③生誕祭の準備
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朝の王城の一角で、とある人物を中心にソワソワとした空気が漂っていた。
その人物とは……ディントンだった。
「ええっ!! ディントンさん、髪、切ったんですね!!」
朝食を終え補修師の部屋に向かっていたラオフィーネは、同じく仕事に向かおうとしていたディントンと鉢合わせし、昨日までとは打って変わった様相に驚く。
(前髪が……ないっ!!)
人や物が放つ感情やエネルギーを目視できるディントンは、己の神経を疲弊させないために、わざと前髪を伸ばし視界を遮っていた。
しかしそれが今では、前髪は眉上でばっさりと切り揃えられ、緑灰色の瞳も、端整な顔立ちも、すべてが露わになっている。
「僕はもう大事なモノを見落とさない。その為に、瞳を隠すのをやめたんだ」
驚いてポカンと口を開けているラオフィーネに向かって、ディントンは大真面目に言った。そこには決意のようなものが滲んで見えた。
(責任……感じてるのかな?)
同僚であり友人でもあるヴェーテ。彼はいまや要注意人物となっている。
王城に出入りしている不審な者とともに、法具に特殊な紋様で仕掛けをして、この国の第三王太子であるサザナミの命を危険に晒した疑いがある。
毎日のように顔を合わせていた同僚のディントンは、ヴェーテの異変に対処できなかったと悔やんでいるようだった。
前髪を切ったのは、目の前の物事を恐れずに見据え、ヴェーテを巻き込んでいる思惑の尻尾を掴み、そこから救いだす……という強い想いがあったからだろう。
(それにしても、みんなディントンさんを見てる!)
美形のディントンに、すれ違う下働きの女性達が立ち止まっては振り返り、溜め息を漏らしながら見つめてくる。
挙句……騎士のなかにもディントンの名を訊ね、ついには食事に誘う者まで現れた。ディントンはひとつひとつに丁重に断りを入れていたが……。
(隣を歩くわたしは、まるで空気にでもなった気分だよ)
すれ違う誰もがディントンに目を奪われている。
一方で、王城での立場も、容姿でも劣っているラオフィーネには分かりやすく無関心だ。別にそのほうが色々と好都合ではあるのだが……。
「あ……」
急に立ち止まったディントンが、回廊の端に身を寄せる。
何事かと思ったが、理由はすぐに分かった。
アウグストを従えたサザナミが歩いてきたのだ。
こういう場合、下々の人間は頭を垂れて、王族に道を譲るのが礼儀だ。
ディントンに倣い、ラオフィーネも回廊の端で腰を折り、頭を伏せた。
しかし軽い足音は、すぐそばで止まる。
「ラオフィーネ!」
「!!」
名前を呼ばれてビクリと肩を揺らすラオフィーネ。
「……顔をあげて?」
頭上から優しい声が降ってきて、おずおずと腰を伸ばしてから顔を上げた。
そこには、今日も変わらず、眩しい笑顔のサザナミがいた。
「サザナミ……殿下……」
「うん、おはようラオフィーネ。朝からキミの顔が見れるなんて、今日は良い日だな」
「そ、そうですか……?」
さっきまで誰の目にも留まらなかったラオフィーネだったが、サザナミは真っ直ぐに見つめてくる。隣で頭を下げたままのディントンのことは一瞥しただけだった。
(ま、まわりの視線が痛いんだけど……)
徐々に注目を集めはじめるラオフィーネ。
じろじろと値踏みされるような不躾な視線に居心地の悪さを感じ始めたころ、アウグストが助け舟を出してくれる。
「殿下、そろそろ公務のお時間ですよ……。それからラオフィーネ殿、午後から生誕祭の準備がありますので、予定を開けておきなさい」
「生誕祭の、準備?」
「ええ、貴女も参加することになりましたから」
「?」
生誕祭は、国王陛下の誕生日であり、国をあげて祝われるお祭りの日だ。
庶民にとっても馴染み深い行事のひとつになっている。
(参加といっても、きっと裏方的なことだよね……)
祭りの最後には法具を用いての儀式がある。
おそらく、法具の点検や、不審人物に対しての警戒といったことでラオフィーネも手伝うことになるとは思っていた。
そして生誕祭が無事に終われば、ラオフィーネは日常に戻ることができる。
「わかりました」
「よろしい。では、午後に使いを出しますから部屋にいるように」
「はい」
「またね。ラオフィーネ」
午後。アウグストがよこした使いの者に連れられて、ラオフィーネは陽射しが降り注ぐサンルームが併設された部屋にやってきた。
そこで待ち構えていたのは五人のお針子たち。
あっという間に取り囲まれ、全身をくまなく採寸されていく。
(生誕祭で着る護衛用の服でも作るのかな?)
