第74話 怪物の予言と、フェイテッデューチャ
時計の針を少し戻す。
「狸鍋」の冗談で会議が円満に解決し、レグルスが皇帝の私室を出た直後のことだ。
「レグルス殿」
背後から低く、重みのある声が呼び止めた。
振り向くと、帝国最強の騎士団長、ガルヴァンが立っていた。
「どうした、ガルヴァン。いいのか? 王様二人を残して」
「陛下より許可はいただいている。……少し、貴殿と話がしたくてな」
ガルヴァンは周囲に人がいないことを確認すると、単刀直入に切り出した。
「先ほどの『育てなきゃいけないクソガキを一匹抱えてる』という発言……あれは、ルーカス様のことか?」
レグルスはニヤリと口角を上げた。
「あ~? 第二皇子殿下をクソガキ呼ばわりとは、不敬罪で極刑モンじゃねぇか?」
「茶化さないでくれ。……貴殿が真面目な目で他者のことを口にする時、そこには必ず意味がある」
ガルヴァンの瞳は真剣そのものだった。
彼はレグルスの軽口を無視し、静かに語り出した。
「以前にも一度だけ、貴殿が似たようなことを言った時があった。……カイの時だ」
その名を聞き、レグルスの眉がピクリと動く。
「……よく覚えてるな、そんな昔のこと」
「忘れるものか。私がアルヴァレイン王国へ遠征訓練に出向いた時のことだ。当時15か16歳だった彼と模擬戦を行ったが、確かに天才肌ではあったものの、そこまで惹かれるものは感じなかった」
ガルヴァンは懐かしむように目を細める。
「だが、帰る間際に貴殿は私に言ったな。『あの男を覚えておけ』と。……レグルス殿が他人に興味を示したのは初めてだったから、よく覚えているよ」
「……へぇ」
ガルヴァンは一度、目を伏せた。
「そしてつい最近、23歳になった彼と再会した。その時、彼は貴殿と同じく、常人なら歩くことすらままならない『重魔鉱』の枷を身につけていた」
ガルヴァンの声に、微かな戦慄が混じる。
「怪物になっていたよ。本気で打ち合ったが、一本取られた。それどころか……模擬戦の間、私は彼の体に一度たりとも触れることさえできなかった」
「――『無傷の幻影』」
レグルスが、カイの異名を口にする。
「魔法に逃げたが、あいつはそっちで花開いたってわけだな」
「ああ。だからこそ、私はレグルス殿の『眼』を信頼している。……そんな貴殿が、ルーカス様を『放棄するな』と言った。何か、感じたのか?」
ガルヴァンは射抜くような視線でレグルスを見た。
最強の剣士が、5歳の少年に何を見たのか。
レグルスはフッと笑い、肩をすくめた。
「あんたも分かるだろ。……あの目、かつて『武王』なんて呼ばれてた全盛期のダリウスの爺さんに、そっくりじゃねぇか」
「ッ……!」
ガルヴァンが息を呑む。
確かに、ルーカスの瞳の奥にある、あの燃え上がるような野心と闘争心。それは若き日の皇帝ダリウスを彷彿とさせるものだった。
「皮肉なもんだよな。品行方正な兄貴じゃなく、落ちこぼれの弟の方が……孫として、爺さんの『眼』を継いでやがる」
レグルスは城の奥、ルーカスがいるであろう方向を見やった。
「いいや、これから開く化け物の『芽』を継いだのは……案外、アイツの方かもしれねぇぜ?」
武王の『眼』と、才能の『芽』。
その二つを掛けたレグルスの言葉に、ガルヴァンは背筋が震えるのを感じた。
「あの手合いは腐りやすいし、一歩間違えれば闇に堕ちる。だが……あんたが育てりゃ、そんなことにはならねぇだろ? だから、あいつを見捨てるなと言ったんだよ」
レグルスの言葉は、ルーカスへの評価であると同時に、ガルヴァンという男への絶対的な信頼の証でもあった。
「なるほど……。ふっ、レグルス殿。やはり貴殿から学ぶことは多い」
ガルヴァンは深々と頭を下げた。
「感謝する。……これからは、手加減なしで、厳しく戦士として育て上げよう」
「おう。精々しごいてやんな。……じゃあな」
レグルスはひらひらと手を振り、足音もなく廊下の闇へと消えていった。
残されたガルヴァンは、窓から見える昼下がりの青空を見上げた。
そこには、無限の可能性を秘めた雲が流れている。
(武王の再来、か……。血が騒ぐな)
歴戦の猛者の顔に、武人としての獰猛な笑みが浮かぶ。




