいただければ幸いです。


ストックの手直しがほぼなかったのでまさかの2連投です。次も今週中でがんばります!

急ぎます!

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