1 一時的な措置
前回までの「リゲル」は──
やっとのことで手に入れたイシュマール号で、やっと宇宙を航行できる準備が整ったのもつかの間、地球画のゲートで事故が起こって……
円形ラウンジの中央テーブルには、ステーションのレストランでテイクアウトした食べ物の包みが散らかっていた。
「美味しかった……ごちそうさまでした」
リゲルは満足そうに丸くなった小さなお腹をさすった。
「あなたは相変わらずお行儀がいいわね、そこの誰かさんと違って」
食べ散らかしてゲップをしているウェンを、エイカが冷ややかに睨んだ。
ウェンが大げさに肩をすくめる。
「だからさー。何度も言っているようにだな、腹が減っては何とやらって言うだろ?」
エイカが何か言い返そうとしたとき、ジスが操舵室からラウンジに降りてきた。
「じゃあ、今後の私たちについて話しましょう」エイカが切り出した。
「はい。この船は今のところトランスポンダーも含めてまだ名義上あなた方の船となっていますが──」
「ああ、わかってるって。船はあんたらエクレシアのもんだよ」
ウェンがあからさまに落ち込んだ顔で言った。
「ですので、あなた方二人をどこかの安全な惑星までお送りしようと考えています」
「ダメよ。私も地球へ行きます」
エイカは腕を組んで即答した。「だったら俺も」
「え? どうしてあなたまで……」
「い、いや、つまり……あれだ」ウェンが挙動不審に視線を泳がせる。
「離れたくないんだよね? だって、すごく大事なんだもん」
リゲルが無邪気に言った。
「え? いやそれは……」
「イシュマール号のこと、すごく大事なんだよね、ウェンは」
「そ、そうだ。そうそう。すごーく大事なんだよ、このイシュマール号が、な!」
ウェンはガハハと大げさに笑いながら、冷や汗を拭った。
エイカは鼻で笑ってみせたが、心の中では以前と変わっていないウェンにほっとしていた。
「しかし、ドクター・サガラはなぜ地球に?」
「それ、今は言う必要ある?」エイカはかなり攻撃的な態度で切り返した。
「そもそも、船は用意すると言ったけれど、私はこの船を譲る気はないわよ」
「どういうことですか?」
「言葉通りの意味よ。借金のかたに取られていたのは彼の問題で、私の問題じゃないわ。この船の名義の半分は私だから、所有権の移譲に関して私の許可が必要。なので許可しません、ただし……」
エイカはジスを見て、少し考えてから言った。
「私……私たちを無事に地球へ連れて行ってくれるのであれば、権利の移譲を考えるわ。それで、どうかしら?」
ジスも少し沈黙した後、静かに頷いた。
「わかりました。では、今後あなた方を『地球に到達するまで』一時的なESIAとして特別に雇用する、というのはどうでしょうか?」
「え? ちょっと、なんでそうなるのよ?」
エイカもさすがに予想外だったのか、目を丸くした。
「いやいや、それってめちゃくちゃ最高じゃねーかよ!雇用ってことは給与も発生するし、保険にも入れるんだろ?よっしゃあ俺はその提案に乗った!念願の無職卒業だぜ!」ウェンは何故か挙手した。
「何言ってるのよ、ちょ、ちょっと、そんなのダメよ。そもそもあなたに決定権なんてあるわけ無いでしょ? エクレシアに5千万クレジットの借金を払ってもらっているんだから!」
「そ、それとこれとは話がちがーうだろが。なあ、いいだろ? こんなエクレシアみたいな高待遇の職につけるチャンスなんて滅多にこねーんだぞ?」
それを聞いたエイカは「ふん」と鼻息を荒くして、立ち上がってどこかへ行こうとした。
そんな彼女の後をウェンが追う。「おい、待て!どこに行くつもりだ?」
「ト、トイレに決まってるでしょ?ちょっと、どこまでついてくるつもりなの?」
「なんだか楽しくなりそうだね」とリゲルが笑った。
ジスは大きくため息を吐き、深く椅子に腰を下ろし、目を閉じた。




