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第2話 少女の希望

碧乃一実の運命が動き始めたのは、ある休日だった。

一実が毎日の寝不足を取り返すためにベッドに籠っていたところ、母親からお使いを頼まれた。寝ておきたい気持ちもあったが、気分転換もかねて外出することにした。こういう理由がなければ家に籠りがちなのが、一実という人間であった。

 それを誰よりも分かっている母親も、外に出させるつもりだったらしい。必要な金額よりいくらか多めのお金を渡されて、一実は繁華街へ繰り出すことになった。

 母に選んでもらった外行きの服に袖を通し、一実はほとんど手ぶらで外へ出る。意識的なおしゃれと言ったら、彼女が幼い頃から大切にしているペンダントぐらいだった。

 そのペンダントの先には石が付いている。一実が幼い頃から持っていて、小さな子供がよくするように宝物として愛でていた石だ。ある程度大きくなっても一実が変わらず大切にしていたので、それを見た母がペンダントのアクセサリーとして加工してくれたのだ。

 そういう経緯もあって、それは一実が唯一と言っていいほど意識して身に付けるアクセサリーだった。おしゃれに対する意識が高いとは言えない彼女も、そのペンダントを身に付けると気分が上がる。お守りのような品だった。


「はぁー……」


 一実は街を歩きながら、またため息をついてしまう。そんな風にため息をつく女に人など寄り付かないと、彼女自身も自覚していた。このままでは、彼女がうらやむ青春など手に入るはずもない。ただ、うつうつとした日々を送るうちに、幼い頃は彼女にもあったはずの、目の前の全部を肯定しながら、目についた所に突撃していく陽気さはどこかに置いてきてしまって、もう見つけられない。

 自意識過剰かもしれないが、一実は自分自身がまわりからひどく浮いているのではないかと錯覚してしまう。子連れの夫婦。キャーキャーと騒ぎながら歩いている女子の集団。そして、手をつないで幸せそうにしているカップル。

それらを見た一実には、彼らが別の世界に生きているように感じられてしまう。憎むほどではない。けれど、羨ましいという気持ちを止めることもできなかった。


「……せっかくお母さんが気を利かせてくれたのに、悪い方に考えちゃダメ!」


 一実はそう言って笑顔を作り、前を向く。彼女は、楽しみたい、より良く生きたいという願いを捨てるほどには腐っていなかった。

 一実はペンダントの石からパワーを分けてもらうように、その石をぎゅっと握りしめ、自分に言い聞かせた。


 ※

 

 一実が向かったのは、可愛い洋服が並ぶアパレルショップ……を素通りした先にある、時々行くホビーショップだった。


「さて、今回はどんなお宝と出会えるかな~……」


 一実はインドア気質のため、アニメや漫画などは人並みに楽しんでいる。ただ、今回のお目当てはそういうグッズの類ではない。なんせ、その対象は現実にも存在しているからだ。


「お、エクスマインもシンセリーも新バージョンが出てる!」


 創作の中の存在がそのまま飛び出してきたような魔法少女と勇者は、現実に存在する。それでいて、アニメキャラのようなフィギュアなども商品化されていた。

 一実も立派な魔法少女&勇者グッズコレクターなので、かなりのお小遣いを収集に使っている。しかしあまりに人気なため、まめにホビーショップに顔を出して探すようにしても、新作が必ず手に入るわけではない。

 しかし、今日の一実はツイていた。一番新しい装備、つまりドレスをまとったシンセリーのフィギュアが残っていたのだ。それは中学生にしてはかなり高額な価格帯の代物だが、造形は最高級だ。勇者の改良とシンクロしているのか、豪華かつ精緻に進化していくシンセリーのドレスの最新バージョンが、しっかりと再現されている。一実は見た瞬間に購入を決意した。


「…………!」


 一実は飛びつきたい衝動にかられたが、愛するシンセリーのファンとしてみっともない真似をするわけにはいかないと、なんとかはやる自分を押さえつけた。そして、他の客に取られないよう、それとなく急ぎ足で商品棚に向かい、間違いなくその箱を抱きしめたのだった。


 ※


「はーっ……!家に帰って、箱を開けるの楽しみ~~!」


 会計を終えた一実は、先ほどまでのネガティブさがどこかに行ってしまった様子で、ほくほく顔をしながら店を出た。


「やっぱり、シンセリーは私の希望ですわ~~!」


 ビニールに包まれたその箱を、一実は我が子であるかのように大切に抱きかかえていた。シンセリーは、現実の脅威に立ち向かうだけではなく、このような形でも人々を助けている。本当にすごい存在だと、一実は改めて実感していた。


「おっと、お母さんからのお使いを忘れるところだった」


 すでに外は夕暮れ時で、このままだと夕飯に間に合わなくなる。焦った一実は急いでスーパーに向かう。異変が起こったのは、その時だった。


“ヴィー!ヴィー!”