ラオフィーネは大人しく身を任せる。
ひとつだけ安堵したことは、お針子たちが、ラオフィーネの身につけている法具に一切触れなかったことだ。アウグストの采配のおかげだろう。
首を覆うストールもそのまま。衣服だけを脱がされ、下着の上から採寸される。それすらも短時間で終わった。
そそくさとお針子たちが退場し、入れ替わるようにアウグストが部屋に入ってきた。いつになく神妙な顔つきだった。
「ラオフィーネ殿……貴女に"お願い"があります」
「お願い……?」
わざわざ公務中のサザナミのそばを離れてラオフィーネのもとにきたのだから、重要な話だと予想はついた。
(しかも"お願い"って、雇い主が言う台詞じゃないよね)
今、ラオフィーネはお給金をもらって、アウグストの部下として働いている。
仕事の一貫であれば、「お願い」などという言い方はしないはずだが……。
サンルームに移動し、ソファに腰を落ち着けたところで、アウグストが口火をきる。
「……生誕祭の最後。神の使いに扮した者……今回はサザナミ殿下ですが……、祝福をもたらす法具を国王陛下に捧げることはご存知ですよね?」
「はい。その儀式が終わると生誕祭の幕は閉じられる……。庶民でもその事は知っています。なかなか見ることは叶わないけど……」
「そうでしょうね。儀式の行われる祭壇は一般にも開放されていますが、貴族たちや来賓で埋め尽くされますからね。……まず、その時に使用される法具のことですが……」
アウグストが一連の流れを説明する。
生誕祭の三日前。
儀式に使われる法具は、補修師の手によって、法具庫から王城の南に位置する高い塔の最上階に移される。
――天上にもっとも近い場所……。
太陽や、月、星々の光を、直接浴びることができるように、天窓がそなえられている。光の属性の法具にとっては、相応しい場所だ。
三日間は何人の出入りも禁じられ、塔には警備の騎士たちが常駐する。
そして生誕祭の当日。
身を清めた「神の使い」に扮するサザナミと、筆頭法具補修師のふたりが塔にのぼり、法具を手に、祭壇まで続く花道を歩く。
――天上から地上に……。
祝福を戴くという意味をこめた儀式だ。
(うん、ちゃんと理にかなった形式をとってるね……)
光の法具の扱い方もちゃんと心得ていると、ラオフィーネは感心する。
ただ……一抹の不安は拭えない。
それにアウグストは気付いているだろう。
だからこそ、ラオフィーネに丁寧に説明してくれた。
「儀式の最中、法具に干渉してくる者がいるかもしれないってことですよね? わたしがソレをどうにかすれば……」
「ええ。十分に警戒しなければいけません。そしてこの件に関してですが、法具補修師のグルド師には、一芝居うってもらうことになっています」
「一芝居?」
「生誕祭の当日、グルド師には体調不良で倒れてもらいます」
「っ!?」
「グルド師の代役として、貴女が殿下とともに法具を国王のもとに届けるのです」
「わたしが!? 王城の補修師でもないのに!?」
グルド師の代役というなら、ヴェーテや、ディントンが適任だろう。
「幸い、法具関係は一任されているので誰にも文句はいわせません。グルド師にも貴女を推薦してもらうつもりです。ラオフィーネ殿……これがどういう意味かわかりますか?」
「グルドさんじゃなくて、わたしがサザナミの隣に立つ意味……」
アウグストが本気で言っているのは確かだ。
どこの馬の骨とも知れない小娘が生誕祭に顔を出したら、形式を重んじる王族や貴族からは批難されるだろう。アウグスト自身の評価も地に落ちるかもしれない。
それでもラオフィーネを代役にするのには、ラオフィーネにしか出来ないことがあるからだ。
(……意味なんて……決まってる……!)
