第一話 「港湾都市監査」
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その監査結果は、国家を滅ぼす。
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剣ではなく、“信用”で世界を壊せ。
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国家を殺すのに、
軍隊は必要ない。
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「監査を開始する」
その言葉は、滅亡宣告だった。
港は、腐っていた。
潮風に混じる鉄錆の臭い。
魔導燃料の焦げた煙。
荷役用魔導機関の低い駆動音が、昼夜を問わず港湾都市ベルクハイムを揺らしている。
世界最大級の中継港。
旧南方王国群最後の大貿易都市。
そして――帝国でも有数の汚職都市。
ベルクハイムでは、
金と契約が全てだった。
誰も正義を信じない。
誰も法を信じない。
人々が信じているのは、
ただ一つ。
信用だけだ。
だからこそ、
この街は腐る。
「……合わない」
薄暗い帳簿室。
レオンは一冊の輸送記録を見つめていた。
港湾組合第三倉庫。
魔導鉱石搬入記録。
搬入量三千二百トン。
だが税関記録は二千七百トン。
五百トン足りない。
あり得ない数字だった。
魔導鉱石は国家指定戦略資源。
紛失すれば、
軍需省査察が飛んでくる。
それほど厳重管理されている。
なのに、
帳簿は平然と嘘をついていた。
「また数字遊びか?」
背後から低い声がした。
振り返ると、
港湾組合管理官ガルムが立っている。
脂ぎった顔。
高級酒の臭い。
太い指には金の指輪が三つ。
典型的な港湾貴族だ。
「新人に忠告してやる」
ガルムは机に寄りかかる。
「この街じゃ、
見なくていい数字ってのがある」
「数字は事実です」
レオンは淡々と答えた。
「第三倉庫の搬入量に不一致があります」
「記録ミスだろ」
「国家指定物資で?」
ガルムの目が細くなる。
空気が変わった。
帳簿室の奥で作業していた職員たちが、
一斉に視線を逸らす。
誰も関わりたくないのだ。
レオンは静かにページをめくった。
次の瞬間。
視界が赤く染まった。
文字の上に、
無数の光が浮かび上がる。
契約番号。
魔力認証印。
資金流動経路。
そして、
隠蔽された裏契約。
(……視える)
レオンの瞳がわずかに揺れる。
忘れていた感覚。
数字の裏にある“真実”が、
脳内へ流れ込んでくる。
輸送先偽装。
架空会社。
密輸契約。
保険不正。
帝国軍需省特別調達局。
その名前を見た瞬間、
レオンの背筋に冷たいものが走った。
(国家規模か)
港の横流しではない。
もっと巨大だ。
国家そのものが関わっている。
「……おい」
ガルムが低い声を出す。
「お前、何を見た?」
レオンは答えない。
帳簿に手を置いたまま、
静かに思考を巡らせる。
契約の流れが異常だ。
搬入された鉱石は、
正式流通を通っていない。
裏ルートへ回されている。
しかも量が異常。
軍事使用規模だ。
「おい、聞いてんのか」
ガルムの声が荒くなる。
レオンはようやく顔を上げた。
「この貨物はどこへ流れていますか?」
「知らねえな」
「ではなぜ、
税関記録が改竄されているんです?」
一瞬。
ガルムの表情が消えた。
次の瞬間、
重い音が響く。
ガルムの拳が机に叩き付けられていた。
「――黙れ」
帳簿室が静まり返る。
「新人風情が、
調子に乗るなよ」
殺気。
周囲の職員達が顔を伏せる。
レオンだけが、
静かにガルムを見ていた。
「……なるほど」
「あ?」
「つまり、
あなたも契約側ですね」
ガルムの目が見開かれる。
レオンの視界には、
ガルムの身体に絡みつく赤黒い契約光が視えていた。
違法契約特有の濁った信用光。
間違いない。
この男は密輸側だ。
「小僧」
ガルムが低く唸る。
「長生きしたいなら、
今見たことは忘れろ」
「できません」
「……何?」
「帳簿は嘘をつかない」
レオンは静かに立ち上がった。
その瞬間だった。
帳簿室の扉が勢いよく開く。
武装した男たちが雪崩れ込んできた。
黒い戦術外套。
短機関魔導銃。
右肩には灰色狼の紋章。
灰鉄諸侯領系PMC。
軍事会社だ。
職員達が悲鳴を上げる。
「対象確認」
「処理する」
男たちが銃口を向ける。
ガルムが慌てて叫んだ。
「ま、待て! ここでやる気か!?」
「命令だ」
リーダー格の男が冷たく答える。
「帳簿を見た人間は消す」
レオンは静かに息を吐いた。
理解した。
ここで終わるはずだったのだ。
偶然不正を見つけた、
ただの下級会計士として。
だが。
視えてしまった。
契約の歪みが。
国家の腐敗が。
そして、
自分自身の力が。
レオンは机の上の古びた金属印へ手を伸ばす。
錆びた銀色。
中央には、
見慣れない紋章。
秤と鎖。
その瞬間。
武装男の顔色が変わった。
「その紋章……まさか」
レオンは静かに印章を握る。
胸の奥で、
何かが目覚めていく。
忘れていた記憶。
幼い頃、
父から聞かされた言葉。
『監査とは裁きだ』
『信用とは国家そのものだ』
『だから監査官は、
国家を殺せる』
レオンは男達を見据える。
そして、
静かに告げた。
「監査を開始する」
瞬間。
空間に巨大な魔法陣が展開した。
赤黒い契約光が、
港全域へ走る。
警報が鳴り響いた。
《警告》
《契約異常検知》
《信用保証停止処理開始》
武装男達の顔から血の気が引く。
「なっ――」
次の瞬間。
男達の魔導銃が一斉に停止した。
契約魔力供給が切断されたのだ。
「馬鹿な!?」
「軍事契約が凍結されてる!?」
レオンの瞳には、
港全体を覆う巨大な契約網が視えていた。
その全てが、
崩れ始めている。
港湾組合。
軍需契約。
密輸保険。
輸送信用。
全てが連鎖崩壊していく。
ガルムが絶叫した。
「やめろッ!!
港が死ぬぞ!!」
レオンは冷たく答える。
「既に腐っています」
そして。
ベルクハイム港湾都市の信用は、
崩壊を始めた。




