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鏡の中  作者: 霞合 りの
第四章
33/154

33 いざ舞踏会

これから、静かな声のさざめく舞踏会場へ、私は足を踏み入れる。


「大丈夫ですか?」


震える手をリアンが握った。顔を向けると、リアンは心配そうに私を見ていた。


「・・・武者震いよ」


言いながら、私はリアンの手を握り返した。リアンは満足そうに微笑むと、頷いた。


「参りましょうか」

「ええ」


名前が呼ばれ、扉の開いた先に、私は可愛らしいヒールの靴を踏み出した。


 すでに、私が”伝説の令嬢”であることは、国王陛下がご自身の舞踏会でお祝いをなさっていた。


鏡の中から戻ってきたとも伝えたようだけれど、実際、どう伝えたのかは教えてもらってはいないので、私にはよくわからない。


どちらにしろ、今日の私は、ノアが目を覚ますまでのお目付役をするだけ、そのスタンスを崩すつもりはなかった。


 仰々しい演出はやめよう、と言うリアンの発案の元、私のデビューはさほど大きくない舞踏会に決まったはずだった。王族の舞踏会などとんでもない、と私が固辞したこともあり、リアンは慎重に招待状を選んでくれていた。


それでも、私にとっては充分にきらびやかな世界だった。目がくらむほどに、未知の世界だったのだ。出たいとも、出られるとも思っていなかった舞踏会に、私はついに出たのだ。


 顔を上げると、きらめくシャンデリアに淡く浮かぶ人影が幻想的に浮かんだ。ミニオーケストラの奏でる静かな音楽が埋め尽くし、その間で、シャンパングラスを持った人々が笑いさざめく。その視線が、私たちをしっかり捉えている。


めまいがしそう。


さようなら壁の花・・・


・・・さすが、リアンはその視線の多さに動じもしない。考えてみれば、リアンと一緒にいるというだけで睨まれることを忘れていた。リアンとくるなんて失敗したと思ったが、他の誰に連れて来て貰えばいいのかわからない。仕方ない、忘れよう。


その上、視線の中にいるはずの”部屋の秘密”を知る誰かの存在を考えれば、それが単なる好奇心や嫉妬だけではないことは重々承知だ。私を疎ましく思う視線と、そして好ましい眼差しの、それら全てが私をからめとっていき、心を削っていく。そもそも人に注目されることも初めてで、それだけで私は心底疲れてしまった。


「踊りましょうか」


ハッとして、私は顔を上げた。


リアンが、ぼんやりしていた私に、笑顔を向けていた。


「ええ」


頷いて笑顔を返すと、リアンは私をフロアに促し、そして、ダンスが始まった。


「お上手ですね」


そうやって言うリアンのリードは丁寧で、とても優しかった。


「ならいいけれど・・・もしかして、一人で鏡の中で踊っていたのが役に立ったのかもしれないわ。ダンスのレッスンでも褒められたもの」


そうなのだ。伊達に百年、鏡の中にいたわけではないのだ。すると、リアンははにかみながら私を見て微笑んだ。


「僕はあなたの初めて舞踏会で、初めて踊る相手になれた・・・それがすごく幸せです」

「そう?」

「はい。まるで独り占めしているようで、・・・あなただけしかここにいないかのようで、・・・僕は大変満たされています」


これは重症だわ・・・


うっとりした目で私の耳元で囁くリアンは、正装した制服姿なのも相まって、なんだかこの世ならぬ生き物のように見えた。と言っても実際には、この世ならぬというかこの時代ならぬのは私の方で、なんだか申し訳なく思えてきた。


リアンはこんなおばけもどきと踊っていていいのかしら? 

私で満たされるとか、ちょっとずれたこと言ってるけど大丈夫かしら?

