~1-4~ 冠水都市の格闘大会
それらの一部始終を巨大な情水のディスプレイを通して新達は見ていた。
リアルバウトはプレイヤー二人がチームを組み、操作側と格闘側に分かれて闘う格闘ゲームだ。
格闘側はいわば昔の格闘ゲームのプレイヤーキャラのように、
情水で作られたフィールド内を縦横無尽に駆け回り、
相対する敵の体力ゲージをゼロにするのが主な役割である。
格闘側の動きはリアルバウト内のプログラムによって
従来の人間の動きを遙かに凌駕するものになる。
強化されたその肉体で建物を素手で破壊することも可能だ。
先ほどの崩壊も女子の格闘側が必殺技でもぶちかましたのだろう。
なお、その破壊力や機動力などは格闘側の本来の肉体的強度を反映した物になる。
つまり、身体を鍛えれば鍛えるほど、ゲーム内でも強くなれるということだ。
一方、操作側の仕事はコントローラーで格闘側の動きを制御し、
導き、アシストするのが中心となる。
画面の向こうでは、男女両方のコンビの操作側がコントローラーを素早い動きで操っていた。
格闘側は操作側の操作なしでも動けはするが、その動きは通常の人間の動きとさほど変わらない。
そこから格闘側を解放するのが操作側のコントローラーによるキー入力だ。
的確なタイミングで操作側がコントローラーを操作することで、
格闘側は強化された肉体の性能を百%発揮出来るようになる。
格闘側の肉体がいくら強くとも、操作側との息が合っていなければ
このゲームでは決して勝てないのがこのゲームの面白いところだ。
実際、まったく意思疎通がとれていない筋肉ダルマ達を
肉体的には遙かに劣る女子供が倒す例も珍しくはなかった。
といっても、年齢はともかく男女の性差による肉体の強さに関しては
ゲーム内で補正が行われ、平等の条件になるのだが。
試合は女子のコンビが優勢のまま最終盤を迎えていた。
格闘側の女子は身体にできた傷や服の汚れを気にしながら言った。
「ふふん、中々やるね男のくせにそう思いません、お姉様」
「しゅ!う!ちゅ!う!!」
お姉様と呼ばれた操作側の女子が口をとがらせて注意する。
そんな中、男子のコンビは息も絶え絶えに彼女たちをにらむようにじっと見ていた。
彼らの体力は残りわずかで、体力ゲージの色は瀕死の状態を示す赤色になっている。
だが、彼らの目はまだ死んでいない。
その様子を感じ取ったのか、女子のコンビはとどめを差しにかかる。
「お姉様!」
「あれ、やるのね、いいわよ」
「よっしゃあ!うおりゃああああああああああああああ!!」
気合いを入れるように叫ぶと、格闘側の女子が空高く飛び上がった。
「さっきは上手く避けられて建物に当たっちゃったけど、こんどは逃げられるかな!?
逃げてよね!男の子なんだからさぁ!」
格闘側の挑発に合わせ、操作側の女子はコントローラを素早く動かす。
必殺技コマンドの入力だ。その動きにミスはなかった。
一瞬、世界が暗転し、燃えるようなエフェクトとともに空から少女が飛来した。
その体勢は跳び蹴りのそれに近い。放物線を描くような落下運動の速さはあっという間に加速し、
少女は赤く燃える矢と化した。
「スウウウウウウパアアアアアア!バクネツ!キイイイイイイイイイイック!!」
一閃。きらめく蹴りが男たちへと届く。その時。
「この時を!」
「待っていた!!」
攻撃を受けたその瞬間に、男たちが叫ぶ。
わずかな時間、二人はコンマ一秒の差、1フレームのズレもなく同じ挙動を行った。
それは防御のための動き。
ガァンという鈍い金属のような音が響き、少女の動きが止まる。
試合はまだ続いていた。
「!! ……ジ、ジャストガート!?」
本来なら必殺技レベルの技は通常のガード程度では防げない。
しかし、ジャストガード、攻撃が当たるタイミングで
格闘と操作が全く同時にガードの動きをした場合のみ可能な特殊ガードは
必殺技さえも防ぐことができる。
とはいっても実際に実戦で決めるのは非常に難しい。
だが、男たちはやってのけた。
「一度見た技だ、タイミングぐらい覚えている!」
「そういうことだ無茶苦茶女! 食らいやがれ!」
「い、いやああああああああ!」
男の右拳が少女の体を捉え、そして勝負は決まった――。
――――
「わああああああああああん、ごめんなさああああああああああああいい」
試合終了直後。
フィールドがリセットされ、ただの芝生の広場になった競技場の中心で
