12/39 【永遠を崩したいなら】
駅近くの居酒屋に足を踏み入れてから小一時間が経った。
店主と思しき人と、ヤケ酒真っ只中の妊婦らしき客。店を見渡しても、他に客はいなかった。
端のテーブル席につくと、俺は湖で起こったことを露希に聞かせるのだった。
「ふむふむふん、ほぇ~んそんなことがあったんだぁ……ヒック」
前回の永遠で俺の身に起こった出来事を語り終えると、露希は赤ら顔――酒が入っている。こんな永遠社会じゃあ、未成年飲酒を取り締まったところで、である――で頷く。
少年に案内されるがままに湖の霊力溜まりを解消したこと。
その後日、そこになかったはずの水晶が、俺の左腰に鎮座していたこと。
「つまり、これまで完全無欠だった永遠に、ついにひびが入ったんだ。少なくとも俺はそう睨んでる」
今まで何をしようと、どんな経験しようと、ひとたび11月29日から23日に遷移すれば、個人から世界中に至るありとあらゆる事象をたちまち元に戻してしまう。それが永遠社会だった。
だから、水晶が唯一の例外なのだ。
桁外れな霊力を蓄えた、あの湖。あそこで手に入ったこのアイテムだけは、どういうわけか俺の手元に残り続けた。
「露希も気づいてただろうけど、俺は今日一日しきりにこの水晶を気にしてただろ?」
「お、おうおう……ボソ……まーたつゆきって呼ばれちった……ボソ……あ水晶、水晶のハナシね、うん」
俺がずいぶんと真面目なトーンで話すからか、露希は酔いが回ってふにゃふにゃな顔をどうにか引き締めて相槌を打つ。
「俺が思うに、この水晶は鍵なんだ」
「かぎぃ?」
「そうだ」
一体何の鍵なのかと問いたげな視線を受ける。
答える前に、俺は唾液で喉を鳴らした。
「永遠を封じて、未来を開く鍵……だ」
ここからが本題だ。
俺はその気になれば水晶や永遠、未来うんぬんの話を誰にも明かすことなく、一人勝手に進めることもできる。
それをしないのは、永遠を欲しがる露希に対してフェアじゃないと感じたからだ。
「たとえば露希はさ。今ある永遠を保つか、新しい未来を呼び込むかの二択を迫られたとして……お前ならどうする?」
俺の調子に合わせて、露希の面持ちもだんだんとシリアスなものになる。
露希が二択にどう回答するかはだいたい予想がついていたが、彼女の真剣な表情を見て俺の予想は確信に変わった。
「そりゃあもう断っ然永遠でしょーよー」
「…………っ。それは、旭賀さんのことがあるから?」
露希の人生において、旭賀さんの病状は文字通り永遠のテーマといっていい。
余命宣告を受けた旭賀さんといつまでもそばで暮らしたい露希にとって、永遠は必要不可欠なのだ。
「ジさまの命があと少しって聞いたときは――――そーりゃ困惑した。んでもって、永遠が来たーってときは、盛っ大に感謝したよねっ」
もし明日から永遠が来なければ、彼女は近いうちに天涯孤独になる。
永遠は良くも悪くも、物事を進展させない。
だからこそ、俺にとって露希との関係性はいつまでももどかしいままだし、露希と旭賀さんが死別によって引き裂かれることもない。
「さっきの、永遠か未来かーって質問。あれは、さ……ただのたとえ話なんだよね?」
「ん、えっと……」
永遠は俺が崩すし、近いうちに永遠社会は一変するよ。
と、俺が口を挟む間もなく、露希が続けた。
「まっ、さっきの答えね――――できることなら、あたしは永遠を守りたい。永遠を守るってのは、ジさまとの生活を守る事でもあるから」
「なら俺は……それでも俺は――――未来が欲しい。永遠を過ごす間中、ずっと欲しくてたまらなかった。露希との未来を何度も思い描いた」
「なっ、……によぉ急に不意打ちしてぇ……っ」
露希の頬が赤いのは、ただアルコールが回って血行が良くなったせい……だけではないだろう。
「そんなん言ったってダメダメダメ、あたしの意思は固いんだからっ」
露希の「今のまま、永遠がいっかな~」という軽い調子のコメントでこの話は締めくくられた。
それを「はぐらかされた」と感じるのは俺の気のせいじゃないはずだ。
「露希。たとえば俺が心変わりして、永遠社会のままを望んだとしても」
「しても?」
「永遠がずっと続くとは限らないんだぞ」
永遠のままがいい。その言葉は紛れもなく彼女の本音な反面、未来を見て見ぬふりする現実逃避に思えてならない。
俺はポケットからスマホを取り出して、メールボックスを開く。
「これを見てほしい」
「? なぁに?」
「このメールのことを人に話すのは初めてなんだけど……ほら」
例の不審メールを開いて露希に差し出した。
「かあさんからのメールだ。日付は、今年の11月23日」
「今年って、それありえなくない? 閃司のおかあさんは、その、もう……」
「そうだ。死んだはずのかあさんからメールが届いた」
なぜ故人からメールが届くのかは、いまだによくわからない。
「永遠を崩す方法があるかもと思えたのは、かあさんのメールがヒントをくれたからなんだ」
謎めいた不審メールであるのは間違いないが、今注目してほしいのは謎の真相ではなくその内容だ。
俺はメールをスクロールしていく。
