13/39 【過去からのメール】
秋の夜は冷える。
白い照明に照らし出された、生活の気配に乏しい俺の自室。
我が部屋ながら、窓外の星空より寒々としているような印象を受ける。
病的な侘しさをさして気に留めることなく、俺は風呂上がりの体をベッドに投げ出した。
「ぶはぁっ、結局今日まで収穫ゼロか……くそっ」
徒労に終わった五日間の捜索を思い返すと、湯加減の余韻とは異なる理由でため息が出る。
この約一週間の忙しなさときたらハンパではない。
それはもう永遠以前、自営業が成り立っていた当時を思い出すレベルの活動量だった。
「忙しく動き回っても結果がこれじゃあなぁ……」
隠し切れない疲労が溜め息となり、さらに眠気としても表れる。
「永遠の“根源”の在り処、か……」
ベッドで寝返りをうちつつ、眠い声で呟く。
“根源”――――永遠を保っていると思われる存在のことを、俺はそう呼ぶことにした。
たとえば水晶だ。
あの湖で、俺が根源たる水晶を持ち去ったおかげで永遠が揺らぎはじめている。
その証拠に、水晶は永遠社会の原理原則である遷移を免れ、今なお俺の手元に収まっていた。
「水晶みたいな御影石的なモノが他にもあって、それをぜんぶ揃えたら永遠が崩れる……とか。ゲームかってくらい単純な仮定だけど」
今回の11月23日では妊婦さんへの【未来視】、それから露希とのダーツで【予測】をするなどして水晶を試運転し、それから28日までの六日間は根源探しに努めた。
何も方針がないよりマシだと言い聞かせて行動したはいいが。
「ふあぁ〜……ロクなあてもない中で探したはいいけど……みつからないしひどく疲れた…………」
根源捜索の成果はお察しだ。今日のところは、ベッドに突っ伏して唸る程度しか気力が残されていない。
「湖のときはかあさんからのメールがあったし、俺もたまたま【予知夢】を視れたからどうにかなったものを……」
霊力行使・【予知夢】。起きてるときにも行使できる【未来視】と違い、【予知夢】は必ずしも不吉な未来を見せてくるわけじゃない。
むしろ意味合いとしてはどうやら啓示や導きに近いらしいことを、これまでの人生で理解してきた。
「未来を覗く行為には正直かなり忌避感がある。だけどそうもいってられない、今は夢にも縋りたいのが現状だ」
未来を知ることについては若干トラウマ気味である。
【予知夢】がありがたい以上に、【未来視】のせいで胸の悪い思いに陥った過去の方が圧倒的に多い。
だから露希と観に行った映画の上映中に不可抗力で【予知夢】に遭遇したときは正直かなりビビった。
たとえ死を知らしめる【未来視】とは別物だと頭では理解していても、だ。
映画のときは、我ながらずいぶんと取り乱してしまった。
「永遠を崩す具体的な手がかりがない以上、頼れるのは【予知夢】だけだ。良い夢が視れますように、ように、ように……よしこれで寝よう」
睡眠が霊力行使のトリガーになる以上、【予知夢】は自在に扱うことができない。
枕元に水晶を設置して眠ったりも試してみたが、翌朝水晶は憎らしいほど透明で、【予知夢】の結果らしい像は浮かび上がらなかった。というかそもそも予知“夢”なのだから、起きた後に水晶を確認する意味はない。
そういうことをダメもとで試してしまうくらいには、取っ掛かりがないのだ。
今回の一週間の徒労具合をわかっていただけただろうか。
「はぁー……ぁ。そういえば、露希が……」
再三のため息を吐きながら、俺はふと露希の言葉を思い出した。
「露希がなんか言ってたような。かあさんのメールについてわかるかも、とかなんとか……まぁ、明日あらためて訊けばい、い……か……。……すぅ、」
やがて。自分の独り言が夢か現か判別つかない微睡みに落ちていき――――翌日になった。
11月29日。また遷移がやって来る日の朝。
南東の朝日が部屋に差し込むのにも気がつかず、俺はいまだ夢の中にいた。
枕元には水晶と、スマホ。
そのスマホが『桐織露希』の表示と共に蠢動、呼び出し音が鳴る。
何かが起きそうな永遠の最終日、俺は露希からの着信通知で目を覚ました。
