第九話 足
「私は、これから行く場所が一番嫌いだよ」
サンターガ子爵領に商会を開くペコリーノは、馬車の上で不満を吐露した。
商人の仕事は、利益を上げること。
本来であれば、金を持たない辺境の村に通う暇があれば、金を持つ王族貴族をおだていたほうが、よほど有意義な投資となる。
「まあまあ。サンターガ子爵の意向ですし」
「そうでもなければ、決して来ないよ。こんな辺境」
だが、サンターガ子爵は、全ての領民が物資を取得する権利を自治において重視していた。
そのため商会に対し、辺境の村であっても商隊が回るように働きかけており、見返りとして辺境の村へ回る商会との取引を優先して行っている。
つまり、辺境の村に回ることが貴族との取引という莫大な利益につながるのだ。
金のためとはいえ、目の前の報酬を重視するペコリーノにとっては苦痛な作業だ。
「ああ、くたびれた。そろそろ到着しそうかい?」
「はい。もう見えてきました」
欠伸をするペコリーノを、御者のロマーノが優しく諫める。
見えてきたのは、サンターガ領の最果て。
二人と荷物を載せた馬車は、ブオン村へと入っていった。
ブオン村の入り口で、馬車は止まる。
ペコリーノが馬車を降りると、いつも通り村長のベルヴェとその娘マイエラが村の前で出迎えた。
「どうも、こんにちはベルヴェさん。本日も町から、とっておきの品を運んでまいりました」
ペコリーノは対外用の笑顔を貼り付けて、ベルヴェに手を差し出す。
心の中で何を思おうが、こと商談の場においては金を払う相手に敬意を表すのが当然だ。
が、ベルヴェは差し出された手を苦い表情で見るだけで、握手をしようとはしなかった。
(おや? おかしいですね。ブオン村の村長は、こういう礼儀はしっかりしているはずなのですが)
異変に気付いたペコリーノは首を傾げながら手を下げ、そのタイミングでマイエラの隣に立つ三人目の存在にようやく気が付く。
「おや、こちらの方は初めてお目にかかりますね。初めまして、私は……むおおっ!? こ、この服はいったい!?」
唯に気づいたペコリーノは、辺境の村に移住した変わり者だろうかと侮った視線で唯を見たが、唯の着るセーラー服を見た瞬間に目の色を変えた。
唯に近づき、無遠慮に袖に触れる。
ペコリーノが見たことのない服ではあったが、それでも王族貴族に匹敵する高級な素材と繊細な裁縫であることには気づいた。
すぐに、ペコリーノの脳内で欲が顔を出す。
金になる、と。
「ちょっと、勝手に触らないでくれる?」
鼻息荒くセーラー服を鑑定するペコリーノに、唯はあからさまな不快感を示した。
が、ペコリーノの耳には届かない。
手を後ろに下げるも、袖を掴んだペコリーノもついてくる。
遅れて馬車から降りて来たロマーノが、呆れた目でペコリーノ見た後、ペコリーノを止めるために一歩踏み出す。
「ペコリーノ様、落ち着いて下さい」
「お、お嬢さん! この服、いったいどこで!? いったいいくらなら売ってくれ」
が、ロマーノがペコリーノを止めるより先に、ペコリーノの首が横へ飛んだ。
ぽかんとした表情のペコリーノの首が地面に落ちて、首から血を吹き出した体がその場に倒れる。
何が起こるかを予想していたベルヴェとマイエラは事実から目を背けるように目を閉じている。
知らなかったロマーノは、踏み出した足を止めた。
首から上だけを動かして、ペコリーノの顔と体を交互に見る。
そして最後に、唯を見る。
唯は、ペコリーノの顔を引っぱたいた格好で立っていた。
唯の返り血に染まった顔は、ロマーノをじっと見ていた。
ロマーノの全身が冷え、熱くなる。
