とある侍女の話 後
翌日、ニイナ様に実家に帰ることを話すとすぐに許可が出た。いつも通り、ルイ様が学校からお戻りになられると、ニイナ様は私に「下がっていいよ」と言った。
私はそれを聞いてから、フロイスに捕まっては面倒だと、あえてフロイスと共に部屋を出た。
「今日はご機嫌ですね」
フロイスは嬉しそうな顔で言った。
やっぱり綺麗だな。
「そうですね」
私は特に話を広げる気もなく、そう答えた。
「あなたが笑顔でいると、僕も笑顔になれます。もしかして、今日のスイーツはあなたの好きなチョコマフィンだったのですか?」
「違いますよ。今日は、ニイナ様がお作りになった、クッキーでしたよ」
「そうなんですね、勿論ルイ様の分は…」
「ニイナ様がラッピングをされていました」
ルイ様の分がない日には一体何が起きるか…。
私とフロイスは深く頷きあった。
「アイルさんは、クッキーを焼いたりしないのですか?」
「私は、男兄弟で育ってしまったので、そういったものとは無縁だったのです。今日、少しだけニイナ様に教えて頂きました」
ちょっとだけ言い訳したのは、大した理由はない。
「知っていますよ。ナタシウス様と、ルークス様ですよね?二人とも憧れの方です」
兄様は二人いて、二人とも騎士だ。
「兄を知っているとは」
「お会いしたことはありませんが、優秀な方と聞いてますよ」
兄様を誉められるのは嬉しい。
女癖が悪いだけで意外と良い奴なのかもしれない。
「あの、私今日は実家に行こうと思うのです。だから城門までご一緒させてください」
宿舎と、城門への分かれ道が見えてきて、私は実家に行く旨を話した。
「はい。勿論です。しかし、どうして今?」
「久しぶりに家族に会いたいなぁ、と」
我ながら苦しい理由かと思ったが、フロイスは気にした様子もなく、「そうですか」と微笑んだ。
「では、ご実家までお送りいたします」
フロイスが笑顔でそう言い、私は凍りついた。
「何を言うんだお前は」
また心の中のツッコミが口から出た。
辺りを見回す。
誰もいない。
セーフ。
「はは。あなたのそのしゃべり方も好きですよ。別に深い意味はありませんよ、ご令嬢がひとりで行くのは心配だと思ったのでお供しようと。僕もあとは帰るだけですし」
「いやいや、ご迷惑をおかけするわけには…」
「迷惑ではありません。さ、行きましょう」
困る困る。
こんな綺麗な男連れてなんて行ったら両親は大喜びで、安心して縁談を持ってこなくなるかもしれない。
そう思うのに腕はホールドされて、あれよあれよと馬車に乗せられた。
一緒に乗ったこの男はご機嫌だ。
なんなんだ。
フロイスがひとりでしゃべっている間にも馬車は私の家に着いた。
どうしたものか。
「ありがとうございました。また明日」
一刻も早く帰そうと私が口を開くが、
「ご挨拶をしなければ」
とフロイスが私よりも先に小さな屋敷のドアを叩いた。
出てきたのはよく知る家令のアンドリュー。
「はじめまして。アイルさんをお送りに参りました。魔術高等学校に在学中のフロイス・アーティーと申します」
突然現れ自己紹介を始めたフロイスに驚いたアンドリューだったがすぐに持ち直し、
「これはこれは。アンドリューと申します。アイルお嬢様お帰りなさいませ。旦那様をお知らせしてまいりますので、上がってお待ちください」
と、簡単にフロイスを屋敷に招いた。
困った。
私は完全に頭を抱えた。
フロイスの考えが分からない。
ここで親に紹介されて困るのはフロイスの方ではないのか。
そこまで王子の命令を守るのに必死なのだろうか。
屋敷の応接間に飛び込むように来た両親は混乱しながらも嬉しそうで私が危惧した通りの展開になった。
もしかして、私は予知能力があったのかもしれない。
そして、両親は私達を恋人同士だと勘違いした。
結婚のために実家に来たが確実に婚期は遠ざかった。
今日は実家に泊まろうと思ってたのに、何故か城に戻ることになり、またフロイスに送ってもらっている。
