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第6話 要請


「…………!」


 一実が目を開けた時、最初に目に入ったのは白い天井と両親の顔だった。


「一実……大丈夫?」


「お母さんたちのことわかる?」


「一実……!」


 一実の両親は、心底心配した様子で彼女のことを覗き込んできた。


「お母さん……お父さん……私……」


  一実は状況を把握しようと、少し首をもたげて辺りを見回す。視界の多くを白色が埋めている。そこは、病室のようだった。どこか冷たい感触のするシーツから、彼女はここがいるべき場所ではないように感じた。

 

「……?」

 

 自分はなぜ病室に寝ているのだろうか。一実は意識を失う前のことがピンと来ず、覚醒が進むにつれて記憶を整理してみる。


「あっ!私……私は……」


 倒れた時の記憶は確かにあったが、信じられないほど荒唐無稽だった。


「あ、あぁ……お母さん。私、変な夢見てたのかも……」


 その出来事は、一実がそれこそ夢に見るほどに夢見たことだった。ただ、それは彼女にとって夢でしかないものであり、妄想であると彼女自身が考えていたことだ。


「一実!一実が魔法少女に変身したって本当なのか!?」


 父が一実に詰め寄ってくる。彼女の耳に入ってきた『魔法少女』という言葉……それをトリガーに気絶する直前の記憶が流れ出す。


「くっ……うぅ……!」


「動いちゃダメ!折れてはいないけど傷は深いって先生が言っていたから」


 動揺した一実がベッドから上半身を起こそうとしたとき、右足あたりから鋭い痛みが走る。そしてその痛みが、完全に彼女の意識を覚醒させたのだった。


「あれ……?私ホントに……」


 彼女は違和感を覚えていた。夢ならば目が覚めてしまえばあいまいになっていくはずだ。しかし、一連の出来事の光景は彼女の脳裏に焼き付いていた。


「私、魔法少女になってたの?」


 両親より自分の方がよく分かっているはずのことだったが、一実自身がそう訊かざるをえないほど現実離れした出来事であった。


「私たちもとても信じられないが、お前をここに運んだOIDOの人が言うにはそうだったらしい……いったい何がどうなってそうなったんだ?教えてくれ、一実!」


 心配と混乱に突き動かされているのか、父は彼女を問い詰める。話の中で聞こえたOIDOという名前。それは、勇者を開発し、魔法少女を支援する国際組織の名前だった。魔法少女に親しむ彼女にとっては、そこそこ馴染みのある名前だ。そんな彼女の記憶では、確か鋼魔の被害者支援も行っているという話がある。意識を失うまでの経緯を考えれば、この病室もその関連の施設かと一実は察することができた。


「待ってあなた。一実も混乱してるみたいだから、落ち着くまでそっとしておきましょう。足のケガもあることだし……」


 焦った様子の母がそれを諫めた。親から見れば、子供が戦うというのは気が気ではないことだったか、と現実感のない一実は他人事のように考えていた。


「ごめん、お父さん。……私も何が何だか分からなかったの。死にたくなくて、無我夢中で……」


 一実から見れば、そうしたかったからそれをした、という能動的な行動というより、生きるためにできることをやったという認識だった。そう、自分のため、そばにいた男の子のために……。


「ねぇ!?あの子は無事?私の近くに小さい男の子がいたはずなんだけど……!」


 そばにいた小さな命。あの場だけの関係だったけれど、一実にしてみれば命を懸けて守ろうとした存在だった。今度は逆に一実の方が両親に詰め寄った。


「それって、あなたが助けようとした子供のこと?それなら大丈夫……怪我なく保護されて、はぐれた親御さんのところに帰されたそうよ」


「そっか……はぁ~~~!よかった……!」


 心からの安堵のため息を吐いて、一実は枕に身を預けた。彼女はあの子が1人でいたことから最悪のパターンも考えていたので、親子がちゃんと再会できたと聞けて、喜ぶ以上に安堵した。


