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アルフォンスとラインステラ時々ルドベック

ジャンルが恋愛なのに甘さが足りなかったかな?と考え書いたおまけです。

パパsと侍女長は出てきません。

本編の結婚式の後の話です。こんな出来事があったのでラインステラは自信を持ってリンドブルム国王に対峙できたという小噺です。

ざまぁとすれ違いとイチャラブを目指した結果、予定より長くなってしまいましたが前後半に上手く分けられなかったので1話で投稿してしまいます。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。


 アルフォンスと結婚して半年がたった頃、帝国の貴族の屋敷で開かれたお茶会に出席していたラインステラは、庭園の小路の途中で見知らぬ若い女性に指を突きつけられて困惑していた。


「貴女、敗戦国の王女のくせに生意気なのよ!」

「え?」


 まだ慣れない夫人同士の話に少し疲れたラインステラが、侍女を伴い庭園を散策している時にいきなり現れた真っ赤な髪をした女性は、小路を塞ぐと仁王立ちして言い放ったのである。突然のことに唖然としたラインステラを庇うように侍女が慌てて前へ出たが、グイっと押しのけられ、再び指を突きつけて睨んできた女性が言い放つ。


「どうして我が帝国の皇太子であるアルフォンス様が敗戦国の王女を押し付けられたのか、全く意味がわからないわ! 女神のように美しい? 私の方が断然美人だわ!!」

「それは…」


 唖然としつつも、まさか自分を祖国から連れ出すためだったとは言えずラインステラは口籠るが、そんなことはお構いなしに女性は喚き散らす。


「いい!? アルフォンス様は私の婚約者でしたのよ! それを貴女が奪い取ったの! 私達は相思相愛の仲だったのに貴女のせいで引き裂かれたの!

 アルフォンス様が優しいからってつけあがるんじゃないわよ! アルフォンス様はみぃんなに優しいの! その中でも私にだけはとびっきり優しいんだから!

 貴女なんて『女神の加護』を持つリンドブルムの王女ってだけの名ばかりの皇太子妃で、所詮人質なのよ? 人質のくせに高位貴族のお茶会や夜会に参加なんかして目障りだわ! 厚顔無恥って言葉ご存じないの!? これだから敗戦国の王女は嫌なのよね。さっさと修道院にでも入ったらよろしいのに。邪魔な貴女がいなくなればアルフォンス様は私と結婚して幸せになれるのに!」


 捲し立てるように言いたい事を言い終えた女性は、最後にラインステラの肩をドンっと押すと踵を返して立ち去って行った。

 押されたラインステラは侍女が支えてくれたため転倒は免れたが、よろけた時にドレスの裾を小枝にひっかけてしまう。

 少し破けてしまったドレスを見てラインステラは溜息を吐いた。


 祖国で悪意ある眼差しと暴言ばかりを受けてきたラインステラだったが、バスティーヌ帝国へ来てからは人の善意ばかりに触れてきた。だから久しぶりに罵倒され祖国にいた頃を思い出し暗い気持ちになる。

 何より先程女性が言った「相思相愛の仲だった」という言葉と「邪魔な貴女がいなくなればアルフォンス様は私と結婚して幸せになれる」という言葉が胸に突き刺さった。


 帝国にきて幸せな毎日を送りながらもずっと心に蟠っていたことが滲みでてくる。

 夫であるアルフォンスの優しさに甘えてきてしまったが、とうとう向き合う日が来てしまったのだと呆然と佇んだ。

 一目ぼれだと言ってくれた、自分だから結婚したいと言ってくれた、でもそれがラインステラを憐れに思ってのことで、全ては優しいアルフォンスの心を犠牲にして成り立っているものなら、彼を解放してあげなければならない。彼が本当に好きな人と一緒になるためには自分は邪魔でしかないのだ。そう理解したら心が悲鳴を上げた。


(ああ、私、こんなにもアル様のことを好きになっていたんだ)


 突き刺すような胸の痛みに比例してせり上がってくる涙をラインステラは唇を噛んで堪え、自分を守れず真っ青な顔になってしまった侍女へ「大丈夫よ」と声をかけると、貼りつけた笑顔でお茶会を後にした。


