⑩本当は望んでいなかった
「ガジム、やっと見つけたわ」
「リーネ……。そうか……オレを捕らえるために、おまえが派遣されたってわけか」
「そうよ。命令に背いて国を出て、挙句、その力で罪の無い人を傷つけるなんて許されることじゃないわ。大人しく私と一瞬に帰ってちょうだい!」
厳しいリーネの言葉に対し、ガジムは小馬鹿にするように鼻で笑った。
「はっ、ふざけんな。今さら戻ったところで罪人は殺されるか、また人を殺すための道具になりさがるだけだろ」
「……ガジム、お願いだからこれ以上の罪は重ねないで」
リーネの声には悲哀の色が滲んでいた。
「あなた自身が一番理解しているはずよ。こんなこと続けていたって、幸せになんてなれやしない……」
「ふん、それこそ今さらだろ」
耳を傾けようとしないガジム。
だが今までの様子とどこか違うように思えて、ラオフィーネは首を傾げる。
(何があったんだろ……、それに人を殺すための道具って……)
二人の会話の端々から、ほの暗いものが窺える。
ガジムは降霊師。
強い霊視の力を持ち、法具発祥の大陸であれば大切にされてしかるべき存在だ。
もしもその力を利用されていたのだとしたら……。ラオフィーネにとっては俄かには信じがたい話だ。
「もう一度言うわ。ガジム、お願いだからこのまま私と一緒に国へ帰りましょう! そうじゃなければ私は……、私はあなたを倒さなければいけなくなる……」
「そういう甘っちょろいところは相変わらずだなリーネ。……いいぜ、倒せるものならやってみな。オレを殺す覚悟でなーー」
ガチャリ、と鎖のちぎれる音がした。
(ーーくる!)
ガジムが腕を振り上げると、束になった鎖が鞭のようにしなり、リーネに襲いかかる。
「レクメス!!」
すぐに反応したシオンが叫ぶ。
青い瞳をした蛇の精霊が、リーネを守るように立ち塞がり、その牙で鎖を受け止める。
(さすが父さま!)
久しぶりに法具を扱う父の姿を見たが、精霊との連携は相変わらずぴったりだ。
「テクメス! あなたもよ!」
リーネも精霊の名を喚び、笛のカタチをした降霊法具に息を吹き入れる。
赤い瞳の大蛇……レクメスと対をなすテクメスも応戦し、ガジムの放った鎖を噛み砕いた。
しかしこれで終わったわけではない。
ガジムが薄気味悪く笑う。
「オレの闇の法具は、何千何万という人を殺め、その魂喰らってきたんだ。簡単に滅することなんて出来ねえぜ」
「何万……て……、そんなひどいっ……!」
非難したラオフィーネに、ガジムは怒りを剥き出しにする。
「なあ、本当にひどいのはオレか? 法具を無理やりオレの首に括りつけて、戦場のど真ん中に何度も放りだしたあいつらには罪がねえのか!? オレは人を殺し、その魂を喰らい、また人を殺した……もうウンザリなんだよ!」
鎖の束が今度はラオフィーネを標的に襲いかかってくる。
ーー"主には 触れさせぬ"
ダインがラオフィーネを庇う。
レクメスと、テクメスが、鎖を噛みちぎる。
「やめなさいガジム! この子には手を出さないで! ……解ってる、解っているわ、あなたが命令に従っていただけだって。本当は好きで人殺しなんてしてたわけじゃないってことも。でも……今あなたが追われているのは勝手に国を出たからよ。あなたの法具は決して外に出してはいけないものだから」
「うるせえーー!」
殺気と怒りが、鎖に力を与えたのか、大蛇の精霊の牙を弾いてしまう。
「リーネ、本気でかかってこい。じゃねえと、おまえの精霊も闇の法具の餌食になっちまうぞ」
「私は負けるわけにはいかないのよ!」
笛のカタチをした法具に、ふたたび息を吹き込むリーネ。
巫女の息吹が、法具に施された宇宙の神々のなかの一柱……太陽神をあらわす紋様を浮かび上がらせる。
闇に対抗できるのは、光だけ。
リーネが本気で戦おうとしている証拠だ。
(母さま……苦しそうに見える……)
ラオフィーネの目には、リーネの躊躇いが見てとれた。
二人がどのような関係性かは分からない。
ガジムは罪人で、シオンの右手を潰すような卑劣な男だ。
(だけど、このままじゃいけない気がする)
首をしめつける鎖の法具にそっと触れると、ずっとそばにいたキズナの声がした。
ーー"ラオフィーネ ガジムは正気を失いつつある"
「そうなの!?」
ーー"分からないか? 何千、何万という魂の嘆きがガジムに纏わりついているんだ 呪いだ 非業の死を遂げた魂が すべての「生」を怨み 「死」を願って暴れている"
「それじゃあ、ガジムは……」
ーー"ああ いくら強い降霊師でも抗うことは難しい これまでよく持ち堪えたほうだ"
ラオフィーネは戦慄を覚える。
もしも今ガジムが正気を失って暴走したらどうなるか……。
闇の法具は、取り込んだ魂のぶんだけ威力を増す。
「止めなきゃ……!」
荒ぶる魂の意思のままに法具が暴走したなら、この世界が壊れてしまうかもしれない。世界が壊れたら、犠牲になった人達の魂を、法具はまた喰らい続けるだろう。
止めなければ、と思う。
それに、露ほどかもしれないが、ガジムの気持ちが見えた気がした。
(ガジムは嫌だったんだ。人を殺すための道具であることが嫌だったんだ。戦争に勝つために、人の欲のために利用されることが……)
ラオフィーネも闇の法具を身につけている。
いつか闇に魂を捧げると分かっていても、サザナミを助けるために法具を手にしたことを後悔はしていない。むしろ、あの時守れて良かったと思っている。
ガジムも誰かを守るために力を使えていたら、もっと違う未来があったのかもしれない。
(こんなの哀しすぎる……本当は、誰かを傷つけるなんてしたくないんだ!)
だからこそ、止めなければいけないと思う。
ガジムがこれ以上周りを傷付けないように。その果てに一番傷付くのは己自身なのだから。
「でも、どうやって止めればいいの……」
焦りがうまれる。
浮遊するガジムを見上げる。
禍々しく膨張をはじめた闇の法具は、その鎖でガジムの全身を覆うように巻きついていく。
一方、リーネの持つ法具の精霊である白い大蛇……テクメスは、太陽神の紋様を介してさらなる力を得て変貌していた。光を纏い、牙が鋭く長く伸びている。
光と闇は激しくぶつかり合う。
濃く、深く、さらに眩く、圧倒的な両者の力は拮抗しているようだ。
まるで表裏一体。
光が濃くなるほど、闇も深くなっていくようだ。
「このままじゃ……せめて、強い浄化の力があれば……」
ーー浄化。
闇を打ち消すのではなく、闇をも包みこんで、無に還す力だ。
その時、夜空に、炎を吐きだす竜鳥の姿が見えた。
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