「どういうおつもりですか!」
つい、そう言ってしまった。
真意が分からなかったのだ。
「どうもこうも。僕は嬉しいです。あなたの恋人と認められて」
「ちょっと待ってよ!認められるもなにも、私が認めてないわよ!」
「そうですね、その問題がありましたね。それはのちのち解決していきましょうか」
やべー、話通じねー。
「フロイス様。恋人はいらっしゃらないの?」
とりあえず現状を確認しなければと口を開いた。
「あなたです」
にっこり。
ぞわぞわ、と寒気がした。
話通じねー怖い。
私はもう話すことを放棄した。
フロイスはいつになく機嫌が良い気がした。
馬車を降りる時、飛びっきりの笑顔で、
「こんなにあなたと一緒にいられたのは初めてです。とても嬉しかったです」
と言われた。
なんだかとても重い気がした。
それからというもの、フロイスのアプローチがあからさまになった。
これまでは、あくまで紳士に、という感じだったが、押し付け感がすごい。
「可愛いです。今すぐ結婚したい」(付き合ってもねーよ)
「その笑顔を一生近くで見ていたい」(恋人でもないです)
「姫、デートに行きませんか?」(姫じゃないです。下級貴族です)
と言った感じだ。
疲れる。
「いいじゃん、アイル。行ってきなよ、デート」
キラキラした顔で、ニイナ様がおっしゃった。
フロイスのことを相談したのだ。
「ええとですね」
「うん?んー?アイルは、フロイス様の何が嫌なの?なかなかの高物件だよね?」
ルイ様がいない午前中のスイーツタイムだ。
ニイナ様の強い希望で一緒に過ごさせて頂いている。
「何が嫌なのか、…。ちょっと怖いってところです」
「怖いかぁ…。知らないことって怖く感じるじゃない?だから、知ってみたらいいんじゃないかな?」
私はフロイスがもしかしたら本気で私のことをと最近考え始めた。
もし、フロイスが本気で私が好きならば、問題はない。
だが、時々感じる怖さがある。
何か得体の知れないものがあるのだ。
しかも、恋だの愛だの言っていられないことは分かっているが、私はフロイスに恋をしているわけじゃない。
「んー…」
「迷ってるなら、フロイスとデートしてみなよ。それから考えたら?」
ニイナ様がそう言うならと、私は休日にフロイスと街に出かけることにした。
街に行って改めてフロイスがモテるということを感じた。
どこに行っても熱い視線を受けるし、色々なひとから話かけられる。
しかし私への気配りも忘れない。
完璧といった感じだ。
デートはつまらなくない。
でも、とても楽しいというわけでもなかった。
お腹がすいた私達は露天でご飯を買うことにした。
フロイスはレストランに入ろうと言ったのだが、これ以上完璧なフロイスを見たくなかった。
フロイスが買いに行っているのを待っている間に変な男三人に絡まれた。
要はかつあげ。
そんな輩に払う金はねーと無視を決め込んでいたら、路地に連れ込まれた。
「くそ生意気な女だな!」
一人の男が私を路地の壁に押し付けた。
もう一人がにやにやした顔で私の服に手をかけた。
「服でも脱がせればちょっとは可愛げも出てくるんじゃねーか」
そこで私はやっと危機感を覚え始めた。
少し涙が滲んできた。
「おい!」
そう叫ぶ声が聞こえた。
フロイスだ。
三人の男達が素手で倒されて行く。
「アイルさん!」
私は驚きで涙が引っ込んだ。
「大丈夫ですか?大丈夫じゃないですよね?ああ、ああ」
フロイスが先程男達を倒した姿からは考えられない情けない顔で私の前に座り込んだ。
私が何か言う前に私のことを抱きしめて
「俺のアイルさんが!!」
と叫んだ。
「何もされてないし!あなたのものじゃない!」
軽く頭を叩きながらそう言うと、フロイスはすぐに顔を上げた。
「本当に何もされてない?」
「はい。大丈夫ですよ」
私が大きく頷けばフロイスは安心したように笑った。
なんだかそれが可愛くてちょっとどきりとした。
その後、フロイスは私を見失わないようにと、手を繋いだ。
