8・魔狼が現れました
お昼頃。
そろそろ昼ご飯でも食べようか、と思っていた頃であった。
「た、大変だ! エビルモンキーが街の周りに!」
家の外からそんな声が聞こえ、ハッとなってしまう。
「エビルモンキー……もしかして、あいつ等か!」
「うにゃー?」
ミディアが首をひねっている。
……こいつは(猫なのに)鳥頭だから忘れてると思うが、ここに辿り着く前にエビルモンキーに遭遇したのだ。
俺も気分が乗らなかったため、エビルモンキー達を殺さず見逃したのだが……。
「あいつ等……今度は容赦しねえぞ。イヴ、安全だと分かるまで外に出るんじゃないぞ」
「うん……」
「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ! ボクも行くよ!」
「勝手にしろ」
巨斧『ダナロッグ』を背負い、急いで家の外に飛び出した。
「ロマンさん!」
村の入り口に急いでいると、途中で声をかけられる。
「エビルモンキーが現れた、と聞いたが?」
「あ、ああ……しかもかなり大量に。村の冒険者が慌てて、入り口に向かっている」
「誰もまだ怪われしてないか?」
「それが……ヤツ等の様子が変なんだ」
「変?」
「入り口でじっとこっちを見てるだけで、襲いかかってこようとしない」
「……? それは変だな」
まあ、行ってみれば分かるだろう。
村の入り口に着くと、屈強な体つきをしていた男達が集まっていた。おそらく、冒険者の人達だろう。
「どいてくれ」
俺は人をかき分けて、最前列へと移動する。
すると、そこには。
「「「「キィィィイイイ!」」」」
三十を超えるであろうエビルモンキーがいた。
そいつ等は、俺を発見するなり嬉しそうに鳴いた。
……嬉しそうに?
「おい、お前等。近くの村を襲ったりするな、と言っただろ。折角もらった命、無駄にするつもりか」
「キ、キィ! キィ! キィ!」
エビルモンキー達がブンブンと首を振る。
……どうやら、様子がおかしい。
警戒は崩さないまま、俺がどうしたものかと考えていると。
『お主が、このエビルモンキー達を倒した強者か』
と——エビルモンキーの集団から、一匹の巨大な犬が姿を現した。
しかもその犬はかなりでかい。
その気になれば、俺を乗せて走ることも可能じゃないだろうか。
「もしかして、魔狼か?」
俺の問いかけに、現れた魔狼がコクリと頷いた。
『いかにも。われは魔狼である』
「どうして、魔狼がエビルモンキーを引き連れて、こんなところにやって来る」
外見は野良犬にしか見えないが、独特のオーラが魔狼を包んでいる。
魔狼というのは、狼が魔力を帯びてモンスター化した存在である。
戦闘能力ももちろんことであるが、高い知性も備わっており、魔狼一匹に冒険者パーティーが全滅したという話も聞く。
しかし一方、魔狼はあまり争いを好まず、積極的に人を襲ったりしないと聞くが……。
『このエビルモンキーは、われの仲間である』
疑問に思っていると、魔狼がそう続けた。
口元は動いていないが、確かに魔狼から人語が発せられているように聞こえる。
高い知性と魔力があるため、人語を操る魔狼もそう珍しいことはない。
「エビルモンキーを?」
『さよう』
「普通、犬と猿って仲が悪いんじゃなかったのか」
『エビルモンキー達は猿じゃないし、われも犬ではない。われは魔狼だ』
……まあ、いっか。
今はそんなことはどうでもいいことだ。
それよりも。
「それで、魔狼とエビルモンキーがどうして人里に現れる。仲間の復讐か?」
俺がそう声を発すると、後ろに連なった冒険者の間に緊張が走る。
なんだかよく分からないが、どうやらこの魔狼はエビルモンキー達の親分的存在らしい。
これだけのエビルモンキーにくわえ、魔狼がいるとなったら、かなり苦しい戦いになると予想されるからだ。
……まあ、俺だったら大丈夫だと思うけど、油断は冒険者にとって大敵である。
『違う。われはお主に礼を言いにきたのだ』
「どういうことだ?」
『本来、お主を襲ったエビルモンキーは殺されても文句を言えなかったのだ。しかし心が優しいお主はエビルモンキーを見逃してくれた。代表として、お主に礼を言わないのは筋が通らん』
「筋……か。魔狼もそんなこと気にするんだな」
『魔狼はそこらへんのモンスターではないのだ。ほら、エビルモンキー達よ。お前達もこの者に礼を言うのだ』
「「「「キィ、キィ、キィ!」」」」
魔狼がうながすと、エビルモンキー達は手を叩いたりしながら鳴いてくれた。
……こんなこと、今までの冒険者生活で初めてだ。
だが、魔狼から敵意も感じないことから、どうやら「礼を言いたい」というのは本当のことらしい。
「……そうか。まあ俺としては、村の人間をむやみやたらに襲ったりしなかったらいいわけだが」
『心得た。そもそもわれもエビルモンキーも争いは好まん。今回の件は、若い衆が暴走しただけだ。そのことも詫びる』
「おう」
どうやら、一件落着らしい。
俺は背中の巨斧から手を離した。
すると。
「やっぱりロマンさんはすごい……! 戦わずして、エビルモンキーの群れを抑えるとは」
「SSSランク冒険者の力とはこれほどのものだったのか」
「ふふん! 見たかね。これぞわれが師匠の実力だよ!」
後ろにいた人々が口々にそんなことを続けていた。
まあ褒められるのは、悪い気にはならない。
だが、照れ臭い気もしてくるので、続くのは苦手だ。
「じゃあな、魔狼とエビルモンキー。もう多分会うこともないけど、元気にやるんだな」
『…………』
「ん?」
別れを告げたのに、魔狼は一向に俺の前から去ろうとしない。
「どうしたんだ?」
『……こんなことを言うのは、失礼かと思う。しかし、それを承知でお主に頼みたいことがあるのだ』
そう言って、魔狼が一歩前に出て、高らかにこう声にした。
『頼む……われと一度戦ってくれぬか?』