 ◇◇◇


 いつものように執務を終えたアルフォンスは、一緒に晩餐を取っていたラインステラに怪訝な顔をする。


「ねえステラ、何かあった?」

「え?」

「何だか元気がないみたいだ。もしかして身体の調子でも悪い? それならすぐに医師を呼ばないと」


 そう言うなりすぐに医師を呼ぶため立ち上がったアルフォンスを、ラインステラは慌てて止める。


「い、いいえ! 身体は何ともありません」

「そう? それならいいけど無理はしないでね」

「はい」

「ステラは遠慮し過ぎるから心配だよ」


 そう言って微笑むアルフォンスの気遣いが申し訳なくて、ラインステラは昼間の話をしようと声を振り絞る。


「あの…アル様」

「ん? どうしたのステラ」

「いえ…何でもありません」


 優しく微笑むアルフォンスに愛しさがこみ上げる。自分から手放した方がいいことは解っているのだが彼と別れる言葉を言いたくなくて、ラインステラは瞳を伏せて誤魔化してしまった。ラインステラのその様子にアルフォンスは少し不服そうに眉を寄せる。


「ステラ、困ったことがあったら何でも言ってほしい。私達は…夫婦なんだからね」

「…はい」


 アルフォンスが、夫婦と言う前に一瞬間があったのをラインステラは聞き逃さなかった。

 その間こそ、アルフォンスが自分を憐れに思って結婚しただけなのだと思わされる。それならば早く解放してあげなければと思うのに心が嫌だと悲鳴をあげる。

 アルフォンスへ別れを告げることが出来ないまま、ラインステラは表面上は笑顔を浮かべ鬱々とした気持ちを隠して晩餐を終えた。

 だからラインステラの様子がおかしいことに気が付いたアルフォンスが小さく溜息を吐いたことなど、知るよしもなかった。


 その日の夜のアルフォンスはいつにも増してラインステラを求め、東の空が白み始める頃にやっと就寝できたラインステラは盛大に寝坊して、益々自己嫌悪に陥ったのだった。


 ◇◇◇


 眠るラインステラを一人残し、執務室で不機嫌を隠しもせずにアルフォンスが仕事をしていると、軽くノックの音が聞こえ1人の男が入室してくる。男は飄々とした態度で皇太子の机の前までやって来るとアルフォンスの顔を覗き込み、下卑た笑みを浮かべる。


