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法具補修師は王子殿下に求婚される  作者: 葵月さとい
第一章「法具補修師は王太子殿下の呪いを解く」
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④夜の帳のむこうで

 無事に役目を果たしたラオフィーネは、アウグストの勧めで一晩を王城で過ごすことになった。お礼の意味も兼ねている。


 おおやけに招かれた客人ではないため、大したもてなしは出来ないと言われたものの、庶民のラオフィーネにとっては十分すぎるほどの待遇だった。


 テーブルの上にずらりと並ぶ料理の数々、薔薇の花びらと精油を混ぜたお湯や、ふかふかのベッド。安眠用の香まで()いてもらい、まるでお姫様にでもなった気分だ。入浴のあとにたっぷりと肌になじませた化粧水が良かったと言うと、アウグストがお土産に用意してくれるらしい。とても楽しみだ。


(一生に一度の思い出ねぇ)


 思う存分、贅沢を満喫したラオフィーネはベッドのなかで目を閉じた。

 寝るときも法具は身につけたままだ。護身のためでもある。

 どんなに無防備な状況下でも、何かあればイーフとダインが護ってくれる。


(サザナミ……良い夢、見れてるかな……)


 苦しみから解放された今夜くらい、安らかであって欲しいと願う。

 やがて訪れた心地よい微睡(まどろ)みに、ラオフィーネはゆっくりと落ちていった。



 真夜中。

 ラオフィーネの眠る寝室の扉が開く者がいた。サザナミだ。

 彼はつい半刻ほど前に意識を取り戻した。悪いと思いながらも、寝ぼけまなこのアウグストを呼び出し、眠っているあいだの出来事を報告させた。


(またラオフィーネに命を救われた……)


 これで二度目だ。

 一国の王子の身でありながら、自分より年下の、か細い女の子に助けてもらうなんて情けないと呆れてしまう。けれどラオフィーネが来てくれなかったら確実に死んでいた。


(今回ばかりは命運尽きたと思ったんだけどな……)


 数少ない味方のひとり、側近のアウグストが奔走してくれたお陰でもある。

 

 サザナミにとって、自分を取り巻く世界は、人の数だけ仄暗い思惑がひしめいている戦場のようなものだ。

 物心ついた時にはすでに何度も命を狙われていた。

 サザナミの死を望む者はたくさんいる。

 見ず知らずの他人に呪いの言葉を吐かれ、刃をむけられるのは、恐怖というよりも絶望を強く感じた。生きていることが間違いだと錯覚するくらいに。


(だけど、そんな俺の前に、ラオフィーネは現れたんだ)


 幼かったあの日。雇われの暗殺者の集団に襲われ、味方の何人かはサザナミを逃がすために盾になった。

 もういい加減、死んだほうがマシだと思ったそのときだった。

 突然現れた可愛いらしい少女が、初めて会ったサザナミの「生」を望み、不思議な力で助けてくれたのだ。

 少女の名前はラオフィーネ。その日から誰よりも特別な女の子になった。


 そして今回も、サザナミの危機に駆けつけてくれた。自分と関わりを持たせてはいけないと分かっているのに、すごく嬉しかった……。

 久しぶりに近くで見た彼女は、あの時と変わらず可憐で、とても美しく成長していた。見つめられるだけで心が洗われるようだった。


 気付けば自然とサザナミの足は寝室に向かっていた。

 こんな夜更けに夫婦でもない女性の寝室に行くなどバレたら大変なことになるだろう。だけどほんの少しで良い。ラオフィーネの顔が見たい。それに確認したいこともあった。


 誰にも見咎(みとが)められないように気を付けながら、そっと寝室のある部屋に滑り込む。足音を殺して寝台に近づくと、浮かびあがるように現れた二つの影に行手(ゆくて)をさえぎられる。


(アルジ)に何のようだ!"

不埒(ふらち)な行為は (ワレ)がゆるさぬ!"


 イーフとダインだ。今は竜鳥ではなく人に近いカタチをとっている。

 突然現れた護衛の存在に、サザナミは一瞬目を見開いたが取り乱すことはなかった。アウグストから降霊法具(こうれいほうぐ)について聞いていたこともあるが、過去、サザナミは法具の不思議な力を身を(もっ)て体験していたせいでもある。


「……名は、イーフとダインだったか? 俺を助けてくれただろ、感謝する……」


 眠っているラオフィーネを起こさないように小声でお礼を伝えれば、イーフとダインは鷹揚(おうよう)な態度で頷いた。


「ラオフィーネに不埒なことはしない。約束する。だから、もう少しそばに行かせてくれないか? 近くで顔が見たいんだ……」


 サザナミは真摯(しんし)な気持ちでそう告げた。どうか伝わってくれ、と強く思う。

 イーフとダインはお互いの顔を見合わせたあと脅しにかかる。


"主にもし変な振る舞いをしたら"

"我が 頭から()いついてやる!"


