⑤補修のお手伝い(上)
ブクマくださった方、有り難うございます!!
補修の作業は午後から行われることになった。
午前中から始める予定だったものの、グルドに外せない用事が入ってしまったそうだ。
空いた時間を、ラオフィーネは城のなかに怪しい者がいないか探索をしたり、補修師の部屋で書物を読んだりして過ごした。
それから野菜と果汁だけの軽い昼食をとって、いよいよ補修工房へと向かう。
「さすがは、お城の工房ねっ!」
ここでもラオフィーネは感動する。
自宅にある補修工房は最低限の設備しかない。狭いし、道具だって父が幼い頃から使っているもので、古びて壊れかけてきている。
けれどココはすべてが最新式だ。
「わああっ、炉があるのも羨ましい〜!」
しっかりした石造りの炉だ。蓋もついていて温度調節もしやすそうである。
法具の補修には、なにかと火を使うことが多い。
ラオフィーネの自宅では、必要なときは、生活用の暖炉で代用している。設備が無いぶんは何事も手間をかけるのだ。
「あははっ、ラオフィーネさん楽しそうっすね!」
感動しているラオフィーネを見て笑ったのはヴェーテだ。
その隣には長い前髪で表情の見えないディントンが立っている。二人とも城で雇われている一人前の法具補修師だ。
「うん! 法具の補修は久しぶりなんです! 個人経営だとね、なかなか法具関係の仕事って無いから……」
「……じゃあ普段はなにを?」
素朴な疑問を抱いたというように、ディントンがぽそりと聞いてくる。
「わたし、普段は、露店街で道具補修の仕事をしてます」
「……もったいないですね」
「そう?」
「だって師匠は、アナタはとても腕の良い補修師だから見倣えと……」
「ふふっ、そう言ってもらえるなんて嬉しいです。わたしはずっと法具と一緒に育ってきたようなものだから」
物心つく頃には、すでに法具は身近なところにあった。
それは補修師である父の存在が大きい。
法具関係の仕事はすべて父のところに来る。ラオフィーネはそれを手伝いながら、自分の腕も磨いてきた。
だから個人的に依頼を受けたのは今回が初めてだ。
極めて特殊な依頼ではあるが……。
「待たせてしまったね」
そう言って工房にやってきたのはグルドだ。
両腕でちょうど抱えられるくらいの包みを持っている。
そこには今から補修する法具が収められているのだろう。
(いよいよだねっ!)
ラオフィーネの興奮も最高潮に達する。
部屋の中央にある大きな机にグルドは慎重な手つきで包みを置くと、幾重にも巻き付けられた高級な麻布を一枚ずつ剥いでいく。
「これは……鏡の、法具……?」
包みの中から姿を現したのは鏡がはりつけられた楕円の型の金属。
鏡のまわりには紋様が描かれ、さらにそれを縁取るように金や銀、真珠や瑠璃といった宝石がついた豪華なものだ。とても美しい。ただ鏡自体は薄汚れて曇っており、年季を感じさせる。
(すごい。鏡の法具なんてはじめて見たっ!)
書物のなかでしか出会ったことのない法具に、ラオフィーネはただただ見惚れた。
「ではヴェーテ、これはどういった法具か分かるかね?」
グルドが質問をする。
城の筆頭法具補修師のグルドは次代の後継者を育てているところだ。
この質問は彼の法具の知識を試すためでもある。
「ええっと……、この法具は寝室に飾られていたもの……っすよね?」
「正解。どうして寝室で使われていたのかの理由も、説明してもらえるかな」
「理由は、法具に鏡をつけているのは魔除け……だったり、呪いの跳ね返しのためで……紋様に人の見る「夢」と「夜の闇」をあらわす象形が描かれていることから……」
ヴェーテの解説に耳を傾けながらも、ラオフィーネは目の前の鏡の法具を食い入るように精察していく。
(うんうん、ヴェーテさんのは半分当たりってとこかな)
一般の補修師からすれば、ラオフィーネは天才の域だ。
初めて出会う法具でも、一瞬で、触れることなく、隠されている意図まで見抜いてしまうからだ。
「縁に使っている宝石は寿ぎの意味も兼ねていることから、昔、王族に子供が誕生したときに贈られた法具……。子供の寝室に飾っておくことで、夢魔を遠ざけ、健やかな眠りを護る……っていう効果が得られます。……どうっすか?」
「ふむ……半分正解だ」
「えぇっ〜!?」
軽いノリだが、悔しそうにがっくりと肩を落とすヴェーテ。
(さっすがグルドさん。ちゃんと意味を理解してる)
「では、ディントン、きみは解るかね?」
「法具に触れてもいいですか?」
「構わないよ」
手袋をつけたディントンが、そっと法具を持ち上げる。
表側を見てから、今度は裏側にひっくり返す。
「これは……!!」
裏側にも何かが描かれていた。
隣で一緒に見ているヴェーテがはっとする。
「裏側には、「月」と「反転」の紋様がありますね。……ということは、表側の紋様の意味を反転させるということになる。……でも何故だ、それなら何故ここに「月」の紋様が?」
ディントンも答えを出しあぐねて、明後日のほうを向いて思考に埋没していく。
(惜しいなぁ。あともうちょっと……!)