「殿下、昨日はお盛んだったようで。目の下に隈ができていますよ?」

「ああ」

「うっわ、機嫌悪っ! 真面目なラインステラ様を寝坊させるまで抱きつくしたくせに、何でそんなに不機嫌なんです?」

「…ステラが隠し事をしている」

「へえ? あの純真無垢な皇太子妃殿下でも隠し事なんてするんですね」

「昨日の茶会で暴言を吐かれ突き飛ばされたらしい。それを私に隠してた」

「アハハ。ラインステラ様、全然隠せてないですね」

「ステラの様子がおかしかったから侍女を問いつめたら吐いた」

「浮気とかじゃなくて良かったじゃないですか」

「それはそうだが、全然良くない! 暴言を吐かれただけでなく突き飛ばされたんだぞ? それなのにステラは私に何も言ってくれなかった」

「皇太子妃にそんなバカな真似をしたことが殿下に知られたら、相手の首が飛ぶからじゃないですか?」

「私の可愛いステラにそんなことをしたんだ。首が飛ぶのは当然だろう? 私はステラを傷つける者は容赦しない」


 何を言っているんだ? と言わんばかりに首を傾げたアルフォンスに、男はヤレヤレと両手を挙げる。


「すみません。聞いた俺が馬鹿でした。惚気るなら他所でやってください」

「惚気じゃない。ステラが私を頼ってくれないから面白くないだけだ。そんなステラも可愛らしいが私にもっと甘えて欲しい」

「それを世間では惚気だって言うんですけどね…ラインステラ様は奥ゆかしい方ですし殿下に遠慮してるだけじゃないですか?」

「私達は…夫婦なのに」

「殿下、夫婦っていう前にいちいち間をあけて顔を顰めるのは、なんか意味でもあるんですか?」

「…夫婦になれたのが嬉しすぎて顔が緩むのを抑えているだけだ」

「……………聞かなければ良かったです。それで? 妃殿下に不敬を働いた間抜けはどこのどいつです?」

「…件の侯爵家の娘だ」

「ぷっ! ハハハ、こりゃ傑作だ」


 噴き出した男をアルフォンスが睨みつけると、男はバサっと書類を机に置いた。


「その侯爵家の報告書です」


 男が言った言葉に顔を引き締めたアルフォンスが机に置かれた書類にざっと目を通すと、ニヤリと笑う。


「短時間でよくこれだけ調べたな」

「そりゃご褒美が待っていますからね」

「幼馴染だったか?」

「ええ。主筋にあたるので手に入らないと思っていたんですけどね」


 クククと喉を鳴らして笑った男は思案気に顎へ手をやる。


「ですが肝心の鍵の行方がわからなくて。どうです殿下、今夜あたり夜会でも開催しませんか?」

「今夜? 随分と急だな」

「証拠を隠滅される前に鍵を手にいれなければなりませんからね。確か件の令嬢から、自分のために夜会を開催して欲しいと強請られていましたよね? 何とも無遠慮で無謀な願いですが、叶えて差し上げれば先程の妃殿下への不敬の件もまとめて処断できるんじゃないですか?」

「そうだな…。ステラを傷つけた罪は万死に値するからな」

「そっちが優先なんですね…」


 冷たく呟くアルフォンスに男は呆れたように苦笑した。


 ◇◇◇


 寝坊をしてしまってアルフォンスと朝食を共にできなかったラインステラは、夜会へ出席する準備に追われていた。今日の夜会は急遽開催が決まったものだったため、急ピッチで自分をドレスアップしていく侍女達に申し訳ない気持ちになりながら、ラインステラは姿見の中の自分を見つめる。

 金糸をあしらったライムグリーンのドレスにサファイアの宝飾品で着飾ったラインステラは匂い立つような美しさを誇っていて、侍女達から感嘆の溜息が零れたが当の本人の心境は複雑だった。


 今日のラインステラの格好は全てアルフォンスの色で統一されていて、嬉しい反面、昨日出会った女性のことを考えると自分がこの色を纏っているのが申し訳なくて心が痛んだ。

 だからラインステラは、エスコートをするため迎えに来たアルフォンスが嬉しさで息を飲んだのを、自分如きが彼の色を纏っていることが不快にさせたのだと勘違いして終始視線を合わせなかったため、彼が熱を帯びた瞳で自分を見ていることに気づかなかった。


 滞りなく夜会が始まり、ファーストダンスが終わると逃げるようにしてアルフォンスの元を離れたラインステラは、お茶会などで知り合った夫人や令嬢達へ挨拶を済ませる。ひととおり挨拶が済むとラインステラは小さな溜息を吐いて会場を見渡した。


 自国にいた時には参加が許されなかった華やかな夜会には、まだ気後れがする。

 バスティーヌ帝国でラインステラは自分の真実の姿を知り、他人の優しさに触れ、自信を取り戻してきたが、長年虐げられ卑屈になっていた心は完全には癒されてはおらず、このような場所に自分はそぐわないのではないかという考えがいつも頭から離れなかった。ましてやアルフォンスに想い人がいることが分かった今では尚更だ。

 ラインステラは再び溜息をつくと一人になりたくて、貴族達に見つからないようにそっとバルコニーへ向かった。


 月が出ているとはいえバルコニーは少し薄暗い。

 凭れ掛かるようにバルコニーの手摺に手をついていたラインステラだったが、後方から聞こえてきた楽し気な会話に身を竦ませる。

 談笑しながらバルコニーへやってきた男女は、微笑を浮かべたアルフォンスと昨日出会った女性だった。

 仲睦まじそうな二人の様子に、ラインステラの心が急速に締め付けられ立ち尽くす。

 バルコニーへやってきたアルフォンスは手摺にいる人影がラインステラだと解ると、それまで浮かべていた微笑を一転させ不機嫌そうに眉を寄せた。


「ステラ、どうしてこんなところに?」


 アルフォンスが自分を見て不機嫌な様子に変わったことに、ラインステラの心に黒い影と諦めの感情が滲みだす。やはり自分は愛されてはいなかったのだと自嘲すると、寄り添う2人をなるべく視界に入れないように俯きがちに答えた。