それからさっきのお詫びだと、色んなものを買い与えようとしてきた。
そんなに物はいらないけど、その甲斐甲斐しさがなんだか可愛くて、デートは楽しかった。
それからというもの私とフロイスはよく二人で出かけるようになった。
一番大きかったのは、食の趣味があった事。
私は今年からお酒を飲めるようになったのだが、フロイスとお酒を飲むのが好きだ。
フロイスのお酒のチョイスは素晴らしく、今まで外れたことはない。
私はどんどんとフロイスに惹かれていった。
しかし、私には大きな懸念事項があった。
フロイスはもともと王子の命令で私に近付いたのだ。
そんな大きな不安を抱えながらもフロイスと一緒にいる日々が過ぎていった。
そして大きな事件が起こった。
「アイル。フロイス様とは最近どうなの?」
ニイナ様は最近忙しくされていて、久しぶりにとれた午前中のスイーツタイムで、そう聞いてきた。
「まぁ、順調というか。付き合ってもいませんが」
「あれ?まだなの?てっきりもう婚約でもしそうな勢いかと思った」
ニイナ様はお茶目な冗談を言って笑った。
「アイル、何かフロイス様に思うことがあるんでしょ?」
ニイナ様はお見通しと言うようににっこりと笑った。
その通りだけど。
「はい。フロイス様を信じられないっていうか…」
「フロイス様を信じられないかぁ…。信じていいの?って聞けたらいいんだけどね…」
ニイナ様は悩むように目を瞑った。
「信じてる、って言っちゃうのがいいかも!信じるなんて言われたら裏切れないでしょ?」
名案だ!とニイナ様は弾んだ声で言った。
「そうですね!今度言ってみます」
私はニイナ様の助言を胸に刻んだ。
「私アイルのこと大好きなの。アイルがいてくれたから、寂しくないし、友達がいるみたいだった。というか、私はアイルのこと友達だと思ってるけどね」
突然のことに驚いたが、とても嬉しかった。
友達。
私はニイナ様の友達。
「嬉しいです。私もニイナ様が大好きです。友達って言ってしまっていいのか分かりませんが、私も友達だと思っていいですか?」
「勿論!」
私はニイナ様と笑いあった。
それからルイ様が来て、雰囲気が切られたけど、私はとても幸せな気分だった。
「アイル、幸せになってね」
部屋から出る時、小さくそう呟かれた気がする。
それから数日後、ニイナ様が、元の世界に帰った。
私は悲しいだか、よく分からなかった。
でも、それがニイナ様の望みならそれでいいとも思った。
ニイナ様のいない職場に魅力を感じなくて辞めた。
一応貴族の娘だったので、働かなくても良かった。
フロイスは来たけど、あんまり外に出たくなかった。
そんな私を見かねた両親に、パーティーに連れて行かれた。
パーティーでフロイスが色んな女の人と踊ってるのを見た。
なんだかムカついた。
最近忘れていたがフロイスはモテる男で、女癖が悪い奴だった。
私と遊んでいたのも王子の命令だった。
本当に王子の命令なのか、そう思うことは何度もあった。
でも聞けなかった。
ただ、その時はお酒が入っていて、むしゃくしゃしていた。
理由にはならないけど。
女の群の中にいるフロイスを引っ張り出して、人がいない場所に連れて行く。
普通逆な気がするけど、問題ない。
私は気にしない。
「フロイス様」
そう口にしてから、何を言うか決めていないことに気が付いた。
困った。
フロイスは私を待つように何も言わない。
「信じてます」
ふと、出た言葉がそれだった。
ニイナ様の言葉。
そう、私は信じたい。
好きだと、言ってくれたフロイスの言葉を。
「な、何を…」
どもったフロイスを見上げると、真っ赤な顔をしていた。
酔っているのだろうか、さっきまでは普通だったのに。
なんだかそんなフロイスが面白くて、ちょっと大胆に言ってみた。
「私を、好きだと言ったあなたを信じてます」
見上げればさっきよりももっと赤い顔をしたフロイスがいた。
私は訳が分からない間に抱きしめられていた。
