第16話 盗み聞かれる気になる相手
昼休み、いつもならこの時間は屋上だ。
いつもは母さんが弁当を作ってくれていたが、今日はそれがない。
『お小遣いちょっと多めに渡すから、学食で食べてきて』
朝、バタバタしながらそう言われて千円札を渡された。
つまり今、俺は。
「相変わらず混んでるな」
昼休みど真ん中の食堂で、トレイを持って立ち尽くしている。
ざわざわした声と、食器のカチャカチャ鳴る音。
どうにか、空いている壁際の2人席をひとつ見つけささっと座る。
「いただきます」
からあげ定食に手を伸ばそうとしたところで。
「放課後どうする? いつものとこ行く?」
「それな」
「今日は……。私も行けるかも!」
通路を挟んだ隣の大テーブルから聞こえてくる、女子の声。
その中に混ざってる、聞き慣れたトーン。
瞳だけ動かしてちらみすると、そこに見えたのは神名。
微妙に声が聞こえる近い距離。変な席を選んでしまったと後悔するが、考えてもしょうがないので美味そうな唐揚げを頂くことにする。
「ここ、空いてるか?」
これもまた聞きなれた低い声だ。顔を上げるとでかい影と不愛想な顔。トレイを片手に持った高橋常弘が、無表情のまま俺を見下ろしていた。
「空いてるぞ」
「座っていいか?」
「ああ。常弘だけか?」
「俺だけだ。柔道部の勧誘に会って出遅れた。みんなは他の席で食べてる」
常弘は言いながら向かいの椅子に腰を下ろした。椅子が、きしっと不安な音を立てる。身体が大きすぎるせいで壁際の二人席では狭いのか、足が通路の方にまで出てしまっていた。
隣の神名達が常弘のでかさにチラ見したが、相手が常弘だとわかると納得するように食事に戻る。
が、神名だけは違った。目を伏せながら俺と常弘を交互に見て、神妙な面持ちでこちらを見ている。
「美来、どしたん? 食べないの?」
「た、食べるよ! 全然食べるよ! 思いって切り食べるんだから!」
手を進めるが、気持ちがこっちに向いているのか、横目はこちらに向いたままだ。
こっち見るなと言いたいが、花柳たちに睨まれるのもあれなので、無視することにする。
「相変わらずの図体だな」
トレイには大盛りカレー。米の量だけで、俺の定食の倍はある。
さすが自宅に道場がある男だ。燃費が違う。
「そのせいで柔道部の勧誘が止まらん」
「諦め悪すぎだろ」
もう俺達は2年だ。つまり常弘は1年間、勧誘を断り続けてるということになる。
「実績がどうしても欲しいそうだ。全員ボコして1度は諦めさせたんだが、うちの道場のこと知ってから再燃した。『部に入れ』だの『指導してくれ』だのが止まらん」
「面倒くさそうだな」
「断るのに時間がかかる」
想像できる。押しの強い体育会系と、無駄に人当たりのいい常弘。押し問答してるうちに、昼休みが終わるパターンだ。その図体で相手をボコボコにしてやればいいのに。とも思うが、1年の頃に1回それをしたんだろうな。
「入るつもりはないのか?」
「家の道場で充分だ」
常弘は、ちょっとだけ目を細める。
「家のにも顔を出したくないんだが。行かないと子どもが怒鳴り込んでくる。この前も『なんで練習こないの』って、子供たちが玄関で座り込みを始めた」
見た目はゴツいのに子どもに甘いからな、こいつ。強者ゆえの余裕と言うのか、昔から無駄に争いごとはしないタイプだったし。俺と修二はよく常弘に投げ飛ばされてたけど。
「そのせいで家にノゾミも呼べない状況だ。あいつらにバレたら面倒すぎる」
「確かに子供はからかってくるだろうな。星村とはうまくやってんの?」
「……どうだろうな」
常弘はカレーを混ぜるスプーンの動きを止めた。
「なに考えてるか、前より分からん」
「付き合う前より?」
「それもそうだし」
短く頷いてから、常弘がこちらを見る。
「前はヒロトに相談してたから、迷わなかった」
「俺に?」
「ノゾミが何考えてるか分からないって言うと、ヒロトが『それは多分こういうことだ』って説明してくれただろ?」
そんなこともあった気がする。中学の頃、星村の機嫌が急に悪くなったとか、タイミングとか雰囲気とかにを大切にしたいと言われ、それがわからないとか。常弘が頭を抱えて悩んでたから、俺がなんとなくでアドバイスをしていたのだ。
まあ、俺もわからないから、星村に遠回しに聞いて、それを常弘に言ってただけなんだけど。
「助かってた」
そう言って少しだけ目を伏せた。
感謝してるくせに、声は相変わらずぶっきらぼうだ。
「今はあまり、話してくれないからな」
「そうだな」