「添付された画像には、昨日の湖が写っていたんだ。まるで、そこに行けって言われてるみたいだった。ほら、ここに写ってるのが……」
「まって」
ピシャリ。
音が聞こえそうなほど、にべもなく遮られてしまう。
「? 露希?」
スマホから視線を上げたとき、そこに赤ら顔の露希はいなかった。
目の前の彼女は、顔の赤さより色濃い失望を湛えている。
「あたしのジさまが生きるかどうかの瀬戸際にいるのは、閃司だって知ってるでしょ?」
「…………それは」
もちろん。
知ってるも何も、さっきその話をしたばかりだ。
「わかっているとも。旭賀さんの事情は、永遠以前から……」
「わかってたなら、なおさらヒドイよ」
露希がカタンと席を立つ。
「閃司だって、おかあさんを亡くして一人になっちゃったことがあるはずだよね」
「落ち着いてくれ、俺はまだ……っとと」
俺が引き留める間もなく、露希はテーブルの脇を通り抜けていく。
「冗談にしてもありえないから」
すれ違いざま、俺は横目に彼女の無表情を見つけてしまった。
元々俺などそこにいなかったものとして扱うような、温度のない目つきで出口を向く。
すぐ後、店の引き戸を鋭く閉じる音が届いた。
俺はしかし、露希を追わない。
追いかけて言葉をかけるより、今はそっとしといたほうが良いだろう。
店に残されてたった一人になった。とたんに居心地が悪くなる。
年配店主のあわあわとした視線が、俺をより気まずくさせた。
こちらの様子を伺っていたのか、妊婦さんが飲み方を変えた。
酒臭い口を近づけて「痴話げんかかぁ少年」と、それまでのヤケ酒が絡み酒に変わったようなので、俺は逃げるように店を後にした。
死んだかあさんや旭賀さんのことで俺も気が立っていたのか、妊婦を振り払って店を出る直前、「そんなだから双子の片方が死産になるんだ」とつい吐き捨ててしまった。
行く当てもない俺は、露希を探しながら来た道を引き返す。
その歩みは必要以上に時間をかけ、ゆっくりとしたものだった。
露希に追いつくのが早すぎても気まずいだけだ。
バイクを駐めた地下駐車場までたどり着く。結局、露希をみつけることはついぞできなかった。
「あいつ……まさか一人で帰ったのか?」
交通機関の利用は怪しい。永遠になって以来、平常運行という単語すら聞かなくなった。
そんな昨今だ、電車やバスがダイヤ通りの運行がなされているとは思えない。
かといって、徒歩で帰るなら家まで一時間はかかるだろう。バイクに乗せてやりたいところなのだが、いま俺に送迎されるのは露希の気持ちが許さないだろう。
「はぁ……スマホも返信なしか。仕方ないよな……」
あんな別れ方をした手前、露希が連絡を取りたがらないのはわかる。
悪いのは全面的に俺だ。
永遠を葬りたい。それはつまり、捉えようによっては旭賀さんに死ねと言っているのとなんら変わらない。
「くそっ……無神経だったな」
【失せ物探し】で捜索することも考えたが、露希としては俺と顔を合わせたくない可能性もある。必死こいて探し出しては、それこそ無神経だろう。
来た道をそのまま引き返して見つからないということは、今は見つけてほしくないのかもしれない。
地下に下りる前に、露希とのメッセージを確認しておく。帰宅する旨と謝罪を送るにとどめて、画面を消した。
「さて……帰ろう。露希のことは気がかりだけど、それでも永遠を崩したいなら、俺は。
……………………。」
永遠を崩したいなら、なんだ?
露希が旭賀さんを想う気持ちはわかる。
俺だってお世話になった人だ。母さんしかいなかった俺にとって誰が父親かわりかと問われたら、それはきっと旭賀さんだ。
繰り返すが、だからこそ露希の気持ちはわかる。
彼女の想いを無視したままで、俺はほんとうに永遠を崩せるのか――――。
「はぁ…………、帰って準備をしよう……ん?」
自分のバイクを探すつもりが、俺の視線は別のものに吸い寄せられる。
薄暗い地下の駐車場に、ひときわ目立つ鮮やかな緑の髪。
俺の知り合いに緑髪は一人しかいない。俺のバイクにもたれかかり、心細そうな視線を床に這わせていた
「露希……」
バイクと彼女の下に駆け寄って、とっさに言葉をつく。
言うべき言葉は一つしかなかった。
「さっきはすまん……ごめん」
「……ん」
「今日はもう帰ろう。ここにいるってことは、一緒に帰るってことでいいんだろ……というより、そうして欲しい。ひとまずは未来がどうとか言わないから、それでいいか?」
「…………」
俺の問いかけに露希は視線だけを返してくる。その瞳からさっきまでの冷ややかさを感じなくて、俺は少しホッとする。
彼女は返事をするかわりにと、黒のヘルメットを俺に寄越してきた。
「……」
「…………」
言いづらそうにして渡されたヘルメットから、彼女が俺にどうして欲しいのか伝わってくるようだった。
無言のまま帰路に就く。
バイクを駆っているうちに、俺たちか冷静さを取り戻すのに充分な時間が経った。
「ジさまが……」
「ん……どうした?」
信号待ち中に声がかかる。
ヘルメットのバイザーをあげ、俺は露希を振り返った。
「さっきのメールのことだけど。ひょっとしたらなんだけど」
核心に迫るように、露希が切り出した。
「ジさまが、なにか、知ってるかも」