「少し疲れてしまったので休憩していたところです」

「バルコニーは薄暗くて危険だから1人で来てはいけないと言ったはずだ。いくら王宮とはいえ、夜会には悪酔いした男性だっているんだから不埒な真似をされないとも限らないんだよ」

「申し訳ありませんでした。それでは私は失礼いたします」

「へ? え? 失礼って、ちょ、ちょっと待ってステラ!」


 消え入るように謝罪をして、足早に立ち去ろうとしたラインステラの腕をアルフォンスが慌てて掴む。

 ラインステラは一刻も早くこの場から逃げ出したかったが、腕を掴んだアルフォンスは焦ったように謝罪した。


「ごめん、言い方がキツ過ぎた? ステラのことが心配で言い過ぎてしまった」


 アルフォンスの優しい言葉に、じわっと涙が浮かんでくるのを必死に瞬きをして散らしていると無遠慮な言葉が投げつけられる。


「え~! 信じられない。皇太子殿下が謝っているのに無反応なんて一体何様なわけ? アルフォンス様~、そんな我儘な王女サマなんて放っておきましょう? それよりも私との結婚式はいつにします? 私の父のコーエン侯爵も大変乗り気なんですのよ。侯爵家と皇家が手を結べばアルフォンス様の治世も安泰ですものね」


 そう言うと女はアルフォンスへしなだれかかって、ラインステラへ嘲笑の眼差しを向けた。


「今日の夜会だって私のために殿下が急遽開いてくださったのよ?」

「え?」


 クスクスと笑いながら女性が告げた言葉に、ラインステラは驚くと共にすっと心が冷えていくのを感じる。急な夜会だとは思っていたが、そんな我儘をきいてあげるほどこの女性が好きなのかとアルフォンスへ目をやれば、苦り切った顔をした彼の姿が目に飛び込んできて、ラインステラは気づいたときには昨晩から漠然と考えていたことを口に出していた。


「そう…でしたのね…。私、何も知らなくて…アルフォンス殿下、私は…ヘーゼル公爵家へ戻ります…」

「ステラ!?」


 ラインステラの言葉に驚愕の声をあげたアルフォンスは、彼女を掴んでいた腕を思わず離してしまう。自由になったラインステラは溢れてくる涙を懸命に堪えながら頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしました。どうぞ…」


 お2人で幸せになってください、と続けようとした言葉は音にすることができなかった。悲しくて悔しくて口にすることを身体が全力で拒否したのだ。

 身を翻し悲鳴を上げる心に突き動かされるように走り出そうとしたラインステラは、背後に人が立っていることに気が付かず正面から思い切りぶつかってしまう。


「おっ…と!」


 ラインステラを抱きしめる格好になった男は辺りを見回し、飄々とした声を出す。


「急に走り出したら危ないですよ。それより何だかお取込み中のようですねぇ?」

「も、申し訳ありません」


 ぶつかったことを慌てて謝罪したラインステラが顔を上げると、期せずして上目遣いで男を見る格好となり、見上げられた男は感心したようにラインステラの顔を覗き込む。


「へぇ、やっぱ近くで見ても超美人だな」

「ステラから離れろ! ルドベック」


 男が呟いたのとアルフォンスが叫んだのはほぼ同時だった。

 アルフォンスは射殺さんばかりにルドベックを睨みつけるが、当のルドベックは揶揄うようにラインステラの銀髪を撫でると底意地の悪い笑顔を向ける。

 そこへ場違いな陽気な声がかかった。


「あら、ルドベックじゃない」


 優雅に扇を煽ぎながら声をかけたのは、いまだアルフォンスの腕に絡みついたままの女性だった。ラインステラはその様子になるべく平静を保ちながらルドベックに訊ねる。


「お知り合いですか?」

「ええ。彼女はコーエン侯爵家のご令嬢ルミエラ様でございます。我がインセクト伯爵家とコーエン侯爵家は主従のような関係でして、彼女のことは幼少より存じ上げております」

