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第十六話 不思議の国と失態。

「ルナ!」

「文!」

 しばらくふたり並んで待ち人の到着を待っていると、意外にも同時にその時はやってきた。

「父さま!」

「……無事でよかった」

 およ。なんだなんだ、優しいお父さんじゃないですか。

 ちょっと心配だったんだ。背伸びをした彼が。でも、立ち上がった文君をしっかりと抱きしめて、きちんと視線を合わせて微笑んでいる。きっと、文君の事が大切で仕方がないのだろう。

「たくさんの人に迷惑をかけてしまったのはわかっているね?」

 しゃがんで片膝を付いた文君のお父さんは、我が子の頭に優しく手を置きながら、真剣な瞳で静かに、浸透していくのを待つようにゆっくりと話す。文君は、それに深く頷いた。すると、お父さんも同じく頷いて、微笑む。

「では、一緒に感謝と謝罪の心をきちんと伝えにいこう」

「……はい!」

 立派なお父さんだあ。そっか……大好きだからこそ、背伸びをしちゃうのかな。うーん、お偉いさんって難しい!

 ぱたんぱたんと尻尾を揺らしてふたりを見ていると、おや、とそれに気付いた文君のお父さんが目を丸くした。わからないというように息子――文君に視線をやると、ふふ、といたずらっぽく彼は微笑んでいる。

「父さま。彼女は、迷った際に世話になったルナです。ルナ、本当にありがとう」

 わん! と吠えて返事をする。かまわないさ!

「なるほど、とても賢いお方のようだ。どうもありがとうございました。息子が大変お世話になりました」

 丁寧にお辞儀をされたので、私もお辞儀……するのは不自然だよね。とりあえず、正しい姿勢でおすわりをしてから、もう一度、わん! と吠えてみせた。

「ルナ、また会える?」

 きっと会える。

 そう伝えたかったけれど、ここは人前だから、ペンを取る事は出来ない。私は肯定するように尻尾を揺らして見せた。文君はそれがわかったのか、嬉しそうに頷いた。

「木崎さん、今回の話は大変参考になりました。もしも何か進展があれば、また報告を待っています」

「こちらこそ、実のある話し合いになったようで、何よりです。もちろん、その時は一番にご報告させていただきますよ」

 あれ。さっきの緊急のお客様って彼のお父さんだったのかな。だから同じタイミングでお迎えに来たのか、なるほどなるほどー……って、あれ。

 のんきに親子の背中を見送ってほのぼのしている場合じゃ……なかった、か、な?

「ルナ? 何をしていたのかな?」

 怖い。すんごい怖い。木崎さん……笑ってるのに瞳が笑ってない。

「あの少年とずいぶん親しくなったみたいじゃないか」

 ぎく。

 木崎さんの言葉に、思った以上に反応してしまった身体は、大げさなくらい揺れた。全身の毛が逆立って、ぶわわ、とふくらんでいるんじゃないかとすら思った。当然だ。かなり、まずいことをしてしまった自覚はある。

「ルナ? 何かなその反応は」

 問うた木崎さんは、私が何をしでかしたのかは把握していない。まあ当然だけれど、私のかつてない様子に思うところがあったのだろう。訝りながら私をじっと見つめてくる。しかし馬鹿か私。なぜもっとうまく隠せない私。

 わたわたと慌てても、今更だ。木崎さんを前に過剰反応してしまった以上、もう隠し事は出来ない。わかっているけれど、あの少年にすべて知られているとわかったら、木崎さんがどれだけ怒り狂うのか考えると、怖かった。だからせめて、文字で会話をしてしまった事だけは、隠せないだろうか。

「ルナ、おいで。しばらく休憩をしてかまわないと言われてるんだ」

 終業時間にはまだ早いけれど、話す時間があるらしい。これはまた……何て私に不利な状況だろう。

 びくびくしながらも、ついて行かなければ大変な事になるとわかっていたのでおとなしく従う。やはり使われていないらしい会議室のような場所へ通されて、木崎さんが空間からペンを取り出し私の首へ提げた。