「好きだ。愛してる。信じて。俺はアイルを、愛してる」
何度もそう言われて気が付けばフロイスが私の指にリングをはめていた。
ぴったりだし、なんで指輪を持ってるのか分からないからびっくりした。
でもなんか幸せな気持ちになった。
この人が私のものなんて、悪くない感覚。
それからはとんとん拍子に進んだ。
ルイ様がフロイスを私にあてがったと思っていたが違うらしい。
フロイスが私にアタックしているのを見て良い案だと思ったと言っていた。
怖いね。
フロイスは彼の父から家を一つ貰い受け、私達はそこで暮らし始めた。
結婚を急ぎ過ぎて二人とも未熟なままだけど、私は毎日フロイスの母の元でたくさんのことを学んでいる。
公爵家に毎日通うのが面倒くさいので、公爵家に住めばいいのでは?と何度も言ったが、フロイスは引かなかった。
強いこだわりがあるらしい。
でも、日々幸せだ。
結婚してから、知ることも多い。
私はフロイスを誤解していた部分が多かったようだ。
彼は遊び人じゃないし、性格も優しい。
ちょっとわがままだけど、そこも可愛い。
ニイナ様には感謝しなければならない。
ニイナ様の言葉がなければこの幸せがないのだから。
本当に彼女は聖女様だ。
私はそんな彼女に仕えることが出来たことを誇りに思っている。
あるはずないけど、ニイナ様がもし戻ってこられたらまた仕えたいな、なんて。
そんなことフロイスに言った。
彼は優しく頷いた。
*********
そして、月日が経ち、アイルの願望が叶った。
聖女様がお戻りになられたのだ。
アイルは昔からの意志を変えるわけもなく、夫であるフロイスに再びニイナの元で働くことを告げた。
しかし、彼は強く反対した。
「働かなくても生きていけるでしょ!アイルは家で俺だけを待ってて」
要するに独占欲だ。
もう新婚ではないが、フロイスのアイルへの愛は減るどころか増加し続けている。
「私は、結婚した時からニイナ様がお戻りになられたらまた働きたい、って言ってた!だから働く!邪魔するな!ボケナス!」
アイルの口の悪さは加速していくばかりだ。
「アイル…」
フロイスはどうやってアイルを説得しようかと、考えるが、アイルの方が一枚上手であった。
「信じてます。旦那さん」
そう言って、フロイスの頬にキスをした。
「うん」
チョロすぎである。
それからアイルは楽しげに再びニイナの元で働き始めた。
アイルには常に沢山の護衛がつけられていた。
護衛というか監視というようなものであるが。
アイルはそれを知らない。
フロイスは、十四の時にアイルに恋をした。
当時アイルは十二歳、王宮に勤め始めたばかりである。
フロイスは公爵家の長男であり、周りからの期待に潰されそうになっていた。
また、大層優秀な従兄弟にも劣等感を抱いていた。
そこに現れたのがアイルだ。
庭園の隅で落ち込んでいたフロイスにお花とマフィンをあげたのだ。
たったそれだけ、それだけで、フロイスはアイルに恋をした。
それからフロイスはアイルのことを調べ尽くした。
名前、住所、家族構成、好きな食べ物。
とにかく調べたそして影から見守り続け、接触する機会を虎視眈々と狙っていた。
そして、その時が来た。
フロイスの従兄弟である王子の母代わりの人物の侍女になったのだ。
それからはご存知の通り押して押して押し付けまくった。
好物、家族構成、住所など全部知っていることをアイルが気付かなかったことが勝因だろう。
アイルはフロイスの愛が少し(・・)重いと思っているだけで、彼の異常さに気が付いていない。
アイルが初めに感じていた、「怖さ」は正しかった。
「知らないことって怖く感じるじゃない?だから、知ってみたらいいんじゃないかな?」
アイルは今幸せだ。
子供がいて、大好きな人とともに過ごす日々。
だから彼女の大好きなニイナ様の言葉は間違っている。
知らない方が良いこともあると…。
似たことを言う男が王宮にいるらしい。
「「必要以上にニイナ・アイルと話すな!近寄るな!」」




