(3)支倉常長像
藤原は登って来た坂道を下る。藤原の横には公務員の下滝、その後ろに自称アルバイトの結城が続く。
前を飲食店オーナの蜂須賀が歩き、キャバクラ嬢のリサがまとわりついていた。
「大曾根屋さんって、何店舗あるんですか?」
「名古屋、大阪、京都、神戸に一店舗ずつ。東京には銀座と新宿に店がありゃーす。今度、横浜にも出店するんだわ」
「すっごーい。蜂須賀さんって大金持ちなんだ」
「それ程でもあらせんわ」
蜂須賀は謙遜したが、否定はしない。
「ねえ、ねえ、今度ワタシの勤めているお店に来て。有名人と知り合いだって自慢したいしー。いいでしょ」
リサの胸が赤いベストから延びる蜂須賀の腕に押し付けられている。
蜂須賀のニヤけた横顔を見ていた藤原は、落ちたなと思った。
「横浜に建てる店は、古民家の材料をふんだんに使ったレトロ風の店構えなんだわ。そっちの店にも来店してちょ。ほんなら、リサさんのお店にも行きゃーす」
「行く行く。約束だよ」
リサは蜂須賀の手を取って小指を絡ませた。つけ爪に施されたネイルアートが揺れる。
二人の様子を観察していた藤原は納得する。
(リサさんがオフ会に参加した目的は、顧客の獲得だったのか。通りでセクシーな格好で来た訳だ)
藤原が二人に気を取られていると、横を歩いていた下滝が話し掛けてきた。
「藤原さんは仙台城に来るのは初めてなんですよね」
「ええ、仙台に来たのも初めてですから」
「この石垣は圧巻でしょう。本丸北壁石垣と言うんですよ」
下滝は右側にそびえる巨大な石垣を指しながら言い、更に続ける。
「隙間なく組み上げられた石垣は、傾斜七十度高さ十七メートルもあるんです。仙台城の見どころの一つでもあるんですよ」
「詳しいんですね」
「地元ですし、仕事柄詳しくなりました」
「お仕事は公務員でしたよね。城に関連する仕事というと、文化財の管理かなんかの仕事ですか?」
「いいえ、県の観光関係の部署です。城は観光資源ですから」
「そうすると、県下の城に関してはプロフェッショナルなんですね」
「そんな大層なものではありませんが、一応県下の全ての城に足を運んでいます」
「では、明日行く予定の上楯城にも行ったことがあるんですか?」
藤原の質問に、下滝の表情は一瞬曇った。
「ええ、行ったことはあります。今はハイキングコースのようになっています。建造物はありませんから、よっぽどの城好きでなければ、楽しめない城跡です。観光で行くなら白石城がいいですよ。白石には名物の『うーめん』もありますし」
「うーめん?」
「素麺のような麺料理です。温かい麺と書いてうーめんと読むんですが、冷たい麺もあります」
「それは、うーめいんですか?」
「店によります。僕は駅近くの店が好きですね」
(温麺と美味いを掛けたのに、スルーされた。まさか、滑ったのか?)
渾身の駄洒落をスルーされて動揺する藤原。下滝はそんな様子に気付かず訊く。
「案内しましょうか?」
「白石をですか?」
「ええ、そうです」
「ご親切はありがたいですが、時間的余裕がありかせんから」
「そうですか。残念ですね」
下滝はそう言ったものの、白石の解説を始めた。藤原は相槌を打ちながら聞くだけだった。
下滝の解説が終わった頃、オフ会の一行は支倉常長像のある二の丸に着いた。台座の上に、右手で巻物を持ち刀を二本差した支倉常長の銅像が建っている。
「オフ会の記念に集合写真を撮りませんか?」
藤原がそう提案すると、結城が撮影役を申し出た。
四人が銅像の前に並び、結城がスマートフォンで撮影する。
「今度は私が撮りますから、結城さん、一緒に並んで」
藤原はコンパクトカメラを取り出し、結城に促した。結城は「俺はいい」と拒んだが、蜂須賀に腕を引かれ、渋々蜂須賀の横に並んだ。
藤原は「目をつぶった人がいますから、取り直します」などと言って、何回もシャッターボタンを押した。
撮影が終わり、各人は思い思いに行動した。蜂須賀は銅像の裏に回り、結城は銅像の側に座り込んでいる。下滝は少し離れた場所から銅像を写していた。
リサの声が聞こえてくる。
「下滝さんは仙台に住んでいると言ってましたけど、東京に来ることもあるんでしょ。電話番号を交換しようよ」