「さて――どうして研究室からいなくなったのかな?」

 びくびくしながらも観念した私は、ふう、と息を吐いて言葉を紡いだ。

『木崎さんと分かれたあと、どこかから泣き声が聞こえたの。気のせいだったらそれでいいと思って、戻って確認した』

「そして、それは気のせいじゃなかった、と――ルナ。魔法を使ったね」

 木崎さんの言葉に、私の身体が揺れる。

「トイレの扉、壊したのルナだろう? 現場を見た人間が、魔法の痕跡があると言っていた。簡単な攻撃魔法を試してみたんだろうとすぐに合点がいったよ」

 そそそそういえばその問題もあった! ものすごく忘れておりました! どうしよう、魔法って使った後もわかるものなんだ。知らなかった。

「そういう、魔法の残り香というか――識別するのに長けた人間がいるんだよ。鑑定士の仕事を専門とする。彼らが言っていたから、間違いない。しかし不思議だね、ルナは。きちんと魔法の色があるというのに、研究室の扉をくぐれるんだから。やはり動物だからなのだろうけれど」

 木崎さんの意識が別な方向へと持っていかれている。そのまま! 頼むからそのまま質問を終えてくれ!

「で――あの少年の前で魔法を見せてしまったんだね?」

 微笑む木崎さんは、やはり隙がなかった。申し訳ありませんでした、そうです。

 私が頷いてみせると、木崎さんは呆れたようにため息を吐いた。

「どうしてそんな危険を冒したんだい。誰かを呼べばよかったのに。もしも彼が、君が魔法を使える動物だとべらべら喋って回ったらどうするつもりだった?」

『大丈夫。絶対にないしょだよって言ったから!』

 私は文君を信用している! と力説すれば、木崎さんの周囲の温度が一気に下がった。え? え?

「それはつまり――文君と言葉を交わした、と?」

 あ。

 木崎さんに隠し事は一切出来ないのだと、この時、痛感しました。

 結局、帰る時間まで片時も傍を離れるなと厳命され、研究室に戻るまでずっと説教された。怒鳴られるよりも静かに怒りを垂れ流しながら話される方が精神的に辛いんだとこの時初めて知った。すみません、もう二度としません。


「もう許してやれよ、お手柄じゃん」

 風来さんの言葉に、そうよ、と天音さんも頷く。

「ルナは賢いと思ってたけど、思った以上よね。迷子を無事保護するなんて、すごいわ」

 誉めそやすような天音さんの言葉に、いやいや元々が人間ですし、と照れ隠しをするように尻尾を振りながらうつむいていると、木崎さんの、ルナ、という低い、ひっくーい声が耳に届いた。

「わかってる? どれだけ俺が心配したか。探査の魔法だって、ここみたいに常に色んな人間が魔法を使っている場所だと混線しやすいから掴むまで多少苦労するんだ。正確に位置を把握するまで、気が気じゃなかったんだよ?」

 うう、それは……ごめんなさい。でもでもだって、理由は話したじゃないですかあ……心配だったんだもの。泣き声を聞いてしまったら、放っておけないじゃないの。木崎さんが私を心配してくれるのは嬉しいけれど、文君にとっての木崎さんみたいな存在、お父さんだってきっと同じように彼を心配していて……だからこそ、助けられる私が動いたのは、そんなにいけない事だった?

「木崎、いいかげんにしろよ。ルナがかわいそうだろ。こんなにしょんぼりしちゃって」

 なあ? と私を抱き上げた風来さんの手は温かい。うう……優しいよ、風来さん優しい。あれ、なんだろう、背後がすっごく寒い。

「風来、腕ごと切り落とすよ?」

「抱っこくらいいいだろ! ていうか怖い事を言うなよ!」

 あっさりと風来さんの懐から木崎さんの懐へと移った所で、何やらとてつもなく不穏なお言葉を我がご主人様が放たれた。

「ねえルナ。何回言ったらわかるのかな? 俺以外の男と仲良くしちゃだめだよって言わなかった?」

 凄味のある笑顔で言う木崎さんに、私はもはや涙目だ。どうしてそんなに心狭いの? ていうかなんで木崎さん以外の男性と仲良くしたらだめなの?