親族欠乏症の脅威だわ、伝染うつるかもしれない・・・


私はおののきながらダンスを続けた。そしてまた、別の意味でもおののいていた。とにかく踊りやすい。私を気遣うようによく見ていて、でも少し強引に行けるところは行って、それに無理がない。


なんでもできる人って、こうなのね。


 ダンスといえば、デイヴィッドは上手だった。何しろ、私とずっと踊らされていたんだもの。あれだけやらされれば社交界の伊達男になってもおかしくない。結局、記憶を失ったり私を探したりでデビューしたんだかしていないんだか、伊達男にはならなかったみたいだけど。


ニコラスがどうだったかといえば、私にはさっぱりわからない。そんなことを気にしたこともなかった。・・・今思えば、悪いことをした気分だ。もう少し考えてあげていれば・・・いやいや、私に思わせなかったのもそれはそれでダメじゃない? 手紙でも言ってたじゃない。私は悪くない。ただしニコラスも悪くない。


踊り終わると、リアンは私を引っ張ってすぐにフロアから外れた。


「リアン?」

「喉が渇いたでしょう。軽食とお飲み物を」


向かった先には、確かに軽食とワインが置かれていた。


「どうぞ」


リアンが差し出してきたのは白ワインで、私は素直に手にとって、そのまま飲んだ。冷たくて美味しい。


「こちらはサンドイッチですが、・・・お口に合うといいのですが」


私はまたしても、黙ってそれを手に取ると、黙々と食した。少ししょっぱくて食べ切りやすい大きさで、美味しかった。


食べ終わると、今度はリアンは水を出してきた。


「こちらをどうぞ」


それを飲んでいると、リアンが私をうっとりと見つめているのに気がついた。私が首をかしげると、リアンは微かに笑った。


「嬉しいんです」

「何が?」

「何も警戒しないで、僕の出したものを食べてくれる、あなたを見ることができて」


・・・調教だろうか。私は調教されている。なるほど。由々しき事態だ。


そうは思えど、逃げ出すはずもなく、私は水をそのまま飲み干した。


そこへ、誰かが声をかけてきた。


「リアン」


顔を向けると、洒脱な装いの男性が手をあげて笑顔を向けてきていた。


「やぁ、キース」

「そちらのご令嬢をご紹介いただけるかな」


「ああ、紹介しよう。彼女はソフィア・アレクス・ピアニー、ピアニー家のご令嬢だ」


リアンの私の紹介を聞きながら、キースは目を瞬かせた。


うっとりとするような伏せがちなまつげに、甘いマスク、これは・・・なんというモテ男・・・


記憶の中で、モテ男にはいいイメージがない。ニコラスなど、無自覚なモテ男の典型じゃないの。


思わず警戒してリアンの後ろに隠れそうになり、寸でのところで思い直し、リアンの腕を握り直した。強すぎたのか、リアンがふと気がついて少し微笑む。


「ソフィア・アレクス・ピアニーと申します」

「私はキース・サミュエル・ポールサム、侯爵家のしがない次男坊です」


柔らかい笑顔で言われれば、それにほだされる女性が多かろう。私はまだ緊張を解さないまま、丁寧に礼をした。モテ男と近づくのは、それだけでトラウマが呼び起こされる。


「それでは、彼女がそうなんだな」

「ああ」


私が首をかしげると、キースはニコリと微笑んだ。


「”鏡の中”」


私は目を見開いた。


「・・・リアンと仲の良いお友達ですのね?」


驚いた。雰囲気が似ても似つかない。似てるのは、”顔がいい”という条件だけだ。


ただ、どこかで見た気がするのだけど・・・どこにでもいるわけではないのに、なんだか見たことがあるのは、きっと私のトラウマが刺激されているからなんだわ。きっとそう・・・ああ、いやだわ。私の中にこんな部分があるなんて。


「だと嬉しいと思っておりますよ、ソフィア嬢」

「なら、あなたを信用するわ。ええ、例えモテ男だろうと、きっと良い人に違いないのよ。リアンが信用して私の話をしているんだもの。そうでしょう?」


私の独り言を含むような言葉に、リアンが微妙な顔をして頷いた。



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