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法具補修師は王子殿下に求婚される  作者: 葵月さとい
第三章「法具補修師は生誕祭に参加する」
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⑦凶報

お待たせ致しました。

「攻撃はする。だが――殺すなよ」


 サザナミが命令する。

 まだ相手が何者なのか明らかになっていない。

 他に仲間がいる可能性もある。捕らえてその目的や黒い繋がりを(あぶ)りだしたいと考えていた。


「ただ……殿下のお命を狙うようなら容赦できませんよ?」

「俺が狙われるのはいつものことだ」

「その度にヒヤヒヤするわたしの身にもなってくださいよ」

「ソレは諦めろ。……だが罪のない民を巻きこむわけにはいかないな。もしもラオフィーネが標的になるような事があれば、その時は構わん。殺せ」

「――御意」


 アウグストは私兵たちに向かって片腕を上げる。

 合図を受けた兵たちは、日頃から訓練された無駄のない動きで弓を構え、素早く矢をつがえた。


 あっさりと「殺せ」と言ったサザナミの冷たい瞳にラオフィーネは戸惑う。


(いつものサザナミじゃない……)


 いつものサザナミは苦しんでる時ですら、ラオフィーネに甘くて優しい笑顔を見せてくれる。

 だから少し驚いてしまった。

 同時に、お互いの住む世界の違いを思いしらされる。


「――放て!」


 アウグストが持ち上げていた腕を振りおろすと、一斉に矢が放たれる。

 ヒュンと風を斬りながら、矢は、塔の上の怪しげな男を目掛けて飛んでいく。

 弓の名手がいるのかもしれない。矢のひとつが男の外套を見事に射抜いた。


「!!」


 ラオフィーネは息をのむ。

 男がギロリとこちらを見た。

 兵を見たのではなく、その視線はラオフィーネただ一人を射抜いていた。


(――怖い!)


 そう思った瞬間、身体が竦んでいた。

 男の瞳に底知れないものを感じる。それにこんなに強い殺意を向けられるのは初めてだった。

 チッと舌打ちをしたサザナミが前に出て、かたまっているラオフィーネを背中に(かば)う。


「大丈夫だラオフィーネ。何があっても守る!」


 自分よりも大きくて広い背中。

 力強い言葉に胸のなかが、じんわりと温かくなる。不思議と恐怖までもが溶かされていくようだった。


「ありがとう、サザナミ……」


(そうだ……わたしは一人じゃないし、弱くもない)


 戦いの経験は無いけれど、もし何かが起こったとしても、父から譲り受けた「法具」がそばにいる。

 それにラオフィーネのことを想ってくれる人が、こんなにも近くにいる。


「わたしなら大丈夫だよ! 自分の身は自分で守れるから!」


 思い切ってサザナミの隣に立つ。

 一瞬、目を丸くしたサザナミは、その後に苦笑いをしながら小さく呟く。


「たまには俺にも守らせてくれ、ラオフィーネ」

「……なに?」

「いや、なんでもない」


 ふたたび表情を引き締めて、サザナミは攻撃の準備を命じる。

 男は塔の上からラオフィーネを見ている。

 負けじとラオフィーネも見つめ返す。


「――放て!」


 アウグストが二回目の攻撃の合図を出す。

 とうとう男が動いた。


「気をつけてっ!」


 ラオフィーネの警告と、突如として発生した黒い竜巻に矢が跳ね返されたのは、同時だった。


(法具の力!)


 男は飛んできた矢を防ぐにしては、巨大すぎる竜巻を生み出したあと、塔の上から身を投げた。

 決して死のうとしたわけではない。

 その表情は、薄気味悪い笑みを浮かべていた。

 アウグストが私兵たちに応戦の合図を出す。

 サザナミも己の剣を抜きながら、固唾(かたず)を飲んで見守るディントンに向かって叫ぶ。


「ラオフィーネを連れて城のなかに避難しろ!」


 弾かれたようにディントンは顔を上げ、ラオフィーネの腕を掴んで連れて行こうとする。


「待って! わたしもっ――」

「駄目だ、ここは危険だ!」

「ラオフィーネ嬢! はやくっ」


 轟々と砂塵を巻き上げる竜巻が、今にも兵たちを飲み込もうと迫っている。


(法具の力に対抗できるのは、法具だけ!)


