1 竜に燃やされた故郷
真っ赤に燃えるような毛。
普段の農作業で鍛えられた体はしっかりと締まり、腕っぷしは男性にも負けない
その腕を見せるかのように袖を捲っている私――ラリアは20歳になる。
その日、村長である父、マクシムがぎっくり腰になった。
急遽、頼まれて、アグリ村を代表して今年の売り上げを受け取り、税を納めるため、領主のいる街まで来ていたのだ。
そんなよくある風景の出来事が、急に変わるなんて誰が思っただろう。
◇
「大変です!領主、東の空に竜が出ました!」
帰り支度をしていると、何人もの騎士団の兵が、急いでいる乱れた足音と共に報告に駆け込んで叫ぶ。
更には、大慌てで、兵の宿舎から飛び出して、出動していく様子が見え、異常事態だと分かった。
「ラリア!東の道は封鎖するから我が家に隠れろ。領民たちにも家から出るなと言え!いいな」
領主ベッセルは父の親友だ。
領主と村長なんて、身分違いもいいところだったが、なぜか我が家とは家族ぐるみのお付き合いで、身分を超えた関係である。
父と遊び飲む時だけは、まるで子供のように身なりを気にせず、しわくちゃのシャツを着たまま酔っ払って、へべれけになるまで遊びまわる。
そんな、ベッセルだが、普段は、おっとりとしてキャラメル色の少しカールがかった髪をふんわりとさせ、シワのない綺麗な服を着ていた。
だが、今は違う。
そのパリッとした身なりにも関わらず、髪も服も乱れている
私は、領主の仕事をしている時のベッセルがそんな姿をしているのを初めて見た。
街の鐘がカンカンと鳴り響き、恐怖が増す。
東の空が赤い。
「あれは火を噴くんだ!とにかく安全な場所に!どこまで暴れるか分からん」
私は、愛馬のラッキーが暴れないように、馬房に入れてもらう。
「夕焼けのようだわ。赤く空が燃えている……あんなのみたことない」
この時の私は、まだ、村のみんながちゃんと避難できていればいいけどと願っていただけだ。
だが――
「大変だ!アグリ村がやられた!」
「竜の砲撃で一発だ!」
「まだ空を飛んでるぞ!」
えっ?
私は、声の方向の兵に叫んだ。
「私、私、アグリ村のものです。村長の娘です!お願いします!教えて?村は?本当にアグリ村なんですか?」
その声を聞き、バタバタ走り回る兵たちは、ギョッとした顔をした。
中の1人が「お前たちは援軍の手配を……」と指示しながら、叫んでいた兵を下がらせる。
「お、お嬢さん、アグリ村の関係者か?」
「そうです!村がやられたならすぐに、すぐに戻ります」
私は、足から血の気が引き、力が入らず足の感覚がなくなるような感触に陥る。
「おい!しっかりしろ!まだ本当かどうかは分からない。身の安全を確保することが、今の君のできることだ。いいね!」
「でも!」
「村が無事で、あんたが竜がいる方向に突っ込んでいったら、悲しむのは村の人だぞ!」
言葉が頭に入ってこない。
ただ、うんうんと頭を振りつつ、
「お願い、無事でいて!村じゃないわ。被害は……も、もし、仮に村に被害があっても、うちの村は田舎だもの。家より田畑の方が圧倒的に多いんだから……みんなは大丈夫よ」
大きい竜が飛んだら、みんな慌てて逃げるわよ。
ただ、田畑を焼いただけならなんとかなるわ――
仮に村がやられても、すぐ復興できる!
