14/39 【霊峰へ発つ】
俺はかあさんからのメールが永遠を崩す手立てだと直感した。
実際、その直感通り、水晶は11月29日から23日に遷移した際、もとあった湖ではなく目を覚ました俺の腰に収まっていた。
水晶は永遠の原理原則を飛び越える存在であり、そんな存在がこの世にあると知れたのは、他ならぬかあさんからのメールがあってこそなのだから。
だからこそ、あらためてメールの内容を確認して俺は言葉を失った。
「これは……湖じゃ、ない……?」
メールに添付された鏡の画像、その鏡に映し出されていた光景が、まるっきり別の光景に変化している。
「祠か……? たしか、この盆地の街を囲む数ある山々のうち、どっかの山頂にはこういう祠が設えてあるって聞いたことはある……けど、それよりも……」
まさか、この祠にあるのか。
水晶以外にも永遠の原理原則を凌駕するシロモノ――――“根源”があるのではと、この一週間さんざん探し回って尻尾を掴めなかったのだが。
それがどうだ? 俺の頭に灯台もと暗し、というワードが浮かぶ。
メールの内容が前回の永遠から変化しているなんて誰が想像するだろう。こんなにも身近に手がかりらしき物があったとは。
「あーっ、これ霊峰って言われてるとこジャン!」
いつの間にか変化していたメールの光景を、露希は霊峰と呼ぶ。
「観光地、観光地、かんこうちーっ! あたしもジさまと歩いてったことあるや!」
観光地か。そう言われてみれば、なんとなく既視感がある気がする。
晴れていれば清々しい朝焼けを拝めただろうが、鏡に映る霊峰の山頂はかなり朝靄が立ち込めている。
「朝焼け、でいいんだよな……?」
画像はなぜかモノクロで、しかもやや不鮮明だ。朝焼けにみえなくもないけど、少ししっくりこないような。
ともかく、この光景の中で最も目を引きつけられる存在といえば、やはり何と言っても祠だ。
「ひょっとしたら、この中にもあるのか? 水晶とは別の、永遠の原理原則に縛られないアイテムが」
一抱えほどのこぢんまりとした、朽ちかけの祠。
その祠は荒々しい小岩と砂利の最頂点に鎮座していた。
のっぺりと横たわる靄のせいで、シルエットはややおぼろげだ。加えて朝焼けらしき光が逆光となり、中はみえづらい。
こじんまりとした横長の祠は、しかし内部に仏やお地蔵様を祀るには高さが足りない気がする。
しかし何も入れないにしては不自然なほど横に長く、何を目的とした祠かは古文化に疎い俺にはイマイチ理解できなかった。
「閃司が水晶をゲットしたときの手がかりってこの霊峰の画像……じゃ、ないんだよね、たしか」
そう、俺が一番に引っかかっているのはそこだ。
なぜ突然、画像の内容が変わったのか。
「驚いとるな、閃司君や」
「ええ、何が起こっているのか……まさか、そこまでご存知なんですか?」
俺の困惑を受け止めるや、旭賀さんは得意げな知り顔でふんふんと頷いた。
「まっこと妙ちくな現象じゃが、そこはクルヒさんがメールにちょいと細工をしたんじゃろうて」
「細工、ですか?」
「うむ、おそらく――――霊力を行使したんじゃないかのぅ」
そこまで答えてもらった時点で、俺は即座に納得する。
「霊力行使か。そうか、かあさんの得意分野は……」
かあさんは世相占いに精通していた。
世相占い師たる彼女が一体どんな仕掛けをメールに施したのか、俺にはその真相が透けてみえ始めた。
「メールの内容が変わった理由は世相、すなわち永遠社会に重大な変化があったからか」
「えと、えと、えぇ~っと? 世相ってゆうのはヨーするに永遠社会のジョウセイのこと? じゃあ重大な変化っていうのは? 何のこと?」
納得げに呟く俺とピンときていない露希を、旭賀さんは見比べる。
「露希、永遠はすでに破綻し始めているんだ。変化の大きさは、この水晶ひとつ分」
俺は言って、永遠崩しの証拠たる水晶を持ち上げた。
