第15話 寝落ち電話は特別な相手にだけで
ひとしきり神名が騒いだ後。
『ちょっと騒ぎちゃったかな。夜なのにごめんね』
「いや、悪いのは俺だ。だいぶ無神経な発言だった」
『うん……。あ、そうだ。今のごめんで思い出した』
「どうした?」
『さっき、言ってたよね。桐生くんゾーン、もっと増やしたいって』
「あー……。言ったな」
勢いで言っちゃっただけなんだけど。
『じゃあ早速ついてきてほしいイベントがあるの』
「イベント? なんのアニメだ?」
『アニメじゃなくて。推しとの1対1会話オフイベなんだけど』
「1対1ってことはVtuberか」
『そう。行こうかず~っと悩んでたんだ。こわくはないけど、女子高生の私がひとりだと、ね? で、桐生くんが付いてきてくれるなら心強いな~って思って』
言い終わりに小さく笑う神名。
「推しの名前は?」
『朧狐うららちゃん! 歌と雑談を主にやってて、主に21時から23時配信。たまに朝活もやってて、そういう時は2回行動になることもあるよ。アクションレトロゲームを最近ではやってるけど、やっぱり見て欲しい配信は涙ながらに頑張ってやってるホラゲ配信かな』
「紹介が長い」
『まだまだ全然説明したりないよ!』
「熱量は伝わった」
検索すると、公式チャンネルがすぐ出た。個人Vtuberであり、チャンネル登録者数は1万2000人。動画の欄には歌ってみたが幾つか並んでおり、再生数はどれも数千は超えていた。
アーカイブを覗くと可愛らしい獣耳を生やした銀髪の少女。
投稿の欄には神名が言っていた1対1の会話イベントの補足が書かれている。
「イベント来週じゃん。間に合うのか?」
『大丈夫、今のままだと当日チケットも爆あまりって言ってたから』
「そうか。大丈夫か。……大丈夫か?」
爆あまりって、この子にとっては大丈夫じゃないと思うけど。
1分トークチケット1枚2000円(1人5枚まで)。チケットの枚数によってグッズ特典有り。この手のイベントに詳しくないから、高いか安いかもよくわからん。1分2000円って聞くと高そうに思えるけど、こんなもんなのか? 神名がいいならそれでいいけど。
「俺は何をすればいい?」
『一緒にいてくれるだけで充分だよ。もちろん、桐生くんも推しになってくれていいけど?』
「あんまり見ないんだよな、Vtuber」
『ならこれ機に。全部のアーカイブに高評価押しといてね』
「要求がえぐいな」
『冗談だよ、冗談。でも、配信見てみて好きになったら桐生くんも話してみるのもありかもよ?』
「話してみたいってなったらそれでもいいけど」
あの人と話したい! なんて思ったことないからな。芸能人とか偉人とも話したいと思ったことなんてない。だから握手会とかこの手のイベントの良さがいまいちわからん。
「おすすめのアーカイブとかあるか?」
『全部! って言いたいところだけど、そんなこと言ったら呆れらるから』
「俺のこと少しずつわかってきたな」
『一番はやっぱりホラゲかな? うららちゃんの魅力がすぐにわかると思うよ。でも初配信を見直す回もうららちゃんが照れに照れてるから最高なんだよねえ。この前の飲酒雑談も捨てがたい。いつもはリスナーにツンツンしてるうららちゃんがふにゃふにゃになって、リスナーに感謝を伝えて来るところなんて最高に可愛かったし……。けどこれメンバー限定になったんだった』
説明の熱量がすごすぎてほとんど聞き取れなかった。
「つまり、どれがいいんだ?」
『んー……。選べないからリストを作ってすぐに送ります。それまでは歌ってみたを聞いたり、ショートを見たりしていてください』
「そんなガチのお勧めじゃなくてもいいんだが」
『推しを勧めるんだもん、中途半端なものは教えられないよ!』
そういうもんか?
