◆3
やっぱり引き返そう。今からでも遅くない。
そう思い、真鵬は前を行く三人に声をかけた。
「な、なあ、やっぱり戻んない?」
「はあ?真鵬なに言ってんの。ここまで来たからには最後までやらないと」
昭隆が声を震わせながらも答えた。この中に誰も気を強く持って夜道を歩んでいる者はいない。真鵬は一抹の不安を覚えた。
「でもさ……」
「なんだよ。じゃあお前だけ帰ればいいだろ」
「お前らも怖いんだろ。みんな同じ気持ちのはずだ」
「うるせえな」
聞く耳を持たない三人を前に、なす術なしだった。
それなら、と本気で俊太と道を引き返そうとした時、聞こえるはずのない音が聞こえた。
どこかからか、犬の鳴き声がする。
「聞こえた?」
「なにが?」
隣の俊太には聞こえていないらしい。しかしそんなはずはない。確かにはっきりと犬が鳴いていたのだ。
近所の家で飼っている犬が鳴いている、という距離から聞こえたものではない。すぐそこに犬がいるような近さで聞こえたのだ。
「ほら、また」
小型犬ではなく大型犬の声だ。低く唸るように、その鳴き声は段々と攻撃的なものに変わっていった。縄張りに侵入した敵を追い払うかのような勢いだ。
「なあ、まずいってまじで」
「なにがだよ。犬なんて鳴いてないぞ」
「いや、吠えてる。鳴いてるんじゃなくて吠えてるんだ」
「お前大丈夫?」
怯えたように雄二が振り返る。彼の持っている懐中電灯の光が真鵬の目を直撃し、そのまぶしさに思わず目を閉じた。
「真鵬の後ろにも犬なんていねえし」
「急に振り返るなよ、目痛いだろ。それに誰も俺の後ろから聞こえるなんて言ってない」
「ビビりすぎて幻聴でも聞こえ始めたのか」
「新市だってビビってるじゃん」
軽口を叩きあっていると、目標にしていた木が見えてきた。前を行く三人の足が速くなる。
するとまたもや犬が吠え始めた。さっきよりも大きく、攻撃性を増して、なにか殺気のようなものも感じる。
このまま行けばこの謎の犬に殺されかねない。
実体もない犬に恐怖を覚えた真鵬は今度こそ引き返そうと決心し、またみんなに声をかけようと口を開きかけた。
その時、木の下でなにかが動いたような気がした。目を凝らして見てみるがはっきりとは見えない。背の低い、黒い影のようなものがちらちらと動いている。
「木の下になにかいる」
泣きそうになりながら絞り出すように声を出したのは俊太だった。前を行く三人の足が止まり、三人分の懐中電灯が木の下を照らす。
光に当てられて姿を現したのは血のように赤い目をし、全身黒い毛に覆われた、仔牛ほどの大きさのハウンド犬だった。低い姿勢で唸りながら恐ろしい形相で真鵬たちを睨み、今にも襲いかかってきそうだ。臨戦態勢を解く様子はまったくない。
異様な雰囲気をまとった犬の登場で五人に動揺が走った。
「い、犬……!」
「だから言っただろ!」
じりじりと後ずさる真鵬たちに合わせてハウンド犬も距離を詰めてくる。仮に犬に追いかけられるとすれば人間に勝ち目はない。
「や、野犬かな」
「このご時世に?そこそこ都会だぜ、ここ」
ははは、と空笑いする昭隆と雄二は脚が震えていた。真鵬自身も脚に力が入らない。
「あれに捕まったら死ぬな」
新市が諦めたようにつぶやいた。足が遅い新市はこの状況下で一番絶望的な位置にいる。それを悟ってのことだろう。
五人とハウンド犬はしばらくお互いに動かなかったがしびれを切らしたのか、ついに吠えながらハウンド犬が襲いかかってきた。
猛スピードで木の下から走ってくる血のような色の目をした黒い生き物に五人は震えあがり、それぞればらばらに逃げ出した。




