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法具補修師は王子殿下に求婚される  作者: 葵月さとい
エピローグ「ともに未来へ」
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ともに未来へ

ブクマくださった方、有難うございます!

 三年の月日が過ぎた。

 長かったようで、あっという間だったとラオフィーネは、これまでを振り返る。



 ガジムを連れて長い航海を経て辿り着いたのは、ラオフィーネが夢にまで見た法具の聖地だった。

 しかし着いた途端、内紛が起きた。

 国王の交代。

 押し流されるしかない混乱の日々が続いた。

 しかし、巫女として働いていたリーネは、国内の体制が新しく生まれ変わることに前向きだった。以前よりも自由な暮らしができるかもしれないと。


 ガジムの国外逃亡を含めた犯罪に関しても、時間をかけて審議された。

 闇の法具から解放されたあと、人が変わったように、ガジムは無口になった。かといって抵抗する様子もない。

 査問の時は真実を淡々と語り、それ以降は押し黙り、過ちを悔いるように涙を流していたという。

 国民から神聖視されている降霊師が、実は兵器として戦争に利用されていた。その事実を明るみにしたくないという思惑も絡み、ガジムの刑は秘密裏に言い渡された。

 法具職人が日夜働く塔の最下層。

 囚人達の労働場で、ガジムは生涯を過ごすことになった。

 様子を見に行ったキズナの話では、真面目に労働に励んでいるらしい。


『法具に触れる度に自分の罪と向き合わなければいけなくなるが、ガジムは以前よりも穏やかな日々に満足しているようだ』とキズナは語った。




 一年以上の時間をかけ、念入りな準備の末に、ラオフィーネは自身の首にかけられた鎖の法具から解き放たれた。

 同時に、闇の法具に宿っていたキズナは、光の属性の法具を()り所にすることになる。

 儀式では数多くの巫女や降霊師が集い、その中には全身を外套で覆ったガジムの姿もあった。皆が、ラオフィーネのために力を尽くしてくれた。




「サザナミ……元気にしてるかな?」


 想いは募る。

 二年目に入った頃には国内も落ち着きはじめた。

 一方で大切な人達に会いたくて堪らなくなる。

 ラオフィーネの心にはいつもサザナミがいた。


 そんな折、とても嬉しいことがあった。

 アルベール国王子兼カスファール現領主から、国に書状が届いたというのだ。

 無論、サザナミのことだ。

 書状は交易に関する内容だったようだ。

 もともとカスファールは利益を独占するため、違法品の密売などにも手を染めていた。

 まずは輸入する品目を定め、アルベール国との正式な交易を結び、流通を拡大すること。サザナミはその為に尽力してきた。

 それから僅かな期間で航路が整備されたことで、ラオフィーネの心も決まる。

 アルベール国に、サザナミのもとに帰る……と。

 父と母に告げると、寂しがっていたが反対はされなかった。

 愛する者と離れる痛みを、二人は誰よりもよく解っているからだ。


 サザナミと会えない三年は自分の気持ちは変わらないまでも、相手の心を信じるには多少の不安は付き纏う。


 航海に出る前に、ラオフィーネはサザナミ宛に手紙を書いた。

 いつこの手紙が届くか分からない。

 けれど、ラオフィーネは今の自分の気持ちを綴っておくことにした。


(わたしが帰って、サザナミに迷惑がかからなければ良いけど……)


 サザナミは王子だ。

 もしかしたら婚約者くらいできているかもしれない。

「気持ち」と「立場」は別だ。

 だからラオフィーネの存在や想いが、サザナミの立場を揺るがすものであってはいけないと思う。

 もしも邪魔だというなら、はっきりとそう伝えて欲しいと、手紙には書いた。

 泣いて縋るような分別のないことはしない。もしもその時は、心のなかでひっそりと愛する人を想って生きていけば良いのだ。

 ラオフィーネは一人前の法具補修師だ。

 自立してちゃんと生きていける。


 覚悟を決めて、ラオフィーネは法具に宿るキズナとともに航海に出た。




 数ヶ月後。

 天候にも恵まれた夏の盛り。


 懐かしいカスファールの港が、遥か眼前に見えてきた。蒼穹(そうきゅう)をうつした海面は穏やかで、魚達も元気に泳いでいる。


(ダイン、護ってくれてありがとう……)


