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第七話 夢での再会 下


 数秒の沈黙。


 先に口を開いたのは悠真だった。


「え、何ですかここ。夢? 精神世界? 召喚術式の副作用? まさか魂魄同調による情報交換領域……?」


「落ち着け。最後だけ急に楽しそうだぞ」


「いや、こういうの一度は想定したことあったので」


「君の想定範囲はどこまで広いんだ」


 レオンは周囲を見回す。


 白い霧の向こうに、薄く二つの景色が揺れていた。

 一方には、現代日本の神代家の部屋。


 もう一方には、異世界の石造りの部屋。


 おそらく悠真が今寝ている場所だろう。


 その中間に、この空間がある。


 レオンの視界に《バイブル》が表示を出した。

異常現象:夢間接続

召喚術式および偽貌術式の魂紋同調により、対象二名の意識が睡眠中に一時接続された可能性があります。

接続時間:不安定

安全性:不明

推奨:必要情報を速やかに交換してください。


「珍しく有益だな」


「何か分かるんですか?」


「君と俺の魂紋同調とやらで、睡眠中だけ意識が繋がったらしい。時間は不安定。安全性は不明。要するに、話せるうちに話せということだ」


 悠真の顔が真剣になる。


「なるほど……夢通信ですね」


「その命名は軽すぎないか」


「でも分かりやすいです」


「否定はしない」


 レオンは腕を組んだ。


 白い空間には風も音もない。一見安定しているように見えるが、長くは続かないだろう。


 そんな直感があった。


「まず確認する。そちらは無事か」


「はい。無事です。今のところは。神殿の宿舎みたいな部屋を使わせてもらってます。案内役のセレスティアさんっていう神官の人がついてくれてます」


「セレスティアか。信用できそうか」

「たぶん。少なくとも、俺を騙そうとしている感じではないです。でも、王国全体としては何か隠してます」


 レオンは目を細めた。


「何かあったのか」


「召喚陣の写しを見せてもらいました。外周に拘束式っぽい構造がありました。保護術式に見せかけて、召喚対象を中心に固定するような形でした」


 レオンは小さく息を吐いた。


「やはりか」


「気づいてたんですか?」


「儀式中に少しな。趣味の悪い術式だと思っていた」


「そうですか」


 悠真の表情が曇る。


 夢の中でも、その不安ははっきり見えた。


「俺が条件出さなかったら、どうなってたんでしょうね」


「可能性はいくつかある。拒否権を与えず勇者として囲い込む。帰還条件を後回しにする。あるいは、君が混乱している間に既成事実を積み上げる」


「最悪ですね」


「王国というものは、切羽詰まれば綺麗事だけでは動かない」


 レオンは淡々と言った。


 悠真は俯く。


「……でも、セレスティアさんは後で話すって言ってくれました。あの人は何か知ってます」


「なら、慎重に動け。味方になり得る者と、そうでない者を分けろ。神官全員が同じ考えとは限らない。王宮も同じだ」


「王子っぽいアドバイスですね」


「王子だからな」


「そうでしたね」


 悠真は少しだけ笑った。


 その笑い顔は、少し疲れて見えた。やはり心労が大きいのだろう。暗い話はそれくらいにしてレオンは話題を変える。


「魔法は使えたのか」


 悠真の顔が、一瞬で明るくなった。


「使えました」


「分かりやすく嬉しそうだな」


「そりゃ嬉しいですよ! 手のひらに火が出たんですよ。本当に。詠唱とか魔力制御とかあって、しかも俺の術式イメージがちょっと通用したんです」


「術式イメージ」


「黒いノートに書いてた魔力循環とか発火構造とかが、完全ではないですけど近かったみたいで」


 レオンは微妙な顔をした。


「君の黒いノート、やはり気になるな。見ていいか?」


「絶対に見ないでください」


「任務上、必要な情報がある可能性が高い」


「人として必要な尊厳が失われます」


「君の世界なら理解しがたいのかもしれないが、魔法理論に通じる内容なら俺にとっては有益な情報だと思うが?」


「それでもダメです」


 悠真は真剣だった。


 レオンは肩をすくめる。


「今のところは開いていない」


「本当ですか!?」


「約束したからな」


 悠真は明らかに安堵した。


 その顔を見て、レオンは少しだけ意外に思った。

 黒いノートを見られないことに、そこまで安心するのか。

 彼にとっては、ただの設定帳ではないのかもしれない。


 恥ずかしいもの。隠したいもの。


 しかし同時に、自分の内側を形にしたもの。


 誰かに踏み込まれたくない領域なのだろう。


「しかしだ」


 レオンは付け加えた。


「君の学校生活を維持するために、情報が足りなさすぎる」


「すみません。それは本当に……」


「謝罪はいい。必要なのは対策だ」


「何が困ってます?」


 レオンは即答した。


「全てだ」


「全て……ですか」


「まず妹。美琴は鋭い。初日から俺を疑っている」


「やっぱり……何か言われました?」