自分に言い聞かせた言葉は、むなしく……その期待は、裏切られたのだった。
◇
村を出た時には、きれいな花が咲いていたのに……
みんなも、気をつけて行っておいでって……
村は、完全に焼け野原となり、石の土台が残る以外は、炭となった木材があちこちに突き刺さったままだ。
焦げた臭いとは別の、独特の鼻の奥にこびりつく異臭が立ち込めている。
「ラリア……」
声をかけたのは、領主ベッセルの息子であるアレクだ。
私とは、幼馴染で親しい間柄だった。
「みんなは……あそこだ。助かった人はいなかった。もう埋葬してあるが、申し訳ない。誰がラリアの親族なのかも把握できないほどみんな損傷が激しい……覚悟して欲しい」
アレクは、普段は領主の息子なので、身綺麗な格好をしている。だが、今日は違った。
柔らかいキャラメル色の髪の毛も、普段は整えられて綺麗な肌も、真っ黒な煤まみれになっていた。
村を走り回ったせいだろうか。
髪も、服も乱れ、目も真っ赤に腫れている。
「な、何を言っているの?ねえ、嘘よね。誰かわからないって、そんなことあるわけないわ」
私は、震えながらガクガク足元が崩れそうになる。それを、アレクは、痛ましそうに見つめ、私の体を支えるように腰を掴んだ。
「お願い……否定してよ!アレク!みんな生きてるって……そう言ってよ!お願いだから……」
だが、アレクは決して否定はしてくれない。私は、彼の体を大きく揺さぶった。
それでも……そこに否定はなかった。
「……ラリア、みんなはあそこだよ」
みんながあると言われた場所は、唯一残った森の端で、その地面には大きな穴が開けられ、白い布が被せられている。
そばにいた騎士達が、私の顔を見てそっと視線を逸らした。
ゆっくり白い布を剥がす。
「…………⁉︎何……コレ……」
私は、否定して欲しかった。
誰でもいい。
これは人の形をしただけのもので、みんなはどこか違うところにいるんだって!
「違う!こんなの人じゃない!みんなじゃない!お父さん!お母さん!」
私は、そばにいた騎士達に縋るように叫ぶ。
みんな目を瞑って、アレク以外私の顔を見るものはいない。
わああああああああああああああっ!
その場に、私の泣き声が響き渡る。
私を抱きしめるアレクの体の温もりだけは、ただ、ぼんやりと覚えていた。
燃え尽くされた村の景色も、私の人生も、その日を境に変わったのに、それ以外、空も、他の街も何も変わりがなかった。
◇
「ベッセルさん、今までありがとうございました。私、やっぱり次の人が決まるまでは村の再建を一人でもやります」
そこから一つの季節が終わろうとしていた。
「何を言ってる!いくらラリアが腕っぷしが強いと言っても、女性一人で何かあったらどうする?この町で働いたらいいじゃないか?」
領主の立場では、アグリ村をまた誰かに任せなければならない。
せっかく再建しても、次の人が違う目的に土地を使えば、ラリアは退かなければならない。
お金を元手に、この町で生きていくことを勧められたが、私は首を横に振る。
「竜にやられたままじゃ悔しいもの。それに、村の今年のお金一人で使うわけにはいかないわ。やっぱり村の再建のために使うことが、みんなのためになると思うの」
「再建ってどうやって?」
「畑を耕して、物を育てて、売って……家だけは、お金を使って建て直そうと思うんですけど、今までと変わらない生活をします」
ベッセルは、おろおろとしながら、何とか引き止められる言葉はないかと色々私と話をしては、顔をしかめた。
私だって、無謀なことをしていると思う。
でも、あの焼けこげた村の景色が、あのままなのは嫌だった。
それに……
竜がもう一度来るかどうかはわからないけど、一度も見たことすらないものに大切な両親も仲間も、そして村も奪われた。
必ず、竜をこの目で見るまでは……せめて、どんな竜が両親や仲間の命を奪ったのかその目で捉えたいと思っていた。
「ふー、言い出したら聞かないのは、マクシムと一緒なんだよな。今度、今年の農作物が一旦落ち着いたら、酒を飲もうって約束していたんだ……大切な酒をとっておいたのに……」
ベッセルは、少し涙を拭うように目の辺りに指を添えた。
「ラリア、アレクを連れていけ。あいつは、今、うちの騎士団で体を鍛えているから少しは役に立つはずだ。無理はするな。少しでも無理したら、アレクにラリアを連れ戻すように伝える。わかったね」
「アレクを……いいんですか?大切な領主の息子じゃないですか?いくら私を可愛がってくださったとしても、身分が……」
アレクは、領主の勉強の一環で騎士団にいる。それも途中止めになってしまう。
更に、どうなるかわからない村の、そして私のわがままに振り回されるべきではないと、慌てて手を振る。
それに、アレクと私は身分が違うわ。
変な噂がアレクに立ってしまったら申し訳ない。
「大切な息子だから、大切な友人の娘に託すんだ。思う存分やってみなさい」
ベッセルはキッパリそう私に告げる。
その気持ちに、私は胸がいっぱいになり苦しくなる。
これ以上断るのは迷惑だわ!
「はい!絶対に父が大切にしていた村を再建します」
私は、力強く握り拳を作ってそう答える。
こうして、私と愛馬、そして、幼馴染のアレクと共に村を復興させる日々が始まったのだった。




