第五十五話 所有物
「カルボナーラ王国第一王子フリーク・カルボナーラ様が、我が国に訪れました。カルボナーラ王国が一人の女によって滅ぼされた、という報とともにね」
ハーは過去を振り返りながら、落ち着いた口調で話し始める。
「プッタネスカ王国の女王、アスシア・プッタネスカ様はフーの安否を確認し、女の正体を問ったわ。おそらくアスシア様は、別の勇者の素質を持った人間による仕業ではないかと推測されていた」
「勇者の重複ですか」
魔王の存在する時代に、勇者の素質を持つ人間は生まれる。
同じ時代に勇者が複数生まれる一方で、同じ能力に秀でた勇者が生まれることは原則起こりえない。
しかし、過去に二度だけ、同じ能力に秀でた勇者が生まれた時代がある。
国王によって勇者の称号を与えられた勇者と、与えられなかった勇者。
一度目は、真の勇者の称号をかけて、称号を与えられた勇者と与えられなかった勇者がぶつかった。
そして、与えられなかった勇者が勝利し、新たな勇者として祭り上げられた。
戦いの中で、いくつもの都市が滅んだことは、歴史書にも記録されている惨事だ。
二度目は、称号を与えられなかった勇者が自身が真の勇者であると世間へ訴えたものの、世間から勇者として受け入れられることはなく、表舞台から去っていった。
代わりに、裏の世界で裏の勇者としての確固たる地位を築き、五大大国に蔓延る裏組織社会の土台を創り上げた。
いずれにせよ、二人の勇者が立った時代は、世界に大きな被害が起きるという点で共通している。
「ええ。それに対しフリーク様は、『神の匂いがした』と返されました。その瞬間、アスシア様は玉座から立ち上がり、すぐに滅国魔法の発動を決定されました」
「それはつまり、アスシア様は勇者の重複が起きたと、判断されたということ?」
フーの問いと同じ思いを、スミヤキもイカリもジビエも持つ。
フーの問いを誤りと判断したのは、ハーとエル。
「私もそう思ってたわ。でも、フリーク様があの女と対峙した時、フリーク様は彼女を『神の僕』と呼んだの」
「僕!?」
思わずスミヤキが口を挟む。
カルボナーラ王国出身のスミヤキには、フリークが神を愚弄するような発言をした事実が信じられなかった。
偽りであればカルボナーラ王国の王族への侮辱となるハーの言葉に、スミヤキが真偽を確かめるように前のめりとなる。
殺意の籠ったスミヤキの視線を受け、ハーはびくりと全身を震わせた。
「ほ、本当です! 嘘ではありません!」
「……いや、すまない。疑っている訳では」
スミヤキの心は不安定だ。
自国の王族が化け物である可能性が浮上し、しかし長年一緒に過ごした思い出もある。
信じたいが、信じられない。
不安定な信用が、衝動的な行動を増やしていた。
「彼女の言葉、本当だと思う」
ハーの言葉に信用を付け加えたのは、エルだ。
「エル……」
「皆には伝えてなかったけど、唯様がカルボナーラ王国の王族たちと戦った時も、フレッシュ様は唯様を『神の僕』と呼んだの。その後、唯様から神の匂いがする、とも」
「陛下……まで」
スミヤキは前のめりになっていた体を戻し、落ち着くために目を閉じた。
言いたいことはいくつもあったが、この場において最も冷静さを欠いているのは自身であると理解し、口を閉じた。
神の僕。
神の匂い。
その言葉が何を意味するか分からない以上、憶測での言い争いを避けた。
しかし、いずれにせよカルボナーラ王国の王族が――否、すくなくともプッタネスカ王国の女王も含め、神に対して国民たちと違う価値観で捉えていることは確かだ。
それが軽視であるか、反抗であるかは定かではないが。
フーが両手を叩き、全員の視線をフーへと集める。
「今は、『神の匂い』については置いておきましょう。ハーさんお話を聞いて、私たちのやることは一層明確になったわ」
勇者パーティの四人が頷き、ハーは首を傾げる。
「やることっていうのは?」
「王との接触」
ハーの質問に、冷静さを取り戻したスミヤキが答える。
「エルと貴女の言葉から、この国の……いや、五大王国の上層部には、何か大きな秘密があると判断した。それも、王国一つを消し飛ばすのにためらいがないほど、隠しておきたい大きな秘密が」
スミヤキの手は、自然と自身の腰へと伸び、空を切った。
かつて神剣ブラペが置かれていた場所には、何もない。
滅国魔法によって、人間たちの手から神具は消失した。
それでもなお、神具を失ってなお、勇者たる魂は消えてはいなかった。
「王族たちが誤った道を歩もうとしているのなら、それを正す。王族たちが化け物であるならば、私たちが倒し、人間の国を取り戻す。私たちのやることは、今までと変わらない。世界平和だ。勇者は、そのために存在する」
スミヤキは、一点を見つめる。
唯が滞在しているだろう、ベルヴェの家がある方向を。
魔王討伐の旅と異なる点があるとすれば、唯の存在だ。
世界に平和を取り戻すために、世界に仇名す存在の下につく。
スミヤキは感情を抑えるために、五本の指を自身の膝へとめり込ませた。