「本当にありがとうって伝えてほしいって、その親子に言われているわ」


「うん……本当によかった……」


 少し涙を浮かべながら彼女は微笑んだ。


「魔法少女になって、戦ったこともそうだが……お前に小さい子を助けるような勇気があるとは思ってなかった。正直信じられないくらいだ」


 一実の父は顎をさすって困惑を表した。


「うん、私自身が信じられないよ……」


 いっぱいいっぱいで何も考えていなかったということもあるが、振り返ってみれば彼女自身、よくできたな? と疑問に感じる行動だった。正直もう一度やれと言われても、できそうにないと考えていた。


「あなた?この子は困っている人がいたら助けようとする優しい子よ。最近は余裕なかったからか、そういう印象がないかもだけど」


「お母さん……」


 一実は母が自分をそんな風に見ていたとは思っておらず、分かりやすく照れた。


「それはそうと、もうすぐお医者さんが来るはずだから、異常がないかしっかり見てもらえ。色々話したいことが……正直山ほどあるが……全部それが終わってからだ」


「うん」


 一実はその後、医師からの検査を受け、最初に診断した以上の異常は見られないと診断された。それでも、怪我を大事に見て、明日1日入院することになった。

 そして、とりあえずその1日は何も考えずに回復に努めようという話になり、両親のどちらかが家に帰って荷物を持ってくるかと話していた時……


“コンコン……”


「OIDOの職員です。碧乃一実さんにお話があって来ました」


 ノックとともに、聞くだけで緊張感が生まれるような女性の声が、部屋の外から響いてきた。


「OIDO……」


 ここがOIDOの施設であるのなら、その職員が来ることは何もおかしいことではないと一実にも理解できる。そして何の話をされるかも分かる。ただ、それが分かったからと言って何を言えばいいか分からないし、ましてやその後に何をされるかなんて見当もつかない。

 彼女は不安を込めた視線を、母に送る。しかし、両親にとっても身に余る事柄のようで、暗い表情で視線を逸らすことしかできなかった。OIDOの持つ権力は国家権力にも等しい所がある。せめて、両親も愛する娘のために落ち着いた環境を作りたいと願っていた。それでも逆らえず、1日休んでからにしてくれればいいのに、とつぶやくだけで、その者たちを部屋に入れるしかなかった。

 

「失礼します」


「…………!!!」


 入ってきた人物は3人。最初に入ってきたのはさっきの声の主であろう、威厳のある女性。OIDOのものらしき軍服のような衣服を身に付けている。その女性から、一実は息を呑むような迫力を感じた。そしてその後ろには付き人らしき2人がついてきている。


「初めまして、私はOIDO日本支部司令、岩崎美香子です」


「に、日本支部司令!?」


  その女性の肩書を聞いて、一実の両親は動揺する。鋼魔の脅威に国際的に協力して立ち向かおうという大義のもとに設立された組織がOIDOだ。その本部はアメリカにあるが、世界各地にある支部の中でも日本支部は、諸々の事情から重要な地位にある。そこのトップというのは相当なお偉いさんというわけである。


「あなたが碧乃一実さんですね?」


 ベッドの横に来た司令は一実の目をまっすぐに見つめる。彼女はその状況と司令の存在感で動悸が早くなっていた。


「まずは言わなければならないことがあります。先日は鋼魔排除に協力していただき本当にありがとうございました」


 司令はそう言って恭しくお辞儀をした。


「あ、え……はい……」


 一実はそんな風に扱われたのは初めてだったので、半分呆けながら答える。


「あなたのおかげで、多くの人命が救われましたし、侵蝕の影響も最小限に抑えられました。……穴を埋めてもらったシンセリーも感謝していました」


「シンセリーが!?……あ、ですか……?」


 緊張した一実の心を躍らせるにはその名前が一番だった。明らかにテンションが上がってしまったことに途中で気づき、彼女は顔を赤くして取り繕った。


「はい、いずれ直接お礼を言いたいとも……」


「直接!?……ですか……えへへへ……」


 あまりの喜びで、一実は表情を蕩けさせてしまう。しかし、さすがにそういう場面ではないと思ってすぐに表情筋を引き締めた。


「ノクストス……悠夜さんが助けてくれたからです。……そもそも、あの人が駆けつけてくれなかったら、普通に食べられちゃったと思います。褒めるなら、あの人の方だと……!?そう言えば、ノクストスさんはどうなりましたか?片腕が壊れちゃったみたいでしたけど……」