「ルドベック、そんな女に私の紹介は不要よ」


 ラインステラに丁寧に説明するルドベックをルミエラという女性が苛立たし気に遮る。ルドベックはラインステラを離し一礼するとルミエラの方へ向き直った。


「左様ですか。それよりもルミエラ様、婚約者でもない方に抱き着くのは感心しませんね」

「あら? もしかして妬いてるの? でも私に婚約者はいないのだから問題ないわ」


 ルドベックの物言いにルミエラはまんざらでもない様子で不敵に笑う。ルドベックはルミエラの言葉にいつになく真剣な顔で彼女を真っすぐに見つめた。


「ええ。俺は昔から貴女が欲しかった」

「え? あ、あら、本当に? …その女よりも?」

「はい。ラインステラ様には全く興味がございません」

「そ、そう! そうね! そうよね!? 当然だわ!」


 突然のルドベックの告白に戸惑いを見せたルミエラだったがすぐに勝ち誇ったような表情になり、ラインステラを見下した。


「女神だ宝石だと持ち上げられているようだけど、私がこんな女に負けるわけないのよね! 女神の加護だか何だか知らないけど、敗戦国の王女なんかお呼びじゃないのよ!」


 1人で納得して高々と宣言するルミエラの前へ、ルドベックが歩を進める。


「ところでルミエラ様、少し失礼いたします」


 そう言ってニタリと嗤ったルドベックが、ルミエラのドレスの胸元に勢いよく手を突っ込む。

 破廉恥極まりない行為にラインステラとアルフォンスだけではなく手を突っ込まれたルミエラさえ呆気にとられたが、当のルドベックは突っ込んだ手を弄るとルミエラの胸の谷間から鍵のような物を取り出し、嬉しそうに顔の前へ晒してみせた。


「やっぱり本命はお前か」

「それは…!」


 ルミエラが慌ててアルフォンスの腕を離しルドベックへ詰め寄る。


「返しなさいよ!」

「やっと殿下から離れたな」


 言葉遣いを地に変えたルドベックが満足そうに笑いルミエラの腕を掴むと、アルフォンスが呆れたように溜息をつきラインステラが首を傾げる。


「…そんな所に隠していたのか。道理で見つからなかったわけだ」

「それは…鍵? ですか?」

「ええ、侯爵家の金庫の鍵ですよ。これが見つからなくて決め手に欠けていたんですが、殿下が夜会を開いてこの女を呼び出してくれたおかげでやっと手に入れられました」


 ラインステラへ微笑んだルドベックは、ルミエラを掴んでいた腕をひきよせ囁いた。


「考えたもんだよ。まさか公金横領の証拠が詰まった金庫の鍵を王宮へ隠そうとするなんてな。街の商会へ向かった侯爵と教会へ向かった夫人、領地へ向かった嫡男は囮で、一番粗が出そうな娘に託すところもあざとさを感じるね。つっても俺の目は誤魔化されなかったけど」

「な、何のこと?」


 目を見開くルミエラにルドベックは嘲りの表情を浮かべる。


「しらばっくれるなって。それともお前みたいに脳みそお花畑のような奴には、たとえ娘とはいえ大切な秘密は知らせていないってか?」

「不敬よ、ルドベック! その鍵を返しなさい! 私は侯爵家の娘よ! たかが伯爵家の貴方が私に手を出したこと後悔させてあげるわ!」

「お前、さっきの俺の話ちゃんと聞いてた?」


 馬鹿にしたように笑うルドベックにルミエラが手をあげようとするが、掴んでくる力が強く抵抗ができない。

 そこへアルフォンスの粛々とした声が響く。


「コーエン侯爵は横領の罪で本日をもって廃爵された。侯爵と夫人は罪人として捕縛され抵抗した嫡男はその場で手打ちにした。で、間違いないか? ルドベック」

「ええ。ここへ来る前に始末しておきました。鍵をこの女が持っているかどうかは賭けだったんですけど、上手くいって良かったです」

「本当にな…もし侯爵が鍵を捨てていたり証拠を隠滅していたら、お前の行動は完全にアウトだったぞ」

「そうですね。でもコーエン侯爵家とは長年の付き合いなんで、考えてることが手に取るようにわかるんですよ。虐げてきた伯爵家の息子が、実は皇室の影だったと知った時の奴らの顔といったら見物でした。侯爵も夫人も初歩の拷問で泣くわ喚くわして興醒めしたんですけど、自分達が違法に買っていた奴隷達に与えたら大人しくなりましたよ。尤も2人ともいつの間にか事切れていて静かになっただけかもしれませんけど」