「絶対にラオフィーネを傷付けることはしない。もしそんなことをしたら俺を殺したって構わない」


 これは(まご)うことなき本心。


(俺がラオフィーネを傷付けるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない)


 サザナミが何者か知らず、そして何の見返りも求めずに手を差し伸べてくれた女の子に、(ひざまず)くことはあっても傷付けることだけは絶対にない。

 辛抱強く待っていると、二つの影はスルリと寝台への道を開けた。監視の目は緩まることはないが、少しは信用してもらえたとサザナミは安堵する。


「ありがとうな、ラオフィーネ……」


 ずっとずっと伝えたかった言葉を口にする。

 就寝用のほのかな(ろう)の灯りに照らされたラオフィーネの寝顔はあどけなく穏やかなものだった。

 静かな寝息が耳をくすぐり、サザナミの胸はなんとも言えない浮遊感を覚える。これが愛しいという気持ちなのだろう。

 目を凝らして確認する。


「やはり、身につけているんだな」


 忘れもしないあの時の法具に手を伸ばす。


"それ以上 主に近寄るな!"

"その法具に触れていけない!"


 警告は一歩遅く、サザナミの指先は、ラオフィーネの首にかけられた(チェーン)の法具に触れていた。瞬間、ブワリと空気が揺れて真っ黒な影が浮き上がる。


 ――"久しいな か弱き少年"


 声がした。

 真っ黒な長い髪に細くて鋭い瞳。人のカタチをしているが人ではない。

 ラオフィーネの首にある外れない鎖もまた降霊法具だった。現れた黒い影は、イーフとダインと同じ存在と言っていい。ただ竜鳥ではなかったが。


「ああ、久しぶりだな。俺はサザナミ。名はなんて言うんだ?」


"ラオフィーネには キズナ と勝手に呼ばれている"


「良い名だ。キズナ……か……」


"主を 呼び捨てにするな!"

"我らがいる限り オマエの好きにはさせぬ!"


 イーフとダインが、キズナを睨んでいる。


(法具同士なのに仲が悪いってあるんだな。属性によるのか?)


 一応、サザナミにも法具の知識はある。王城の法具補修師のグルドに個人的にいろいろ教わってきた。

 イーフは火の属性、ダインは土の属性の法具に宿っていることも聞いた。

 ではキズナは……? キズナは幼いサザナミの命を救うために、ラオフィーネが使った法具だ。だから知りたいと思った。


「キズナは、どういう法具なんだ?」


 答えは威嚇を続けるイーフとダインがもたらした。


"主に 二度と闇の法具は使わせぬ!"

"我が今すぐ オマエを喰ってやる!"


「闇の属性、だったのか……」


 確かにイーフやダインとはだいぶ違った気配を感じる。

 キズナがにやりと笑って言った。


"おれは 命と引き換えに どんな願いも叶える法具だ"


「――なんだって!?」


 急に漂ってきた禍々(まがまが)しい気配に、サザナミの背筋がぞくりと粟立(あわだ)つ。


"人を殺すために おれは法具に降霊(こうれい)させられた だがな……"


 キズナの瞳が、眠るラオフィーネに落とされる。

 禍々しさのなかに、ふと柔らかいものが混じった気がした。


"ラオフィーネは おれを 人を殺すためじゃなく 救うために使ったんだ"


 その言葉にイーフとダインが切なそうに目を伏せた。


(俺を助けるために……)


 サザナミの全身が冷たくなっていく。

 あの時に使った法具は闇の属性で、しかも命と引き換えにするものだったとは。だとしたらラオフィーネは……。


"鎖を外すことはできないが 今のところ ラオフィーネの命は無事だ"


「本当かっ!?」


"ああ 願いを叶えるごとに法具の鎖は千切れ やがて首を絞める"


「それじゃあ……」


"もう何も願わなければいい ラオフィーネは成長し 鎖の余裕も乏しいからな"


 サザナミはもう一度、首にかけられている法具を確かめる。起こさないように気をつけながら、指を通して少しだけ引っ張ってみる。鎖の長さは、鎖骨の上くらいか……。


"主は 太らないように気を付けている"

"我が キズナを喰うと言っても 許してはくれぬ"


 イーフとダインが大きく嘆息する。


「そうか……俺は何も知らずに……。ごめん、ラオフィーネ……」


 後悔してももう遅い。

 恨むべきは弱い自分なのだと、サザナミは思う。


(それなのに、俺のために来てくれたんだな)


"主のことは 絶対に守る"

"その為に我らがいる 闇の法具に頼ることがないように"

"サザナミ だからおまえも守れ!"


 キズナの言葉にはっと顔を上げる。


"ラオフィーネと同じ人でなければ 守れないことがある"


「でも……俺と一緒にいれば危険な目に……」


 いや、とサザナミは(かぶり)を振る。


(俺が強くなればいいんだ。ラオフィーネをちゃんと守れるように)


 助けられてばかりじゃ駄目だ。

 ラオフィーネが命をかけてくれたのなら、それと同じくらい全身全霊をかけて返していきたい。幸せにしてあげたい……。


「ラオフィーネ、俺の全部、きみに捧げる。約束する……」


 誓いをこめるように、ラオフィーネの(ひたい)に口づけをする。

 その様子を見ていた三つの影がびくりと揺れた。


"あ 主に 不埒な行為をっ"

"我は なにも見ておらぬ"

"不埒って ただの可愛い接吻じゃねえか おおめに見てやれよ"


 法具に宿る精霊たちは、主人であるラオフィーネを大切に思っている。それはサザナミも同じだ。


(俺もラオフィーネのことが……)


 夜明けにはまだ遠い。

 名残り惜しいが、サザナミの身体もまだ万全ではない。ラオフィーネの寝顔をあと少しだけと眺めたあと、足音を殺して寝室をあとにした。



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