表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

カスツール駐屯地

ヘルガ・エッカーマンは、紺碧の目をまっすぐ前に見据え、色あせた絨毯の敷かれた長い廊下を歩いていた。


ここ、アストラシア王国軍カスツール駐屯所の3階から5階は軍幹部の執務室が並んでおり、長い廊下の突き当たりにはアシュレイ中将の執務室があった。

廊下に他に人気はなく、ヘルガの履く長靴の音だけが響いていた。


突き当たりにあるアシュレイ中将の執務室ドアは樫でできており、一目見てこの建物が数百年の歴史を刻んでいることを感じさせた。

サンドライオンの形をした真鍮の把手が大仰にしつらえられているが、把手のすぐ上に悠久の歴史を刻むドアには場違いな新しい刀傷が大きく横に伸びており、今は静謐なこの場所ですら半年前の戦場になったことを明確に物語っていた。


ドアを皮の手袋をした手で大きく2回ノックをし、返事を待ってから、ヘルガは滑るように開けたドアの隙間から部屋の中に入った。



 「お呼びですか中将」



部屋の中心に置かれた大机の前で直立不動の姿勢を取り、ヘルガは大机を挟んで椅子に座る壮年の男性を見下ろした。

ヘルガからは男の上半身しか見えないが、椅子に座りながらもその体の大きさが伺えた。軍服を窮屈そうに身につけており、彼の体が単なる肥満ではなく、中に隆々とした筋肉を纏っていることを伺わせた。


男は書類に目を通しながらヘルガにソファに座るように促し、しばらくしてその大きな体を揺すりながらヘルガの向かいに座った。



 「君は向いのじいさんがやってる店にもう行ったか」



ヘルガは肩を緊張させた。

アシュレイが飲み屋の話を始めたからではない。

この壮年の男は普段は無口で部下と慣れ合うような事はせず、雑談などしない男である。

そんな彼が雑談から入るときは決まって、機密作戦に関係する重大な軍務の通達であるからだ。



「私にはアギール人の作る酒は口に合わないようです」



「そうか、どうやらアギール人は我々アストニアンに比べて滅法酒に強いようだ。おまけにアルコールにトウチョウ人参の辛味を足すものだから俺にもどうにもならんよ」



アシュレイは壁に沿って置いてある、腰まである大きなキャビネットの上に置かれたヴォルカ酒をコップに注ぎ、ヘルガにも勧めた。



「やはり酒は慣れ親しんだものに限る」



アシュレイはヴォルガ酒を一口舐めてからそう言った。

そして、急にソファから身を起こし、ヘルガを一直線に見つめた。この男が本題に入る合図だった。



「ところで君は現在の我が軍をどうみる」



「と、言いますと」



「言うまでも無いことだが、現在我が軍がここカスツールを落としてから半年、戦線は膠着状態だ。『紅烏あかがらす』を一度は破ったものの、その後これといった戦果を上げる事ができていない」



確かにアシュレイの言うとおりだった。

アストラシア王国の西に隣接するソーラシア共和国は、かつてソラシル帝国といい、数百年の歴史をもった大国であった。


帝国であったころはヘルガの生まれ育ったアストラシア王国との関係も良好であり政略結婚による血縁関係もあったが、7年前の民衆革命によって皇帝は処刑され、アストラシア国王の妹である第二皇妃は生死すら判らない状態となっていた。


この革命によりアストラシア王国との関係は敵対的なものとなり、国交は断絶したが、アストラシア王国はこの民衆による共和制の国家体制を認めず、彼らの軍隊をあくまで『ソラシル賊』と名づけて蔑んでいた。



「あかがらす」



ヘルガは確かめるように、その奇妙な呼び名を声に出してつぶやいた。


ソラシル賊には、その軍力の大部分を担う部隊があった。

彼らは近隣諸国による経済封鎖の為に資金が足りず、かつての帝国軍の紋章が入った鎧を見にまとい、その紋章を削って共和国紋章としていた。


その共和国紋章が赤黒い烏のような形をしている事から彼らは近隣諸国から紅烏あかがらすと呼ばれていた。

彼らはかつての帝国精鋭部隊の革命に与した者達であり、その頑強さをもって、成立間もないソーラシア共和国の強固な外壁として近隣諸国からの侵略を防いでいた。


半年前、アストラシア国王エアハルト3世は、第二皇妃シュヘルメの救援という名目で、ヘルガの所属する王国軍による進軍を行った。

過去何度か紅烏に苦杯を舐めさせられていることを教訓に紅烏との直接的戦闘を避けて背後を突く作戦を実行した。

作戦は成功し、国境線から西に40キロメルテの軍事重要拠点である、この地カスツールを陥落させ、現在はヘルガの所属する王国陸軍の駐屯地をおいていた。



「確かに半年前は勝つことができた。この半年の動きから見て、紅烏もかなり大きな痛手を被ったようだ。しかしあの手に二度もかかる相手ではない。無論、このカスツールを奪還しにいつ進軍してくるかわからん」



「私の部隊は何をすればよいのでしょうか」



「ロランド王国に行ってくれ」



「ロランド王国?」



ロランド王国とは、ソーラシア共和国の南西にある、群島国家である。

その小規模な領地のせいで古くより大きな政治力を持たない弱小国家であったが、外交的な立ち回りにより他国からの侵略を受けず、細く長い歴史を刻んでいた。

しかし、近年は官僚出の優秀な宰相の手によって、海洋貿易によって稼いだ財で海軍を強化し、急激に軍事力を高めていた。



「しかし、あの国はソーラシア共和国包囲網の一員であり、いわば我が国と同盟国です。諜報部隊ならまだしも、我々のような一個師団はおろか一個連隊ですら出向くのに正当な理由が無い限り進駐などー」



「進駐はしないよ。正当な理由などもちろん作れるはずもない。今回はかなり特殊な任務となるということだ。」



アシュレイ中将はそこで一呼吸置き、思い出したかのようにヴォルガ酒の入ったコップを口に運んだ。

ヘルガはそれを黙って見ながら、次に来る彼からの言葉を漏らさず聞き取るように、神経を集中させた。



「君の小隊から、そうだな、5人ばかりの部隊を作れ。もちろん精鋭だ。君の指揮の元、彼らを連れてロランド王国の首都へベネイに向かってくれ」



「そこに案内人を用意した。まずは彼と合流してほしい」



「同盟国に諜報、ですか」



「ふむ、否定はしない。ただ、やってもらう事は単に匂いを嗅ぎにいくわけじゃあない」



「嗅ぎつけるのではなく、噛み殺す。ソーラシア共和国の大臣でも潜んでもいるのですか」



そうヘルガが言うと、アシュレイの目の中が鈍く光った。



「咬み殺す相手は、ロランド王国上級宰相アルバロ=カルニセル。現在のロランド王国の繁栄を築いた立役者であり、あの国において王族を除いて最も高貴な人間だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