「な、何を仰っていますの?」


 アルフォンスとルドベックの会話にルミエラは訳がわからず固まる。

 ルドベックはこれ見よがしに手の中の鍵をクルクルと回すと、楽しそうに鼻を鳴らした。


「この鍵、父親のコーエン侯爵からアルフォンス殿下の部屋へ隠してくるように言われたんだろ?」


 ルドベックの言葉にルミエラが狼狽える。


「お前は今日の夜会で殿下に言い寄り、そのまま一夜を共にして既成事実を作るつもりだった。それを聞いたコーエン侯爵が、この鍵をお前に渡した。貴重な物だとか何とか侯爵に言い含められたお前は失くさないように胸元へ隠して夜会に参加した」


 思案顔になるルミエラを一瞥してルドベックはアルフォンスへ視線を送る。


「鍵は殿下の部屋に隠せば安全だし、万が一見つかったとしてもコーエン侯爵家が疑われることはないですしね。俺達皇室の影にマークされたと薄々勘付いた侯爵が焦って捻りだした苦肉の策としては上出来だが、自分の娘に殿下を落とすだけの魅力がなかったことに気が付かなかったのが残念というか阿呆というか。そもそも鍵なんか隠さずさっさと証拠を隠滅すれば良かったものを、欲をかくから。あの証拠があれば侯爵以外に横領した奴らも芋づる式に捕縛できます。侯爵もそれをわかっていたから切り札として取っておきたかったんでしょうけど、裏目にでましたね」


 淡々と語るルドベックの隣で呆然としたようにルミエラが呟く。


「横領? 捕縛? 何それ…だってその鍵は、邪魔なラインステラを隣国へ突き返して、私とアルフォンス様が幸せになれるおまじないだって…アルフォンス様だって私のことが好きだからきっと上手くいくって…」

「何だ? マジで何も聞かされていなかったのか? ウケる!」


 笑い出すルドベックの隣で縋るようにルミエラがアルフォンスを見上げたが、皇太子はまるで汚物でも見る様な視線で冷たく吐き捨てた。


「誤解のないように言っておくが、私は君と一緒にいても幸せにはなれないし、君を好きになったことなど過去も現在もただの一度もない」


 アルフォンスの言葉にルミエラが反発する。


「嘘よ! だって私に微笑んでくれたじゃない!! 私のことが好きだから話しかけてきたのでしょう? 今日だって私の我儘を聞いて夜会を開いてくれたのが私を愛している何よりの証拠だわ!」


 喚くルミエラにルドベックが可笑しそうに噴き出す。


「アハハハ! 殿下が心から微笑まれるのはラインステラ様にだけだって。お前や他の令嬢に向ける殿下の笑顔の胡散臭さと言ったら爆笑もんだぜ? そんなこともわからないのに殿下が好きとか呆れて物が言えないな。殿下がお前に近づいたのも、夜会を開いたのも、不正の証拠を掴むためだっていい加減気づけよ」

「嘘…嘘…私がこんな女に負けるわけない…だって私は誰よりも可愛いもの! お父様もお母様もお兄様だって、私の方が可愛いって言っていたもの!」

「むしろ俺はラインステラ様に勝てると思ってたお前の視力と頭を疑いたいが、家族全員ど近眼な上に頭に花が咲いてるんじゃ仕方ねえか」

「ルドベック、その不敬な口を今すぐ閉じなさい! さもないと!」

「さもないと? 何だ? 既に侯爵家は取り潰され両親も兄も死んだ。残されたお前に何が出来る?」

「まさか…本当に…?」

「ああ、真実だ。それで? 罪人の子であるお前が伯爵家である俺をどうするって? 俺のことより自分のことを考えた方がいいんじゃねーの?」


 ルドベックの指摘に状況を漸く理解し始めたルミエラがゴクリと唾を飲む。


「わ、私は知らない! 横領なんて私は関係ないわ! アルフォンス様は信じてくださいますよね!?」


 家族の死を悲しむよりも自分を擁護しだしたルミエラにアルフォンスは冷たく言い放つ。


「お前の罪は皇太子妃に対する不敬罪だ。私のステラへ暴言を吐き、突き飛ばしたそうだな?…極刑だ」


 怒気を含んだアルフォンスの言葉にルミエラが後退りするが、ルドベックに腕を掴まれているため動けない。そんなルミエラを横目で見ながらルドベックがアルフォンスへ問いかけた。


