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水の泡

 振り返ると、出入り口に中年の女性が二人立っている。


 沢白らは顔を見合わせ、出入り口に戻った。近づくと、前のめりでこちらに近付こうとしているおかっぱ頭をロングヘアが引き止めていた。


「どうかされましたか」


 蓮井が尋ねると、おかっぱ頭がぐいっと蓮井との距離を詰めてきた。


 沢白は気持ち後ろで様子を見守ることにした。


 女性相手の聞き込みでは、蓮井のルックスが役に立つこともある。時代錯誤な考えだとは分かっているが、捜査のためならなりふり構うつもりはなかった。


「黒川さん、何かあったんですか」


 その言葉で、沢白は駐車場に顔を向けた。


 野次馬に割く時間はない。


 ただでさえ、夜も更けてきたのだ。さっさと家でスコッチを飲んで、明日に備えて体を休めたかった。


 蓮井も会釈して、こちらに体を戻した。二人は車に一歩進んだ。


 しかし、おかっぱ頭は構わず話し続ける。


「あの人、こないだも今みたいに駐車場で話してたのよ。警察の人と」


 沢白は踵を返して、おかっぱ頭に詰め寄った。


「警察、ですか。警察が黒川さんを訪ねてきたんですね?」


「え、ええ」


 沢白が一気に間合いを詰めてきたので、おかっぱ頭はのけぞった。

 お目当てのイケメンではなく、自分と同年代の男が近づいてきたからか、彼女は不服そうな表情だった。 


 知ったことか。


 沢白は構わず続ける。

「どんな用件で?」


「それが分からないから、聞いてるんじゃない。でも美人だったわぁ。ショートヘアの綺麗な人。私も短い髪なのに、大違いよ、全く!」


 そう言うと、彼女は豪快に笑った。


「ちょっと環さん」


 ここで初めて、ロングヘアが口を開いた。環と呼ばれた女性が話している間、どこかそわそわしていた。


 環の話を聞いて、沢白と蓮井は目を見合わせた。


 あぁ、またあの女だ。


 南巳、小向、黒川と接触していたショートヘアの女。彼女は絶対に事件とつながっている。


 沢白はそう確信して、ある物を探すために再び駐車場に足を向けた。


「お二人は勉強会の参加者ですか」

 蓮井が場を持たせようと、話しかける。


「いえいえ、私たちここで働いてるんです。

 あ、私は中野環って言います。清掃員として働いてるんですけどね。

 で、彼女は浜尾未亜さん。図書館司書なの。ね!」


 三人の会話を遠耳に聞きながら、駐車場を歩き回っていた沢白はとうとう目当ての物を見つけた。  


 さすがは監視社会だな。


 話を終えたのか、蓮井がこちらにやってきた。沢白は見つけたものを指さしながら、蓮井に指示を出す。


「監視カメラの映像、取得してくれ」


 森の中に潜む監視カメラは、まっすぐにセンターの入り口を向いていた。


「ショートヘアの女が映っているか、ですね」


「あぁ」


 沢白の意図を、蓮井は既に察していた。


 蓮井はカメラに近寄って、ポールに貼られているシールを確認した。


「大東警備の管理のようです」


「小向の会社も大東警備が担当していた。既に令状をとって請求している。追加で頼もう」


「そうですね。間に合わなくても、警察官のデータベースと小向さんの会社にあった監視カメラの画像から割り出せるかもしれません。明日の朝一で照合します」



 翌朝、本部に登庁した沢白はまっすぐ部長室に向かった。

 すると、その部屋の主が秘書とともに部屋から出てくるところだった。


 (から)(むら)(しげる)