リサの営業活動が下滝に向かっていた。
蜂須賀がリサから自由になったので、藤原は疑問に思っていたことを蜂須賀に尋ねることにした。
「オフ会の告知に古文書を入手したとありましたが、古書店から買い取ったのですか?」
藤原は古文書の信憑性に疑いを持っていた。古書店や骨董屋から手に入れたとしたら、偽物の可能性が高いと思っていたのだ。
「買い取ったのは違いにゃーですが、古書店から買い取ったのではありゃーせん。新しい店舗の内装に使うんで、古民家を居抜きで買い取ったんだわ。ほんなら、その家の天井裏に無造作に置かれとった行李の中から出てきたんだがね。後で知ったんやが、その家は支倉家に関係のある旧家だったらしいんだわ」
「行李の中から出てきた古文書というのは、どんな物なんですか?」
「支倉家の家紋である逆卍が記された古い巻物だがや。書かれた年代はハッキリしにゃーですが、江戸時代の物のようなんだわ。略図と共に『金銀に勝る宝の鍵を埋めた』というようなことが書いとりました」
藤原と蜂須賀の会話を聞いていた結城が口を挟む。
「その巻物を見れば、埋めた場所がわかるんすか?」
結城の興味は埋蔵物にしかないらしい。今まで素っ気ない態度だったのに、身を乗り出して質問したのだ。
「書かれていたのは簡単な図だったんだわ。その図だけでは埋蔵場所を特定できゃーせんでした。当時とは風景も違っとりりゃーすから。ほんで資料を集め、埋蔵場所を絞ったんだわ。埋蔵場所と思われる範囲を記した地図は、車に積んでりゃーすから、親睦会の時に巻物と一緒に披露するんで、楽しみにしてちょ」
「えっ、ピンポイントで掘るんじゃないんすか? 広い範囲を手当たり次第に掘らなきゃならないんすか?」
そう言った結城の表情は曇っていた。支倉の秘宝が直ぐに掘り出せると思っていたらしい。
「心配しなくていいだがや。大体の場所はわかっとるで。金属探知機で反応があった所だけを掘る予定だがね」
蜂須賀の発言が耳に入ったのか、下滝がリサの営業活動から逃れ、会話に加わる。
「その場所は上楯城の敷地内ですよね。自治体の土地ですから勝手に掘るのはマズいですよ」
結城の表情が曇った。
「そんな堅いことを言わなくてもいいじゃん」
「僕は県の役人ですから、立場上、無断掘削に賛成する訳にはいかないんです」
「そんな事言うんだったら、何でオフ会に参加したんだよ!」
結城の語気が荒くなり、下滝を殴り出しそうだった。険悪なムードなったため、藤原が慌てて中に入る。
「まあまあ、その辺で止めましょう。ところで、大体の埋蔵場所がわかっているなら、蜂須賀さんがこっそり掘り出せばよかったと思うんですが、なぜ宝探しを呼び掛けたんですか?」
藤原は蜂須賀に話を振り、話題を変えた。
「何が埋まっているのか見当も付かにゃーですが、宝の鍵ということだで、財宝のありかを示す物だと思うんだがや。そうだとすりゃー、その物自体が文化財的価値を持つと判断されるのではにゃーでしょうか」
「確かに。支倉常長が秘蔵した物であれば博物館級の文化財で間違いないでしょう」
「藤原さんもそう思いやーすか。でも、それが問題なんだがや。所有権が証明されない埋蔵物であれば、発見者と土地所有者で折半になるんで、発掘した埋蔵物を所有することも可能だがや。しかし、埋蔵物が文化財であった場合は、文化財保護法が適用され、出土物を所有することができゃーせん。報労金として、出土物の価値の五パーセントから二十パーセントの金額が支給されるだけなんだわ。お金を貰ってもつまらんでしょう。ほんなら、同好の士とワイワイやりながら宝探しを楽しんだ方がええがや」
金持ちならではの発想だ。藤原は自分との境遇の違いを見せつけられたような気がした。下滝と結城も同様の思いだったようで、一言も発しなかった。
蜂須賀はそんな雰囲気を気にもせずに言った。
「そろそろ博物館に行こまい」
作中に登場する「支倉常長像」「本丸北壁石垣」については、下記のサイトで確認できます。
●本丸北壁石垣=【仙台市ホームページ】内の「仙台城のみどころ-本丸-」
●支倉常長像=【せんだい旅日和のホームページ】内の「達人コース~五郎八姫を訪ねる~」