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「メールの送り主が旭賀さんって、一体どういうことなんだ?」
鏡を見なくてもわかった、玄関に踏み込むなり露希に尋ねる俺の顔は、全表情筋で困惑を作っているに違いない。
今朝、露希から連絡を受け取った俺は直ちに支度を済ませると、すぐさまお隣の露希宅にあがったのだ。
「う~ん、うん、うんね。あたしはまだ詳しく聞かされてないんだけど、これからジさまが色々話してくれるって。さ、入ってはいって」
露希ではなく彼女の祖父、旭賀さんから直々に話があると知り、興味と緊張が湧いた……いや。
どちらかというと、緊張のせいで口が渇く。
旭賀陽平さん。母方の祖父で苗字こそ違うが、露希とはれっきとした家族だ――――永遠が幸いしてどうにか余命をつなぎとめている、露希唯一の肉親である。
両親が早くに他界した露希にとって、旭賀さんは大切な心の拠り所だろう。かく言う俺だって、かあさんが死んでからは旭賀さんに色々とお世話になった。
血のつながった父親を知らない俺にとっても、旭賀さんはまさに父親がわりなのだ。
露希の後をついて和室へとつながる廊下を行きながら、俺は呟く。
「俺に届いたかあさんからのメールについて、旭賀さんが何か知ってるっていうのか……?」
旭賀家とはかあさんが死ぬ前から家族ぐるみで交流があったので、旭賀さんが生前のかあさんについて何か知っていてもおかしくはない。
「あたしがメールのこと訊いてみたらなーんか言いたげなカンジだったんだけど、結局教えてくれなかったんだよね。だけど今日になって『閃司君を呼べ』ってゆうから」
露希は俺の呟きを聞き拾って振り返るも、その表情を見るに彼女も事情を掴みきれていないらしい。
ならもう、ぜんぶ旭賀さんの口から聞くしかない。
旭賀さんのいる和室の襖の前に並び立つ。
「ジさまー? 閃司連れて来たよー」
露希が引き開けた襖の向こうに、幾分か元気そうな旭賀さんの姿があった。
「あれあれあれ。ジさまー、寝てなくて平気なん?」
敷布団を自分でしまえるくらいには調子が良いらしく、古めかしい木製の机で書き物をしながら俺たちを待っていた。
「寝たまんまの格好で大事な話をするわけにゃいかんじゃろ。特に、閃司君の前じゃあなぁ」
「いえ、そんな。楽にしてくださって結構ですから」
「かかか、閃司君こそ。そう固くなるない。ほりゃ、座布団使いんさい」
よっこらせっと声を上げながら書き物を切り上げ、向き合う格好で座布団に座る。
柔和な表情の旭賀さんは、隣り合って座る俺と露希を微笑ましそうに見つめてくれる。
俺に対していつも温かみをもって応じてくれる旭賀さんを、俺はたしかに父親がわりだと思っている。
「それで、お話しというのは、やはり……かあさんのメールについてですよね? 露希から聞いたときは耳を疑いましたが、まさか旭賀さんがご存知だったとは」
父親がわりとは言ったものの、俺も大人に近づくにつれてどうしても敬語が口をついてしまう。
よそよそしい奴だと思われないだろうか。これまで旭賀さんはどんなときも変わらずに接してくれているのに。
「閃司君の疑問はもっともだぁなぁ。でもあのメールの真実を知ったら、きっともっと驚くぞぉ」
さっき、大事な話をすると言っていた気がするが、目の前の旭賀さんは笑って告げてくる。まるで散歩したときの面白エピソードでも語りはじめそうな、気安くて人懐っこい笑顔だ。
「あたしも早く聞きたい聞きたいききたーいっ。ジさまずうっと閃司に教えるかどうか悩んでたのそばで見てたけど、あたしそれのせいでめーっちゃ焦らされたんだからーっ!」
「そうか、そうかい。じゃあまず……誤解させていたとしたら、ほんにすまないんじゃが」
声のトーンを少し低めて、旭賀さんは続ける。
「クルヒさんのアドレスを使ってメールを送っているのは他でもない――――このわしじゃ」
「へ? ……えぇ!?」
クルヒさんというのは、もちろん俺のかあさんのことだ。朝望来陽。
「旭賀さんが……」
