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アンチ・ハロウィン  作者: 日雀青柚
第五章 犬の手を借りる
48/56

◆10

「頼む、力を貸してくれ……!」


 そう願っても体にはなにも変化がない。だめだ、木がぶつかる──そう思い、焦りばかりが先行する。


ドン、という木が倒れる音が聞こえてくると思っていたエンは一向になにも聞こえないままの真鵬の方を振り向いた。

 そこにあったのは倒れているように見える木。しかし完全に倒れているのではなく、ギリギリのところで浮いている箇所がある。


 木を燃やして急いで真鵬の元に駆け寄ったエンの目に飛び込んだのは両腕を頭の上で交差させて木を受け止めている真鵬だった。墓地で見たときのように黒い犬の姿で爪が伸びている。仮面の下では犬歯が下唇を刺して血が滲んでいた。舌の先で鉄の味を感じる。


「エンさん……離れてて……っ!」


 交差させた腕を思いっきり振りほどいた真鵬の爪が木を引き裂いた。まさに木っ端微塵だ。「やるねえ」と言ってエンはひゅう、と口笛を吹いた。


「でも問題があります。俺、力にムラがあります」


 自分の身に危機が迫るとヘルハウンドの防衛反応が働き、ほぼ自動的に体がヘルハウンド化する。これはヨウに斬りかかれた時もそうだった。とっさに薙刀を掴んだ手が犬の手になっていたのを思い出す。しかし今回はヘルハウンドを手なずけたせいか、とっさに力が出なかった。自分の意思で自在に力を操れないのでは意味がない。


 困ったな、と悩みながら体についた木の破片を掃う真鵬は次に襲い掛かってくる順番待ちの森に目を向ける。さっきの倍以上の本数の木が抜かれる音が耳に入ってきた。


 ──六本か?


「俺もね、問題があるの。このままやり続けたら火が広がって山火事になっちまう」


 ちらっとエンは自分が放った火に目をやった。小さな火ではあるがこれと同じような火に覆われた木が何本も出来ればやがて延焼するのは目に見えている。自分からここの調査を買って出ておいてなんだが、エンは火を扱う以上山と相性が悪かった。燃えやすいものが多いからだ。山ごと燃やしてもいいなら逆にかっこうの戦場になるがそんな状況はごく稀で、おそらくこれから一生そんな機会はないだろう。真鵬に気を抜くなと言ったものの、一番気を抜いているのは自分自身だった。


「その前に木がぼんぼん抜けてここがはげ山になるかもしれません。逃げましょう」

「なあ、さっきから気になってたんだけどなんで木が飛んでくるってわかるんだ?」


 乗ってきた車はいつの間にか木がぶつかって大破していた。乗って逃げることを諦めた二人はとにかく走るしかない。エンが木から木へと飛び移る猿のように軽やかに駆けるなら、真鵬は屈強な脚力を活かして疾走感溢れる犬のように駆ける。さながら面に象徴されるような動きを見せる二人はもはや人としての能力を超えているように思えた。


「聞こえるんですよ、木が抜かれる瞬間の音とか。それで何本来るのかとかもわかりますし。エンさん聞こえないんですか?」

「いや、さっぱり……。そうか、お前聴力も犬みたいになったんだな。足もめっちゃ早いし。てことは嗅覚もそう?」

「それは特に変わりないですけど」


 確かに犬と同じ身体能力が新たに宿るなら嗅覚も研ぎ澄まされるはずだ。しかし今は変化を感じられない。


 二人の後方で宙を舞った六本の木が大きな音を立てて次々落ちていく。なにも事情を知らない人が聞けば巨大な生き物の足音かと思うかもしれない。果たしてそんな生き物がいるのか、という話は置いておいて。


「マホウ、タンマ!」


 足を止めて叫ぶエンに合わせて真鵬も足を止めた。木が倒れた方向が気になるのか、振り向いてじっと見ている。


「ここまでは来ないか。しかしなんだ、これも人魂の仕業か?石だとか岩だとかかぼちゃとかと話が違うじゃないか。木って……」


 息を整える真鵬にエンは「もしかして」と不穏なつぶやきをした。


「この短期間で大木を投げられるまでにパワーアップしてるのか……?」


 そうとなれば考えられる原因は限られてくる。異界の門が完全に開いた今、邪気に感化されて力が増しているのだ。



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