「最初に『今日なんかキモい』と言われた」


 悠真は顔を覆った。


「美琴ぉ……」


「的確だった」


「そこ認めないでください」


「次に母君。沙織殿は温かい人だな」


 悠真の表情が少し変わり、柔らかさと不安が混じる。


「母さん、大丈夫でした?」


「ああ。少なくとも表面上は。俺が料理を褒めたら嬉しそうだった」


「あー……」


 悠真は気まずそうに目を逸らした。


「俺、あんまりちゃんと言ってなかったかもしれません」


「美琴からは事件扱いされた」


「でしょうね」


「皿洗いを申し出たら、さらに事件扱いされた」


「それは事件ですね」


「君の家での評価はかなり低いぞ」


「低いというか……照れくさくて、あんまりそういうの言わないんですよ」


 悠真は小さく息を吐いた。


「でも、母さんが喜んでたなら……良かったです」


 その顔を見て、レオンは思う。やはり、悠真は家族を大切にしている。


 ただ、現代でそれをうまく表に出せなかっただけなのだろう。


「ただし、問題がある」


「何ですか」


「君として丁寧に振る舞うと、周囲が驚く」


「ああ……」


「靴を揃えると疑われる。魚を綺麗に食べると疑われる。母君に礼を言うと疑われる。学校で返事をすると笑われる。現代文で答えると驚かれる。体育で動くと疑われる」


「え、体育? 何したんですか?」


 悠真の声が少し硬くなった。


 レオンは視線を逸らした。


「少し、目立った」


「何をして?」


「サッカーで、偶然ゴールを決めた」


「何してるんですか!?」


「偶然だ」


「俺、サッカーできないんですよ! それに偶然ゴールなんてあり得ないですよ!」


「知っている。途中で知った」


「遅い!」


 白い空間に、悠真の叫びが響いた。


 レオンは腕を組んだまま、淡々と続ける。


「それよりも体育の最中、偽貌の指輪が魔力不足で一瞬乱れた。ほんの僅かだが、姿に変化が起こった」


 悠真の表情が固まる。


「……え」


「舞に見られた」


「終わった」


「まだ終わってはいない」


「いや、終わりですよ! 舞はそういうの見逃さないんですよ!」


「知っている。すでにかなり疑われている」


 悠真は頭を抱えた。


「あああ……舞には気をつけてって言ったじゃないですか」


「言われた。だが、具体的対策は聞いていないぞ」

「舞は、俺より俺のこと知ってるんです」


「それを先に言え」


「言いました!」


「鋭いとは聞いたが、そこまでとは聞いていない」

 悠真は唸った。


 そして、少し落ち着いてから言った。


「舞は、昔からの幼なじみです。俺の変なところも、黒歴史も、家での態度も知ってます。だから……たぶん、他のクラスメイトよりずっと早く違和感に気づきます」


「すでに気づいている。それから他のクラスメイトには、面白がられているぞ。俺なりに考えた立ち振舞いをしたが、そんな有り様だ」


「面白がられている……ですか」


 悠真は白い空間の床のようなものに座り込んだ。床はないはずなのに、不思議と座れる。


「キャラ変したと言っておいたが、概ね肯定的に捉えられているな。関わりのなかったクラスメイトからも話し掛けられるようになってきた」


「僕だいぶ浮いていましたからね。」


 伝えられた内容に悠真は、苦笑いを浮かべながら話し出した。


「昔に見たアニメの主人公に憧れて、その世界にどっぷりハマっていったんです。本を読み漁ってアニメも欠かさずに観て、自分の中で理想の主人公を妄想する毎日を過ごしていました」


「それが始まりなんだな」


「はい。中学の頃も相変わらずで、その頃は、恥ずかしいセリフも言えてたんですよ。美琴や舞には、白い目で見られていましたが。今となっては黒歴史ですけどね」


「恥ずかしいセリフか……心当たりがあるな。美琴が、お兄なら……と言っていた」


 悠真は、なんとも言えない顔をしながら話を続ける。


「高校に上がったは、いいんですが妄想の世界にどっぷりだった僕は、同学年と何話していいのか分からなくなってて、妄想の世界があるから無理に仲良くなろうとも思っていなかったんですよ。そしたら気付いた時には、僕と僕以外が出来上がってたという訳です」


「それが今の現状と言うわけだな」


「話し掛けられた時に普通に返せば良かったんでしょうけど、中二病っぽい返事を返してしまって。それから絡みにくい奴ってイメージが付いたんでしょうね」


「だか、今お前は俺と普通に話せている。父上とも堂々と交渉していた」


「それは、僕の妄想の世界とレオン王子の世界が近いと言うか、世界観がマッチしているからでしょうね。思い描いていた世界に近いからその中で、僕は思い通りに出来るんです」


 それは、レオンにとって意外な発言だった。


「だから……レオン王子も必要以上に演じようとしなくていいです」


「いいのか? 不自然がられると思うが」


「レオン王子は、きっと紳士に振る舞ってくれていたんじゃないですか? きっといい方向に変わっているんですよ。キャラ変したんなら王子キャラって事でやり過ぎない程度でお願いします」