「ところで殿下、俺もうご褒美もらっちゃっていいですよね?」

「証拠の鍵も手に入ったしいいだろう。私もステラに聞きたいことがあるし」


 ルドベックにそう答えたアルフォンスはいつの間に移動していたのか、ラインステラの髪の一房を手にとり口づけるとルミエラの方を見向きもせず淡々と告げた。


「コーエン侯爵令嬢ルミエラは皇太子妃に対する不敬罪としてインセクト伯爵預かりとする。さっさと連れて行け」

「ありがとうございます。皇太子の側仕えなんてクソくらえだと思っていましたが、定期的におもちゃが手に入るなんて嬉しい限りですね」


 歪に微笑んだルドベックにアルフォンスが侮蔑的な瞳を向ける。


「おもちゃなら宮廷内に入り込んだネズミがいるだろう?」

「チチチ、解ってないですねぇ? ネズミは大抵男なんですよ。俺はノーマルなんで哭かせるなら若い女に限ります」

「ノーマルなんてどの口が言うか…」

「ノーマルですよ? 現に男の拷問はサクサク済ましてサクサク終わらせているじゃないですか。女だってストライクゾーンは狭い方なんで、アウトの女は早々にご退場いただいてます」

「ご、拷問!?」


 ルドベックに腕を掴まれたまま少しだけ安堵の表情を浮かべていたルミエラが、ギョッとして叫ぶ。


「皇太子妃に不敬を働いてインセクト伯爵家預かりになるんだ。それイコール拷問だってこの国の中枢を担う者なら誰でも知ってるぜ?」

「何を言ってるの? 貴方、私のことが好きなんじゃなかったの!? その女よりも欲しいって!」

「ああ、欲しいさ。俺は超美人よりも大して美人でもないのにそれを鼻にかける女の方が好みなんでね。ついでに俺は好きな女には拷問したい主義だから」

「なんですって!?」


 金切り声をあげたルミエラの腕を捩じりあげ、ルドベックが恍惚の表情を浮かべる。


「さぁ行こうかルミエラ嬢、隣国のあの女とどちらが俺好みに哭いてくれるか楽しみだ」

「い、痛い! 離して! 離しなさいよ! たかが伯爵家の分際で気安く私に触れないで!」

「ククク、その侯爵家を笠に着た強気の態度を昔から心底軽蔑してたさ。なんて愚かで滑稽なんだって。俺を詰ってきたり、俺の家族へ高圧的な態度をとったりしたこともあったよな? 俺はな、そういう女を甚振るのが楽しくて仕方ないんだ。ガキの頃からお前が欲しくて仕方がなかった。その醜い面を恥辱と屈辱で塗れさせたらどんなに気持ちいいだろうってな。すぐに昇天しちまったお前の両親の分までたっぷりと可愛がってやる」


 ゾッとするような笑みを浮かべたルドベックに、ルミエラが腕の痛みも忘れて息を飲む。伯爵家預かりなら今と変わらない暮らしが出来るだろうと安易に考えていたルミエラは、虐げてきた幼馴染の性癖を知り恐怖に染まる。


「それでは殿下、御前失礼いたします」


 そう言って、暴れ出すルミエラの鳩尾へ拳を入れ抱き抱えたルドベックは、酔った女性を介抱するように見せながらアルフォンス達の前を後にした。



 ルドベックが立ち去るとアルフォンスがラインステラの手を引き寄せ首を傾げる。


「ステラ、公爵家へ戻るってどういうこと?」


 顔は微笑んでいるが瞳が全く笑っていないアルフォンスにラインステラは途方に暮れる。

 ルミエラのことはどうやら彼女の狂言だったと先程のやり取りで何となく理解できたが、アルフォンスにとっての自分の存在価値はわからないままだった。だからアルフォンスが向けた冷たい瞳にやはり自分はいらないのだと考え、突き刺すような胸の痛みに後退るが、アルフォンスが繋いだ手を離そうとしないので意を決して切り出す。