俺は食事を進めながら返事をする。
「前も適当に言ってただけだしな。そういうのは修二に相談しろよ。むしろ俺が一番、恋愛から遠い位置にいるんだからよ」
「……そうか」
常弘は一瞬だけ考えてから、軽くうなずく。
納得した、というより、「そういうことにしておく」って感じだ。
視界の端では神名がこちらをジッと見ている。
聞こえてたとしたら、またなにか言われそうだな。
盗み聞くなと神名を睨むと、ばっちり目が合う。
神名は「なにも聞いてません」みたいな顔をして、慌てて前を向いたが。
聞いてたな、絶対。
「ヒロトにはいないのか? そういう相手」
「彼女か?」
「ああ。気になってる子とか」
問われ、自然と目線は神名の方へ。
勝手に落ち込んだり、無邪気にはしゃいだり、面倒な絡み方をしてきたり、遠回しに感情を伝えて着たり、男に言い寄られて怖がったり、震えながら涙目になったり。
目が合った。首を傾げて、はへっ? と間抜け顔をする彼女。
「いないな、俺にそんな相手は」
常弘にしか届かないような小声でそう呟く。
「そうか。ヒロトなら、作ろうと思えばすぐに作れると思うが」
「冗談やめろ。俺みたいな冷笑系と付き合う奴なんているわけないだろ」
「れ、冷笑系?」
「なんでもない」
冷笑系なんて単語は一般では使われていないか。
神名が耳に手を当てて友達に不審がられてるところを見ると、今の会話は効かれてなかったか。
その後は無言でご飯を食べ進め。
「ヒロト。放課後、遊びに行かないか」
「メンツは?」
「オレと、ノゾミと、ヒロトだ」
こいつも修二を同じこを言って来やがって。
「常弘に教えてやろう。それは」
「デートか?」
俺がツッコミを入れる前に、常弘が自分で言った。
修二からこのやり取りのことを聞いてたのかも知れないな。
「そうだ。それはデートって言うんだ。だから断る」
「やっぱり、そうなるか」
常弘は残念そうに肩を落とす。
でかい図体がしょんぼりするのはギャップが凄い。
悲しきモンスター感が出てて、そういうアニメキャラは嫌いじゃないけど。
「常弘も俺が童貞くさいこと言うと思うか?」
「別にそんなことは思わない。修二のだって、言葉の綾だ。後悔してたぞ」
「どうだかな。ま、付き合ってる奴等に挟まれるのはもう勘弁なんだよ」
「オレと1対1なら遊んでくれるか?」
「もちろんだ」
俺の返事が意外だったのか、常弘は細い目を大きく見開く。
「常弘と修二だけなら普通に遊ぶぞ。恋愛相談はやめて欲しいけどな」
「そうか」
「そうだよ」
言い切ると、常弘は苦笑いした。
「オレと修二だけで遊ぶと、カナとノゾミがきっと悲しむ。だから、みんなで遊べたらと思うんだが」
「……じゃあ質問だ」
唐揚げをひとつ箸でつまんで、口に運びながら言う。
「俺と星村、どっちが大事なんだよ」
「なっ」
常弘の目が、わずかに見開かれる。
カレーのスプーンが、ぴたりと止まった。
「そ、それは……」
「そこは星村って即答しろよ。少しでも悩むんじゃねえ」
呆れて言うと、常弘はしばらく黙ってから、ぽつりと落とした。
「……みんな、大事だ」
常弘らしい。柔道も、道場の子どもたちも、幼馴染も、彼女も。全部「大事だ」と言える男だから、モテるんだろうな。この図体とのギャップが凄くて風ひきそうだけど。
「お前らしいよ」
斜め前を見ると、神名がまたこっちを見ていた。さっきとは違う、なんとも言えない顔。笑っているような、むっとしているような、複雑な表情。
どんだけ盗み聞きしてんだあいつ。こっちに気を取られ過ぎだろ。
集中して演じろよ、明るくて元気な神名美来を。
内心でツッコんでいると、昼休み終了が近付く予鈴が鳴った。
「そろそろ戻るか」
「ああ」
常弘は、残っていたカレーを一気にかき込んで、トレイを持ち上げる。
立ち上がると、改めてその体格の良さが目立った。
「……ありがとな、ヒロト」
「何が」
「話、聞いてくれて」
それだけ言って、常弘は食器返却口の方へ歩いていった。
「ただの世間話だろ。お礼を言われることじゃねえよ」
俺もトレイを持って立ち上がる。
神名のテーブルの横を通り過ぎる時、視線を感じた。
ちらっと見ると、神名がこちらを見上げていた。
口を開きかけて、結局なにも言わずに、にかっと笑う。
その笑顔は、いつものクラスの盛り上げ役の顔で。
でも、さっき俺の話を聞いていたせいか、どこか含みがあるようにも見えた。
「どいつもこいつもよくわからん」
聞こえないくらいの声で呟いて、俺は教室へと向かった。