のけぞって声を上げる露希に比べて、俺は微動だにしなかった。
これでも驚いているんだ、むしろ驚きで声も出ない。
絶句したままでいると、旭賀さんがさらに言葉を継いだ。
事の経緯はこうだ。
九年前、かあさんが旭賀さんにメールアドレスの共有を持ちかけた。
旭賀さん曰く、まるで自分の死期を悟ったかのような、遺言とも思える頼み方だったという。
「かあさんは、自分が交通事故で死ぬって世相が“視”えていたんだろうか?」
詳しい説明は省くが、俺と同じく霊力を行使できる体質だったかあさんは、世相を取り扱う占い師だった。
「今にして思えば、それもあり得るじゃろうて」
旭賀さんが頷くのをみて、俺はおおまかに事情がわかった。
それから旭賀さんは続きを語ってくれた。
当時の旭賀さんは、生前のかあさんの頼み通り、もとい遺言通りにメールを作成し、予約送信。
送信日時と重なるタイミングで永遠が始まったことで、俺のもとには毎週同じ日時にかあさんからのメールが届くようになった、と。
「じゃから、クルヒさんからメールが届いても、それはクルヒさんが生きとるわけではないんじゃ。もし期待を抱かせてしまったなら、すまんが……君のお母さんは、もう亡くなっとる」
「それについては、ご心配には及びません。母を失ったのはたしかにショックでしたけど、すでに乗り越えた問題です。どちらかというと、期待よりもアドレスの不正利用や乗っ取りなんかの心配が先だったくらいですから」
俺は努めて笑顔で答えた。決して喪失の悲しみを痩せ我慢しているのではなく、旭賀さんの申し訳なさを払拭したくて、だ。
答え終わるや旭賀さんは「かかか、わしのは不正利用だったわけかー!」なんて楽しそうにリアクションするので、俺は何よりだと思った。
「ところで、どうじゃ? 水晶が手元に舞い込んだ日の朝から今日までの間に、クルヒさんのメールを確認したかの?」
首を振ると、旭賀さんはまたも面白そうに口元を笑いに歪める
「なら、一緒に確認だ。露希や」
「なぁに?」
「露希もよぉく向き合うんじゃな。クルヒさんは変わった力と変わった人柄ではあったが、霊力による啓示は本物じゃ。まるで卑弥呼じゃ」
「あたし卑弥呼わからんって……ジさまとは生きた時代が違うんだから。ジェネレーションギャップだよ」
「露希や……こん子は歴史が苦手か」
すごく愉快なやり取りを横目に、スマホを操作する。
不可思議なメールだが、忽然と姿を消すものでもない。目当てのメールはすぐにみつかった。
「しかし、今さら何を確認することがあるんですか? たしかに不審メール……あ、いや不思議な内容のメールではありましたけど……」
「メールの真相を知れば驚くと、さっき言ったじゃろ?」
「ええ、かなり驚きました。実は旭賀さんがこのメールを送っていたって……」
「ところがどっこい、じゃ。衝撃の事実はもっと先にあるんじゃなぁ、これが」
と、メールを開いてすぐ、旭賀さんの言いたいことがわかった。
「え、……な、なんだこれ……?」
「どったのどたの? あたしにも見せてみせ~い」
本来それは、鏡の画像が一枚あるだけのメールだったはずだ。
たしかに、内容に目を通しても、その点は変わっていなかった。
驚くべきは画像内の鏡、その鏡面に映る風景にある。
「変わっ……ている……」
鏡に映っているのは、モノクロの朝焼けだった。
そこはどこかの山頂なのか、濃ゆい朝靄が間近に漂っていて。
そして画像の中央に、光景の中でも最も目を引く物体があった。
画面手前に朝靄を布陣し、画面奧の朝焼けを背負った祠である。
ひどい朽ち方をしており、横長だが一抱えしかない小さな祠。それが山頂に鎮座していたのだ。
「一体、なんで……」
先週まで映っていたはずの夜凪の湖はかき消えて。
「聡い閃司君のことじゃから、なんとなく直感してるんじゃなかろうか」
「それって」
「このメールが閃司君たち二人を、何に導いとるか、じゃよ」
俺は再度画像に視線を落とす。
この祠は一体……。
辛うじて腐らりきらずに形を保つ横長の祠から、俺は目が離せなくなっていた。