「木崎君、なんだってそうなのよ。ルナはあなたの恋人じゃなくて相棒でしょう? そんな風に束縛する権利はないはずよ?」

 ねえ、ルナ? と首を傾げる天音さんは天使のようだ。そうそう。前からそれ訊きたかったんですよ! 木崎さんてちょっとおかしいよね!?

「俺はルナが束縛出来る権利を得られるなら、恋人っていう肩書きを背負ってもかまわないけど」

 は?

「は!? ちょっと木崎君、それ本気?」

「何か不都合が?」

「ありまくりだろ! 人間と犬じゃ!」

 うん、ありまくりなんてもんじゃないよ。種族を超えた愛とか字面は美しいかもしれないけど現実問題、ただの頭がおかしい人だよ! 高度すぎて私には追いつけないよ!

「別に物質的な物を求めているわけじゃないよ。ただ、ルナを他の男に触らせるのが嫌なだけだ。ルナ自身をどうこうしたいとかそういう感情はない」

「当たり前でしょ! あるなんて言い出したら風来君を犠牲にしてでもあなたとルナを引き離すわよ!」

「なんで俺を犠牲にするんだよ!」

 さらっと残酷! と泣きながら言う風来さんの声もどこか遠い。木崎さん、さっき何て言ったの?

「俺の言った事って、そんなにおかしい?」

 首を傾げる木崎さんに、くうん……と情けなく鳴いた私の言葉はきっと届かない。

 おかしいでしょ……て言ったんだけどね。ああ、早く文字で会話出来る場所に行きたい。

「まあ……あなたの執着、ちょっと病的とは思っていたけれどねえ……」

 私と木崎さんを交互に見やり、なんとも情けない表情でため息を吐く天音さんは、どうしたものか考えているようだけれど、うまい答えは出ないようだ。

「まあ、俺は悪くない兆候かなとも思うけど」

「うーん、そうねえ……」

 いつのまにか立ち直っている風来さんの言葉に、天音さんは相槌を打つ。どういう意味だろうかと首を傾げていると、ルナ、と天音さんが私へと声をかける。

 はい! なんでしょう!

「ルナはその……木崎君の態度、どうなの? 嫌だと思う?」

 木崎さんの態度…………。

 数秒かたまってしまったけれど、私はゆるゆると首を振る。恐らく、天音さんが質問形式でしっかりと私に訊ねたのは、もう私がある程度どころではなくきちんと会話が出来るとわかっているからだろう。

 私の推測を決定付けるかのように、天音さんは私の反応に驚くでもなく、そう、とため息を吐いた。

「だったらまあ、私たちが口を出す権利はないわね」

「そうだな。ルナ、もしもセクハラされたら言うんだぞ?」

 心配そうに私の顔を覗き込む風来さんの言葉に、いやいやいや、さすがにそんな――あれ? そういえば今までもけっこうセクハラだ! とか木崎さんに言った事があったな。

 首を振りかけた所で中途半端に止めてしまった私に、風来さんはもちろん、天音さんも目を剥いて、どういうことだ、と木崎さんに詰め寄った。

「ちょっと? この子どうして風来君の言葉にこんな反応するの? 木崎君、あなたまさか――!」

「そんなわけないだろ」

「信じられるか! さっきまでの発言の数々を聞いてんだぞ! おいルナ、このけだものに何をされたんだ?」

 いやいやいやいや。その、ちょっとほら、キスを強要されたぐらいですよ? 身体を洗われたのだって別にこう、犬として扱う手つきの範疇を超えていなかったですし! ただその、セクハラって言葉にそれとちょっと似たような連想するような事はされていて、キスにしても私がそう認識していただけで木崎さんにとっては子どもを可愛がるようなものかもしれないけど、なんてぶつぶつ思っていたというのに、今の恋人発言を聞いてしまtったら、それって木崎さんの中ではもしかしなくともそういう意味合いも含んでいたのかと思ったら急に恥ずかしくなってですね! でもせ、性的にどうこうしたいみたいなのじゃないって言ったから変態ではないって事でいいの? いや、やっぱりよくないの!?