『とりあえず、一緒に行ってくれるってことでいいんだよね?』
「ああ。付いて行くぐらいなら別にいいぞ」
会場も割と近場だしな。
『やった!』
小さい音だが、喜びの声が聞こえてくる。
『じゃあ早速申し込みしちゃうからね? もう撤回はなしだよ?』
「ああ。突然体調を崩さない限りは一緒に行くよ」
『不穏なこと言わないでよ! ちゃんと来てくれるって信じてるからね!』
「わざと行かないようにするとかはないから安心しろ」
『ならいいけど。……じゃあ桐生くんの体調管理表も作っちゃお』
「いらねえいらねえ。そんなのいらねえから。あとちょっと怖いから」
俺の声が聞こえなかったのか、返事はなしにキーボードを叩く音が聞こえてくる。既に申し込みを進めているのか、体調管理表が作られているのか……。
神名が入力している間に、朧狐うららのショートを眺める。
4時間寝坊して泣きながら配信を始めるうらら、配信開始をし忘れ10分間コメント0が続き泣きながら配信を始めるうらら、配信の切り忘れ反省会を始めるうらら、2時間の雑談配信を終えた後エコーがかかっていたことにようやく気付くうらら、BGMが爆音過ぎて何を言っているかいっさいわからないのに配信を1時間やり終えるうらら。等々。
どうやらかなりアホの子のようだ。
『申し込み完了っと。って、もうこんな時間だ』
時計を見ると、いつの間にか日を超えていた。
そこまで長話をしていたつもりはなかったけど。
『桐生くんと喋ってると、あっという間に時間が経っちゃうね』
「推しの話しをしてると、の間違いじゃないか?」
『そうとも言うかも。でも、推しの話しは桐生くんとしかできないから。やっぱり、桐生くんと喋ってると時間が経つのがあっという間ってことになるね』
「ああそうかよ」
むずがゆくなる神名の言葉を、素っ気なく返す。
『桐生くんはもう寝ちゃう?』
「明日も学校だしな。そろそろ寝るか」
『じゃあ……。どうする?』
「なにが」
『私と寝落ちもちもちしちゃう?』
「なにを言うかと思えば」
寝落ちもちもち、ようは寝落ち電話だ。
こうして喋っているうちに、どちらかが寝てしまうことをさす。
「それって普通に話してて、寝落ちした時に使う言葉だろ。わざわざもちもちしちゃう? なんて言わねえよ」
『じゃあ今から私は布団の中に移動します』
本当に布団に入ったのか、がさごそと音が聞こえてくる。
『もちもちの準備できたよ』
「準備なんていらねえんだよ。普通におやすみなさい、だ」
『えぇー。ここまで来たのに?』
「布団の中に移動しただけだろうが。……じゃあ切るぞ」
『もう、しょうがないなぁ。女の子が寝落ちもちもちしたいって言ってるのに』
「そういうのは特別な相手とするもんだよ」
『私の中では桐生くんって、かなり特別な相手なんだけど』
「特別の種類が違うんだよ」
こんな会話を続けてたら、本当にどっちかが寝落ちしてしまう。
『……ないんだけど』
布団が擦れる音にかき消され、なんて言ったか聞き取りにくい。
なんにしても、このまま会話を続けるのもあれなので。
「じゃ、おやすみ、神名」
『うん。おやすみなさい。桐生くん』
その言葉を聞いて、スマホを耳から話す。暫く画面を眺めるが、なかなか通話が切れない。俺も神名も言葉を発することなく、謎の時間が無駄に流れる。
「早く切れ」
『桐生くんが切ってよ。寝落ちもちもち反対派は桐生くんなんだから』
「ああそうかよ。じゃあまた明日な」
『うん、また明日』
俺は終了のボタンを押して、スマホを机の上に置く。
すぐにブブブと振動し、表示されたのは神名からの連絡だ。
神名;今日は本当にありがとう。推しのイベント、楽しみにしてるね! おやすみなさい。
そんな言葉が映し出される。
「律儀な奴だ」
俺は返信しようとスマホを持つも。
「……ま、いいか」
そのまま返事を返さず机に置き直す。
すぐにパソコンの電源を落として布団の中へ。
暗闇の中、脳裏に浮かぶのは、すっぴんである神名の笑顔。
「……あほ。さっさと寝ろよ」
自分にそう言い聞かせて、俺は静かに呼吸を整えた。




