(1)仙台城
五月にしては強い日差しが、石垣を照らしている。
仙台城跡の長い坂道を上る藤原定満の額には、薄っすらと汗がにじんでいた。暑さと疲労で歩みが止まる。
「ふう、四十を過ぎてこの坂を上るのはきつい。やはり、タクシーを使うべきだったか」
藤原は脇を通り抜けるタクシーを見ながら後悔した。泊まっていた仙台駅近くのホテルから仙台城の本丸跡までは三キロメートルあまりだと聞き、街の風景を楽しみながら歩くことにしたのだが、長い坂を上ることになるとは思ってもいなかった。
肩に掛けているショルダーバッグを舗装されている歩道に下ろし、前かがみになって休んだ。その姿はゴール後のマラソン選手のようだが、激しい運動をした訳ではない。ただ歩いただけだ。藤原は日頃の不摂生を少しばかり反省した。
一休みしてから再び歩き出し、最後の石段を上り切る。藤原の目の前には広い平地が現れ、その向こうに仙台の市街地が広がっている。ようやく仙台城の本丸跡にたどり着いたのだ。
土曜日の午前中というのに、本丸跡は既に多くの観光客でにぎわっている。特に「伊達政宗公騎馬像」の周りは、記念写真を撮る人達で混み合っていた。
藤原は奥に進み、柵に近付く。今歩いて来た道と広瀬川が見えた。視線を移すと、平野に広がる仙台の街と太平洋が目に入る。
(あの海岸線の先に、石巻がある筈だ。あの辺りだろうか?)
藤原はこれから行く街の方向を眺め、腕時計を見た。
(九時四十五分か。少し早い。さて、どうしようか)
辺りを見渡すと、大広間跡の脇に建っている「仙台城見聞館」が目に入った。藤原はそこで時間を潰すことにした。
館内では本丸大広間に関する資料や伊達政宗のビデオが上映されていた。しかし、藤原はそれらに興味を示さず、椅子に腰掛ける。ジャケットの内ポケットから黒いスマートフォンを取り出し、「城郭巡り」という名のアプリを開いた。
このアプリはいわゆる位置情報ゲームと言われるもので、基本的な遊び方は、城郭の近くで「攻城ボタン」をタップすることでその城を攻略し、攻略回数を競うことだ。しかし、機能はそれだけではない。個々のユーザーには、マイページが割り当てられ、様々な機能が使えるようになっているのだ。
ユーザー同士が直接連絡できる「伝言メール」。全ユーザーに発言が公開される「ショート掲示板」。攻城情報や移動距離が記録される「自分履歴」。マイページを訪問したユーザーがわかる「足跡履歴」。メディア情報やオフ会情報が載せられている「イベント情報板」などがある。コミュニティ機能の充実が、多くのユーザーを集める原因になっており、登録者数は二十万人を超えている。ちなみに、ユーザーは自らを「メグラー」と呼んでいる。
藤原は自分のマイページからイベント情報板を開いた。
【★支倉常長の秘宝オフ会を開催します★
支倉常長が財宝を埋蔵したと記した古文書を入手し、自分なりに埋蔵場所をほぼ特定しました。
支倉氏や埋蔵金に興味のある方と語らい、宝探しの楽しみを分け合うために、オフ会を開催します。
一日目(五月十八日)のスケジュール
●午前十時、仙台城の伊達政宗公騎馬像に集合
●城内にある支倉常長像を見学し、仙台市博物館に入館
●石巻市に移動し、サン・ファン館で昼食
●サン・ファン・バウティスタ号を見学
●午後七時三十分、仙台市国分町の居酒屋「長命館」で親睦会
二日目(五月十九日)のスケジュール
●午前中、川崎町の上楯城で宝探し
●正午頃、仙台駅で解散
※食事代と入館料は各自でお支払い願います。
参加希望者は、主催者の「名古屋飯呑み助」に伝言メールで連絡してください。
追記 仙台石巻間と仙台川崎間の移動は名古屋飯呑み助とタッキー様の車で移動することになりました。】
藤原はオフ会の告知を再読した後、伝言メールのボタンをタップした。
【2019年5月15日 午後7時24四分
<名古屋飯呑み助>さんより
オフ会の件の連絡です。
参加者は私を含め、定満さん、タッキーさん、ドラゴンさん、アキラさんの5人です。
お互い面識がありませんので、十時ちょうどに集合場所で手を挙げてください。】
主催者の指示を確認すると、黒のスマートフォンをポケットに戻し、ショルダーバッグから赤のスマートフォンを取り出しす。電源を入れ、アプリの中から城郭巡りを選んで開いた。
藤原はショート掲示板と伝言メールの内容を頭に叩き込むように何度も読む。そうしている内に、集合時間が迫っていた。藤原は慌てて集合場所へと向かった。
作中に登場する「本丸跡」「仙台城見聞館」「伊達政宗公騎馬像」については、下記のサイトでで確認できます。
●仙台城の平面図=【仙台市ホームページ】内の「仙台城跡のみどころ-ガイドマップ」
●仙台城見聞館=【仙台市ホームページ】内の「仙台城見聞館などのご案内」
●伊達政宗騎馬像=【仙台市ホームページ】内の「青葉山公園」