第15.5話 頼れる背中を思い出す夜 -神名視点-
桐生くんとの電話を終えた後、私は変な汗を流す為にお風呂に入り直して。疲れた身体をベッドに仰向けになって癒す。ぼんやりしていて思い出すのは、屋上での出来事。
放課後に呼び出されて、岡田くんに告白された。フェンスの冷たさとか、足音が近づいてくる感じとか、思い出しただけで気分が悪くなる。
「いったん付き合うってなに? 好きでもない相手と付き合うって……。なにがしたいんだろ」
今までも告白されたことはあった。その度に空気が悪くならない様に自分を下げて、頭を下げて。
ほんとしんどい。特に今日みたいなことがあると、呼び出しされるだけで気分が落ちる。
『適当に喋って逃げろ』
短い言葉。けど、スマホに表示された文字を見ただけで安心して、声を聴いたところで気を強く保てた。
「颯爽と現れる王子様……。なんて、桐生くんの柄じゃないもんね」
彼らしい手の差し伸べ方。
結果、それが最善だったと思う。
手助けがなかったら、もっとぐだぐだして、変な断り方してたかもしれない。相手をこれ以上傷つけたくないとか、自分の居場所を守りたいとか、いろいろごちゃごちゃになって。
もしかしたら、アイツの強引さに負けて、付き合ってたかもしれない。そうなった自分を想像したら、余計にゾッとする。
震える女の子のお願い、「手、繋いで」はあっさりスルーされたけど、その代わりに背中と肩を貸してくれた。
『代わりに肩を貸してやろう。掴んでいいぞ。背中も貸してやる』
改めて思い返すと、口元が緩んじゃう。
「変な人だよね、ほんと」
恋愛ドラマだったら、そこで手を繋いでくれるんだろうけど。でも、桐生くんはそういう人じゃないって、分かってる。さすがは冷笑系を自称してることだけはある。
でも、その方が一緒にいて楽だと思う。変に期待させるみたいなことをしない。距離は近くなったけど、近付きすぎないように、あえて距離を保とうとしている。
『俺は今の神名の方が好きだけどな』
かと思えば、そんなことをふとしたタイミングで伝えてくる。
「なんでそういうこと言うかな? 行動と言動が少しズレてるよ……」
枕に顔をうずめて、足でふとんをばたばた蹴る。
たぶん深い意味なんてない。こっちの方が気楽で話しやすいとか、その程度のニュアンスだって分かってる。
でも、「今の神名」って言い方をされると、教室の私も、それ以外の私も、ちゃんと見た上で選んでくれたみたいで。ちょっとだけ胸が熱くなっちゃう。他の誰に褒められるよりも、その言葉をもらえてうれしいと思っちゃう。
その後、頼るつもりだったのバレちゃったんだけど……。
「でもマミに頼ると、なにかあったときアイツが酷い目に合わされちゃうし。穏便に済ませるなら私だけで処理しないとだけど、マミの忠告に外れはないし。そうなると処理しきれなくなるし……」
だから、最初から誰かにいてほしかった。利用した、って言われても仕方ない。だって、利用したのは事実だから。
『私としては喜んでくれて、こんな私を受け止めてくれると嬉しいんだけど……』
なんて、受け取りてによっては告白と捉えてもおかしくないのに。
桐生くんはため息ひとつついて。
『今回みたいなのはなしだ。何かあるなら予め相談してくれ』
と、呆れた様子で言っただけだった。
『なんだかんだ手伝ってくれるって思ってるな? その顔は』
なんて。私を甘やかしすぎだよ、桐生くんは。そういうところは凄い助かるけど、ちょっとずるいと思う。
家に帰って、またお礼をするのはしつこいかな? なんて思いながら、一緒にイベント言って欲しいっていう理由を付けて、声が聴きたいから電話して。
部屋の一角に作った「桐生くんゾーン」を披露した。クレープコラボのアクスタとか、一緒に行ったオタ活の戦利品だけを並べた棚。
通話しながらそれを見せたときの、あの反応。
『そこの棚を含めるとレベルが1つ下がるというか、統一感が崩れるというか。なんか勿体ないな』
「聞いたときは信じられないって思ったけど……」
思い出して、ふっと笑ってしまう。喜んでほしくて作ったのに、開口一番それだったから、ムッとしたのは間違いない。
でも、そのあとちゃんと謝ってくれたし、私と他のところにも行きたいって言葉にしてくれたから、なんだかんだでチャラどころかプラスになってしまった。
その流れで、うっかりインカメ起動して、すっぴんパジャマの自分を見られたのは完全に事故だったけど。
「すっぴんは忘れてほしい。いまここで記憶消してほしい……」
枕を顔にかぶせて、もぞもぞ身体を揺らす。
でも、あの時の桐生くんの反応。
『いや化粧する必要ないぐらい整ってると思うけど』
なんて、お世辞だとわかってるのに、嬉しくなっちゃう。
さらに追い打ちで、推しVのオフ会の話までしてしまった。
うららちゃんのことを語り始めたら止まらないのは、いつも通りだ。ホラゲ配信のどこがいいとか、初配信の照れ具合がどうとか、登録者耐久の泣き方がどうとか。
「たぶん、説明の半分くらいは流れてたんだろうな〜とは思うけど」
それでも、途中で話を切ったりしないで、ちゃんと聞いてくれて。「リスト作るから見てね」って言ったら、「そんなガチじゃなくていい」って文句を言いながらも、結局は受け入れてくれて。
調子に乗って、「寝落ちもちもちしちゃう?」なんて、あのセリフまでつい出ちゃった。
あれは、ほとんど冗談。
ちょっとだけ、本気。
『そういうのは特別な相手とするもんだよ』
返ってきた答えは、すごく桐生くんっぽかった。
「ですよねー、って感じだけど」
してくれないんだ。って気持ちもあったけど、曖昧なことを言われるよりは、ずっといい。そういうことをしてこないのが、今の桐生くんとの関係だって、はっきりわかる。
そう自分で線を引いておいてから、最後にもう一度だけ、枕に顔を埋めてジタバタした。
それから、電気を消して目を閉じる。教室のざわめきと、屋上の風景と、推しの笑い声と、その全部の隅っこに立っている、桐生くんを考えながら。




