⑥補修のお手伝い(下)
ブクマ下さった方、ありがとうございます!!
大変、お待たせいたしました。
ヴェーテとディントン……。
若き王城の法具補修師の二人は、集中のあと、すぐに補修箇所を見つけ出す。
「はい、見つけたっす!」
「ボクも分かった……」
机の上に置かれた鏡の法具。
(属性は……"光"だね)
ラオフィーネは既に細部まで掌握しているが、この法具には不具合があった。
一見しただけでは、鏡が曇っている以外、おかしな所は見当たらない。
けれど歯車がひとつでも欠けてしまったら動かなくなる時計のように、法具もほんの少しの綻びで成り立たなくなるのだ。
(本当に人間と似てる……)
人の肉体に血液が巡っているのと同じで、法具にはエネルギーが循環している。
どこか一点でも不具合が生じれば、エネルギーは滞り、機能しなくなってしまう。
それを見抜いて改善するのが補修師の仕事だ。
「じゃあ答えあわせをします! 「せーの」で補修箇所を指で示してください。……せぇーのっ!」
ヴェーテとディントンが示したのは、同じ箇所だった。
「正解ですっ!」
二人は安堵して、ほっと胸をなでおろす。
「まじで小さくて分かりずらかったっす。ディントンは、すぐに見つけられたっすか?」
「うん。……でも髪の毛くらい、細い一線の綻びだったから、見間違いかとも思って……」
「さっすがディントンは、目が良いっすね〜」
「それしか取り柄が無いから」
「えぇ〜、そんなこと無いっすよぉ〜?」
性格こそ正反対だが、同僚としてお互いを尊敬しているように見える。二人の仲は良さそうだ。
「では、さっそくだが、補修をはじめようか」
グルドの声に、皆の表情が引き締まる。
王城での法具補修は、筆頭法具補修師のグルドが、工程の段取りと説明を行う決まりになっている。
そしてその説明通りに、他の補修師達は動かなければいけない。
「まず今回の補修の箇所は、知っての通り……ココだ」
グルドがその場所を、人差し指で示す。
「闇を跳ね返す"盾"の紋様。その外郭の一線が脆くなってしまっている」
さっきディントンも言っていたが、髪の毛と同じくらい細く、長さも短い直線だ。
経年劣化だろう。元々はっきりとしていたはずの線が、今では途切れ途切れになってしまっていた。
(でも、これなら直せる!)
保存状態も良かったのが幸いしている。
紋様を彫りなおし、曇った鏡さえなんとかすれば、滞っていたエネルギーは、ふたたび巡りはじめるだろう。
「補修にあたっては、極小の鏝を使い"盾"の紋様の外郭を焼いたあと、専用筆で紋様を彫る。滅多にない貴重な機会だからね。君たち三人で少しずつ紋様を復元するんだ。わかったかい?」
多くの説明は必要無い。
ラオフィーネ達は初心者ではないからだ。
「はい、お師匠さま」
「分かったっす」
「分かりました……」
まずヴェーテとディントンが工房にある炉に向かう。
炉には既に火が熾されていた。
そのせいで室温も高い。
「お師匠さま、もしかして午前中も何かされてたんですか?」
「ん? ……ああ少しね。とある方に付き合わされて」
「とある、方……?」
ラオフィーネの質問に、グルドは苦笑いを浮かべ、それ以上はなにも答えなかった。
「師匠! 鏝の準備完了っす! ……うおっ、熱っつ!」
「ラオフィーネさんは、女の子だし火傷したら大変だから離れていて」
「え……わたしなら、大丈夫だけど?」
急にディントンに女の子扱いをされて、戸惑うラオフィーネ。
近付こうとすると慌てたようにもう一度「離れていて」と、距離を取られてしまう。
「ははっ、ディントンの言葉に甘えておきなさい。あれでも、淑女に対する礼儀だと思ってるんだろうから」
「ええっ!? でも、わたし補修師なんだけどっ!?」
「それでも、彼らにとってキミは歳下の女性で、庇護してあげなくてはいけない存在なんだよ」
グルドに諭されるように言われて、ラオフィーネは渋々頷く。
(補修師なら、火の扱いも慣れてるんだけどなぁ……)
それに、もしも大怪我をしそうな事態になったら、イーフとダインが飛び出してくるに違いない。そういった意味でも、ラオフィーネは誰よりも安全が確保されている。
「じゃあ、鏝で紋様の表面を平らにするっす」
「うん。こっちも準備できた。気をつけて」
「了解っす……」
ディントンが水で濡らした布で法具をくるみ、補修する紋様のある部分の覆いだけを鋏で切って露出させる。こうすることで焼き鏝を当てたとき、他の箇所を傷付けなくて済むのだ。
焼き鏝を当てるのは一瞬だけ。
ジュウゥ……
布と金属が焼ける音がした。
法具の表面をグルドが確認する。
「ふむ、良いだろう」
次はいよいよ、紋様の復元の作業だ。
一番手はディントンから。
さすがに長い前髪は邪魔なようで、ポケットから黒い紐を取り出し、適当にまとめて括る。毛先がつんと天井に向いて、今で隠れてよく見えなかった顔があらわになる。
(ええぇっー! ディントンさんてば、美形!!)
