◆7
薄い光がまぶたを刺す。
それに刺激されて何度か瞬きをすると、見覚えのない天井が目に映った。自分の置かれている場所を考えるよりも早く、真鵬は勢いよく体を起こした。
「いたた……」
全身に痛みが走り、つい眉をしかめる。特に腹と首の後ろがひどく痛む。
「おあっ、びっくりした!急に起き上がるなよ、心臓に悪いじゃんか」
声がするほうに顔を向けると、少し離れたところにある椅子にエンが腰かけていた。気味の悪い猿の面を付けていなければ赤いかつらもかぶっていない。真っ赤な陣羽織も脱ぎ、今はただ墓地で見た人懐っこさを帯びた目で真鵬を見つめている。エンの側には見知らぬ女が立っていた。しかしその背格好からして同じく気味の悪い白鳥の面を付けていたヒロナだろう、と予想した。仮面を外したヒロナは前髪を右に流したワンレンボブで、どこか厳しそうな雰囲気を漂わせていた。
真鵬はここでようやく、今自分はどこかの建物内にいることに気がついた。しかし記憶は墓地にいる時で途切れている。最後に思い出せるのは恐ろしい吐き気と黒い感情に包まれていく感覚だった。そのあとのことはよく覚えていない。もちろん、どうやってここに来たのかも記憶にない。
真鵬はソファーに座っていた。ということは数分前までここで寝ていたことになる。ソファーの前にはローテーブルがあり、距離が少しあるものの左隣にある二つの椅子の片方にエンが座っている。そしてエンの向かいにはローテーブルを挟んで誰も座っていない椅子が二つ並んでいた。真鵬がいるソファーからだと、テーブルを挟んで向かいにあるのは装飾が立派なマントルピースだ。その中では静かに薪が音を立てていた。
──ということは俺はどこかの家のリビングにいるに違いない。
かなり豪華なつくりになっているリビングを見渡してどこかの屋敷にいるんだろうな、となぜかやたら冷静にそんなことを思っていると、目の前に水色がかった魔法陣が現れた。真鵬の周りをゆっくりと回転しながら浮遊している。合わせて四個の同じ形をした魔法陣が均等な間隔を開けて浮遊していた。
「これは……?」
「それはヒロナの術。君を落ち着かせるためのね。いや、正確にいうと君の中にはいっている奴、か。暴れるのを防ぐために」
エンは椅子から立ち上がると真鵬に水を差しだした。喉がカラカラだったので軽く会釈をして受け取り、一口含む。乾燥してパサパサしていた口内に潤いが戻ってきた。
「疲れたでしょ。お疲れさん」
「いえ……。ありがとうございます」
「吐き気すごかったみたいだけど、体調どう?」
「今は大丈夫です」
「じゃあ──」
バチンという音とともに右頬に痛みが走った。一瞬なにが起きたのかよくわからずにきょとんとして上を向くと、エンが鬼の形相をして腕を組んでいた。
「この時期のあんな時間に墓地に行くなんてどういう神経をしてるんだ!危険すぎるだろ!結果として君の中にあの犬がいるんだぞ!」
この男は真鵬の傷のことなどお構いなしらしい。怒鳴り声がジンジンと頬や首の後ろに響いて余計痛みが増す。
「所詮肝試しかなんかであそこにいたんだろう。ハロウィン前後はそんなことするな!ああいう場所は悪霊の巣窟だ!」
「俺だって行きたくなかったですよ!でも……」
「過程はどうであれあそこにいたんだ、このどアホが!自業自得だ!」
久しぶりに大声で説教された真鵬はなにも言い返せず、うつむくことしかできなかった。
──一体全体なんで俺が怒られなきゃいけないんだ。しかも知らない人に……。
真鵬の隣に腰を下ろしたエンは「大変だったんだぞ」と怒りが収まらない様子で言った。
「ヘルハウンドに憑りつかれた君が暴れだそうとしたからヒロナの拘束陣で動きを止めたけどそれすらも壊すし、まさに狂犬って感じだったんだからな。今の君じゃヘルハウンドを抑えられないからその青っぽいやつで封じ込めてるけどさ」
「あの、えっと……憑りつかれたってどういうことですか?お二人があの犬から助けてくれたんですよね?」
話が読めないので尋ねると、エンはがしがしと頭を掻いて言いにくそうにした。
「あの犬いたでしょ。でかくて黒くて赤い目したやつ。あれね、今君の中にいるんだよ。俺たちは君を助けてなんてない。間に合わなかったんだ」
「……え?」
「本当に申し訳ない。君の元にヘルハウンドが行くまでに俺たちが退治してればこんなことにはならなかった。それは謝る。本当にすまない。やっぱり『闇上がり』の体じゃ無理があったんだ」
「いえ、わたしの行動が遅かったのもあります。もう少し早く探知していれば未然に防げたでしょう。申し訳ありません」
二人に謝られた真鵬はどうしたらいいかわからなかった。なにに謝られているのかもわからなければ、いまいち事態も飲み込めない。