 ぐるぐると考え込んでしまった私に、木崎さんの静かな声が落ちる。名前を呼ばれて私が顔を上げると、とても綺麗に微笑む男の顔がそこにはあった。

「余計な事は考えなくていいんだよ。シンプルでいいんだ。ルナは、俺と居たいと思ってくれる? それとも、離れたいと、思う?」

 いっしょにいたいか、はなれたいか? そんなの――。

 私は木崎さんの腕の中でよじよじと動き、体の向きを変える。木崎さんの頬へと、口を寄せた。

 ぺろり、と、親愛の情を込めてひと舐めする。

 水を打ったような静けさの中で、くぐもったような笑い声がやがて響く。

「また頬? まあ、今はこれで満足してあげるって言ったものね」

 ふふ、と微笑む木崎さんに犬パンチをお見舞いする。もう、そればっかりしつこいのよ、あなたは!

「なにか面白くないわね」

「結局は両想いか。釈然としない」

「ルナがいっしょに居たいと言うなら、私たちは認めるしかないけど……」

 はあ、とため息を吐く天音さんと風来さん。私は木崎さんにぎゅうぎゅうと強く抱かれながらも、すみませんという気持ちを込めてふたりへと視線を向ける。それに気付いたふたりは、苦笑してそれぞれ私の頭を撫でた。

「まあ、逃げたくなったらいつでも来いよ」

「そうよ、ルナ。私の家にはアリスもいるし。実家だと思ってくれていいんですからね」

 ふたりの言葉がありがたくて頷くと、木崎さんが、そんな事をさせるわけがない、と低い声で呟く。ふたりには聞こえない音量なのがものすごく怖かった。

「あ、そういえば伝え忘れてた! 木崎、なんか室長から呼び出しあったぞ。今回の迷子騒動の顛末をもうちょっと詳しく訊きたいから、明日の朝出勤したら幹部室に直行するようにとさ。ルナも必ず同伴させろって」

「ルナも? 雨流グループ絡みとはいえ、事情聴取はあらかた済んだんでしょ? なんで改まって明日また話をするわけ?」

「そうなんだよなー。会議室での話をしたいわけじゃないみたいだし……そもそも、本決まりになったんだろ? 出資の件」

「ああ……今までの成果を見てもらって、じゅうぶん採算が見込めると思っていただけたようだから、追加契約も交わした。本格的にチームが組まれるし、また忙しくなるな」

「医療分野はいまだに治癒魔法の適性のみに頼ってる部分が大きいものね。まあ、それで誰も困らなかったんでしょうけど……」

「けれどさすがに人手が足りなくなってるもんなあ。人口はずっと増加傾向にあるんだし、何も不思議じゃない」

「治癒魔法は適性がものを言うからね。少し考えればわかりそうなものだけれど、魔法が万能だからとあぐらをかいていた代償だ。思考を止めれば待っているのはいつだって悲惨な現実だけさ」

「違いない」

 なんだか込み入った話になってるなあ。しかし、医療か。そっか、お医者さんって話を聞くとかなり稀少みたい。何よりも適性がものを言うなんて、余計に大変そう。そして魔法があるからこそ、知識が発展していない、か。

 もしかしたら、私に記憶が戻れば、少しは役に立つかなあ。まあ、患者側だったからたいした事は出来ないのかもしれないけれど。

 熱く議論を交わす三人をながめながら、ちょっぴり寂しくなったのは秘密です。

 そういえば、お呼び出しの理由って結局なんなのかなあ……? まあ、明日になればわかるのか。



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