滝のような涙を流しながら少女が泣いていた。
自分の油断で負けたのだ、責任を感じてしまうのも無理はなかった。
それを見てか、パートナーの女子は戦闘時とは打って変わって優しい言葉をかけている。
「うんうん、元気出して、私も相手の狙いに気づけてなかったわけだし、ね?」
「うわああああああああああああああああ」
しかし、少女は泣き止まなかった。
そこに相手チームの一人が話しかけてくる。
「おい、無茶女」
「なによおおおおおおおおおおおおお!!」
「……いい蹴りだったよ、ぶっちゃけあれは偶然だわ」
先ほどまで敵だった男からの純粋な賞賛に、
少女はわめき散らすのを止める。
そして、そのまま吠えるように言った。
「……! 今度は負けないからあああああああ!」
「……うるせぇよ」
男は笑いながら答えた。
――――
「いい試合だったな、新」
情水ディスプレイを見上げながらヒロが言った。
まるで他人事のようなのんきな台詞に新は眉をひそめる。
自分もあと少しであそこに立つのに緊張感のない奴だ。
「……ヒロ達は試合順早かっただろ、早く行けよ」
ぶっきらぼうに新は言った。
白熱のバトルが終わり、まるで試合場全体がボイラーになったように大気が燃えているのを
新は感じていた。
――パートナーのいない今日の自分はあそこに立つことすら出来ない。
だから、ヒロが少し羨ましく、そして、妬ましい。
ふと気づくと新は拳を強く握りしめていた。
指を開くと掌に爪が食い込んだ赤い痕がうっすらと浮かびあがり、消える。
そんな新の焦りを結衣は横目で見ていた。
「そうですね、受付自体はもう済んでますけど、私たちもそろそろ行きますか」
ヒロの手を取りながら華実が言う。
リアルバウトでの華実の担当は操作側で、主にヒロの操作を行っている。
大会に出てくるようなチームは息の合ったパートナーと組むのがほとんどで、
華実もその例に漏れず、ヒロ専属の操作担当のようなものだった。
新が再び競技場の方を見ると、先ほどの男女達はすでにそこを後にしており誰もいなかった。
楕円型の競技場では、新しいステージ形成のため情水が
そこらの噴出口からスプリンクラーのように噴き出している。
噴き出された水はぐにゅぐにゅと姿を変え、新たな水の戦場を形作っていた。
あと五分ほどで第二試合が始まりそうだ。
新が競技場の方を見下ろしていると、観客席の下の方から男がこちらに上がってきた。
どこかで見たことがあるような気がしたので、新は少し記憶を探り、そして思い出した。
そうだ、さっき不良を捕まえていた学ランの男だ。
男はまっすぐこちらへ来たかと思うと、突然、ヒロの方を指さし大声で叫んだ。
「フッワッハッハッハァ!一木郷弘ォ!!」
「うん?」
「先ほどは世話になったな!借りは返させてもらうぞ!」
「…………、璧」
璧と呼ばれた男のお祭り気分なテンションにヒロが少し引いていた。
のっぺりとしたヒロのマスクの表面に汗のような絵が表示される。
ゲッといった感情がマスクに現れていた。そんなヒロの様子を気にもとめず璧は言葉を続ける。
「一回戦第五試合、何の因果か早速俺たちの戦いよ! 今日は良き日になりそうではないか!」
「そうだな……、璧」
「フハハハ!相も変わらずクールな奴め!それでは俺はパートナーが待っているので失礼!」
璧はそう言うと、バンと大きな音を鳴らしてヒロの腰を叩き、そそくさと退散していった。
まるで竜巻のような男だと新は思った。
「ヒロ、知り合いなのか」
「……轟木璧、最近よくやり合う奴だ。悪い奴じゃないんだけどな、新」
ヒロはドッと疲れたように肩を落とす。小心者のヒロとあのノリは相性が悪そうだった。
「パートナーの方はとても大人しいんですけどねぇ、いやぁ不思議です」
すっかり小さくなった璧の背中を見送りながら華実が言った。
「それ、ハナミンが言っていい台詞なのかなぁ」
「褒め言葉として受け取っておきますよ、結衣ちゃん」
「それでヒロ、あいつ強いのか」
「あぁ、中々強いぞ、新。…………まぁ今日は俺が勝つがな」
漆黒のマスクの奥でヒロが笑ったように見えた。
その時のヒロからはいつもの弱気が消え、
代わりに一人の男としての闘志が燃え始めているのを新は肌で感じ取った。
再度、自分の現状を歯がゆく思う。
「それじゃあ、私たちは待機場所に行きますねー」
「応援してくれよ、新、結衣」
華実とヒロはそう言うと観客席を後にした。