 もう直接伝えることはできないけれど、この世界に目を向ければ、ダインの息遣いをすぐそばに感じることができる。

 そう、いつでも一緒だ。


 ーー"ラオフィーネ あれを見ろ"


 顕現(けんげん)したキズナが、空を仰いで指を差す。


「!!」


 そこには雄々しく翼を羽撃(はばた)かせる竜鳥(ドラゴン)の姿。

 イーフだ。


「イーフ!! ただいまっ、イーフ!!」


 大きく手を振ると、イーフがこちらに向かって飛んでくる。

 ラオフィーネは再会を喜んだ。


 ーー"(あるじ) 元気そうだな"


「うん、元気だよ。みんなは元気にしてた?」


 ーー"うむ 問題ない"


「良かったぁ……」


 それが一番気掛かりなことだった。

 ラオフィーネはほっと胸を撫で下ろす。


「……あれ、でもイーフがここにいるっていうことは」


 今、イーフの宿る法具を持っているのはハーキマーだ。

 であれば「彼」がすぐ近くにいる可能性が高い。ハーキマーは「彼」の専属護衛騎士なのだから。


 ーー"主の帰りを (みな) 心待ちにしていたぞ"


「……ほ、ほんとうに?」


 待っていてくれたのなら嬉しい。

 ずっと期待と不安が入り混じった気持ちをラオフィーネは抱えていた。

 三年の月日が経ち、あらゆる状況が変化するなかで、ラオフィーネは自分が色褪(いろあせ)せた過去の思い出のようにされているかもしれないと不安だった。

 キズナは「心配ない」と励ましてくれたが、不安な気持ちは消えてくれなかった。


 ーー"少し前に 主の手紙が届いた"


「……え?」


 手紙とは、サザナミ宛に書いた()()手紙のことか。


 ーー"案ずるな (あるじ)はちゃんと愛されている"


「!!」


 優しく双眸(そうぼう)(すが)めたイーフは「港で待っておるぞ」と言い残して、飛び去ってしまった。ハーキマーのところに戻ったのだろう。


「どうしようキズナ……わたし、すごく嬉しい……」


 イーフは嘘を吐かない。

 ということは、サザナミは約束通りちゃんとラオフィーネを待ってくれているのだ。

 嬉しくて、つい頰がゆるんでしまう。


 ーー"だから 心配いらねぇって言っただろ"


 どこか呆れたようなキズナの返事。

 だって仕方ないだろう。

 三年も離れていたのだから……。


「っ! キズナっ、もうすぐ港に着いちゃう。ど、どうしよう、緊張してきた!」


 安心したら、今度は別なことが気になりだす。


(嬉しい……でも、あんな不安だらけの手紙まで読まれて、どんな顔で会えば良いの!?)


 ーー"ラオフィーネ何も考えるな 飛び込め!"


