~1-5~ 冠水都市の投げキャラマスクマン
観客席最前列の指定座席に、新と結衣は並んで座っていた。
座席のチケットは結衣が買った物だ。
本来は今日出場する予定だった自分の分まで何故チケットを買っていたのかと新が聞くと
「だってアラタいっつもすぐ負けるじゃん」との返答が返ってきたが、
正論だけに新は何も言い返せなかった。
ヒロ達の試合を待つ間、新は先ほどの白い髪の主のことを考えていた。
そして、それと同時に起こった動悸と暴風のことも。あれはなんだったのだろうか。
新は自分の胸に手を当ててさらに考えた。心臓の鼓動が掌に伝わる。
そもそも、唐突な暴風が起こることは今の時代珍しい。情水によって気候は管理されており、
雨風などは決められたスケジュールの範囲内で発生している。
プログラムにバグでもあったのだろうか。
いやそれよりも、あの時の心臓の動きはなんだったのだろう。
まるで……そう……何かが流れてこんできたような……。
「お、ハナミン達の試合はじまるよ、アラタ」
ぼんやりとした思考は結衣の言葉で遮られた。
新が見ると結衣は身を乗り出すように競技場を見ている。
その両手には先ほど買ったソフトドリンクとポップコーンが握られていた。
バクバクと流し込むように食べていたため、その中身はすでに半分ほどない。
ちなみに代金は新持ちである。新はひとまず考えを中断し、競技場の方へと目を向けた。
四人の男女がフィールド上に姿を現している。片方のチームはヒロと華実だ。
二人は観客席の方を一切見ずに相手チームを見ている。
一方、少し離れた場所にもヒロ達と向かい合うように同じく男女のペアが立っていた。
その内の一人は先ほどの男、轟木璧。もう一人は結構小柄な少女だ。
前髪を長く伸ばしているため両目が隠れていた。
おそらく操作側だろうにあれで操作できるのだろうか。
新がそう思っていると空中に浮く情水ディスプレイの方からアナウンスが飛んできた。
試合前の選手紹介が始まるのだ。
「これより一回戦、第五試合です。双方前へ」
落ち着いた声のアナウンスと共に四人がフィールドの中央部に歩いていく。
その動きに伴ってアナウンスが一人一人を紹介し始めた。
「1P格闘側、一木郷弘」
歩くヒロの姿が情水ディスプレイに映る。
マスクの艶やかな表面が光を反射していた。周囲がざわざわと騒ぎはじめる。
ヒロの登場に観客が興奮しているのだろう。
「相変わらず、こういう大会では注目の的だなヒロは」
「そりゃあ街ではトップクラスの強さだしね-、それにあの格好だし」
ポップコーンをかき込みながら結衣が答えた。
試合が始まる前に食い物が無くなりそうな勢いだ。
新は「窓」を起動し新しいポップコーンを二人分注文した。
「まぁ……注目の理由はそれだけじゃないだろうけど」
結衣がにやにやしながら言った。新が怪訝に思っていると、アナウンスが次の人物を紹介する。
「1P操作側、多木華実」
周囲の騒ぎがぐんと大きくなった。
まるで決勝戦のクライマックスのような観客席の盛り上がりに新はため息をつく。
情水ディスプレイに今度は華実の姿が映っていた。
どことなくだがカメラが彼女の胸を注目しているように見える。
華実は体の前で腕を組んでその巨乳を隠してはいるが、
隠しきれずあふれて揺れるその姿が観客を更に煽っているようだった。
「あんなのによく熱を上げられるよなぁ……」
「いつも思うけどアラタがハナミンの胸に無関心なのマジでおかしいからね」
「いや、結衣、だっておまえ、中身アレだぞ?」
「大切なのは中身じゃなくて、外見と感触だよ」
「最低か!」
二人がそんなことを言っている一方で、 あからさまな反応をされている華実本人は
そんな視線や声には一切気をとられていないようにただまっすぐ前を見ていた。
それは今から戦いに臨む者の目。それを見て新は姿勢を正す。
続いて相手チームの二人の紹介が始まった。
「2P格闘側、轟木璧」
ディスプレイに映った璧の服装は観客席で会った時と少し変わっていた。
古い学帽を被り、学ランの上から黒いマントを羽織っている。
「明治時代の学生服だねぇ」
結衣が言った。
新が目をやると結衣がネットで調べた画像を「窓」に表示してこちらに向けている。
たしかに今璧が来ている服と同じような服装が、「窓」に表示されていた。
「なんでまたそんな格好を」
「さぁ、験担ぎとかじゃないの、そもそもヒロだって同じようなもんじゃん」
「それは言ってやるなよ……」
轟木璧はヒロほどではないものの長身で筋肉もありそうだ。
その恵まれた肉体を生かしたパワーで闘うタイプだと新は予想した。
だったらヒロに分がある。
「2P操作側、煌樹かけら」
最後に、目元を藍色の長い前髪で隠した少女の姿が映る。
編んで一つにまとまった後ろ髪が歩くたびにギクシャクと動いていた。
歩く動きがぎこちないのは緊張か恥ずかしさか、あるいはその両方か。
ともかく、その態度は華実とは対照的におどおどとしていた。
紹介が終わり、四人はフィールドの中央に立っていた。
どちらからともなく右手を差し出し握手をする。
「今日はよろしく。璧」
