一日目・夜
あらゆる敵を打ち破る強力な魔法を行使し、あらゆる魔法を無効化する無敵の盾を持つといわれた、当代最高峰の魔法使い、フォルティス。
世界最強と呼ばれた魔法使いが、今、目の前で死んでいる。
男は座ったまま、しばらく、それを眺めていた。
燭台の火が揺れて、床に広がった豪奢なマントの金糸を照らしている。倒れたフォルティスの顔には苦悶の色も、驚きの色さえも刻まれておらず、歴戦の戦士のような無骨な面構えのまま、途中でやめた居眠りのように目を閉じていた。
最後はあっけないものだった。苦しみも一瞬だっただろう。
しかし、そう考えると、フォルティスが犯した罪には、釣り合わなかったかもしれない。もっと苦しむか、自ら殺してくれと頼むような、そんな死に方こそが相応しかった。
だが、これで良かったはずだ。男は、自分を納得させるように頷くと、ようやく椅子から立ち上がり、部屋の中を見渡した。
壁一面の書架には読まれた形跡のない書物が背を揃え、棚には意匠も年代もばらばらの品々が並んでいる。
東方の香炉、何かの牙を削った杖、文字の消えかけた石板——世界中から集められた、脈絡のない蒐集品たちだ。
この部屋を訪れた時、フォルティスはすでに上機嫌だった。
「よく来た、詩人。そこに掛けるがいい」
吟遊詩人という立場の男に対して、手ずから葡萄酒を注いでみせた。自分の伝説が歌になるという趣向を、よほど気に入ったらしい。
フォルティスは求めに応じて、古い戦の話を語り出した。
「あれは東の果ての戦の話でな。城を囲んだ異民の軍が、幾重にも攻め寄せた。だが城壁は堅固な護りよ、古き代より一度も破られたことがない」
「——ほどけぬ護りにございますな」
「やがて異民は焦れて攻めあぐね、兵糧尽きて退きはじめた。そこで私は」
「——いざ、と打って出たと」
「その通り。我が大規模魔法の前に、異民どもは散り散りになって還っていきおった」
男はフォルティスの話に、時に問いかけ、あるいは頷き、リュートを小さく鳴らして、相槌を打つ。
いつから無防備なその姿を晒していたか、フォルティスは気づかなかっただろう。
その力の本当の使い道を知らず、ただ己の欲のために奪った。
この日を待ち望み、幾重にも備えてきた。
いざ、実行してみれば、なんの抵抗もなく成し遂げることができた。
リュートを抱える指先が、小さく震えている。
だが、まだ、すべてが終わったわけではない。
扉の前に立って耳を澄ますと、廊下に人の気配はなく、宴の喧騒もとうに引いて、屋敷は寝静まっていた。
男は息をひとつ整え、口元に笑みを作った。目を細め、肩の力を抜く。どこにでもいる、人好きのする吟遊詩人の顔——この屋敷の中で演じる、男のもうひとつの顔。
ここに集まった、ひと癖もふた癖もある魔法使いたち。
その気になれば、言葉ひとつで人を骸に変える、異形の者たち。
やつらの目を欺き、この場を無事に切り抜けてこそ、この悲願は成功する。
男は、慎重に部屋の扉を開けると、静まり返った廊下に身を滑らせていった。




