序章 終焉と、黄金の歯車
刃が、聖女を貫いていた。
瓦礫の上に倒れたまま、アレイシスはその光景を見ていた。
指の1本も、動かない。
声も、出ない。
焼けつく痛みの向こうで、意識だけが明滅している。
それでも、目を閉じることだけは、しなかった。
白銀の髪が、紅に染まっている。
世界でいちばん多くの人を救ってきた少女の身体を、ひと振りの剣が深々と貫いている。
柄を握るのは、黒紫の髪の青年だった。
(シル……フィー……)
名前は、声にならなかった。
ふたりは、抱き合っていた。
刃で繋がったまま。互いの血にまみれたまま。
崩れ落ちた世界の真ん中、そこだけを祈りの場に変えるほど、強く。
唇が、重なる。
血に濡れた口づけだった。
重なった口の端から、赤いひと筋が伝い落ちる。
それが何を意味するのか、明滅する意識では、もうわからない。
「……戻りたい」
声がした。
男の声か。彼女の声か。
区別がつかないほど、ふたつの声は同じ温度をしていた。
青年が、顔を上げた。
泣いていた。
ぼろぼろと涙をこぼしながら——笑っていた。
長い、長い旅を終えた者の顔だった。
人を殺した者の顔では、なかった。
(どうして……)
ギ、と。
空が、軋んだ。
星々を覆い隠して、黄金の歯車が浮かんでいた。
時計のかたちをした、途方もなく巨大な歯車。
ギ、ギ、と重い軋みを上げて——それが、逆さに回りはじめる。
世界の色が、反転していく。
夜が白へ。光が黒へ。
こぼれた血が宙へ昇り、砕けた石が空へ還っていく。
(なん……だ……これは……)
わからない。
何が起きているのか、何ひとつ、わからない。
ただ——壊れていくのではなく、還っていく。
それだけが、肌でわかった。
黄金の光が、視界を塗りつぶしていく。
その白の中で、刃に貫かれたまま微笑む聖女と、泣きながら笑う青年の輪郭だけが、最後まで残っていた。
シルフィー、と。
その名を呼べたのかどうかも、わからないまま。
アレイシスの意識は、光に呑まれて、途切れた。
——時は、巻き戻る。
†
物語は、その終わりの、ずっと手前から始まる。
聖女と少年が、まだ出会ってさえいなかった頃から。