 戦ったのはほとんどノクストスであると、謙遜しようとしたところで、彼女は思い出す。人の腕がもげることよりは軽いことだとしても、彼自身も無視できない傷を負っていたことを……。


「ノクストスですか……彼にも関係することで一実さんにお話ししたいことがあります。……ご家族の方は、一度退出していただけませんか?」


「どういうことですか?」


 思いがけない頼みに彼女の両親は反発したが、付き人といっしょに無言の圧力をかけられてしまい、引き下がるしかなかった。


「そ、それで、話って何ですか?……というか、悠夜さんは無事なんですか?」


 両親という最大の味方がいなくなった一実は一気に心細くなり、恐る恐るといった様子で聞く。あそこで話を切るということは、悠夜さんに関係する話ではあるのだろうか。


「まず、ノクストスですが現在、OIDOの地下施設に半凍結状態で拘束しています」


「は、え!?何でですか!?修理に必要なこととかなんですか!?」


 凍結して拘束……物騒な字面からそういう話ではないと察しつつもすがるような気持ちで聞き返す。


「そうではありません。そもそも、あの現場に単独で先行することが命令違反だったのです。あげく民間人と契約して戦闘に巻き込むなど……本来なら即刻廃棄処分になるほどの暴挙です。現状、仮の処分として封印しています」


「そんな!あの人が来てくれたおかげで、私も周りの人たちも助かったんです!そんな彼を殺すだなんて……」


  一実にOIDOの事情は分からない。しかし、悠夜が危機的な状況にあることは分かる。彼女にとってノクストスは間違いなく勇者(ヒーロー)だった。そんな存在がこの世から消えてしまうなど受け入れられない。


「それは、個人の理屈ですね。我々は、組織の理屈で動いています。アレは戦闘兵器です。それが人の制御の外にあるというのは、由々しき事態なのです」


 アレ、戦闘兵器……彼には人権がないとでも言うような物言いだった。実際そうなのかもしれないと一実も納得しかける。しかし、勇者とは心を持ったロボットではないのか。彼女自身も直接触れて知っている。彼にはやわらかくて暖かい心があると。それを踏み躙ることは……。


「その処置に不満があるというのなら、あなたにもできることがあります」


「……え?」


 一実が込み上げてきたムカムカを相手にぶつけようとしたところで、それを予想済みというような言葉が先に飛んでくる。


「単刀直入に言います。碧乃一実さん、あなたに正式な魔法少女として、戦ってほしいのです」


「……!?」


 一実は司令の言葉で、両肩を跳ねさせた。彼女の反応の薄さは、半ば予想していたことと、受け止め切れないほどの重大さからくるものだ。


「ぶっつけ本番にもかかわらず、鋼魔の撃破に成功するだけではなく、人命救助にも気を割いていたこと。あなたは、魔法少女としてこれ以上ない人材だと思われます。人々のため、なんとしても協力をお願いしたい。……それが、我々OIDOの総意です。この要請を受けて頂けるなら、ノクストスの未来も拓けるでしょう」


 司令はその存在感の全てを注ぎ込むようにして、その願いを一実に伝えてくる。それを受け止めた彼女は、息ができなくなるような緊張感に包まれてしまった気がした。


「……できま、せん……」


 少しの沈黙の後、一実は絞り出すように答えた。


ここから一実が覚悟を決めるまでの話が数話続きます。しばしお付き合いください。

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