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第八話 世界

「はー、美味しかったー」

 

 十人前はあろう肉の塊を、唯はいとも簡単に飲み込んだ。

 転移前は決して大食いではなかったが、この世界での唯の食欲は暴走している。

 唯自身は、超人的な身体能力と引き換えに膨大なエネルギーを必要としているのだろうと結論付けた。

 唯にとって、食事の量が増えることなど太らなければ些細な問題だ。

 

「じゃ、さっそく教えて頂戴?」

 

「わかりました」

 

 唯とは逆に、半人前の食事を終えたマイエラが、唯の前に地図を広げる。

 地図には楕円形をした巨大な大陸が描かれており、大陸は大陸の中心から引かれた五本の直線によって五等分されていた。

 まるでルーレット台のようである。

 

 五等分された面積は、一つの国の領地を表す。

 北に、ボイスカイオーラ王国。

 北東に、プッタネスカ王国。

 北西に、アラビアータ帝国。

 南西に、カチャトーラ王国。

 そして南東に、カルボナーラ王国。

 

 マイエラは、カルボナーラ王国の一点を指差す。

 

「ここが、私たちの村、ブオン村で御座います」

 

「ふーん。ずいぶん辺鄙な場所にあるのね」

 

 唯は、ブオン村の位置を指で刺し、北西へと指をずらす。

 そして、ブオン村よりも一回り大きな町で指を止める。

 

「これは?」

 

「こちらは、ブッチーノ町となります。この辺りを統治する子爵、サンターガ様のいらっしゃる町です」

 

「子爵ってなんだっけ?」

 

「爵位の一つで御座います。カルボナーラ王国では、王族であるカルボナーラ家を頂点に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順に爵位が存在します。爵位が高いほど、広大な領地を統治している、と考えていただければ」

 

「ふーん。よくわかんないけど、爵位が高いやつほど強いってこと?」

 

「強いかどうかはわかりませんが、内乱や外乱が起きても鎮圧できるように、最低限の軍備はあるかと」

 

「ふーん」

 

 唯はさらに指を動かし、ブッチーノ町のさらに北西を指差す。

 

「ここは?」

 

「カルボナーラ王国、王都です」

 

「つまり、ここを落とせば、カルボナーラ王国の最強は私ってわけね」

 

 唯が不気味な笑顔を作りながら発した言葉に、マリエラは返答できなかった。

 国家への反逆は、無条件で死罪。

 肯定が、反逆への同調になることを恐れた。

 

「そうだ、もう一つ大事な事」

 

「なんでしょう?」

 

「このブッチーノ町に、お風呂ってあるのよね?」

 

「サンターガ様のお屋敷であれば、おそらく」

 

「いいわね! 村の次は町! 賞品はお風呂! 俄然、やる気が出て来たわ!」

 

 唯が、地図のブッチーノ町を人差し指でぐりぐりと押さえつけ、地図に穴をあけた。

 誰も聞いていな宣戦布告である。

 

「このブッチーノ町へは、どう行けばいいの?」

 

「通常、馬車で一晩かけて向かいます」

 

「馬車は村にあるの?」

 

「御座いません。定期的に町から商人の方がいらっしゃるので、お金を払って乗せてもらい、移動をしております」

 

「その商人は、いつ来るの?」

 

「本日のお昼ごろには」

 

「ナイスタイミングね!」

 

 唯は立ち上がって、マイエラを残し家から出る。

 家の周りで様子を見ていた村人たちは、唯の姿を見たとたんに、一斉に散って家の中へ入っていった。

 

「そんなに怯えなくてもいいじゃない。こっちが悲しくなってくるわ。……あら?」

 

 そんな中、逃げ出さなかった村人が二名。

 ベルヴェとグリゾリである。

 グリゾリの右腕は添え木で固定され、その瞳は唯を睨みつけている。

 

「へえ。まだ、あたしを睨む力が残ってるのね」

 

 唯はすたすたとグリゾリの前に歩いて向かう。

 グリゾリは一瞬ひるむも、すぐに表情を作り直す。

 

 唯は、グリゾリの折れた腕を掴む。

 

「痛っ!?」

 

「治せるかしら?」

 

 そして、心の中で腕を直せと強く念じる。

 念は形になり、グリゾリの折れた骨が一瞬にして引っ付いた。

 痛みに苦しんでいたグリゾリは、突然消えた痛みに目を丸くする。

 唯の手から腕を引っ張り抜いて、腕を曲げ伸ばしする。

 

「治っ……てる……?」

 

「そんな馬鹿な!?」

 

 折れた腕を即座に直すなど、強力な回復魔法の使い手でなければできない芸当。

 グリゾリとベルヴェは、折れていたグリゾリの腕を凝視した後、唯を見る。

 

 何故治ったのか、原理は唯にもわからない。

 細かい説明を問われる前にと、唯はにっと笑い、グリゾリを指差していった。

 

「お前に命令を下す。あたしは今から、ブッチー……なんとか町を滅ぼしに出かける」

 

「ブッチーノ町を……?」

 

「そう、それよ! その間、村を開けることになるから、あたしの代わりに村人が逃げ出さないように見張りなさい!」

 

「逃げ……え?」

 

 腕の回復。

 ブッチーノ町を滅ぼす。

 村人を見張る。

 短時間でいくつもの情報を叩き込まれたグレゾリは、混乱しながら右手で頭を押さえる。

 村から唯がいなくなるという事実を前に、どう立ち回ることが村人を、そしてマイエラを救う最善手か、人生最大の速度で頭を回転させる。

 

「もしも、あたしが帰った時点で村人が誰も逃げ出してなければ、褒美としてあんたも人質にしてあげる。あたしの家で、マイエラと一緒に過ごせるわよ。よかったわね?」

 

「……もし、逃げ出していたら?」

 

「あんたは何も変わらないわ。約束通りマイエラを殺して、あんたを新しい人質にするだけよ」

 

 グリゾリが頭を回転させて出した結論は、服従だった。

 それが、マイエラを活かす最善の行動だと判断した。

 

「わかり、ました」

 

 破壊も回復も、自由自在。

 唯に対抗する手段が思いつかない以上、グリゾリのできることは唯に従うのみだった。

 

「じゃ、よろしく。夕方には、ここを発とうと思うから。他の人にも伝えといて」

 

 グリゾリの横で、ベルヴェも頭を悩ませる。

 考えているのは、マリエラと同じこと。

 唯が勝った場合と負けた場合の振る舞い。

 

 唯が勝った場合、やることは継続して服従すること。

 だが、唯が負けた時、ブオン村が唯の悪行に関与していないかをブッチーノ町に証明しなければならない。

 

 

 

 つまり、ブッチーノ町には存在するのだ。

 ベルヴェが、唯に勝てる可能性があると考えている人間が。

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