 まるで心の声を読んだかのように、キズナが背中を押してくれる。


「……うん!」


 いよいよ長い航海の終着だ。

 港に着くとすぐに船に橋がかけられる。


「……サザナミ」


 そこに、サザナミはいた。

 最後に会ったときよりも精悍な顔つき。背だって伸びたように見える。

 サザナミの後ろには、アウグストとハーキマーもいた。二人とも元気そうだ。

 苦しいほどにラオフィーネの心臓が早鐘をうつ。


「ラオフィーネ!」


 風が運ぶサザナミの声。

 この三年間、何度も聞きたいと思った、優しくラオフィーネを呼ぶ声。


「おかえり、ラオフィーネ!」

「っ!」


 サザナミが笑顔で両腕を広げる。

 身体は勝手に動いていた。

 橋を駆け降りると、ラオフィーネはそのままサザナミの腕のなかに勢いよく飛び込んだ。

 すっぽりと身体を包まれて、ぎゅっと強く抱きしめられる。


「ただいまっ、……ずっと会いたかったよ」

「俺もだ」


 サザナミの鼓動も早い。

 それが同じ気持ちだと伝えてくれているようで、胸がいっぱいで涙がこぼれた。


「サザナミ、わたし、」

「不安にさせて悪かった……、いや、俺も不安になっていたんだ。ラオフィーネがもう戻ってこないんじゃないかって」

「サザナミも?」

「ああ。ようやく色々なことがひと段落して、ラオフィーネを迎えにいきたいと思った。だが、今のラオフィーネが俺と共にいることを望んでくれているか、不安だったんだ」

「わたしと同じ……」

「すまない」

「ううん、そんなことない!」


 ラオフィーネは思いきり首を振る。

 不安でもこうして待っていてくれた。それだけで十分だ。


「ラオフィーネ、髪……伸びたんだな」


 サザナミの長い指先が、ラオフィーネの漆黒の髪に触れる。

 三年前はまだ肩先くらいの長さだった髪も、今では背中で揺れるくらいまで伸びた。


「うん。洗うのが大変だから、本当は短い方が好きなんだけど……首の傷を隠したくて」

「傷?」


 少し眉を寄せたサザナミが、首筋に顔を近づけてくる。吐息がかかってくすぐったい。

 ラオフィーネの首にもう鎖はない。ただ名残りのような傷痕だけがそこにはある。


「キズナは?」


 ゆっくりと傷痕を撫でられながら、聞かれた。


「此処にいるよ……」


 左手首に並べて付けた二つの腕輪の法具。

 ひとつはダインのもので、もうひとつがキズナのものだった。


「そうか、キズナも無事なんだな。良かった……」

「うん……」


 そのまま肩口に顔を埋めたサザナミが、愛しそうに傷痕に唇を寄せる。


「ひゃっ!」


 柔らかな感触に、耳の先まで真っ赤になるラオフィーネ。思わず一歩退()いてしまう。


(は、恥ずかしい、みんな見てるし!)


 戸惑うラオフィーネに、優しい眼差しで微笑んだサザナミが、今度は何故か地面に片膝をついて見上げてくる。まるで忠誠を誓う騎士のようだ。

 少し翳りを帯びた紫水晶(アメジスト)のような瞳は真剣そのもので……。


「サザナミ?」

「俺は、この三年、ラオフィーネと歩く未来のことを考えて生きてきた。王子として、カスファールの領主として、まだやらなければいけない事も残っている……。だが、いずれ全てが片付いたら、王族としてではなく生きていくつもりだ」

「!!」

「ーー俺は、生涯をかけてラオフィーネを幸せにすると誓う。……だから俺と結婚してくれないか!」


 真っ直ぐに差し伸べられるサザナミの手。

 もう、ラオフィーネに迷いはない。

 重ねるように手のひらを乗せて、しっかりと握りしめる。


「はい! わたしも、ずっとサザナミのそばにいたいから」

「っ……ラオフィーネ、愛している!」

「うん、わたしも!」


 サザナミからの二度目の求婚。

 一度目は法具に想いを刻んだ「魂の求婚」だった。それを結果的に受け入れなかったラオフィーネだが、今回は違う。


(サザナミと一緒にこの世界で生きていく……!)


 これから何があろうと、ラオフィーネは大好きな人達とともにいれば幸せだ。

 サザナミに腕をひかれ、ふたたび抱きしめられる。

 少し離れた場所から、二人を祝福するように、まばらな拍手が鳴った。






おかげさまで完結致しました!

お読みくださった皆様、本当に有難うございました!


よろしければ、評価も宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結!おめでとうございます&お疲れ様です!! いやぁ、ハッピーエンドだと分かっていてもやはりハラハラしましたよぅ。良かった良かった……。 三年経ったサザナミはさぞ男に磨きがかかったこと…
[一言] 完結おめでとうございます! サザナミの三年間も大変だったんでしょうね。 描かれてない中にも支えとしてラオフィーネがいたんだろうなぁと感じられる、爽やかハッピーエンドでした! お疲れ様でした!…
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