「う、うわあああああ!?」
ロマーノは後ろに下がろうとしたが、足が絡まりその場にしりもちをついた。
体を転がして四つん這いになり、震えて動かない脚を引きずりながら手だけで馬車へ戻ろうと急ぐ。
「どこ行くの?」
唯は、容赦なくその腕を踏みつけた。
「ぎゃああああ!? 命だけは! 命だけはああああ!?」
腕をへし折られたような絶叫で、ロマーノは泣き叫ぶ。
涙と鼻水をまき散らすロマーノを、唯は汚い物を見るような目で見た。
「命を取るかどうかは、あんたの今後の行動次第よ」
「なんでもします! なんでもしますからあ!!」
「まずは騒がないで。うるさい」
「はいっ!」
ロマーノは踏まれていない手で、自身の口を押さえる。
片手は唯に踏まれ、片手は口を押えている。
つまり、ロマーノの上半身を支え起こしていた両手がいなくなり、ロマーノは顔面から地面にぶつかった。
「ぶぎゃん!?」
「はああああ……。あたし、こんなの下僕にするの? 嫌なんだけど」
唯がベルヴェとマイエラを見るも、二人は首を横に振る。
唯は再び大きなため息をつき、再びロマーノを見る。
「殺さない条件だけど、私を町に連れて行って? そしたら、命をとらず解放してあげるから」
「ま、町?」
「あんたがいた町よ!」
「は、はいい!!」
ロマーノは即答した。
ロマーノから言質を取った唯は馬車に向かい、積み荷と金品を全て引っ張り出し、ベルヴェの前に投げて置いた。
「戦利品よ。村の倉庫に仕舞っといて」
「わかりました。おい。誰か、運ぶのを手伝ってくれ」
ベルヴェは男衆を呼び寄せ、ブオン村に商品を運び込んでいく。
恐る恐る振り向いたロマーノの視界に入ったのは、盗賊の基地だと言えば納得できる悪行。
つい最近まで取引先の一つでしかなかった村に何が起こったのか。
何もわからないまま、ロマーノは唯を見た。
唯にとって、敗者とは勝者に蹂躙される存在だ。
唯に敗北したペコリーノとロマーノの積み荷については、当然奪う権利があると考える。
「さて。じゃあ、あたしたちは行きますか」
唯がロマーノの尻を蹴り飛ばす。
「ぎゃん!?」
「ほら、さっさと出発の準備して」
ロマーノはすぐさま立ち上がり、御者席へと走る。
唯はマイエラを馬車に乗せ、自身も事前に用意していた食料と共に乗り込んだ。
唯が馬車から顔を出し、指揮を執るベルヴェに向かって手を振る。
「じゃ、ちょっと言ってくるわね。なるべく早く帰るから、しばらくの間よろしく!」
「かしこまりました」
「あ、町にある物で欲しい物がある? ついでに持って帰って来るけど」
「では、魔物除けのお香と、できれば新しい農具と武器を」
「おっけー」
唯は顔を引っ込めて、乗客席から御者席をドンと蹴る。
「さ、行くわよ! なんとか町! ほら、出発して!」
「は、はいっ!」
ロマーノは震える手で馬に鞭を打ち、馬は軽くなった馬車を引き始める。
(なんだ? 何が起こってるんだ?)
ロマーノは、強い恐怖を抱いていた。
主を殺して奪ったばかりの馬車を、我が物顔で使う唯に。
それを当然のように受け入れているベルヴェとマイエラに。
「ねー。いつ頃つきそう?」
「は、はい! お昼に出ているので、明日の朝には着くかと!」
「明日の朝ねー。それまで暇ね。文字の勉強でもしようかしら」
成り行きを見守る傍観者に徹したマイエラ。
村にあった本で文字の勉強をする唯。
ロマーノの恐怖は、時間とともに怒りへと変わる。
(とにかく、こいつの機嫌を損ねちゃ駄目だ。町までの我慢だ。町に着いたら、憲兵に突き出してやる)
三者三様の思いが混じり、馬車は進んでいく。




