⑦凶報
お待たせ致しました。
「攻撃はする。だが――殺すなよ」
サザナミが命令する。
まだ相手が何者なのか明らかになっていない。
他に仲間がいる可能性もある。捕らえてその目的や黒い繋がりを炙りだしたいと考えていた。
「ただ……殿下のお命を狙うようなら容赦できませんよ?」
「俺が狙われるのはいつものことだ」
「その度にヒヤヒヤするわたしの身にもなってくださいよ」
「ソレは諦めろ。……だが罪のない民を巻きこむわけにはいかないな。もしもラオフィーネが標的になるような事があれば、その時は構わん。殺せ」
「――御意」
アウグストは私兵たちに向かって片腕を上げる。
合図を受けた兵たちは、日頃から訓練された無駄のない動きで弓を構え、素早く矢をつがえた。
あっさりと「殺せ」と言ったサザナミの冷たい瞳にラオフィーネは戸惑う。
(いつものサザナミじゃない……)
いつものサザナミは苦しんでる時ですら、ラオフィーネに甘くて優しい笑顔を見せてくれる。
だから少し驚いてしまった。
同時に、お互いの住む世界の違いを思いしらされる。
「――放て!」
アウグストが持ち上げていた腕を振りおろすと、一斉に矢が放たれる。
ヒュンと風を斬りながら、矢は、塔の上の怪しげな男を目掛けて飛んでいく。
弓の名手がいるのかもしれない。矢のひとつが男の外套を見事に射抜いた。
「!!」
ラオフィーネは息をのむ。
男がギロリとこちらを見た。
兵を見たのではなく、その視線はラオフィーネただ一人を射抜いていた。
(――怖い!)
そう思った瞬間、身体が竦んでいた。
男の瞳に底知れないものを感じる。それにこんなに強い殺意を向けられるのは初めてだった。
チッと舌打ちをしたサザナミが前に出て、かたまっているラオフィーネを背中に庇う。
「大丈夫だラオフィーネ。何があっても守る!」
自分よりも大きくて広い背中。
力強い言葉に胸のなかが、じんわりと温かくなる。不思議と恐怖までもが溶かされていくようだった。
「ありがとう、サザナミ……」
(そうだ……わたしは一人じゃないし、弱くもない)
戦いの経験は無いけれど、もし何かが起こったとしても、父から譲り受けた「法具」がそばにいる。
それにラオフィーネのことを想ってくれる人が、こんなにも近くにいる。
「わたしなら大丈夫だよ! 自分の身は自分で守れるから!」
思い切ってサザナミの隣に立つ。
一瞬、目を丸くしたサザナミは、その後に苦笑いをしながら小さく呟く。
「たまには俺にも守らせてくれ、ラオフィーネ」
「……なに?」
「いや、なんでもない」
ふたたび表情を引き締めて、サザナミは攻撃の準備を命じる。
男は塔の上からラオフィーネを見ている。
負けじとラオフィーネも見つめ返す。
「――放て!」
アウグストが二回目の攻撃の合図を出す。
とうとう男が動いた。
「気をつけてっ!」
ラオフィーネの警告と、突如として発生した黒い竜巻に矢が跳ね返されたのは、同時だった。
(法具の力!)
男は飛んできた矢を防ぐにしては、巨大すぎる竜巻を生み出したあと、塔の上から身を投げた。
決して死のうとしたわけではない。
その表情は、薄気味悪い笑みを浮かべていた。
アウグストが私兵たちに応戦の合図を出す。
サザナミも己の剣を抜きながら、固唾を飲んで見守るディントンに向かって叫ぶ。
「ラオフィーネを連れて城のなかに避難しろ!」
弾かれたようにディントンは顔を上げ、ラオフィーネの腕を掴んで連れて行こうとする。
「待って! わたしもっ――」
「駄目だ、ここは危険だ!」
「ラオフィーネ嬢! はやくっ」
轟々と砂塵を巻き上げる竜巻が、今にも兵たちを飲み込もうと迫っている。
(法具の力に対抗できるのは、法具だけ!)