「正直な話。俺が、お前を演じる事で周りの評価が、変わっていく事に戸惑いを感じていた。それは、帰る居場所を守ることになるのかと」


「僕も変わらないといけないんです。だって勇者ですよ。勇者が、コミュ障じゃ笑われちゃいますよ。日本に帰ったら次は勇者キャラにクラスチェンジします」


 この短期間で悠真に大きな変化が、起こっていることにレオンは、驚いていた。少し浮わついた高揚感の色も見える。だがそれだけでは、ない。そうしなければならない状況なのだろう。ならば、自分もそれに答えよう。


「腹を括ったのだな」


「やれるだけの事はやるつもりです」


「わかった。本来こういった面倒事は、嫌なんだがな。王命だから仕方ない」


 そう言うとレオンは、肩をすくめた。

 

「それで舞の事ですが、正体を明かした方がいいんですかね」


 レオンはすぐには答えなかった。


 夢の白い空間が、少し揺らぐ。


 遠くで霧が流れ、現代と異世界の景色が薄く

滲む。


 時間はもう長くなさそうだ。


「今すぐは危険では、ないか?」


「彼女が信じる保証がない。信じたとしても、動揺し君の家族へ話が広がる可能性もある」


「でも、舞なら黙ってくれると思います」


「信用しているのか」


「はい」


 悠真は迷わず答えた。


 その即答に、レオンは少しだけ目を細めた。


「なら、いずれ話すことになるだろうな」


「いずれ?」


「彼女はすでに疑っている。このまま嘘を重ねれば、君の居場所を守るどころか、彼女との信頼を壊す。その日は近いのかもしれない」


 レオンは続ける。


「君の言葉で直接伝えることが出来ればベストだがそれは難しい」


「……夢通信を使えればいいんですけどね」


「それが出来れば苦労はないさ」


 レオンがそう言うと、《バイブル》が表示を出した。

夢間接続の安定条件:不明

推定要因:睡眠状態/魂紋同調率/偽貌術式の稼働状態/召喚術式の残響

再現性:不安定


「役に立たないな」


「何か出てます?」


「不安定、だそうだ」


「でしょうね」


 二人は同時にため息をついた。


 その時、白い空間がまた揺れた。


 そして少しずつ悠真の姿が薄くなり始めた。


「時間がないか」


 レオンが言うと、悠真も自分の手を見た。


「みたいですね」


「最後に、確認だ。俺は、このままでいいのだな?」

「はい。でもやり過ぎないで下さいよ」


「善処する」


「あと、舞に関しては……変に避けないでください。避けると余計に疑います。かといって、急に距離を詰めても駄目です。俺は基本、ちょっと面倒そうにしながらも、何だかんだ話は聞きます」


「難しいな」


「舞は……たぶん、怒っても最後まで話を聞いてくれます」


 悠真の声が少し柔らかくなった。


「だから、もし本当に隠しきれなくなったら、変な嘘で傷つけないでください」


 レオンは悠真を見た。

 この少年は、舞を信頼している。


 そして、彼女を傷つけたくないと思っている。

 それは、家族を心配した時と同じ顔だった。


「分かった」


 レオンは静かに頷いた。


「君の幼なじみも、雑には扱わない」


「お願いします」


 悠真の姿がさらに薄れ、白い空間が崩れ始めていた。

 

「そちらも気をつけろ。召喚陣の件、深追いしすぎるな」


「分かりました」


「君は分かっていると言いながら、興味で足を踏み入れるタイプに見える」


「否定できないのがつらい」


「セレスティアを頼れ。だが、全面的に信用しすぎるなよ」


「はい」


 悠真は少し迷ってから、言った。


「母さんと美琴を……よろしくお願いします」


「わかった」


 悠真はほっとしたように笑った。


 今の二人は互いの世界を預かり合っている。


 神代悠真は、アルヴァレイン王国で勇者として。

 レオンハルトは、現代日本で神代悠真として。


 どちらも不安だらけだが、逃げられない。


 逃げるつもりも、少なくとも今はなかった。


 白い霧が二人の間に流れ込む。


 悠真の声が遠くなる。


「次、いつ繋がるか分かりませんけど……もし繋がったら、また情報交換しましょう」


「ああ」


「あと、黒いノートは本当に見ないでください」


「状況次第だ」


「そこは約束してください!」


「努力する」


「一番駄目な返事!」

 

「最後に一つ。漆黒の断罪者とは、なんだ」

「え? それは――――!」


 悠真の叫びが遠ざかる。


 白い空間が砕けるように揺れ、レオンの視界が暗くなった。


 次に目を開けた時、そこは神代悠真の部屋だった。


 薄暗い部屋の中、掛け時計の秒針が時を刻んでいた。


 レオンは、ボソリと呟く。


「漆黒の断罪者とは」

 

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