そういえばこの一週間で、腰に括った水晶の重みがすっかり体に染みついてきている。
着けはじめた腕時計が次第に馴染みゆくように、俺にとってもこの水晶はすっかりなくてはならないものとなっていた。
持ち上げた水晶に、表情を失った露希が映り込む。
永遠が破綻してると聞いて憮然としているんだろう、それについては、今は意識的にスルーする。
「旭賀さん。ここまできたら確認したいんですけど」
核心に迫ってやる。そう胸の内で呟くと、緊張だろうか、なぜか体が強張った。
自分の眼差しが張り詰めるのを自覚しつつ、旭賀さんと目を合わせる。
「かあさんのメールの一通目は、画像の鏡に夜の湖が映っていました。俺はメールが示す通りの場所でこの水晶を見つけ、そして持ち去りました。持ち去ったことがトリガーとなって永遠に綻びが生まれた……と、俺は考えてます」
綻びが生まれたとはいっても、水晶が遷移を無視したに過ぎない。
だけど俺は、それすら確かな進歩だと思う。永遠は一切の例外を許さず物事を白紙にしてくる。そこに一矢報いれたのだ。
「うむうむ。そのようじゃな」
「そして今度は、画像内の鏡は霊峰の山頂の祠を映し出してる。まるで次の“根源”はここだ、ここに行け――――そうとでも訴えてるみたいなんです。これは、つまり」
唾液で喉を湿らせてから、俺はそれを訊いた。
「つまり……かあさんは、永遠が終わることを望んでいる……っていう認識で合ってますよね」
たっぷりと間を持たせてから、やがて旭賀さんは答えてくれた。
「世相を見通したんじゃろうな。クルヒさんは、あるときから自分の死を覚悟してなお、わしにメールのことを頼んで来た。こういう日のためじゃったのかもなぁ」
「……そうだったんですね」
本当なら凄まじい視え方だと今になって感じる。
かあさんと霊力関連の話をした記憶はあまりない。
かあさんは数十年先を見通せる途方もない霊力を自身に宿していながら、そんな気配はおくびにも出さなかった。
俺のかあさんは何者だったのだろうと、あらためて思う。
「永遠が世を覆ったとき、すでに自分はいないとわかっていたからこそ、わざわざメールという手段で後々の助けとしたんじゃろうて。そして同時に、永遠は人の手で崩すも守るもできるとわかっていたんじゃろう。
社会を覆っている永遠は崩しようがあるモノじゃ。だから……その、……ヒントと、なるようにとな」
後半部分を、旭賀さんは背を丸め顎に手をあて、ずいぶんと言葉を選んでいるように見えた。
それでも、俺にとって期待通りの答えが得られたといっていい。
かあさんは永遠の終わらせ方をわかっていて、世相つまり永遠の状態に応じて像を変える鏡の画像まで送ってきた。
かあさんの手によって周到に用意されたすべてが、俺を永遠の“根源”へと導いている。
そのためのヒントだと、旭賀さんも確かにそう告げた。
一週間、永遠の“根源”を求めて右往左往していた俺の行き先が、定まった瞬間である。
「旭賀さん、ありがとうございました。俺はもう行きます」
混迷極まったこの一週間に、永遠を灼くための光が差した。
すくっと立ち上がって後方の襖に手をかける。
「ん? んん? 閃司? 行くってどこに……ちょちょちょ、まってーあたしも行くっ! よくわからんけど行くーっ!」
先に露希宅を出た俺は、バイクを駐めてある駐車場で露希を待った。行き先は――――霊峰の山頂だ。
駐車場で露希を待っている間、とくにすることもない俺は、もう一度かあさんからのメールに目を通した。
そうしていると、自然と永遠を崩しに行く実感がこみ上げる。
「この祠でなら、打てるのか。永遠崩しのための、次の一手が……ほんとうに」
時間にして午前九時。駐車場に降りる日差しの加減は今朝とさして変わっていない。
陽光の穏やかさに反して、これからはじめる行為はいわばテロといっても差し支えない。
なにせ永遠社会を崩壊させようというのだから。