「え……?」


 腹に響くような警報音が、町中に鳴り響いた。

 それが何を意味する警報なのか、一実は知っていた。


『鋼魔反応確認!鋼魔反応確認!近隣住民の方はシェルターに避難してください』


 町にある画面という画面が非常時用に切り替わり、禍々しい赤色の表示が見る者に危機感を抱かせる。持っていたスマホも震え出し、自動的に避難するべきシェルターの位置を表示した。


「つ、ついに来ちゃった……」


 鋼魔は人口密度の高い場所に突発的に発生する。一実は関東圏に住んでいるが、端の方だったこともあって、幸いにも自分のいる場所が避難区域になることはなかった。


「めっちゃ近いじゃん……!しかも二つっ!?」


 警報音を聞くだけでも一実は震えあがっていたが、詳細な情報を確認すると、さらに最悪なことが分かった。通常、鋼魔が現れた時の避難命令の範囲は、大事を取って広めに設定される。だから多くの場合、避難指示が出ている場所にいるからと言って、直ちに危険があるわけではない。しかし、今回は一実のいる場所が避難区域の中心になっている。それは、鋼魔のすぐ近くにいる可能性が高いということだった。

 それだけではない。鋼魔の反応は二つあった。これまで同じ国で鋼魔が同時に出現したことはなかった。そしてこの国にいる魔法少女と勇者は一人ずつしかおらず、また両者はコンビでなければ戦えない。最悪、他の国に救援を頼むことはできるが、どうあってもどちらかの鋼魔は、しばらく野放しにされることになる。


「に、逃げないと……!」


 一実はこれまで感じたことのない恐怖に背筋を震わせる。そして、自分勝手だと分かっていても、自分の方が後回しにされませんようにと祈らずにはいられなかった。


「早くきて……シンセリー!」


 一実は、ちょうど腕の中にあった守護神の偶像に縋るように、箱を強く抱きしめながらシェルターへ走った。決して落とさないようにしながら、ロザリオや数珠で祈るように、心で救い主を呼ぶ。


「はっ、はっ……!」


 周りの人々と一緒に、一実は息を切らしながら走っていた。彼女がそんな風に必死に走ったのは、生まれて初めてだった。心臓が弾けそうに痛む。もっと日頃から運動しておけばよかったという後悔が浮かんでいた。

 しかし運命は、一実という人間を逃してはくれなかった。


“ザッ……ザッ……”


「えっ?……なにこれ?」


 最初に異変が起こったのは電子機器だった。一実がシェルターへの道を確認しようとスマホの画面に目をやったとき、その画面にノイズが走り、うまく見えなくなった。

 異変は、周りの電子看板や信号機なども例外ではなかった。中にはスパークして煙を出すものまで現れる。


「うそ、まさか……」


 それは意味不明な現象ではない。一実には、原因に心当たりがあった。


“ブゥーン……‼”


 異様な不快感。そうとしか形容できない感覚が、一実の全身を包んだ。鳥肌が立って、寒気がする。そして体内の何かが吸い出されるように冷や汗が出てくる。


「…………!?」


 ドサッ、と何かが落ちるような音が、周りから聞こえ始めた。


「……グゥ……ち、力が……」


 一実の周りの人々が、次々と倒れ始めた。


「え……?皆さんどうしたんですか?」


 一実はその現象にも心当たりがあった。鋼魔には、恐ろしい能力がある。電子機器を狂わせ、生き物から生命力を吸い取ってしまう結界、あるいはフィールドのようなものを展開できるのだ。


“ゴゴゴゴーーーッ!”


背後から低く唸るような音が聞こえてくる。

 一実がたまらず背後を見たとき、そこには竜巻があった。それまで雨が降っていたわけでも、強い風が吹いていたわけでもない。ただ確かに、竜巻はまわりのものを巻き込みながら渦を巻いている。


「あ、あ……」


 そして、一実は確かに見た。竜巻の中心から、強い殺意を秘めた目が光っているのを。



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