「イーフ、ダイン! みんなを守って!」
ディントンに引っ張られながら、ラオフィーネは己の精霊たちをよぶ。
主の願いを既に悟っていたイーフとダインは、大きく翼を広げ、黒い竜巻に向かっていく。
イーフが炎をはいて竜巻を蹴散らしていく。
ダインが翼をひとつ羽ばたかせると、竜巻の断片は浄化され、土屑となり、大地に還っていく。
その圧倒的なエネルギーのぶつかり合いに、誰もが呆然と立ち尽くし、見守っている。
ディントンに先導され城内を目指していたラオフィーネの行く手に、例の男がひらりと舞い降りた。
近くで見るとますます異様に思えた。
肌は赤銅。窪んだ眼窩に、灰色のかたくパサついた髪の毛。首に三重にもなる長い鎖の法具をかけているせいか、やや前傾姿勢で、ゆらゆらと怪しげに身体が動いている。
「ラオフィーネ!」
慌てて、サザナミが駆け寄ってくる。
それからもう一人……
「もう、やめてくれっ!!」
ヴェーテだった。
「これ以上は駄目だ、帰れ! 帰って『失敗した』と伝えるんだ!」
男に向かってヴェーテが訴えている。
やはり、この二人は繋がりがあるのだ。
「どういうことか説明してもらおうかヴェーテ」
「サザナミ殿下……」
兵たちがヴェーテと男を取り囲む。
「この者とはどういう関係だ? 失敗した、とはどういう意味だ。何を企んでいる」
「それは……」
ヴェーテが言い淀むと、男がニヤリと笑った。兵たちに剣を向けられているというのに、焦っている様子は全くない。そして……とうとう口を開く。
「イイのか……雇い主をあかせば、命はナイぞ」
言葉はヴェーテに向けられていた。
少し喋りに特徴がある。異国での生活が長かったことをうかがわせる。
(ヴェーテさん、やっぱり誰かに脅されている!?)
予想通りだとラオフィーネは思った。
命を盾に脅されているのだ。
「……っ」
蒼白の表情のヴェーテは、覚悟を決めたようにサザナミの前に両膝をついた。
「殿下。わたしは罪を犯しました。神聖な法具に仕掛けをし、殿下のお命を……奪おうとしたのです」
頭を地面に擦り付けヴェーテは懺悔する。
サザナミも厳しい表情をして見下ろしている。
「さて……事情は牢のなかでたっぷりと聞かせてもらいましょうか。捕らえなさい――」
アウグストの指示で、数人の兵がヴェーテを拘束する。
残るは、塔の上にいた怪しげな男だけになった。
――ガチャリ。
金属の鳴る音がした。
「っ!! いけないっ、みんな離れて!!」
法具の力を使おうとしているのが分かって、ラオフィーネは叫ぶ。
だが咄嗟の出来事に対処できない。
男に剣を向けていた兵たちが、次々と吹き飛ばされていく。
近くにいたラオフィーネも巻き込まれそうになるが、サザナミに抱き寄せられたことで、事なきを得た。それに吹き飛ばされた兵たちも、地面に叩きつけられる寸手でイーフとダインによって救われていた。
「あぁ、ツマラないな――」
男がボソリと呟いた。
「あなたは……誰? 補修師なの?」
ラオフィーネは問う。
それに対し男は嘲笑う。
「アハハハッ。補修師!? まさか……このオレを無能と一緒にするな」
「無能で悪かったね。じゃあ何者なの? アナタなんでしょ……お城の法具に作用するように、あの反転の紋様を生み出したのは」
「ああ、ソウダ。呪いを解いたのはオマエだな。この大陸にきて二人目だ。ソコソコ法具を扱える人間に会ったのは」
「二人目?」
「そういえば、似ているナ――」
男が懐に手を入れて、ごそごそとまさぐったあと、ひとつの装身具に見たてた法具を取り出す。
「それは!!」
ラオフィーネは愕然とする。
「そのペンダントの法具、わたしが父さまにあげた……、まさか、うそ……どうして」
見間違えるはずない。
遠くへいく父のために、お守り代わりに渡したものだ。
(父さま! もしかして父さまの身になにか……そんなっ)
手紙が途絶えてしまったのも何かあったからに違いない。
「今頃、あのオトコはどうしてるかな。アハハハッ」
「父さまについて知ってるなら、教えて!!」
「……さぁ、な」
(どうしよう……父さまが……)
「ラオフィーネ……」
ショックを受けているラオフィーネを労わるように、サザナミが寄り添い肩を支えてくれる。
「何をしているアウグスト、この狼藉者を早く捕らえろ!」
兵たちが捕捉しようと飛び掛かる。
しかし、その瞬間、男は宙に浮いていた。
法具の力を使ったのだ。その背には闇色の翼がひらめいている。
「ま……待って! まだ父さまのことっ――」
ラオフィーネの願いは虚しく、男はそのまま飛び去っていく。
兵たちが矢を射るが、届くことは無かった。
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