二人の若い補修師は真剣そのものだ。
いずれ経験を積んでいけば、グルドを越すことだってできるだろうと、ラオフィーネは二人の様子を見て思った。
「はい。そこまで――」
グルドが、ぱんっと両手を叩いて、二人の意識をこちらに戻す。
「じゃあ正解を、ラオフィーネはもちろん解っているよね? 説明をお願いできるかな?」
「はい、お師匠さま」
ラオフィーネは、法具の真実を解説していく。
「まずヴェーテさんの言った通り、鏡の法具は"魔除け"や"呪い返し"の道具として有名です。紋様や豪華な宝石から見て、これは寝室の調度品としての役割もあったんだと思います。……ただ「鏡」というのは、古代から、表と裏、「裏鏡」は「表鏡」の像をひっくり返すという表裏一体の意味を持つことは、一般的にも知られていました……」
頷きながら、真剣に耳を傾ける二人。
グルドは感心したようにラオフィーネを見ている。
「この法具の裏側に「月」と「反転」の紋様が描かれていると思ったようだけど、コレはただの染料で書かれています」
紋様は、必ず法具に彫られるものだ。
ただ染料で塗られたものには効果はない。血を使っていれば別だが……。
「えっ……どういうことっすか?」
「あ、もしかして紋様に見えて、実は法具の取り扱いを記したもの……とか?」
「どういう取り扱いですか?」
「それは……月の光をあてる、とか……」
「良いですねっ! 答えに近づいてる! じゃあ月の光を当てたら、どうなると思いますか?」
「ちょっと、そこまでは……」
完全にお手上げ状態になったところで、ふたたび解説をしていくラオフィーネ。
「裏側に描かれたのは、鏡面を月の光に当てよ……という取り扱い方法ですが、これはかなり危険です。もしもそれを信じて、窓辺から射しこむ光が写る場所に法具を配置します。すると月明かりを取り込んだ鏡の光は窓硝子に当たりますよね。硝子は「鏡」と同じ役割を果たすので、自然と「反転」の現象が起きてしまうんです。つまり……"魔除け"の効果の反転なので、魔を受け入れるということ。死を招くという効果があります」
満足げに首肯するグルド。
そして命を奪う効果がある法具と知って、瞠目する若い補修師たち。
「でも光にさえ当てなければ、本当に良い効果しかないけどねっ! とっても綺麗だし!」
宝石が沢山くっついている時点で、贈り物として喜ばれたに違いない。
取り扱いに関しては、使用上の注意事項のようなもの。
ただ……王族の暗殺や、病気で苦しむ者の安楽死のために使われていた可能性も否定はできない。
法具の長い歴史を紐解けば、人を害す道具として使用されたことも少なくないのだ。
(哀しいことだけど……)
とくにサザナミとの出会いの折、幾人もの刺客を目の当たりにしたことで、ラオフィーネの見る世界は変わった。
本当にいるのだ。いつの世にも、人の命を穢そうとする者が……。
今だってそうだ。
サザナミに消えて欲しいと願う者もがいる。
それがラオフィーネの大好きな法具を使ってなんて、なおさら許せない。
(絶対に悪用なんてさせないんだからっ)
奥深い力を秘めた法具。
それを正しく管理するために、ラオフィーネは日々研鑽を重ねている。
多分、これからもずっとだ。
「すごいっすね、ラオフィーネさん……」
「うん。どうしたらそんなに理解を深められるようになるんだろう」
「それな! 教えて欲しいっす」
少しでも何かを得ようとする二人に対して、ラオフィーネが言えることは少ない。
努力しているのが分かるからだ。
「法具はとても神聖なものだから。大地と繋がるように、天と繋がるように、法具に意識を通わせると良いかも。紋様を点として追うんじゃなくて、法具をひとりの人間だと思って向き合ってみれば、込められた意味も、補修が必要な箇所だってすぐに見つかる……。って、これ師匠の受け売りなんだけどね」
ラオフィーネも同じことを父に質問したことがある。
その時に教えてもらったことを、そのまま口にした。
(忘れがちだけど、一番大切なことだもんね)
これがキッカケで、ラオフィーネは成長した気もする。
「大地と天と、繋がるように、っすね……」
「やってみる……」
机に置いた鏡の法具に向き直り、ひとつ深呼吸をしてから、集中するヴェーテとディントン。
それを見つめるグルド。
(どちらも補修師として腕前は確かだけど、法具に呪いをかけられるほどの力は無さそうだよねぇ)
今、犯人は一体どこにいるのだろう。
ラオフィーネは心のなかで唸った。
お読み頂き有難うございます。
次回にはサザナミの出番もあると思うので、宜しくお願いします!




