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時間戦士は永遠の夢を見るのか・番外編「日曜日以降」

時間戦士は永遠の夢を見るのか・番外編「5人目の私」

作者: 刹那メシ
掲載日:2026/08/30

<遥か未来、アミカナ5が起動する時>

「……では最後に、ラキシス憲章の前文を暗唱してみてくれ」

 そう言われて、目を閉じたミカは、暗記した文章をゆっくりと読み上げた。

「世界は、あらゆる人々の日々の選択の膨大な積み重ね、無限に存在する波動関数の収束の連続で構成されており、どの選択も等しく尊重されるべきものである。時間転送による歴史改変は、それがどれほど些細なものであっても、選択を侵害するものであり、今ある世界に脅威を与えるものである。ラキシスとは、人々の運命を決定する古代神話の女神であるが、我々の運命は神によって定められているのではなく、我々個人の選択の繰り返しによって綾なされていく。つまり、ラキシスとは我々が選択する権利の象徴なのである。我々は、ここに、個人の権利を侵害する如何なる歴史改変も断固として阻止するため、ラキシス機関を創設する。」

「よし。複製は問題ないようだな」

 技官が呟いた。

「じゃあ、右手を上げてみてくれ」

 右手……。ミカが意識すると、視界の中に、銀色の金属の腕が入ってきた。これが私の右手――。彼女の意志に合わせて、金属の手は握ったり開いたりを繰り返した。

「どうかね?」

 技官に尋ねられて、彼女は微笑んだ。

「大丈夫です。触覚のチェックは、人工皮膚を被せてからですよね?」

 ガラス越しの制御室にいる技官は苦笑した。

「そうだ」

 そう答えると、彼は椅子に座り直した。

「さて、ミカ君。複製された君に……」

 そう言いかけて、技官は口を噤んだ。ベッドの上のミカを見つめる。

「……いや、君がまだミカ君であるうちに、少し話がしたい」

 ミカはゆっくりと身を起こした。ベッドに手をつくが、感触は虚ろだった。重さを感じる深部の感覚だけで、ベッドの上から両足を下ろす。彼女は、ガラスを挟んで技官と向き合った。

 技官は息をついた。

「アミカナ4の時に、君は散々イレギュラーなことを仕出かした。彼女の起動時に立ち会う、彼女と直接接触する、彼女の出撃まで見送る。全て規律違反だ。本来、私がこれから言うことは、君は初めて聞くことでなくてはならない」

「そうですね」

 ミカは苦笑した――いや、うまく表情を作れたかはわからなかった。

 技官は目を閉じると天井を仰いだ。

「だから、正直、もう二度と君を複製することはないだろうと思っていた……」

 暫しの沈黙の後、技官はミカに視線を戻した。

「しかし、アミカナ4が重要な任務を遂行したおかげで、また君に……機械の君に会うことができた」

「はい」

 技官は腕を組んだ。

「今、どんな気持ちかね?」

「はい……ようやく私にも、使命が回って来た、そんな感じです」

 ミカはしっかりと技官を見据えた。そう。私は遂に、くじに負けることができた。卑怯者の汚名を雪ぐチャンスを得たのだ。

 技官は苦笑した。

「生身の方の君は、そうは思っていないだろうがな」

「そうでしょうね」

 ミカは眉根を寄せた。

 技官は椅子の背に身を預けた。

「複製を繰り返すほど、オリジナルにはサバイバル・ギルトが深まる。『コピーを死に追いやり、なぜオリジナルの自分はのうのうと生きているのか』という苦悩だ」

 ミカは顔を伏せた。オリジナルの自分を思いやる。そう、自分(かのじょ)は、またその想いに苛まれることだろう。

「もっとも、コピーがロボットのようなものだと考えているうちは、まだ深刻ではない。しかし、君はアミカナ4と接触することで、コピーもオリジナルと寸分違わぬ精神を持っていることを知ってしまった」

 技官に指摘されて、ミカは唇を噛んだ。

「故に、君は強烈なサバイバル・ギルトを持っている。それでも、君は生体記憶媒体としての使命を見出したそうだな。部長から聞いたよ」

 生体記憶媒体――時間管理部部長に対し、ミカは生体記憶媒体になると宣言した。ミカは、アミカナ4がどんな風にこの世界を出ていったのか、そして、自分がそれをどんな思いで送り出したのかを記憶している。その記憶は、私に受け継がれた。私は、一人ではないことを知っている。規律を破ってアミカナ4の部屋を訪れた時、彼女は私に「大丈夫」と言った。私を安心させるためだ。一人で消滅することへの恐怖は、きっとあったはずだ。でも、私も今なら大丈夫と言える。その恐怖に打ち勝てるだけの、充足感があるからだ。

「問題なのは、オリジナルの君ではない。今ここにいる君だ」

 技官に言われて、ミカは眉を顰めた。

「最初に言っておく。ラキシス機関が求めるのは、蛮勇ではない」

 技官はゆっくりと身を乗り出した。

「君は死に場所を探している。アミカナ4までを死地に送った自分に、罰を与えようとしている」

 ミカはハッとして目を見開いた。技官は目を伏せた。

「君に罪はない。罪深いのはラキシス機関だ。過去に送るエージェントに、人間同様の柔軟性を追求した結果がこれだ。だから、ラキシス機関を恨むことはあっても、自分自身を呪ってはいけない……」

 沈黙があった。やがてミカは苦笑した。

「技官らしくありませんね。何だか、牧師の言葉を聞いているようです」

 驚いたように、技官は顔を上げた。ミカを見つめる。

 不意に彼は立ち上がった。両手を後ろ手に組む。

「そうか。では、本音を言おう」

 彼はコンソールの前を歩き出した。

「君には、確実に任務を遂行してもらいたい。死を恐れることなく。そして、死を求めることなく。我々の目的はただ一つ。歴史改変の阻止だ」

 ミカは微かに微笑んだ。


挿絵(By みてみん)


「……分かりました……」

「……おしゃべりが過ぎたな。仕事に戻ろう」

 技官は、椅子のところに戻ると、コンソールの上に両手をついた。鋭く彼女を睨む。

「ミカ君、君は今からアミカナだ。アミカナ=デフォルマ。最新型の、アミカナ=デフォルマ=(ファイブ)だ」

お読み頂きましてありがとうございます。「時間戦士は永遠の夢を見るのか」、久しぶりの番外編となりました。お待ち頂いていた方には大変申し訳ありません。なお、5000PV達成記念、6000PV達成記念については別途考えたいと思います。ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。

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