「イーフ、ダイン! みんなを守って!」


 ディントンに引っ張られながら、ラオフィーネは己の精霊たちをよぶ。

 (あるじ)の願いを既に悟っていたイーフとダインは、大きく翼を広げ、黒い竜巻に向かっていく。

 イーフが炎をはいて竜巻を蹴散らしていく。

 ダインが翼をひとつ羽ばたかせると、竜巻の断片は浄化され、土屑となり、大地に還っていく。

 その圧倒的なエネルギーのぶつかり合いに、誰もが呆然と立ち尽くし、見守っている。

 ディントンに先導され城内を目指していたラオフィーネの行く手に、例の男がひらりと舞い降りた。

 近くで見るとますます異様に思えた。

 肌は赤銅。窪んだ眼窩(がんか)に、灰色のかたくパサついた髪の毛。首に三重にもなる長い鎖の法具をかけているせいか、やや前傾姿勢で、ゆらゆらと怪しげに身体が動いている。


「ラオフィーネ!」


 慌てて、サザナミが駆け寄ってくる。

 それからもう一人……


「もう、やめてくれっ!!」


 ヴェーテだった。


「これ以上は駄目だ、帰れ! 帰って『失敗した』と伝えるんだ!」


 男に向かってヴェーテが訴えている。

 やはり、この二人は繋がりがあるのだ。


「どういうことか説明してもらおうかヴェーテ」

「サザナミ殿下……」


 兵たちがヴェーテと男を取り囲む。


「この者とはどういう関係だ? 失敗した、とはどういう意味だ。何を企んでいる」

「それは……」


 ヴェーテが言い淀むと、男がニヤリと笑った。兵たちに剣を向けられているというのに、焦っている様子は全くない。そして……とうとう口を開く。


「イイのか……雇い主をあかせば、命はナイぞ」


 言葉はヴェーテに向けられていた。

 少し喋りに特徴がある。異国での生活が長かったことをうかがわせる。


(ヴェーテさん、やっぱり誰かに(おど)されている!?)


 予想通りだとラオフィーネは思った。

 命を盾に脅されているのだ。


「……っ」


 蒼白の表情のヴェーテは、覚悟を決めたようにサザナミの前に両膝をついた。


「殿下。わたしは罪を犯しました。神聖な法具に仕掛けをし、殿下のお命を……奪おうとしたのです」


 頭を地面に擦り付けヴェーテは懺悔する。

 サザナミも厳しい表情をして見下ろしている。


「さて……事情は牢のなかでたっぷりと聞かせてもらいましょうか。捕らえなさい――」


 アウグストの指示で、数人の兵がヴェーテを拘束する。

 残るは、塔の上にいた怪しげな男だけになった。

 ――ガチャリ。

 金属の鳴る音がした。


「っ!! いけないっ、みんな離れて!!」


 法具の力を使おうとしているのが分かって、ラオフィーネは叫ぶ。

 だが咄嗟の出来事に対処できない。

 男に剣を向けていた兵たちが、次々と吹き飛ばされていく。

 近くにいたラオフィーネも巻き込まれそうになるが、サザナミに抱き寄せられたことで、事なきを得た。それに吹き飛ばされた兵たちも、地面に叩きつけられる寸手でイーフとダインによって救われていた。


「あぁ、ツマラないな――」


 男がボソリと呟いた。


「あなたは……誰? 補修師なの?」


 ラオフィーネは問う。

 それに対し男は嘲笑(あざわら)う。


「アハハハッ。補修師!? まさか……このオレを無能と一緒にするな」

「無能で悪かったね。じゃあ何者なの? アナタなんでしょ……お城の法具に作用するように、()()()()()()()を生み出したのは」

「ああ、ソウダ。呪いを解いたのはオマエだな。この大陸にきて二人目だ。ソコソコ法具を扱える人間に会ったのは」

「二人目?」

「そういえば、似ているナ――」


 男が(ふところ)に手を入れて、ごそごそとまさぐったあと、ひとつの装身具に見たてた法具を取り出す。


「それは!!」


 ラオフィーネは愕然とする。


「そのペンダントの法具、わたしが父さまにあげた……、まさか、うそ……どうして」


 見間違えるはずない。

 遠くへいく父のために、お守り代わりに渡したものだ。


(父さま! もしかして父さまの身になにか……そんなっ)


 手紙が途絶えてしまったのも何かあったからに違いない。


「今頃、あのオトコはどうしてるかな。アハハハッ」

「父さまについて知ってるなら、教えて!!」

「……さぁ、な」


(どうしよう……父さまが……)


「ラオフィーネ……」


 ショックを受けているラオフィーネを労わるように、サザナミが寄り添い肩を支えてくれる。


「何をしているアウグスト、この狼藉者(ろうぜきもの)を早く捕らえろ!」


 兵たちが捕捉しようと飛び掛かる。

 しかし、その瞬間、男は宙に浮いていた。

 法具の力を使ったのだ。その背には闇色の翼がひらめいている。


「ま……待って! まだ父さまのことっ――」


 ラオフィーネの願いは虚しく、男はそのまま飛び去っていく。

 兵たちが矢を射るが、届くことは無かった。



お読み頂き有難うございました!


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