第四十三話 魔力
かつての一幕。
「ねえ、A級。あたしって、魔法使えないの?」
唯からの問いかけに、エーザロは恭しく頭を下げながら答えた。
「恐れながら、魔法を使うために必要な魔力は、全ての人間が宿しているものです。理屈上、全ての人間が魔法の使用は可能かと」
「ふーん。あたしが異世界から来てても?」
「正直、異世界から転移してきた人間が魔力を持つのか否かについては、前例がなくわかりかねます。しかし、唯様は魔術の書を使用できていました。であれば、魔力を宿していると考えるのが妥当かと」
「そうなの?」
「はい。魔術の書は、魔法を発動するための条件を体系化した物です。記述通りの動きをすれば、動き自体が体内から魔力を引き出すトリガーとなり、誰でも魔法を使うことができます」
「普通は違うの?」
「魔術の書を使わない場合、動きではなくイメージによって魔法を使います。例えば炎を出したければ、炎を出したいと強く願いながら、体内の魔力を掌に集め、魔力を炎に変換するイメージをするのです」
エーザロが手を広げて、唯の前に差し出す。
唯がエーザロの掌をじっと見ていると、掌から小さな炎がボッと湧き出た。
唯は自分の掌を見つめた後、炎を出したいと願いながら魔力を集めるイメージをしてみるも、掌から炎が出ることはなかった。
唯は首を傾げ、エーザロを見る。
「魔力があるなら、なんで、あたしは魔法を使えないの?」
「魔力を宿しながら魔法が使えないとなれば、おそらく魔力操作ができていないのかと。言葉を話せぬほど小さな子供は、魔力操作ができず、魔法を使えませんので」
「魔力操作って言うのは、どうやればできるようになるの?」
「……申し訳ありませんが、わかりかねます。魔力操作とは、誰もが物心ついたときに身に付けているものなのです。赤子が、いつの間にか這ったり立ったりできるのと同じように」
「ふーん。つまり、異世界から来たあたしは、その物心つく前の学習って部分がないから、魔法が使えないってことね」
「おそらくは」
唯は再び、自身の掌を見る。
何度イメージをしても、何をイメージしても、魔法が放たれることはない。
唯は、掌をグッと握る。
「ま、いいわ。ないものねだりしても仕方ないしね」
唯が部屋を出て行こうとすると、エーザロが背後から声をかける。
「唯様」
「何?」
「唯様は、怪我を自力で治すことができましたよね?」
「できたわね。理屈は、よくわかんないけど」
「もしかしたら、それは魔法かもしれません。私の知る限り、聞いたことのない魔法ではありますが」
エーザロの言葉に、魔力操作を説明した時と同様の力強さはない。
あくまでも前例がないことに対する、個人の推測。
とはいえ、唯自身が前例のない存在である以上、前例のない推測と言うのも時に有効たりえる。
エーザロには自身の目的のために、唯に重宝され続けなければならない。
推測も、きちんと材料に使った。
「唯様。唯様は怪我を治す時、どんなイメージをしましたか? どんな動きをしましたか?」
戦場の空が、爆煙で曇る。
爆煙が、ハーゲンから空を隠す。
ハーゲンが爆煙を見上げ、爆風によって叩き落されるだろう唯の姿を待つ。
「……?」
だが、一向に唯が落ちてくる気配がない。
「全身が消し飛ばされたか?」
先程に銀色の剣を爆破させたとき、唯の手足は消し飛ばされた。
ハーゲンが、十を超える同時爆発を前に、唯の消滅を信じてしまったのはやむを得ない。
ハーゲンは、残る一人、エルへと視線を向ける。
ハーゲンの視界の外。
爆風によって、爆煙のさらに上に滞在していた唯が、煙越しにハーゲンが視線を逸らしたことを確認する。
そして、大気を蹴って地上へと迫った。
高速落下の勢いで爆煙を割り、易々とハーゲンの背後をとった。
「な!?」
「油断したわね?」
唯の拳がハーゲンの頭部を打ち、そのまま体を二つに割った。
倒れていく右半身の右目が、唯を捕らえる。
倒れていく左半身の左目が、唯を捕らえる。
右半身と左半身の口が同時に動くも、声を発することができないまま、二つの体が地上に倒れた。
「ふう」
唯は着地と共に、一呼吸を置いた。
爆発に耐えられた理由は、単純。
唯の魔法だ。
唯は、魔力操作をできない。
正確に言えば、魔力を操ろうとすると、魔力操作ができないのだ。
それは、生まれながらに尻尾を持たない人間が、突然生えた尻尾を自由に動かすことができないのと同じ理屈。
だが、生まれ持った動きをすることで、疑似的に達成することは可能だった。
尻尾を振ることができなければ、尻を揺らすことで副次的に尻尾が揺れる。
唯は、体に力を入れて筋肉を硬くすることで、副次的に力を入れた箇所に魔力が巡り、魔法を行使することができた。
即ち、唯がやったことは全身に力を入れただけ。
魔法によって、唯の全身を爆発に耐えられるほど硬くしただけ。
ビチャリ。
ビチャリ。
血の垂れる音がする。
生物が蠢く音がする。
「お……の……れ……! 人間……があ……!」
二つに分かれたハーゲンの顔は、細い紐――神経と血管が橋のように伸びて繋がっていた。
左右の目がギョロギョロと動いて唯を捕らえ、左右の口が同時に動く。
「よぐも……やっでぐれたな……!」
「あんた、何その体?」
人間離れした様子を見せるハーゲンを見て、唯は腕を組んだ。