「私がいては殿下にご迷惑がかかってしまいますから」

「迷惑?」

「殿下は私をこの国へ連れ出すために、好きでもない私を憐れに思って結婚してくださったんでしょう?」

「それは違うと以前にも言ったじゃないか!?」


 思わず叫んでしまったアルフォンスと、後退っていたラインステラの背中が壁にぶつかったのはほぼ同時だった。


「結婚前に告白した時も思ったが、まさか自分の気持ちがこんなに届いていなかったとは…どう言えば伝わるんだ…」


 口元を片手で覆い呆然と呟いたアルフォンスの声は、俯いているラインステラには届かない。アルフォンスが逃げ場のなくなったラインステラの手を握ったまま半歩踏み出すと、ラインステラは頭を振った。


「信じられないんです。ずっと虐げられてきた私を好きになってくれる人がいるなんて。ましてやその人が自分の好きな人だなんて。それなのにどんどん好きになるのを止められなくて、アル様が違う女性と愛し合っていると聞いたら嫉妬して、別れなきゃいけないのに言い出せなくて。私の心は醜いんです! こんな私なんてアル様に相応しくない! だからもう、私はアル様のお側にはいられません…」


 ラインステラの叫びにアルフォンスは目を見開くと、壁際の彼女を囲うように腕をついた。


「ごめんステラ、その願いだけは聞けない」


 アルフォンスはそう言うとラインステラの額に、頬に、首筋に、キスを落とす。

 1つキスをするたびに「愛してる」と囁き、宥めるようにラインステラの髪を梳るとその髪に顔を埋めた。


「やっと名前で呼んでくれた。良かった…これ以上殿下呼びされたら強硬手段に出る所だった」


 そう呟いてアルフォンスは大きく息を吸うとラインステラの顔を両手で包み込み、正面から覗き込んだ。


「言葉でも態度でもちゃんと伝えてきたつもりだったんだけど、君が信じられないのなら何度だって言うよ。ステラと結婚したのは同情なんかじゃない。君をこの国に迎えるだけなら婚約だけで、本当に結婚しなくても良かったんだ。でも私は君と結婚したかった。私はステラを愛しているから。

 ねぇ? ステラ、私の気持ちが疑われたのは心外だけど嫉妬してくれてすごく嬉しいよ。漸く君も私のことを好きになってくれたんだね。自信がなかったのは君だけじゃないんだよ? 私だって君から愛されているのかずっと不安だったんだ。でも私はステラを手放す気はこれっぽっちもなかったし、これからもないからね」


 にっこりと微笑んだアルフォンスにラインステラは戸惑いつつも口を開く。


「アル様は本当に私のことを…? この気持ちは…抱いてもいいんですか? 私はアル様を好きでいてもいいんですか?」

「勿論さ。好きでいてくれなきゃ困る。ああ、もう可愛いな」


 アルフォンスはラインステラの顔を引き寄せ、唇に唇を寄せる。近づいてくる端正なアルフォンスの顔に恥ずかしくなったラインステラが、ギュっと瞳を閉じるのを見たアルフォンスの表情が緩む。


「ルドベックのような趣味はないけど、そんなに可愛い反応をされたら苛めたくなってしまう気持ちも解るな…」

「え? アル様? …んんっ!」


 アルフォンスの言葉に思わず瞳を開いたラインステラの唇を揶揄うようにアルフォンスがペロリと舐めると、そのまま舌でこじ開け口内を蹂躙する。

 口づけの激しさに思わず声がでてしまったラインステラにアルフォンスは不敵に笑うと、耳元でそっと囁いた。


「これから私がどれだけステラを好きか、思い知らせてあげるからね」



 この日を境に、いつでもどこでも愛を囁き、手を繋ぎ、2人きりの時は終始膝に乗せられキスをするアルフォンスに、ラインステラはちょっとだけ後悔したとかしないとか。


これにて完結です。ご高覧いただきまして、ありがとうございました。

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[一言] こんばんは 今頃なんですが 再度読み返していたら ルドベック、嵌まったようです(苦笑) スピンオフがあると良いなぁ~ なんで妄想です。 でもなかなか程好いキャラですよね! いやぁ、勿体…
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