「フハハハハ!まぁ胸を借りるつもりで来い!」
そう言うと男二人はギュッと右手に力を込めた。
力を入れすぎていて端から見ていても痛そうだ。
それを横目で見ながら華実はかけらに声をかけた。
「よろしくお願いしますね、かけらさん」
「…………あの」
「はい?」
「今日はあのクソ馬鹿がご迷惑かけると思いますがよろしく」
「あははは、こちらこそマスクマンの変態でごめんなさい」
どうやら、煌樹かけらという少女は新の予想外にしたたかな子のようだった。
あれのパートナーだから当然かもしれない。
「うん!?俺の噂をしたか、かけらよ!」
「してないから静かにして」
そして、少女二人がふわりとした柔らかい握手をした後
試合開始のアナウンスが始まった。
「これより第五試合を始めます。双方、規定の距離を取ってください」
アナウンスに促され、2チームは7,8mほどの間を開けて離れた。
その後、両チームとも移動した場所から動かずにただ試合の開始を待つ。
やがて両チームの間に円形のオブジェクトが出現する。
そのオブジェクトには「BATTLE5」という文字が彫刻のように浮かびあがっていた。
「……それでは第五試合!はじめ!」
そのアナウンスと同時にオブジェクトは変形し、プログラムされた合成音声が鳴り始める。
「THE TIME OF RETRIBUTION!! DECIDE THE DESTINY!!」
音声の内容に合わせるようにオブジェクトはその形を変えて文字列を表示していく、
そして最後に「FIGHT!!!」という文字を形作ったと同時にオブジェクトは弾けて消え
闘いが始まった。
――――
開始と同時に両者は間を詰めた。
素早く近づきながらヒロは左手を轟木の胸元にのばす。
轟木の方はその動きに呼応するように足でブレーキをかけ距離を詰める勢いをわずかに止めた。
フェイントだ。
そのままブレーキをかけた足を軸にして轟木は身体をひねり半回転、
その回転の勢いを保ったままヒロの顎めがけてハイキックを飛ばす。
だが、わずかにヒロの左手の方が早い。
ヒロは轟木の服をつかむと全身の筋肉をフルに使い、
轟木の身体を地面にたたきつけた。
派手なエフェクトが出現し、鈍い効果音が響いた。
轟木の体力ゲージが2割ほど減る。
「ぐっは!」轟木が額にしわを寄せる。
「このままいくぞ、華実」ヒロが言った。
「はい」
集中しきった顔で華実は答える。
新達と一緒にいた時とは違い、落ち着き払った様子だ。
視線をまっすぐにして華実は手元の「アケコン」を流れるように動かし、
ヒロの動きをサポートする。
追撃を加えようと、ヒロが右手を轟木へと突き出す。
「させないよ、ほら動いて璧」
きらめきがレバーとボタンを素早く操作し、轟木を導く。
操作された動きに合わせて、転がるように身体を動かした轟木は一瞬早くヒロの追撃から逃れた。
無防備なヒロの腕が轟木の目前に晒される。
「ベストタイミングだ、かけら!しくじるな!」
「そっちこそ」
かけらはそう言うと指を敏活に動かし必殺技のコマンドを入れた。
その瞬間、轟木の右手を取り巻くように風が起こる。
風はそのまま勢いを増し発達。
直後、荒れ狂う竜巻が轟木の右手から放たれた。
「必殺!!!真空竜巻烈風拳!!」
輝く緑色のエフェクトを伴って、竜巻がヒロの腕から肩にかけてぶち当たる。
大きな効果音と同時に、ヒロが遙か後方に吹っ飛んだ。飛ばされたその先には建物の壁。
ヒロはそのままの勢いで壁をぶち破り建物の中に突っ込んだ。建物に大きな穴があく。
「ヒロさん!」
華実がそれを追うと、あわせて轟木達も追ってきた。
「かけらよ、このままいけると思うか」
「……様子見しよう。ある程度まで近づいたら距離を保って待機」
「うむ、承知した」
穴の開いた壁の近くまでたどり着くと華実は振り向いた。
璧とかけらは少し離れた場所でこちらを見ている。
華実は小さく舌打ちをした。
「……来ませんでしたね」
穴の方に華実が声をかけると、瓦礫をどかしながらヒロがゆっくりと出てきた。
「まぁ、ホイホイとついてくる迂闊な奴じゃ無いよな、華実」
「誘いに乗ってくれたら、楽だったんですけどねぇ」
華実はそう言うとヒロの体力ゲージを確認する。
体力ゲージのなどの情報は競技場の上空に浮かぶ情水ディスプレイ上にも表示されているが、
試合中のプレイヤー達が主に使うのはそれぞれの視界の端に浮かぶ小さなディスプレイだ。
その情水ディスプレイはプレイヤー達の邪魔にならないように
常に彼らに付いて動くようになっている。
確認したヒロの体力ゲージは最大値の一割ほど減っていた。
また、体力ゲージの下には一際大きな数字が黄色く表示されている。
数字の値は「92」。
一方、ディスプレイに同じく表示されている璧のゲージ下にも同様の数字が記されており、
それの値は「87」となっていた。
「……あっちのキズナ、前より上がってません?」
「そうか? 食らった感じはかわらんが、華実」
「そりゃ、格闘側は痛みとかないじゃないですか」
「そういやそうだった、華実」
「さーて、どうしますかねぇ……」