試し書き
僕は彼女の手を取った。
ひんやりと冷たく、柔い感触が伝わってくる。
少し力を入れれば折れてしまいそうだ。
「演技の経験はある?」
彼女は手を後ろに組み、見上げるように此方を見ている。
相変わらず、全てを見透かされているような気がしてならない。
僕の高鳴る心臓の音すらも、聞かれてしまっているような気がした。
緊張を隠すように僕は目を反らし、頭を掻く。
「ないです。」
「そう。」
彼女はくるりと体を反転させ、部室へと歩いてゆく。
僕もそれについて行く。
中は沢山の小道具や大道具、使い込まれ積み重なった台本などがある程度の規則を持って乱雑に置かれていた。
到底部室とは思えない、普通の人が見たら倉庫だと勘違いするような部屋だ。
木やペンキの匂いに混じって、アメのような少し甘い香りがする。
「ドア、閉めて。」
「は、はい。」
僕は言われるがまま扉を閉める。
なんだか緊張してきた。
女の子と部屋で二人きりというのもあるだろうが、審査されているような、面接を受けているような気持ちだ。
体と声が硬直して、思うように動けない。
「大丈夫。緊張しないで。最初は、表情も抑揚も考えなくて良い。」
頭が真っ白になりかけていた所を、彼女が言葉で引き戻す。
自分を落ち着かせるため、胸を抑え、深呼吸をする。
彼女は後ろの机に両手を置き、体重を預けながら僕のことを見ていた。
「ただ、感じてみるの。あなたは実際に、登場人物になるのだから。」
渡された台本に目を通す。
科学が進歩した遠い未来で、不老不死になった少年と、不老不死になるのを拒んだ少女の話だ。
男は不老不死に成ったにも関わらず、どこか満たされない。
対する女は限りある命を精一杯謳歌する。
二人は運命的な出会いを果たし、互いの選択について再び迷い、苦しむ。
そんなお話だ。
もしも不老不死になれるチャンスがあるとしたら、僕はそのチャンスを手にするのだろうか。
それはもしかすると、果てしなく続く苦しみの連鎖なのではないか。
色々な考えが
「……………準備は良い?」
「はい。」
その瞬間、空気が変わった。
先輩の演劇が始まる。
そこにいたのは、先程までと同じ人ではなかった。
全くの別人。
仕草、声音、トーン、表情、抑揚。
僕の目の前には確かに、不老不死になるのを拒んだ少女がいた。
意識が彼女だけに集まり、世界が変わり始める。
彼女意外の視覚情報は全て靄がかかり消えていった。
ーーー!
気がつけば僕も、夢中になって少年に成っている。
台本ももう意味を成さなかった。
僕の中の不老不死の少年が暴走し、好き勝手にセリフを放つ。
彼女もまた、それを楽しむかのように手を取った。
彼女との演舞はチャイムの音が響くまで途切れることはなかった。
「今日はありがとう。あなたのおかげで私の原点を思い出すことが出来た。また会おう。」
そう言って彼女は最後に手を振る。
僕も少し笑って手を振り、そそくさと教室へ戻った。
少しだけ汗が滴り、自分がつかれていることに気がつく。
彼女の演技は所作の一つ一つにそのキャラクターらしさを感じた。
「あ、そういえば。」
彼女の名前を聞くのを忘れていた。
まあ聞くのはまた入部した時でいいや。
そう思い僕は教室の戸を閉めた。




