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「エンくんは元気にしてる?」
カッセルの言葉で物思いに耽っていたハンタは我に返った。
「あ、はい。毎日リハビリ中です」
「そうか。彼に私が会いたがっていると伝えてくれ」
旧友を懐かしむ微笑みを浮かべたカッセルを見てハンタは改めてエンをすごい人なのだな、と認識した。世界の神童が会いたがるほどの人材なのだ。
確かに普段はおちゃらけているが、やる時はやる男だ。そういうところは信頼に足るのだが、なんせ自らの力量を誤る節がある。安定感があるようでないのがエンと言わざるを得ない。
なによりもハンタが頭に来るのはヒロナとの仲の良さである。
ヒロナを慕っている身のハンタとしては二人で並んでいる姿を見るのが一番面白くない。ヒロナはヒロナで口を開けば「エン様」だ。あんなやつのどこがいいんだ、とよく思う。
俺のヒロナさんなのに、と独占欲を募らせれば募らせるほどヒロナは離れていくような気がしていた。
頭の中で話が脱線してしまった、と思ったハンタは気を取り直した。
「わかりました。……今日エンさんが報告にくればよかったですね」
「いや、私に会うよりもリハビリのほうを優先させないと。今後の世界情勢に関わってくるのだから。この世界のスーパースターだよ、彼は」
報告書に目を通したカッセルはそれを机の上に置き、「ヘルハウンドの子もそうなるかもしれないね」と言った。
「あのエンがなんの勝算も見込めないままこんなことをするとは思えないよ。何かしら算段があるんだろう。それだけ期待の星なんだろうね、この少年は」
ハンタはじわり、と胸の中に醜いものが広がっていくのを感じた。
ああ、これは、醜い男の嫉妬。
そして半人前どころか、それ以前の問題である中途半端な立場にいる少年への期待を露にする実力者を目の当たりにし、己の無力さを思い知らされる虚無感。
「しかし私が会ったこともない子に過剰に期待するのは良くないね。ここ最近嫌な事件が続いていて痛手が大きいからってついなにかにすがってしまうのは人間の良くない癖だな」
そんなハンタの気持ちには微塵も気付いていない様子のカッセルはハンタを見つめて微笑んだ。
「でも君たち猩々緋が潮目を変えてくれると信じてるよ。ハンタくんもたくましくなっただろうし」
会ったことがある自分よりも、会ったことがない素人の少年に期待されてしまうのが情けない。
『なっただろうし』と不確かなことを言われてハンタは苦笑するしかなかった。
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頭が割れるように痛い。
痛みを感じて灰色の床にうずくまって頭を抱えていると、視界が急にぱあっと開けた。ところどころ黄色に変色している緑の芝生が視界を覆った。
──ここは……?
突然変わった状況に困惑して体を起こすと、天気良好な墓地にいた。見覚えのあるここは真鵬が肝試しをした外国人墓地だ。
しかし真鵬の記憶と違い、随分と墓の数が少ない。もっとたくさん乱立してたはずなのに、と首を傾げていると後ろからなにかに軽く押された。
振り返るとその正体は例のヘルハウンドだった。ぎょっとして体を硬直させるが、なにか様子がおかしい。真鵬の知っている攻撃的な黒妖犬ではない。むしろその逆で、かなり弱々しく、寂しそうにくぅーんと鳴いている。しかしどうもヘルハウンドは真鵬に気付いていないようだった。
何回も鼻を押し付けたり擦り寄ってきたりでくすぐったい。
──なんだ、いつもと全然違うじゃないか。
少し撫でてやってもいいかな、なんて思った矢先、脚が動かないことに気が付いた。さっきまでは普通だったのに、と怖くなって足元を見ると真鵬の足は墓石と化していた。
なにがなんだかわからず、冷や汗をかきながら頭にはてなマークを浮かべていると、ヘルハウンドがなにかを鼻でなぞっていた。真鵬のお腹あたりをしきりになぞる仕草が普通じゃないと感じ、視線を向けるとアルファベットが刻まれていた。
──G…なんだ?
自分の読める範囲で読むと、グレゴリー・ハウンドと読める。没年は一八八四年となっていた。
──グレゴリー・ハウンド……?誰だ?
なぜ自分がグレゴリー・ハウンドの墓石と一体化しているのもよくわからない。こんな名前の人物を知っているはずもない。没年も百年以上前だ。
──なにがどうなってる?