「アウグストさんは、わたしにサザナミを守って欲しいんですよね?」
「その通りです。「神の使い」に扮した殿下は、武器も持てず無防備なままです。しかも「神の使い」には指一本触れてはいけないという決まりまである……」
「じゃあ、サザナミを快く思わない人達なら、その隙を狙って……」
「ええ。だから貴女に"お願い"をしたいのです。どんな批難にあおうとも、殿下のそばにいて、殿下を守って欲しいと……。ただその場合、危険が伴う。私は貴女に「命を懸けろ」とは言えません。だから、あくまで"お願い"なのです……」
「アウグストさん……」
普段から厳しくて、口煩く思えるアウグストだが、その行動のすべてはサザナミの身を案じてのことなのだ。
(わたしなら、法具の力で、どんな危険からでもサザナミを守ることができる……)
グルドは優秀な補修師だが降霊法具を持たない。
もしもの時は、その身を盾にするくらいしかサザナミ守る手段はないだろう。その点、ラオフィーネには力を貸してくれるイーフとダインがいる。
ヴェーテが関わっていたらしい闇の霊光を放つ者が現れても、ラオフィーネであれば十分に対抗できる。
(……いざとなればキズナだっているし)
迷う必要はなかった。
「アウグストさん、お願いなんかしなくても大丈夫です! わたしには法具の精霊がついています。どこの誰だろうと、わたしには傷のひとつだって付けられない。……つまり、わたしに危険は無いということです。サザナミのそばで、サザナミのことを守ります!」
「本当に……頼もしい限りですね。では私も持てる力のすべてで、殿下と貴女を守るために動きましょう」
「アウグストさんは、生誕祭の当日はサザナミのそばにいるんですよね?」
「いえ。私は「神の使い」と一緒に行動できないので外の警備をかためます。ハーキマーの部隊と、私兵部隊で連携し、有事に備えるつもりです」
「私兵部隊……って、まさかアウグストさんのっ!?」
「そうですよ」
どこまでも優秀な側近だ。
サザナミ専属の騎士だけに頼らず、自らの意志で動かせる手駒も用意してるとは……。
(でも、その全部が、サザナミのため……なんだよね?)
幼い頃から敵の多かったサザナミ。
けれど今は、アウグストが傍らにいてくれるのだ。
どんなに心強いだろう……。
「そういえばアウグストさんは、いつからサザナミの側近になったんですか?」
「今から五年ほど前ですね。落ちぶれていた私を、殿下が拾ってくださったのです」
「落ちぶれていた!? アウグストさんが!?」
信じ難くて、思わず聞き返してしまうラオフィーネ。
落ちぶれたアウグスト姿など、これっぽっちも想像できない。
「私だって普通の人間なんですよ? どうしようもなく……馬鹿な男なんです、私は……」
そう言ったアウグストは眼鏡を外して、降り注ぐ光を仰いだ。
柔らかな黄金の陽射しは、どこかサザナミの髪色を思わせる。
アウグストの怜悧に見えていた表情が、今はほんの少しやわらいで見えた。
目を細めた、実はまだ若い青年が、どこか懐かしむような口調で語る。
「アウグスト・シュルツナーは、シュルツナー家の恥晒しで、貴族の誇りを捨てた、愚か者なのですよ」
お読みいただき、有難うございます!!




