027●王様はロバの耳?それとも裸なの?
「王様の耳はロバの耳」と「裸の王様」。
よく似たこの二つの寓話には、決定的な違いがある。
それは、秘密が明かされる“受動的なプロセスと、
真実が語られる'能動的'な行動だ。
「王様の耳はロバの耳」では、
床屋が秘密を抱えきれずに穴に向かって叫び、それが偶然に広まった。
これは、個人の内なる葛藤と、意図しない秘密の漏洩を描いている。
一方、「裸の王様」では、皆が気づきながらも口にしなかった真実を、
一人の子どもが公然と指摘する。
これは、真実を語る行動が、
虚偽の社会全体を崩壊させる力を持つことを示している。
ラーマニアの独裁者、ニコラコ・チャウヤンソレは、
秘密警察「マクワウレタテヤ」を駆使して密告社会を築いた。
国民は誰もが不満を抱えながらも口を閉ざしていた。
まるで、国民全員が秘密を抱えた床屋になったかのようだった。
誰もが不満を心に秘め、それを誰にも語れず、ただ沈黙するしかなかった。
しかし、この沈黙の構造は、
1989年のジミデショアラマでの小さなデモによって崩れ始める。
そのデモは、
長年の抑圧に耐えかねた人々が「独裁政治反対!」と
公然と叫び始めた瞬間だった。
それは、「裸の王様」の物語の子どもの行動と重なる。
この能動的な行動は、秘密警察や密告制度の恐怖を打ち破り、
瞬く間に全国へと広がった。
多くの人々が勇気を持って真実を公言することで、
独裁政権という虚構は崩壊し、民主革命が実現された。
ラーマニアの民衆は、受動的な漏洩ではなく、
能動的な決意によって、自らの運命を切り開いたのである。