思わず食い入るように見つめてしまう。
細面の輪郭、切れ長い瞼に、その奥の神秘的な緑灰色の瞳。
「ふふん。ディントンはカッコイイって、お城の侍女さんたちにも人気なんすよねぇ〜」
何故かヴェーテが自慢げに言う。
(でも、ディントンさんて、恋愛とかに興味無さそう)
静かに書物に向き合ってそうなイメージがある。頭が良さそうに見えるのも、人気の秘密かもしれない。
ディントンは椅子に腰掛けると、蝋燭に火を灯す。
右手に金属を加工した筆を持つ。この筆は法具の紋様を彫るのに使われる道具だ。
法具に使われている金属よりも硬度は高く、さらに熱を蓄える性質がある。
鋭い筆先を蝋燭の火で炙り、それから法具の表面を削っていく。
(うぅ〜、緊張するよね)
少しでも線が乱れてしまえば、また焼き鏝で表面を平らにしなければいけない。
集中力が試される作業だ。
しかしディントンは、法具に向かい、息を詰めたあと、迷いなく一線を引いた。
(すごい! かんぺきっ!!)
ラオフィーネは感心する。
さすが城に勤める補修師なだけはある。
薄っすらと伸びた一線は下書きだ。三人で順番に線を足していくため、これが道しるべになってくれる。
ディントンは、ふたたび筆先を蝋燭の火で炙ると、今度は本格的に彫る。
(かなり修練を積んでる……)
作業を見れば分かる。
補修師は法具に紋様を彫る練習をする。ただ法具と同じ金属は簡単に手に入らないため、普段は石板を使って練習をするのだ。
「次は、オレの番っすね」
あっさりと作業を終わらせたディントンから、ヴェーテが筆を受け取る。
彼もまた、丁寧に、自分の仕事を終わらせる。
無駄な動きはひとつもなかった。
「じゃあ、最後、ラオフィーネさん……っすね」
ヴェーテから筆を受け取ると、椅子に浅く腰掛ける。
空気を伝って感じる、鏡の法具が放つ神聖なエネルギー。その感覚をラオフィーネは全身で味わうように受けとめる。
――さあ、在るべき姿へ……。
この一線の補修で、すべてが完成する。
ラオフィーネは筆先で法具に触れた。
そこである事に気付いたヴェーテとディントンが、息をのむ。
「なんで……筆先が、赤く……」
「蝋燭を使ってないっす……!」
法具彫るためには、適宜、筆先を熱する必要がある。
けれどラオフィーネが操る筆は、何もしなくても熱を帯びていた。
何故? と首を傾げた二人にグルドが言う。
「彼女の右手の人差し指を、見てごらん」
「……! もしかして!?」
「あれはただの法具じゃなくて"降霊法具"ってことっすか!?」
そのとおり、とグルドは頷く。
「法具とは普通、目に見えないエネルギーを扱う器だ。しかし降霊法具は違う。この物質界において目に見えるカタチで顕現し、物理的にも力を使うことが可能だ……」
ラオフィーネの持つ筆先に宿った熱は、人差し指につけている火の属性であり、古代竜の意思がもたらしたもの……。
「これで紋様の補修は終わり……、あとはっ、」
今度は左手で、曇ってしまっている鏡面に触れる。
ラオフィーネの左手首には、古代竜を降霊した地の属性の法具が嵌められている。
(ダイン……浄化なら得意だよねっ)
小声で「お願いっ」と唱えれば、一瞬で鏡がぴかぴかに戻った。
「うわー! マジっすか……すげー!!」
「なんで? ラオフィーネさんは汚れ落としも得意なの?」
「鍋磨きは得意だよ……って、そうじゃなくて、この鏡は何度も闇を跳ね返してき……その名残りのせいで曇ってしまったの。でもっ、浄化すればこの通り!」
鏡の法具が、薄っすらと光を放っている。
ちゃんと息を吹き返したようだ……。
「すごいね。降霊法具持っているなんて……」
「ディントンさんは気付いていると思ってました。ずっと、わたしのこと見てたから」
「僕、目が良いんだ。だからラオフィーネさんの付けている装身具は、じつは法具なんだろうな……とは思ってて。ずっと見てたのは、その法具の紋様が美しかったから。降霊法具のことだったら、僕よりヴェーテのほうが研究してて詳しい……」
「へえ、そうなんですか……」
「嫌じゃなかったら、じっくり見せてもらっても良い?」
「もちろん! どうぞっ!」
物静かな緑灰色の瞳が、今は興奮してキラキラしている。
不思議だと思ったのは、降霊法具に詳しいはずのヴェーテが、一歩下がった場所でこちらを見つめていたことだった。
お読み頂き有難うございます!
思ってたより長くなってしまいました。
次は第二章ラストです、
サザナミとの夕食と、犯人についてです。