 東京本部の強行犯罪部部長で、沢白の直属の上司だ。

 色白の小太りな男で、好々爺然とした見た目をしている。

 だがその(じつ)、強行犯罪部の捜査官たちの手綱を苛烈にさばく切れ者だ。


「お出かけですか?」


「本省で定例会議だ。何だ、チームの増員案を受け入れる気になったか」


「そのお話はまた今度。事件についてご報告があります」


 すると、唐村は歩きながら話そうと言って、秘書を少し後ろに下がらせた。


 正面玄関につながる大階段までの長い廊下を歩きながら、沢白は報告した。


「今担当している事件ですが、『日本のシステムを考える会』という組織に関連している可能性があります」


「黒川数樹、ということは藤原祢佳か」


 唐村は間髪入れずに答えた。沢白が面を食らっていると、唐村は口元を皮肉そうに上げて続けた。


「間もなく選挙だ。しかも分権論争が大きなテーマになっている。捜査庁(うち)としては、絶えず情報収集をしているんだよ」


「組織防衛の一環、ですか」


「そういうことだ。しかし、藤原議員とは・・・。何故、厄介なケースに限って、君の担当になるのか」


「厄介な捜査官だからでしょう。抗議はまだ来てないですか」


 唐村はぎょろっとした目をこちらに向けた。

「もう喧嘩を売ったのか」


「話を聞いただけです。しかも昨日はどちらかと言うと、黒川の方が食って掛かってきましたよ」


 そう答えると唐村の顔はげんなりした表情になった。


「いさかい無しに事情聴取することはそれほど難しいことか?」


「こちらは平和に話を終えたいのですが…」


「ふんっ」

 鼻で笑われた沢白は肩をすくめながら、話を続けた。


「まだ黒川が関与しているのかは不明です。しかし、あの集まりは被害者たちの共通点です。調べないわけにもいきません」


「言いたいことは分かっている。黒川にしろ藤原議員にしろ抗議が来たら、こっちで対応しておく。議員の方には予め仁義は切っておこう」


「伝手でもおありですか?」


「これでも本部の部長だぞ。政治家にパイプがなきゃ仕事なんぞできん」


「さすがです」


「庇いはする。だが、不必要に喧嘩を売るなよ」


「喧嘩は苦手です」


 沢白がうそぶくと、即座に反論が来た。


「神奈川県警の本部長から昨日電話が来た。捜一の管理官と喧嘩したそうだな」


「あれは喧嘩・・・」


 沢白が弁明しようとすると、大階段に辿り着いた。


 唐村は沢白の弁解を最後まで聞かず、後ろ手を振りながら颯爽と階段を降りて行った。


 去っていく唐村に頭を下げながら、沢白は一息ついた。


 これで大丈夫だ。


 歴代の部長の中には、政治を優先して捜査に介入してくる者もいた。

 そうしたタイプとは、徹底的に戦ってきた沢白だが、唐村は政治と捜査を分けて考え、なおかつ政治家のあしらいが上手い人物だった。


 沢白は彼を全面的に信頼していた。



 オフィスに入ると、既に蓮井がモニター前で待ち構えていた。顔がやや紅潮している。一仕事やり終えた表情だった。


「何時に来たんだ」


「6時です」


 沢白は笑いながら首を振った。自分も捜査一筋だが、蓮井の方がそれを上回る捜査バカかもしれない。


「何が分かった」


「ミュージアムセンターからの映像は届いてませんでしたが、小向の会社の前にあったカメラ映像と警察官のデータベースを照合しました。まずは警視庁から」


「結果は」


 沢白に急かされた蓮井は、リモコンをモニターに向けながら続けた。


「見つかりました。彼女は・・・」


 その時、オフィスのドアが開く音がした。


 二人が話を止め、階段の方を見ていると、庁舎の警備スタッフが入ってきた。


「どうした」


 沢白が声をかけると、スタッフが立ち止まり、来客だと告げた。


 スタッフの後ろから、女性が一人進み出てくる。


 ベージュのスーツをまとった小柄な若い女性だった。

 スーツを着ているというよりは、着られている感じがする。

 社会人になって、間もないのだろうか。

 あるいは、身長と童顔のせいだろうか。ふっくらとした唇が目をひく美人だ。


 そして・・・ショートヘアだった。


「警視庁捜査支援分析センターの()(じま)()()と申します」

 女がにこやかに頭を下げる。


 無礼だということは承知の上で、沢白はたっぷり5秒かけて、彼女を上から下まで眺めた。


 そして、後ろを振り向く。


 そこには、あんぐりと口を大きく開けた蓮井の顔があった。


 今度はモニターに目を向ける。


 目の前にいる女性が、警察官の制服を着ている写真が大きく映し出されていた。


 どうやら、早朝からの蓮井の努力は、予想もしない形でぶち壊されたようだ。


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