「にしても遅いな露希。旭賀さんと話し込んでいるんだろうか」
バイクのシートに寄りかかって、手持ち無沙汰なままに太陽を仰いだ。
秋空から降り注ぐ日差しは、日常の匂いを濃ゆく湛えて俺まで届く。
眩しさから逃れるように、手元のスマホに視線を落とした。
かあさんからのメールをみるに、“根源”を持ち去るチャンスは日の出の頃で間違いないだろう。
旭賀さんと確認したとおり、あの画像の鏡面には朝靄と朝日が映り込んでいた。
ということは、最速でも明日の朝にはもうその時を迎えるのだ……この画像の光景が、ほんとうに朝焼けを切り取ったものなら。
「すぅー……ふぅ……って、どうしたんだろうな、俺は。急に深呼吸なんかして」
頭の中で現状を整理しては飲み込み、気持ちを整える。
かあさんのメールと旭賀さんの関係。
明日にはまた一つ永遠に綻びが生まれる事実。
永遠がなくなって、露希は平気だろうか。という一抹の心配……思考がひとつひとつ、浮かんでは霧散する。
「ジッとしている間も、タイムリミットが迫っているのを感じる。あの鏡の景色がいつの朝を切り取ったものか、正確にはわからない。けど、いつその時が来るのかわからないからこそ、今から覚悟を決めなきゃいけない……」
こんな気分は、永遠以前は幾度も味わった。
たとえるなら、緊張で眠れない夜に考え事を繰り返すようなものだ。
直面するのも実に久しい、未来が向こうからやって来る、という感覚。
眠れずとも結論を出せずとも、その時は来る。
「ごめん閃司おまたせ~! ジさまの話がそれはもう長くてながくて、いやぁ~ずっとジッと聞いてたら足痺れちゃった。さ、霊峰にレッツゴーッだよ」
「ん、ああ……行こうか、霊峰」
声のする方に視線を流すと露希が拳を掲げていて、そのすぐ後ろを旭賀さんもついて来ている。
…………少し余談だけど、旭賀さんが外出しているのを見るのはいつぶりだろうか。今日はかなり体調が良いらしい。
露希の分のヘルメットを渡しかけて、しかし俺は手を止めた。
「あのさ、露希。出発前に確認なんだけど」
「あいあいあい、ご質問なんでもどーぞ」
「俺はほんとうに、永遠はなくなると思ってる。信じがたい話だろうけど、永遠に綻びがあることは、この水晶が証明してる」
腰の水晶に目を落としてから、もう一度、露希の真意を確かめるように目を合わせる。
「永遠じゃなくなるってことは、未来がやって来ると同時に旭賀さんの余命も迫ってくるってことなんだぞ。いいのか?」
そう、腑に落ちないのはそこだ。旭賀さんの余命事情を割り切らない限り、露希は永遠を排除しようとは考えないはずである。
「う、ウンウンウンっ。まぁまぁまぁそーなんだけど……閃司が永遠嫌いなのはずっと知ってたからさ。それに、ホントに永遠がなくなるのか、この目で確かめたいっていうか」
一瞬、露希の瞳が揺れた。
俺はあえてそれを見逃して、続く言葉を聞き続けた。
「あとは、ジさまが『閃司君についてけ』って言って聞かなかったり、ね。まーとにかくっ! 永遠をどうにかしよーなんてちょっとした冒険だし、閃司がどうするつもりなのか気になるしだしっ、あたしもついてくっ!」
「微妙に怪しいな。どうなんです、旭賀さん?」
旭賀さんに視線を送る。バイクから一歩引いて俺たちを見守っていた。
「うむ、うむ。ここはひとつよろしく頼むよ――――露希にゃ閃司君が必要じゃろうて」
旭賀さんの言葉と同時、露希は俺からヘルメットをひったくるや即座にシート後方を占拠するので、ついてくるなというのも躊躇われた。
「はやくっはやくぅ閃司はやくっ」
「わかったよ、露希がそれでいいなら……では、旭賀さん。いってきます」
旭賀さんに見守られながらキーを回し、霊峰を目指してバイクを走らせた。
「ぐっどらっくじゃ――――この永遠を崩すも守るも、どうするかは二人で決めるがええ」




